2021年11月10日

“Night and Day” 〜 コール・ポーターの「夜も昼も」とジャングルの謎

 コール・ポーターが作詞・作曲した「夜も昼も」。あまりにも有名な曲なので、わざわざ取り上げる必要もないと思う一方で、ちょっと気にかかる点があって、あえて和訳することにした。


Like the beat beat beat of the tom-tom
When the jungle shadows fall
Like the tick tick tock of the stately clock
As it stands against the wall
Like the drip drip drip of the raindrops
When the summer shower is through
So a voice within me keeps repeating you, you, you

Night and day, you are the one
Only you beneath the moon or under the sun
Whether near to me, or far
Its no matter darling where you are
I think of you
Day and Night

Night and day, why is it so
That this longing for you follows wherever I go
In the roaring traffics boom
In the silence of my lonely room
I think of you
Day and night

Night and day
Under the hide of me
There's an oh such a hungry yearning burning inside of me

And this torment wont be through
Until you let me spend my life making love to you
Day and night, night and day

太鼓の音がズンズンズンと響いて
ジャングルにとばりが落ちるころ
壮麗な時計はチクタクチクタクと鳴りながら
壁にそびえ立っている
雨垂れがポタリポタリと落ち始め
にわか雨は行ってしまった
そして心の中の声は繰り返し呼び続ける
きみ、きみ、きみ、と

夜も昼も きみこそがすべて
月のもとでも太陽の下でも きみひとり
近くにいても 離れていても
どうでもいい 麗しのきみがどこにいようと
きみのことを思っている
昼だって夜だって

夜も昼も なぜだかわからない
きみを思い続ける気持ちは どこにいても同じ
ブーブーうるさい交差点でも
ひとり静かな部屋にいても
きみのことを思っている
昼だって夜だって

夜も昼も
この肌の下では
くらいつきたいくらいの恋焦がれる思いが
こんなにも燃えたぎっている からだの中で

この苦しい思いはきっと終わらない
人生をきみに捧げさせてくれるまで
昼も夜も 夜も昼も


 “Night and Day”は、ブロードウェイのミュージカル”The Gay Divorce”(陽気な離婚)の挿入歌。1932年の初演時に舞台で歌ったのは、フレッド・アステアだ。アステアは、長年コンビを組んでいた姉アデールが結婚で引退したのに伴い、ソロダンサーとして映画界に進出しようとしていた時期。ハリウッドの大手メジャースタジオのひとつだったRKOと契約を交わして、『空中レビュー時代』にゲスト出演。いよいよ次は主演でというときに「陽気な離婚」が映画化されることに。ジンジャー・ロジャースをパートナーに迎えた『コンチネンタル』(※1)は大ヒット。アステアとロジャースのふたりは、経営不振だったRKOを立て直すドル箱コンビになっていく。
 舞台の「陽気な離婚」の楽曲は、すべてコール・ポーターの手によるもの。なのに映画化にあたっては、RKOのプロデューサーだったパンドロ・S・バーマンが、別の作曲家に映画用の曲を書き下ろさせてしまう。コール・ポーターはイェール大学で法律を学んだ知的エリートでもあったから、初期の作品には複雑にひねり過ぎて大衆向きではないところもあったらしい。『コンチネンタル』にたった一曲だけ残ったのが、この「夜も昼も」。映画の中盤で、アステア演じるガイにロジャース演じるミミが初めて気を許すデュエットダンスの場面で歌われる。

 気になっていたのはヴァースに出てくる”jungle”という歌詞。恋人のことを一日中思い続けているという歌なのに、なぜ「ジャングル」が出てくるのかが不思議でならなかった。原曲が短い場合には、後になってヴァースをくっつけて曲の尺を延ばすということがたまにあるので、「夜も昼も」もそのパターンなのかと勘繰った。けれども『コンチネンタル』を見ると、アステアはヴァースからきちんと歌い始めているので、後づけではない。ならば、舞台設定にジャングルが関係しているのではないかと思うものの、映画に出てくる場所は、パリとロンドン、そしてロンドンに近い海辺のホテル。完全に都会のお話で、ジャングルどころか森も川も出てこない。物語の流れにも関係のない「ジャングル」とは一体何なのだろうか。

