2021年11月30日

John Keats を読む Ode on a Grecian Urn 邦訳【説明】(9/9)

■第五節(2/2) ──美は真実であり,真実は美である

  When old age shall this generation waste,
   Thou shalt remain, in midst of other woe
 Than ours, a friend to man, to whom thou say'st,
  "Beauty is truth, truth beauty,"--that is all
   Ye know on earth, and all ye need to know.

   長い時代をへて ぼくたちの世代が消えゆくとしても,
    壺よ いつまでもこのままなんだね,ぼくらの悲しみが
  さまざまに移ろっても それとも違う悲哀の深みに立ちつづけて
   人間の友だちでいてくれて,こう言ってくれるんだね
  「美は真実であり,真実は美である,」──それが
   あなたがた人間がこの地上で知るすべてであり,
    知らなければならないすべてなのです,と



 いちばん最後の部分です。
『Grecian Urn』は、英語で書かれた詩で、もっともすぐれたもののひとつだというのですから、ぜひ無事に読み終えたいところですが、英語で書かれた詩で、もっとも複雑で難解なものだともいうから、わからない! で終わるかもしれません。
 じつは、はじめて訳そうとしたときは、さっぱりわかりませんでした。当時どこで区切ったらいいかもわからないような、お粗末な読者でしたから、しかたありませんが、Beauty is truth, からの最後の二行なんて、お手上げでした。
 今回も、そうなったら惜しいですし、ここまで書いたことが徒労に帰してしまいます。

 そこで今回ですが、意外にすんなり読むことができました。
 ここまで書いてきたように『Grecian Urn』を読むうちに、結末も読むことができたのです。
 もちろん自分なりの結果にすぎませんから、一言一句、正しい訳と解釈ができたとは思いません。努力はしましたが。
 それはそれとして、ひとりよがりを自分で納得していてはバカみたいですので、どのように読んだのか説明しましょう。

死の予感へ想像力の救いを放つ

 前の節では、キーツがとつぜん「つぼ」から遠ざかった感じがしましたね。どこか寒々しい葬列であるとか、住人が滅びたような虚ろな街とも、解釈できるような光景を遠くからながめるようで、奇妙な印象でした。ギリシア神話の美しい世界の魅惑からとつぜん醒めて、悲しみや痛みに満ちた、この世にとり残されたことに気づいたかのように。
 そんな視界は、この最終節でまた切りかわりました。いまいちど「つぼ」を、こんどはすこし離れて見るような、キーツの姿がうかがえます。そしてわたしたちも、同じところに立っています。静まりかえった博物館のコリドーにいるような雰囲気です。
 思えば、その表面から美のパノラマをわたしたちの心に投影し続けていた「つぼ」は、つまるところ、冷たい石でできた、からの入れものでしかなかったのです。キーツが実際に見て感動した古代ギリシアの壺にも、その印象をイメージしながら想像力で詩の中に描き出した「つぼ」にも、生ある者の姿はどこにもありませんでした。
 キーツが見たり線画を描いたりした、古代ギリシアの壺は花瓶 vase ですが、この詩ではわざわざ、もし蓋(ふた)がついていれば遺灰を納める壺の意味もある urn という名詞になっています。おかげでこの詩全編に、もともと「死」のイメージが漂っていたわけでもあるのですが、なにしろ「つぼ(壺)」は「から」ですから、イメージもなにもありません。生者も死者もいない。人の姿はもちろん、その痕跡すらなかったのです。

 私訳は「冷え冷えとした田園光景」とした Cold Pastral (冷たい牧歌)は、前の節の寒々しさをこの節に呼び込んで、「つぼ」そのものの空虚さを暗示してもいます。中も「から」なら、外型も「まぼろし」であったかのようにです。
 そうしてみると「冷たい牧歌」とは、演奏こそ止まっているが存在しているという設定だった、美の決定的瞬間を彩る音楽は、そもそも奏でられていなかった、と告げているようにも受けとれます。
 第三節では、あれほど For ever を繰り返して称えていた、幸せの極致にあって、永久に若さが失われない愛も、この世では、けっしてその状態にとどまることはできません。年月は老いるもの old age なのです。止まらない時間の経過が、キーツも、わたしたちも、将来この詩を読む人たちも、同じ世代ごとまとめて滅ぼす waste のです。waste とは、紙くずのような感じがあります。この世に生きることも、詩を書きつけた紙も、役立たずのゴミであるかのような。
 この詩の結末を、世界の災厄が静まらぬ年が暮れようとするいま読むと、いやおうなく黙示録めいた実感が迫ってきます。

 しかしここで、キーツは最後の一矢を放ちます。
 その矢は「冷たい牧歌」を射抜いて溶かし、寒々しい大理石の「つぼ」に突き立ちます。すると「つぼ」から、汲めどもつきない永遠のメッセージが流れ出すのです。
 詩人の想像力──それがキーツが射た矢です。
 想像力は、まがいものだらけのこの世の中に美という真実を発見し、見つからなければつくり出すこともできる力でした。見きわめのつかない不確実さへの不安や、かぎりない数の涙を受け入れつづけた魂から、放たれた矢なのです。
 キーツは書いていました。魂をささえる、たいせつなもののひとつは心だと。知性も必要ですが、なによりも愛が最高にまで満ちた心です。

──the crown of these
Is made of love and friendship, and sits high
Upon the forehead of humanity.
All its more ponderous and bulky worth
Is friendship, whence there ever issues forth
A steady splendour;

 それらの冠は
 愛と友情でつくられて,
 人間の額の上に鎮座している.
 なかでも重たくてぶ厚い価値があるものは友情なんだ,
 友情からはまっすぐな輝きが
 たえず放たれつづけているからだ

──『endimion』(エンディミオン)



 キーツはこの最終節で「つぼ」に a friend to man 「人間の友だちでいてくれて」とよびかけています。人間と友情を結んでくれる存在としてです。味方になり助けてくれる友人という意味もあるでしょう。
 キーツの想像力でメッセージの水脈を開かれた「つぼ」は、そのよびかけに応じます。といっても「つぼ」が人に口をきくものでしょうか。そんなわけはありませんが、キーツが想像で書いた架空の存在ですから、キーツが自分に都合のいいことをいわせているだけなのかもしれません。
 いや、そうではないのです。「つぼ」のメッセージは、永遠の真理です。キーツの想像力がつかんだ美は、それそのものが「真」なのですから。

 美は真実であり,真実は美である,

  "Beauty is truth, truth beauty,"

 ──それが
 あなたがた人間がこの地上で知るすべてであり,
  知らなければならないすべてなのです

 ─that is all
   Ye know on earth, and all ye need to know.



 これで、この詩は完結するのですが、その後もずっと、このメッセージは消えることがありません。
 このメッセージが、キーツのためだけのものでないことは明白です。人類へのメッセージでもあるわけです。
 この詩に出会ったわたしたちは、「つぼ」がこういったと語り伝えてもいいのですし、この文言が刻まれている「つぼ」を思い出してもいいのです。小さな地球にひしめき合って生きているわたしたちが知ることができることは、いかに少ないか、しかしその、ほんのわずかにも思えることを知るためには、どれほどの思いをしなければならないかということが、ここに凝縮しています。

 この詩に満ちあふれていた、どこまでも清潔に美しい至上の場面は、いつの間にか「つぼ」の表面の白さと区別がつかなくなり、薄れて去っていくように思えます。古代ギリシアの遺跡から発掘されて静かな博物館に置かれていた「つぼ」は、まるで宇宙からの贈りものでもあるかのように、彼方まで開けたのびやかな視界のなかに浮かんでもいるようです。そう感じたとき、この詩全編のヴィジョンは、瞬時にたった二行の、完璧なテキストに収斂しているのです。なんという表現力でしょうか。
 しかもこの二行には、アンビバレントが抱えられてもいます。キーツが、誰かとても親しい友人ただひとりに書いた手紙のなかの一文のようにも読めるからです。そこには、まるでかれの遺言のような、さびしくて、しかし断固とした、痛切な思いがあります。
 キーツが得た詩的精神はシェイクスピアの「無数」には及ばず、それどころか、ただひとつきりだったかもしれません。しかし、そのひとつの精神の強靱さがもたらす詩的表現力は、おそらく「無数」の表現を超えるでしょう。だからこそ「想像力が美だととらえたものは真実にちがいない(真実でなければならない) What the imagination seizes as Beauty must be truth」のであって、それゆえに「美は真実であり,真実は美である,"Beauty is truth, truth beauty,"」と断じることができたのです。
 このメッセージとともに「つぼ」から、とうとうと流れ続ける水のイメージは、キーツの墓碑銘を思い出させずにはいません。キーツの名は水で墓碑に書かれるのです。そしてその名は、はかなく流れ去っていきます。

 Was there a Poet born──but now no more,
 My wand’ring spirit must no further soar.─

  そこで詩人が生まれたのだろうか──いやこれ以上はやめよう,
  あちこち放浪するぼくの精神は もう飛び回っていてはいけない。

──『I Stood tip-toe upon a little hill』(小さな丘でつまさき立ちしたぼく)



 浅学非才の身で『Grecian Urn』を訳し、その過程を説明しようともしたため、キーツのことを調べては理屈で組み立てた話が多くなりました。「ネガティブ・ケイパビリティ」とは、まるで逆です。
 そのせいでキーツの印象が、若いのに書斎にこもり、詩作もそこそこに神話の本に熱中したり手紙を書いたりして外界に親しまない、病弱な詩人のようになったとしたら心配です。

 ジョン・キーツは旅する詩人だったということを、強調しておかなければならないでしょう。
 日常からの逃避という面もあったかもしれませんが、医学生時代の夢想癖にはじまり、市街にほど近い自然のなかで、想像にふけりながら散歩するのが好きでした──ジョセフ・セヴァーンとのエピソードとともに『O solitude! if I must with thee dewll,』(ああ孤独よ!)を読みたくなります──病院勤務をやめて詩人になってからは長い旅行もしています。創作のインスピレーションを得ようと、懐が許すかぎり国内各地を訪ねました。ハイカーのようにザックを背負って、はじめて見る風景にひたったものです。自然の微細さから雄大さまで、すべてを見のがしませんから、旅の経験は詩に神話や空想の世界を明瞭に描くうえで、おおいに役立ったでしょう。転地療養のためイタリアへ無理して渡ったのも──おそろしく悲惨な行程でした──旅への思いがあったからかもしれません。ずっと間借り住まいですから、自分の書斎など持っていなかったはずです。
 キーツは、大衆的なパブが好きだったそうです。クラレット(フランス、ボルドー産の赤ワイン)を、とうがらしを舐めつつ、冗談好きの気のおけない友だちと飲むほうが、上流階級の文学青年たちのディナーに招かれるより、よかったのです。
 詩にも、偉大な文人たちの魂を、かつてその集まりがあったパブへ呼び寄せています──『Lines on the Mermaid Tavern』(マーメイド・タヴァーン賛歌)──芝居小屋のような劇場での観劇ファンで、出演者たちと呑むこともありました。書斎派どころか、街場こそ、かれの居所だったのです。

キーツの魂と愛そして友情

 キーツの詩人としての魂は、詩にだけ捧げられたのではありません。ごく身近なひとりの若い女の子、ファニー・ブローンに、どれほど情熱的に捧げられたことでしょう。しかもその愛情は、ときには屈折し、ときには理不尽なほどの不満や怒りに、揺さぶられもしました。
 美的感覚さえあれば、よけいな思考へ気を回す必要がなく、真実の美が迷わず得られると考えたキーツですが、もちろん、さまざまなことを考えて苦しみました。塵埃まみれのロンドンの街区で、ひたすら「この世」を見ていましたし、所持金の逼迫と健康の問題から、いつも不安だったにちがいないのです。
 なかでも、しりぞけるのが困難だった悩みは、愛であったし、野心でもありました。さらに、詩そのものについても。『Grecian Urn』と似た設定で書かれている『Ode on Indolence』(怠惰のオード)でいっているようにです。

 二十五歳で生涯を終えたキーツが、詩人として作品を発表できたのは、その短い人生最後の五年に満たない期間でした。
 そのあいだにネガティブ・ケイパビリティを得て、かぎりない数の輝く星のような、詩的精神を自分のものにすることはできたのでしょうか。
 それは、わかりません。信じられないほどの短期間に傑作を連発した創造の炎は、キーツの唯一のきらめきであったかもしれず、いずれにせよ、敬愛するシェイクスピアのあとを継げないまま、キーツの命は尽きてしまったようです。
 しかしキーツには、ただひとつだったとしても、永遠に響く詩のことばを作り出す「精神」がありました。「つぼ」は、そのことばを、いっさいゆらぐことのない確信をもって、語っているのです。
 この世界は「涙の谷」ではないと力説しつつ、いく千もの涙にぬらされた小さな若者は、たったひとつの「つぼ」をこの世に置いて、去っていきました。水で書かれたかれの名もまた、流れて乾き消えようとするのでした。それが死の床でキーツがセヴァーンに頼んだ墓碑銘でもあったのです。
 しかし、ついにロンドンに戻れないままローマに埋葬されたキーツの墓碑は、いま、人間に叡智を与えて永遠の進化をうながした、あのモノリス※1のように毅然と立ち続けています。この世の悲哀の深みに立ちつづける「つぼ」が、人間の友人でありつづけてくれ、永遠にただひとつのメッセージを発している、ということを象徴しているかのように。
 故郷を離れ異国で眠っているキーツそのそばには、永遠の友人がいます。キーツの隣に葬られたセヴァーンが※2、かれを見守り続けているのです。かつてハムステッド・ヒースの丘で、さわやかな初夏の風に吹かれた麦畑の詩人と、楽しくすごしたときのように。(ケ)



■ 【1/9】は→こちら←
■ 『Ode on a Grecian Urn』の私訳は→こちら←
■ 「John Keats を読む Ode on a Grecian Urn  邦訳【説明】」の一覧は→こちら←



※1 スタンリー・キューブリックの映画『2001年宇宙の旅』に登場する、巨大な墓碑のような謎のマテリアルです。地球外の知的生命体が設置したらしいという設定です。映画をキューブリックと共同制作したアーサー・C・クラークの宇宙の旅℃l部作(Odysseyシリーズ)では、話が進むにつれ、モノリスは助勢した地球人の進化を失敗と判断し、人類抹消活動を開始します。月や火星の天体写真に写っているという本気の報告から、いたずらに至るまで、話題のたえない存在です。

※2 キーツの死後、イタリアとイギリスで画家としての成功と凋落をへて、ローマでイギリス領事になりました。八十五歳で亡くなっています。

■ このブログでジョン・キーツの詩を訳してきましたが、できるだけやさしい表現で、軽めの口調を心がけたことは、本文でも書きました。
 しかし、古めかしく訳すべき、とも思います。書かれた時代も考慮すべきですし、しばしば古代史やギリシア神話が舞台であること、また伝統的な音律やリズムにこだわって作られているということからも。見ることができたかぎりの訳詩集や研究書などでは、例外なく古文ふうに訳されていました。でも、どれも違和感があってなじめず、出版されている訳文スタイルの文体で、あらためて訳す意味もないと思いました。
 キーツの時代、つまり江戸時代の文はもちろん、近代の擬古文だって書けないのに、それふうな和訳をするのは変だとはいいません。時代劇やアニメなどでは、ナンチャッテ古文な表現が、いきいきしていますから、ダメだとは思わないですが、私訳は「いまどきふう」にしました。

■ このブログではつねづね、脚注の多い文を書いてきましたが、この文では控えました。参考資料も、機会あれば紹介しますが、列記は略します。


*専門家ではないので、まちがいがありえます。複写引用にはご注意ください。
 Originally Uploaded on Dec. 03, 2021 16:00:00



posted by 冬の夢 at 00:05 | Comment(0) | 文芸・読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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