[文芸・読書]の記事一覧

詩に関する疑問[2014/09/13]
このブログに「「詩」、あるいは「詩のようなもの」を載せたところ、「なぜ詩を書くのか」「なぜ詩でなければ(「物語」ではなく)ならないのか」「そもそも、詩はどんな風に生まれてくるの..

福永武彦『死の島』再読〜不毛な構成美[2014/07/20]
学生時代に『海市』を読んで以来、福永武彦は好きな作家のうちの一人で、特にセンシティブな『草の花』は繰り返し読んだ。映画監督の大林宣彦が『草の花』を「自分のことが書かれた小説」と..

[『カラマーゾフの兄弟』再読プロジェクト]をまたしている話[2014/05/15]
 人生で五回目か六回目の、「『カラマーゾフの兄弟』再読プロジェクト」を開始したところだ。五年から十年ごとに行っている「再読プロジェクト」の、ふたつのうちのひとつだ。  その経..

中村眞一郎の『四季』四部作(『四季』『夏』『秋』『冬』)を読む[2014/04/20]
中村眞一郎『四季』四部作を昨年の春から今年の春まで一年かけて読み終えた。 中村眞一郎という作家が日本の文学史に、また本を読む人びとにどれだけの痕跡を残したのかは知らない。ある..

サリンジャー:『フラニーとズーイ』(村上春樹訳)[2014/03/29]
 我ながらミーハーだと思う。(しかし、「ミーハー」という語、すでに死語の仲間入りだろうな、)『フラニーとゾーイ』の新訳が(手の混んだことに『フラニーとズーイ』と主人公の名前..

『彷徨の季節の中で』再読〜堤清二•辻井喬を悼む[2013/12/29]
堤清二が亡くなったのを契機に彼が辻井喬の名前で書いた最初の長編小説『彷徨の季節の中で』を読み直した。 今は解体されたセゾングループの一企業に在籍していたときには彼の作品に興味..

『コクリコ坂から』、もう一度:われらは産学の(?)[2013/11/03]
ちょっとした事情からジブリのアニメ『コクリコ坂から』を再見した。1年以上も前にもこの同じブログで、内容及び主題歌(エンディング・テーマ)についてそれぞれ一度ずつ書いたのだが..

マルコとレミと、ネロとカピ! ほんとうの『フランダースの犬』『家なき子』『クオーレ』.[2013/10/18]
『フランダースの犬』、『家なき子』、そして『クオーレ』(「母をたずねて三千里」)を、いちどに読み直すことになった。  日本では知らない人を探すほうがおそらく難しい『フラン..

記憶と芸術[2013/04/20]
ときどき古代ギリシア人は宇宙人だったのではないかと真面目に思う。彼らは2,500年も前(我らが日本が影も形もなかった頃に)、パソコンも電話も車も飛行機もなかった頃に、恐ろし..

矢切の渡しと伊藤左千夫「水籠」[2013/04/12]
「矢切の渡し」を二十数年ぶりに渡ってみた。  映画「男はつらいよ」シリーズの寅さん観光地、東京都葛飾区柴又と、「野菊の墓」の舞台、千葉県松戸市下矢切の間を流れる江戸川を櫓漕ぎ..

「古典」になることの悲喜劇、あるいは、有名になることの悲喜劇−−ロラン・バルトの「プンクトゥム」[2013/03/28]
 「古典」とは単に時代を経て古びた傑作を言うのではなく、それが同業者の手本であるばかりか、さらにはごく一般の(と言ったら言い過ぎだとすれば、「いわゆるディレッタントの」と言うべ..

芥川龍之介の字 【改・二〇二一】[2013/03/22]
 神奈川近代文学館(横浜市)で、添田唖蝉坊(そえだ・あぜんぼう)の展示があると知り、出かけていった。  川上音二郎の壮士節の流れをひく、明治・大正時代の人気演歌師だ。  演..

「コクリコ坂から」 -- レビューなど[2012/07/16]
(諸般の事情により記事の当初のタイトルを少しだけ変えました、悪しからず。) FM放送受信に関する、特にベランダにアンテナを設置した顛末を書こうと思っていたのだが、娘が「コ..

「もう一度、君に…」−−たかがドラマだけど [2012/05/20]
子どもが生まれてからようやく世間並みにテレビを見るようになった。そして、その子どもが成長してとっくにテレビを卒業し、パソコンとモバイルに向かうようになった今も、親の方だけはとき..

中島みゆき「地上の星」[2011/12/01]
中島みゆきの「地上の星」に関して、なぜ「スバル」なのか?: (記念すべきブログの最初の小文が「中島みゆき」に関することとは、それだけで関係諸氏の苦笑を誘いそうだけれど、し..