2021年08月04日

韓国映像資料院の公式チャンネルで日本語字幕つきの韓国映画を見る

 韓国映像資料院は、YouTube の公式チャンネルで、一〇〇本以上の韓国映画の名作を無料公開しています。

 韓国映像資料院とは、ソウルに中心施設をもつ、映画映像資料の収集や保管、展示・公開などを行う公共機関です。

 公式チャンネルで公開している多数の韓国名作映画──すごいことだと思いますが──には、英語やヨーロッパ言語で字幕がついている作があり、いつかは英語字幕で、面白そうなのを見たいなと思ったまま、時がすぎていました。

 この夏、たまたま日本語字幕が付されているものがあるのに気づきました。自動翻訳でない字幕です。
 見落としもあるでしょうが、ひととおりチェックし、字幕つきを見つけ、鑑賞しました。
 映画好きの友だちに教えようとメモを作っているうちに、せっかくなので掲示することにしました。
 この文での説明は、韓国映像資料院、駐日韓国文化院、ハンギョレ新聞のサイトを、参考にさせていただきました。

 韓国映像資料院の YouTube チャンネルはこちらです。
 www.youtube.com/user/KoreanFilm
 では、はじめます。順不同です。


●誤発弾 Obaltan 1961
 兪賢穆(ユ・ヒョンモク)


 韓国映像資料院が選んだ「韓国三大映画」のひとつです。
 韓国映画界の重鎮、兪賢穆(ユ・ヒョンモク)監督作です。
 朝鮮戦争終戦数年後、一九五〇年代末のソウルを舞台に、「解放村」と名付けられた、従軍者・帰還者たちの貧しい居住地に暮らす、あてどない家族の日々。
 家長の長男は安月給の会計士で、いつも痛む「親知らず」を抜く余裕もなく、日々その痛みを抱えたまま、家族に、わが身に、つぎつぎに降りかかる悲劇のなか呆然と生きています。彼の弟や妹たちは朝鮮戦争に翻弄され、青春を失ったまま戦後立ち直ることができず、発展していく都市の谷間に落ち込んでいきます。心を病み、あばら屋に寝たきりとなり「가자!」(カジャ=行こう)と叫び続けるばかりの老母……。
 一九六一年四月に公開されていますが、直後に朴正煕らが起こした軍事政変ののち、六三年まで上映禁止になっていました。
 資料院が公式チャンネルに公開しているのは修復版で、映像も音も、すばらしく鑑賞しやすいです。
 過去三、四回見ていて、今回また再見したのですが、すごすぎる! 文句なしの傑作です。「韓流」ファンだから韓国の映画やドラマにくわしいです、という人に、おすすめできるかどうかは、むずかしいですが……。
 ちなみにいまも「解放村(ヘバンチョン)」はソウルにありまして、カフェ、レストランやギャラリーができ、外国人在住者が増えている、しゃれた場所になりつつあると聞いています。
 www.youtube.com/watch?v=LfxIfK8ThFc


●西便制 Seopyeonje 1993
 林權澤(イム・グォンテク)


 邦題『風の丘をこえて』。
 巨匠・林權澤(イム・グォンテク)の、円熟期の映画です。一九六〇年代初めの全羅南道を舞台に、パンソリ修業に人生を賭けた旅芸人の父と息子、娘(義理関係)の姿を描きます。
 パンソリとは、叩き手の太鼓に合わせ、歌い手ひとりが振りをつけ歌い語る、庶民の伝統民俗芸能です。便制とはその流派で、全羅道西域を中心にする派が、題名の「西便制」だそうです。
 喜怒哀楽の物語がえんえんと語られるパンソリですが、なかでも、ご存じの「恨(ハン)」の表現が命です。そこまでやるか、そんなことになっちゃうのと、ぶっ倒れそうになる映画です。
 公開時は限られた客層向けと考えられていましたが、予想外のヒット作になり、伝統芸能再発見の機運をもたらすことにもなったようです。そういえば、九〇年代末ごろでしたか、全羅南道のほうの大学へよばれていったら、学生の部活にパンソリがあり、感心したことがあります。
 かつて日本盤ソフトで二度ほど見ていて、資料院の公式チャンネル公開版は再見していませんが、修復版とのことで、すこし見てみると映像も音も良好です。
 www.youtube.com/watch?v=sdjwD4jW4XY&list=UUvH6u_Qzn5RQdz9W198umDw&index=45


●授業料 Su-eop-ryo Tuition 1940
 崔寅奎(チェ・インギュ)+方漢駿(パン・ハンジュン)


 長らくフィルムが行方不明でしたが、2014年に中国で見つかり、韓国に戻った貴重な作品です。
 当時、京城日報(日本語新聞)が主催した小学生作文公募で、朝鮮総督府学務局長賞を受賞した朝鮮人小学四年生の作文が、原作になっています。行商に出かけた両親が戻らず、ふたり暮らしの祖母が病気になり、授業料の捻出に悩む小学生の男の子が主人公です。
 制作は高麗映画社で、制作の背景には総督府の教育政策があると思われ、日本人も制作に加わっています。戦後は東映時代劇などへの出演でおなじみの薄田研二が、小学校の先生役で出ています。
 日本統治下の映画ゆえ、複雑な気持ちになる場面がたびたびあります。そのいっぽう、悲しさや不安を抱えて、それでも元気に暮らす子どものようすや、とぼとぼと道を行く光景の描写は、清水宏(朝鮮に関心を持っていたことが知られています)やアッバス・キアロスタミに通じるところがあり、素直に心をうたれもする佳品です。
 www.youtube.com/watch?v=XRMI02EXmN4&list=UUvH6u_Qzn5RQdz9W198umDw&index=52


●学生府君神位 ハクセンブグンシニ Hagsaengbugunsin-wi
 Farewell my darling 1996

 朴哲洙(パク・チョルス)


 田舎の村で急死した父の葬儀に集まった三人兄弟と、彼らの家族たち、さらには伝統的葬儀をとり行う地元の人たちがくり広げる、ドタバタまじりのさまざまな出来事。
 慶尚南道の田舎村を舞台にした、伝統葬儀の様子も見ものですが、思わず笑ってしまう場面続出の、面白い映画です。
 じつは同年、イム・グォンテクも同様のテーマの『祝祭』を制作していて、ともに話題になったそうです。
 安聖基(アン・ソンギ)が出ている『祝祭』は、韓国版『お葬式』として日本公開されましたが、こちらの映画は日本公開されていたのでしょうか。日本公開時に『祝祭』は見ましたが、こちらは今回が初見でした。けっこう重要な役にも地元の人を起用しているという、この『学生府君神位』のほうが、実感があって面白いです。
 題名の「学生府君神位」は、日本の位牌にあたる紙榜(チバン)に書く、男性が亡くなった場合の尊称だそうです。
 監督のパク・チョルスは日本の団塊世代にあたる人気監督で、出演もしています。近年、交通事故で亡くなりました。
 www.youtube.com/watch?v=QmfXjL0xFqI&list=UUvH6u_Qzn5RQdz9W198umDw&index=50


●トス二 幸福の誕生 Ttosuni 1963
 朴商昊(パク・サンホ)


 一九六〇年代の韓国で大ヒットした映画で、朝鮮戦争の避難者が多かった咸鏡道(台詞が方言なのでわかるそうです)を舞台に、戦後の苦境にめげず機転と押しではつらつと生きる、若い女性を描きます。
 主人公のトスニを演じる都琴峰(ト・グンボン)は、撮影時30歳代前半で、娘役というにはちょっとあれなんですが、このまま元気いっぱいな韓国のおばちゃんになっていくんだろうなと、楽しくなってくる芝居をみせてくれます。
 戦後の生活のつらさばかりでなく、ラブコメっぽいところもあり、ユーモアも随所にあって、心あたたまる映画です。この映画の公開当時は、朝鮮戦争後の女性像を描いた映画の多くが、その苦労や、分断による悲哀にくれる姿を強調していたそうで、その中で輝きを放ち注目されもした映画だそうです。
 www.youtube.com/watch?v=hc2BqMbb2EA&list=UUvH6u_Qzn5RQdz9W198umDw&index=53


●ある女優の告白 Eoneu Yeobaeu-ui Gobaek
 Confession of an Actress 1967

 金洙容(キム・スヨン)


 生き別れの父娘ものです。元人気男優でいまは落ちぶれ病身の男が、現役時代に関係があり早く亡くなった女優とのあいだに娘があったことを知ります。その娘を女優デビューさせて、父とは名乗らず支援し続ける話です。お約束っぽい泣きがはいった、やや平凡な内容ですが、かなり引き込まれる映画です。
 韓国では思い出の美人スター的存在の、ナム・ジョンイム(やや早く引退したのち早世している)の主演で、大人気だった作品らしいです。
 金洙容は、きわめて多作の人で、しかも少なくない数の日本をテーマにした映画を撮っている監督のようですが、知りませんでした。日本を扱っていると思われる監督作も、どれも見たことがありません。
 www.youtube.com/watch?v=cY1ssR--Dr8&list=UUvH6u_Qzn5RQdz9W198umDw&index=56


●チャッコ Jagko 1983
 林權澤(イム・グォンテク)


『西便制』の林權澤の監督作で、日本語字幕つきのものが、もう1本ありました。日本未公開作のようです。
 朝鮮戦争終末期、北のパルチザンで、あだ名を「チャッコ」といわれ怖れられた男を、南の討伐警官が逮捕し連行したのですが、不注意で逃げられてしまい、そこから警官は、職も人生も、すべてを失い続けることになります。
 果たせぬ恨みを抱いた元警官は、戦後三十年にわたり、追跡し続けてきたのですが、ついに浮浪の身となって路上に倒れます。
 そして、施設に収容された(身元引受者がいない限り出所は許されません)元警官は、なんとそこで「チャッコ」と出会うのです。もう互いに歳をとってます。どちらも死に近づいている病身です。
 さてどうなるか、ですが、ここからが『西便制』でも見られた林權澤の、これでもか的な執拗な描き込みのすごさです。見たあとしばらく立ち直れません(!)でした。
 www.youtube.com/watch?v=TfEuV43YTcI&list=UUvH6u_Qzn5RQdz9W198umDw&index=49


●あの空にも悲しみが 저 하늘에도 슬픔이
 Jeo Haneul-edo Seulpeum-i
 Sorrow Even Up in Heaven 1965

 金洙容(キム・スヨン)


 公開当時、歴代2位の観客動員をなしとげたという大ヒット作。
 大島渚の『ユンボギの日記』で朗読されている、ベストセラーになった小学生の作文を映画化したものです(日本でもたいへん売れた本でした)。
 賭博にうつつを抜かす父親を捨てて母は家出、父と三人の弟妹を食べさせなければならない極貧の少年、李潤福(イ・ユンボク)が主人公の実話です。
 ガムを売ったり靴を磨いたりして、買う食べものは素麺です。
 いじめられもしますが、やさしい級友の助けもあり、また熱血先生の努力で作文が本になって、という話の流れなのですが、この映画化作が、さまざまな波紋をもたらしたことも、よく知られています。
 李潤福その人は、本のおかげで生活は楽になりましたが、以後あまり恵まれず、自身も、あのユンボクだと公言することを避けたため、有名にも富裕にもなりませんでした。四〇歳を迎える前に妻子を残し病気で亡くなっています。
 なお、この映画は長らくフィルムが失われていました。二〇一四年、台湾映像資料院で中国語字幕入りの状態で発見され、韓国映像資料院がデジタル化と修復を行ったことで話題になりました。『ユンボギの日記』は日本でも本として知られましたが、この映画を見た日本人はそう多くはないでしょう。
 www.youtube.com/watch?v=XDv6bue_vUQ&list=UUvH6u_Qzn5RQdz9W198umDw&index=29


 いま、こんな映画を紹介している場合じゃない、かもしれませんね。
 こんな状況なのに、昔の韓国映画の話なんかしなくても。
 それも、日本人の気持ちを、ことさらに「つつく」ような映画まで紹介して。
 いま日本人が「金(きん)」をとってる話、日本人が元気になるような話をしたらどうなのか。

 べつにいいのでは、と思います。
 こういう話をしても。

 政府と都庁は「かなり症状がひどくても自宅にいるように」といっています。
 わたしにとっては「自宅で死んでね」といわれたのと同じです。
 早めに接種しないと感染が危険な疾患ながら、接種は危ないと思われる体質で、見合わせざるを得ないわたしは、感染するとほんとうに自宅で死ぬことになるかもしれません。

 紹介した映画のなかに「韓流」は1本もありません。
 けれども、四十年近くも前になりますが、韓国映画をはじめて見て「すごいな」と心から思った気持ちが、再体験できました。
 映画館にもレンタル店にも行かず、ここで死んでしまうかもしれない部屋に引きこもっているのです。なんとか見つけた映画の話をしても、いいのではないでしょうか。(ケ)

posted by 冬の夢 at 18:27 | Comment(0) | 映画 洋画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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