2021年11月28日

John Keats を読む Ode on a Grecian Urn 邦訳【説明】(7/9)

■ファニー・ブローンとイザベラ・ジョーンズ

 寄り道はしないつもりでしたが、ちょっと休憩ということで、ファニー・ブローンのことを、お話ししておきましょう。
 キーツが熱愛した恋人で、婚約したけれど、ついに結ばれなかった女性です。キーツの五つ歳下で、キーツに告白されたときは十八歳でした。

 キーツが彼女にはじめて手紙を書き、「最愛のお嬢さん」「ぼくのかわいい人」と呼んだのち、かれの病が悪化し、イギリスでは冬が越せまいという医師のすすめでイタリアへ療養に行く別離の日まで、一年とすこしの間しかありません。さきに書いたように、キーツはロンドンに戻れずローマで亡くなっています。
 ブローンはキーツから受け取った手紙を保管しておいたので、ブローンが亡くなって十数年後、キーツの没後五十八年たって、それらは公刊され、のちに、英語で書かれたもっとも美しいラブレターとしてたいへん有名になります。キーツとブローンの短くもはかなく燃え≠ス純愛≠焉Aよく知られるようになりました。映画にもなっています。ブローンからキーツへの手紙はないので、ブローンの気持ちは、キーツが亡くなったのち彼女がキーツの妹とかわしたやりとりから推測するしかありませんが。

 キーツが書いたラブレターは、わずかしか読んでいないのですが、たいへん熱いものです。このブログではキーツの詩を「若い詩人のことば」で訳してきましたが、キーツのラブレターは、それ調で訳すのは気はずかしくなるほどです。
 それはともかく、キーツがブローンのことを思いつつイタリア行きの船中で書いた『Bright Star』(輝く星)は、愛の詩としてあまりに有名であり、最後の作品でもあるそうですから、キーツの詩を訳すなら『Bright Star』も訳したいと思っていました。
 それはできないまま、この『Grecian Urn』で訳は終わりになりました。というのも『Bright Star』を訳すとしたら、どれくらいキーツとブローンの姿を「浮き彫り」にすればいいか、ひどく迷ったからです。短い詩なのでよけいに。
 キーツは『Grecian Urn』を書く直前、ブローンにまだ告白してなかったようですが、どうあってもブローンと結婚したかったらしい。愛や性はロマンや寓話の世界へ置きかえて表現する詩人ですから、詩に直接、書いてあるはずはありませんが、『Grecian Urn』にブローンへの気持ちがあってもおかしくはありません。もしそうなら、この詩のはじめの still unravish'd bride of quietness に、やはりブローンのイメージがだぶっているのだろうか。
 そう考えはしましたが、そのつもりで『Grecian Urn』を訳しはしませんでした。「わからない」というしかないです。

 じつは、ジョン・キーツにおけるイザベラ・ジョーンズ問題、というのがあります。
 いや、わたしが勝手に問題化しました、すみません、キーツとファニー・ブローンの愛情に水をさす気はまったくないです。
 イザベラ・ジョーンズは、キーツよりかなり歳上の、資産も教養もある女性でした。未亡人であったらしいです。出会って親しくなったのはファニー・ブローンに出会う前で、いまならロンドンから南へ電車で二時間ほどの、海岸保養地です。
 ジョーンズに関する資料はほとんどなく、キーツも弟夫婦あての手紙にわずかに書いたきりらしいです。日本語の本や研究でもわずかにふれられる程度で、わたしのように「問題化」する例はないか、あったとしても例外でしょう。外国の本には彼女を大きく扱ったものがあるかもしれませんが、いずれにしても推測して書くしかないことです。

 リゾート地での歳上女性との出会いと交友とは、いかにも感があります。のちに偶然<鴻塔hンで再会をとげたりも──それもファニー・ブローンと出会う前のこと──しています。
 ドラマのような偶然の再会のとき、キーツはジョーンズの部屋まで行っていて──リゾートでの交友は、よほど親しいものだったわけです──本や楽器、絵画や像のある「とても趣味がいい空間だ a very tasty sort of place」なんていっています。
 キーツの友人を幾人か、この文にも書きましたが、詩作に具体的なヒントをもたらした女性ということになると、おとなの教養があって、キーツの版元と知りあいでもあったというジョーンズを、ブローンよりさきにあげるべきなのでは。ふたりの関係の深さはわからないけれども……というのが「イザベラ・ジョーンズ問題」です。もちろん一八一八年秋以降の愛のことばは、ブローンに対してのみ捧げられていたと思いますが……。

 ロンドンで偶然再会し、そのままジョーンズの私室まで行ったキーツは、彼女に以前のようにしようとしました。「以前は彼女と暖まりあいキスしていたように As I had warmed with her before and kissed her」。
 この話が書かれた手紙は、訳すのがむずかしいですが、そのときジョーンズは、手をにぎるだけにして帰ってくれたらそれがいちばん嬉しいのよ、とキーツにいったようです。お友だちでいましょうねってことだったのかな……それ以後、ジョーンズのことは手紙には出てこないらしい。
 弟とその妻あての手紙だからか「ぼくは彼女に性的欲望は感じない」と断言していますが「彼女はいつも、ぼくにとって謎でありつづけているんだ」ともキーツは書いています。
 キーツにとって永遠の謎であった歳上の女性とは……キーツの詩を、ブローンのことだと思って読んでいると、ひょっとしてそれはジョーンズであったり、もしくはジョーンズの「影」だったりするのかもしれません。遺作といっていいであろう『Bright Star』で、もっとも哀切に満ちて輝いている、この最後のつぶやきにおいて、さえも──。

 Pillow'd upon my fair love's ripening breast,
 To feel for ever its soft fall and swell,
 Awake for ever in a sweet unrest,
 Still, still to hear her tender-taken breath,
 And so live ever―or else swoon to death.

  ぼくの美しい恋人の熟れた胸に頭をあずけ,
  いつまでもその胸がやわらかにあがってはさがるのを感じ,
  不安に魅惑されながら 静かに、そのまま
  彼女のおだやかな息づかいを聞くため目ざめつづける
  そんなふうに、いつまでも生きていたい
  そうでないなら、消え入るように死んでいきたい



【8/9】へつづく(ケ)


■ 【1/9】は→こちら←
■ 『Ode on a Grecian Urn』の私訳は→こちら←
■ 「John Keats を読む Ode on a Grecian Urn  邦訳【説明】」の一覧は→こちら←


*専門家ではないので、まちがいがありえます。複写引用にはご注意ください。
 Originally Uploaded on Dec. 03, 2021 16:00:00




posted by 冬の夢 at 00:05 | Comment(0) | 文芸・読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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