 ヒントのひとつは、コール・ポーターの伝記映画のほうの『夜も昼も』(※2)。ケーリー・グラントがコール・ポーターの半生を演じていて、原題もそのまま”Night and Day”だ。ジャズのスタンダード・ナンバーを歌う場面が次々に出てきて、まるでフランク・シナトラのベストアルバムをそのまま聴いているよう。あれもこれも全部コール・ポーターだったのか、と今更ながらに感心してしまうほど名曲が繰り出される作品だ。
 映画では、ブロードウェイデビュー作の開幕直後に「ルシタニア号事件」(※3)が勃発。アメリカは二年後に第一次大戦に参戦することになり、コール・ポーターも志願兵として従軍する。ポーターが所属する軍隊は、暗闇の森の中に駐屯しており、背後にはその土地に住む人びとが集団で叩く太鼓の音が響いている…。
 そうか、ポーターの従軍先が北アフリカ戦線あたりだったのか、と思って調べてみると、コール・ポーターには軍隊に入ったという記録は残っていない。従軍は映画の中だけのお話だったようで、”jungle”の謎は解けなかった。

 では、コール・ポーターの別の曲からアプローチするのはどうだろうか。「夜も昼も」と同じくらいに誰もが知っている「ビギン・ザ・ビギン」。『ザッツ・エンタテインメント』でフレッド・アステアとエレノア・パウエルのふたりが究極のタップダンスデュオを見せる「踊るニューヨーク」の一場面(※4)。このダンスシーンのBGMが「ビギン・ザ・ビギン」だったから、英語を習いたてのバカな私は「はじめをはじめよう」という意味だと信じ込んでいた。
 それはとんでもない間違いで、コール・ポーターが1935年に発表した”Begin the Beguine”の”Beguine”は、西インド諸島に位置するフランス領マルティニーク島のダンス音楽のこと。マルティニークは不幸な島で、フランスによって植民地化された十七世紀末までに、先住民は皆殺しにされたという。その後はアフリカから連れてこられた黒人奴隷たちがサトウキビ畑を耕し、フランスに莫大な利益をもたらした。奴隷制度が廃止になっても、当然黒人たちはマルティニーク島の住人として生活し続けたわけで、そこに”Beguine”と呼ばれる音楽が発生したらしい。
 「ビギン」はクラリネット奏者のアレクサンドル・ステリオによってフランスに紹介され、1920年代から30年代にかけて、新しいダンス音楽として流行した。コール・ポーターが「ビギン・ザ・ビギン」を発表したことで、世界的に知られることになったのだという。

 とすると、コール・ポーターはいつどこでビギンに出会ったのか。映画『夜も昼も』では従軍するという設定になっていた時期、実際は公演の失敗で、ポーターは失意を抱えたままパリに渡ったのだそうだ。ポーターのパリ滞在は1915年から20年代後半まで。ということは、ポーターはパリでビギンの流行を目の当たりにしていたことになる。しかし、それだけでは”jungle”の言葉には辿り着かない。
 ここからは単なるひとつの推測にしか過ぎないが、こんな筋立てはどうだろう。ブロードウェイ公演の失敗でパリに渡ったポーターは、一度は音楽を諦めようとする。そんなときに出会ったのがビギン。新しいダンス音楽に刺激されて、ポーターは新曲を作る意欲を取り戻す。パリからニューヨークへ帰ろう。そして帰路の途中で、ビギン発祥の地=マルティニーク島に立ち寄ろう。パリ出身の画家ポール・ゴーギャンもマルティニーク島に渡って何枚か絵を描いていたはず。自分もそこで何かインスパイアされるものがあるのではないだろうか…。

 かくしてパリから大西洋を横断する船に乗ったポーターは、寄港したマルティニーク島で下船して数週間を過ごすことに。夜の森に入ると、そこにはどこからもとなく太鼓の音が響いてくる。古いコロニアル風のホテルに帰ると、ロビーの奥で柱時計が針を進める音がする。すると突然、外は熱帯雨林特有のシャワーのようなスコールになり、雨垂れの音以外は何も聞こえなくなってしまった。
 まあ想像でなら何とでも言えますね。というわけで、”jungle”がいつどこから出てきたのかは、結局は解明できないまま残されたのだった。(き)

2E641544-CCCA-4DF2-BC1B-E3FDC41B3740.jpeg


(※1)『コンチネンタル』の原題は”The Gay Divorcee”(陽気な離婚女性)で、舞台時の”Divorce”(離婚)のタイトル表示はカトリック系の保守層を意識して回避された。

(※2)『夜も昼も』は1946年製作のアメリカ映画。監督は『カサブランカ』で知られるマイケル・カーティス。

(※3)1915年5月、イギリスの客船ルシタニア号はドイツ軍潜水艦の魚雷攻撃により撃沈され、千二百人近い民間人が犠牲になった。その中には百人以上のアメリカ人も含まれていて、孤立主義をとっていたアメリカで世論が変化。ついに二年後にアメリカは大戦に参加し、ヨーロッパにアメリカ兵が送り込まれた。

(※4)この見事なタップダンスの背景は、星空をイメージして、黒幕に無数の豆電球を光らせたもの。それをまるごと再現したのが『ラ・ラ・ランド』(2016年)の星空空中ダンスだ。


posted by 冬の夢 at 00:24 | Comment(2) | 音楽 ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
言われてみれば確かに 'jungle' がいったいどこから出てきたのか、ちょっと不思議ではありますが、和訳を見てちょっと気になったことがあります(ご承知のことであれば失礼!)。第1連は2行ずつがセットになっていて、like~は次の行まで全部支配していると思われます。つまり、ジャングルに夜の帳が落ちる頃に鳴り響く太鼓の音のように;壁に向かって聳えている壮麗な時計がチクタクと刻み続けるように、云々。もちろん、こう訳してみたところで、「さてjungleはどこから?」という疑問は消えませんけれど…。でも、2行ずつがセットになっているとすれば、jungleとかwallとかsummer showerというのは全部単なる後付けで、大事だったのはbeat beat beatとtick tick tockとdrip drip dripだったんだということが前景に現れて、そうなれば、「まあ、jungle問題は放置しておいても大丈夫か?」みたいな気になってきませんか…。あるいは、歌詞の後半に「君が遠くにいても、近くにいても」というところがあるので、そこと呼応して、遙か遠くのジャングルと近隣の大都会の風景が必要だったのかもしれません。が、だとしても、あまり上手な工夫とは思えませんね…。
Posted by H.H. at 2021年11月10日 01:26
「Night and Day」のベストテイクは──考えるまでもありません、エルヴィン・ジョーンズ『earth jones』(1982)の「Day and Night」です。
 バンドリーダーのジョーンズの、大蛇がうねりながら迫ってくるようなシンバルが最高です。このとき26歳のケニー・カークランド(40歳代前半で亡くなってしまった)もいいし、ジョージ・ムラーツも日野皓正もいい。なにより、コール・ポーターはどこにいるんですかみたいな、もうれつにカッコいいテーマを作ったデイブ・リーブマンのソプラノがすばらしいです。待てよ、このテーマ、ちょっとジャングル≠チぽくないか……そうでもないかな。
 なにをいっているのか、よくわからないかもしれませんが、つまりデイブ・リーブマンが「Night and Day」のコード進行をリハモ(reharmonize)して、現代的なジャズ曲に仕立てた曲なのです。わたしも古き良き≠ヘ大好きですが、音楽が変化することに聴くほうもいつもついていくこと、それがジャズを聴くいちばんの面白さだ、とも思っています。といっても、40年前の盤ですね。
 なお、デイブ・リーブマンは、自身のバンド「クエスト」で「Night and Day」も演奏してまして(『N.Y.NITES』1988)、この演奏でのソプラノもいい! そして終盤で曲がいきなり「Day and Night」にシフトするところが、これまた、むちゃくちゃにカッコいいです。
 デイブ・リーブマン、スティーブ・グロスマン、そしてマイケル・ブレッカーと、現代のジャズサキソフォン奏者の頂点に立った三人──偶然にも共通点を持っていますが──を同時代に知ることができ、ライブ演奏も熱心に聴く機会が持てたことは──後者ふたりは亡くなっています──きもちのよい音楽体験だったと感じます。それらも、もうかなり昔の話になってしまいました。
Posted by (ケ) at 2021年11月10日 22:05
コメントを書く:ペンネーム可・アドレスは表示されません
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: