2021年08月15日

たまには詩でも #18 靖国って何? (8月15日に)

毎年8月15日が近づくと新聞沙汰になる
やれ政治家の誰それが参拝した
やれ内外の団体がそれに抗議した
やれ国内の保守勢力がそれに反発した

元旦でさえ神社に行かない人
まして戦死者が神になるなんて神話が(トーテムポールより)
趣味の悪いノンセンスとしか思えない人には
最初から最後まで全くわからない話にすぎない

それでも一つだけ格段に奇妙なことがある
なぜ靖国は空襲で死んだ人たちを合祀しないのだろう?
なぜ軍関係者だけが特別扱いなのだろう?
命の価値に何か重大な違いでもあるかのように

御国のために、天皇の赤子として生きて死んだことに
軍人も市井の人も何の区別もなかったはず
それとも靖国は秘かに堅く頑なに信じているのだろうか
軍人だけが祀られる資格があるのだと?

靖国にはかつての隣近所の小父さんやお姉さんと一緒に
その頃はとてもお偉かった面々の魂も麗々しく並んでいる
別の所ではA級戦犯とも呼ばれているが
死んでもなお威名を轟かせている物々しさよ

その威名のおかげか、それとも現職大臣たちの面構えのおかげなのか
靖国は中国や韓国ではすこぶる評判がよろしくない
それが却って愛国者たちの義憤を招き
慰霊の日の恒例行事はいつだってマンガのような賑わいだ

戦犯、つまり戦争犯罪という特殊な犯罪がある
この奇妙なグロテスクな事実に気づいたのはいつのことだったか
原爆で都市を丸ごと破壊しても罪ではなく
ナパーム弾で生きたまま人を焼き殺しても罪にはならない

要するに勝てば官軍、負ければ賊軍
それが証拠に勝った国にはA級戦犯は一人もいない
極東軍事裁判は日本の戦争犯罪を裁いただけで
殺人の罪を裁いたのでもなく、戦争の罪を裁いたのでもない

いや、大事なことはもっと今風に直截に言った方がいい
捕虜虐殺や民間人の虐待ばかりが問題にされているが
−−やられた方が裁くのだから当然と言えば当然だ−−
戦争でボロ負けした責任はいったい誰が取ってくれるのか?

たとえ勝てる見込みが少しもなかったとしても
その戦争を始めてしまったことを犯罪とまでは言わないでおこう
喜んで戦争を始めるバカ者がよもやいるとは思えないから
彼らとて渋々戦争に踏み切ったということは十分にありえるし

けれども本土決戦を選んだ愚は単なるバカでは済まされない
日本中が焼け野原にされ
こともあろうか2発もの原子爆弾が落とされるまで
敗北を認めなかった大罪がなぜいまだに裁かれないのだろう?

戦争を始めたことが免罪されることが仮にあったとしても
もっと早くに敗けを認めなければならなかった機会はいくらでもあった
ミッドウェイとまでは言わないにしても、インパール、硫黄島、東京大空襲
そのときに降参していたなら多くの人々が死なずにすんだ

実直な医者や看護婦が過労で起こした医療ミスでさえ
業務上過失致死に問われ
場合によっては実刑が下されるというのに
あれほど悲惨な敗北を招いた罪が問われないなんて!

300万人以上の日本人が戦争で殺された
その9割が戦争末期の1944年以降に集中しているという
全て指導者たちの判断の致命的な遅れのせいだ
これほど愚鈍で卑劣な連中が神さまになるなんて

靖国、それはどう考えてもグロテスクな不条理だ
(H.H.)


posted by 冬の夢 at 22:23 | Comment(0) | 創作(詩・小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く:ペンネーム可・アドレスは表示されません
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: