2021年06月08日

「成瀬巳喜男『浮雲』〜 高峰秀子の声と永遠の春の都ダラット」へのコメント ..

 べつの筆者の文へのコメントとして書きましたが、コメントとして投稿するには長すぎたので、ブログ記事としました。べつの筆者が書いた「成瀬巳喜男『浮雲』〜 高峰秀子の声と永遠の春の都ダラット」を、ご一読ください。

       ■

 ひさしぶりに再見しました。
 5回めくらいだと思います。どこでだったかは忘れましたが、映画館でも見たことがあります。
 成瀬巳喜男の映画がとても好きで、なかでもこの『浮雲』は、成瀬の映画を見たことがない人には、「四の五のいわず見ろ!」と、おすすめしてきた一作でした。
 ベストテン作りは苦手だし、やる意味も、あまりないと思っているのですが、自分なりに成瀬ベストテンを選んでみると、いまはこんな感じです。

 流れる(1956)
 歌行燈(1943)
 秋立ちぬ(1960)
 浮雲(1955)
 鶴八鶴次郎(1938)
 あにいもうと(1953)
 めし(1951)
 銀座化粧(1951)
 杏っ子(1958)
 晩菊(1954)

『めし』を選んだ、中期の倦怠期夫婦ものや、晩年の女もの連作は、どれも見やすく、いい作品がずらりですが、夫婦ものは『めし』ひとつにしておこうとか、女ものを選び出すと高峰秀子だらけになっちゃうし、などと、よけいな配慮をしてしまいました。

 映画の文芸作品は原作を重んじるべきとはまったく思わないし、映画と原作をつき合わせて鑑賞したりなどしませんが、原作も再読したうえで、映画『浮雲』では、原作の最後の、きわめて重要と思われる部分が略され、違う描きかたになっていることは、あらためて指摘しておきたいです。エンディングのシーケンスは原作にほぼ忠実ですが、まったく違う話になっていると思います。

 映画では、最後のシチュエーションで、病をおし担ぎ込まれるように屋久島まで「富岡(森雅之)」についてきた「ゆき子(高峰秀子)」が、大雨の中、富岡が不在の間に、容態が急変し亡くなってしまいます。
 それまで、ろくな愛情も信頼も示さず、投げやりな態度でゆき子と関係を続けてきた富岡は、急を知り集まった島の人や、営林署の同僚たちを帰し、ひとり遺骸にすがって涙にくれます。

 ふたりのもつれた関係は、どちらが悪いとはいいきれないまでも、富岡の身勝手でだらしない性格のせいが大きいように、映画では描かれてきています。
 しかし映画のラストシーンで、すべてを濯いで余りあるほどの愛情が富岡にあったことが暗示され、いまさら心を結び合えない取りかえしのつかなさが、鑑賞者を揺さぶります。モノクロの諧調の濃密さは、息苦しい湿度さえ感じさせて印象的ですし、澱んだ部屋の雰囲気もとらえつつ、富岡が亡骸に身を寄せる角度をみごとに収めた構図といい、音楽といい、メロドラマの至高の場面といえます。

 しかし、その場面は原作にはなく、小説は映画のような終わりかたではありません。
 小説では、ゆき子は激しく苦しんだ様子で、吐血に汚れきって亡くなっているところを、富岡が見つける設定です。
 富岡が汚れを拭いて死化粧をしてやっても、映画のように紅は美しくのびず、開いたままの眼が富岡に「無量の抗議」をしているようでした。さらに原作だと、富岡はその夜ひどい下痢になり、痛みと臭気に苦しみ続けるのです。鋏(はさみ)を乗せられ、それが守り刀の代わりということなら、富岡という悪を拒絶して「平べったくなってゐる」、ゆき子の遺体を見ながら。

 そもそも小説では、ゆき子は美しくないことが強調されています。三宅邦子に似ているという設定があり、ゆき子は自分で、山田五十鈴のような美人だったらよかったのに、といったりしている。
 そういう書きかたの小説は好きでないし、ゆき子と同年代ごろの三宅は美しくなく、山田は美人なのか、という議論もあると思うのですが、それはさておいて。
 親類の妻持ち男に処女を奪われて、そのまま三年も弄ばれた身の置き所がなくなってしまった、戦時日本社会の閉塞感から脱出したくて、ゆき子は、はるか遠いベトナムへ新天地を求めました。
 美しくなく、知的でも自立的でもない、ただ若いだけの田舎くさい凡庸な女でした。東京出身なのに、初めてやりとりする富岡に、川向こうの出じゃないかというように小ばかにされ、泣いてしまう場面があります。
 しかし、そんな女と、現地駐在でやはり妻持ち、それも病身の伴侶を東京に残した農林技官の富岡を結びつけたのは、立場も、しがらみも後くされもない、性的欲望でしかなかったのだと思います。
 小説には書かれていて、映画でも回想の形で一度だけ台詞になりますが、ベトナム時代、さきに性的関係を迫ったのは富岡でなく、ゆき子です。
 報国道徳の裏で、後ろめたく、しかし、しばしば行われていたであろう放埒な性を、その限りまで天国≠ナ尽くしたふたりは、敗戦日本に戻らざるをえなくなると、戦時中の倫理的抑圧が解放された空間にも思える「復興マーケット」の谷間に、いったんもつれ込みます。しかし、戦後の日本で生活していくためには、かつて縛られたあらゆるしがらみと、また付き合わなければなりません。ふたりは、そんな居場所のなさに、会うたびに鬱屈をぶつけ合っては、行方知れずになって別れます。
 なのに、しつこく再会する。そして会うたびに「やる」のです。「やる」ための場所で会ったりもする。小説でも映画でも、行為そのものは一度も描写されていませんが。

 戦後の富岡は過去の夢を見るのをやめて生活を変える≠ニ繰り返すくせに、ただ流されるだけでした。それでも語の終盤で、ようやく浪々の身を処して官僚に戻り、営林技官としてひとり屋久島へ赴任する道を選びます。ところが、ゆき子は、そこまでされても富岡との関係を断ち切れず、すがるように地の果てへついていくのでした。
 ふたりが、ふたたび東京を離れて向かった屋久島は、方角こそ天国方面であったけれど、敗戦で身をすくめるかのように縮んでしまった、日本の端への流刑にほかならないわけです。
 小説では、ゆき子は美しくないまま、汚れた死に斃(たお)れました。さらに富岡は、ゆき子の死のひと月ほど後、屋久島から鹿児島へ渡りますが、そこでもう酒場の女とやってしまいます。雨が降り続く島に土葬した遺体を、そのままにしてはおけまいと思いつつ、屋久島に戻る気はなく、かといって東京へ帰る気もせず、ただ性欲という天国の夢に、中毒状態に陥ったきりのように、富岡は書かれています。そして腐っていく死者と、生きながら腐る者を投げ出して、小説はあっけなく終わります。

 林芙美子のことはほとんど調べていなくて、推測にすぎませんが、『浮雲』は生前最後の刊行作という形です。急死でしたから最終作と意識してはいなかったでしょうが、この小説にはどこか、戦中のわが身を断罪するような思いがなかったかと、感じていました。
 話の展開がくどく、かなり読みづらいこの小説を再読したら、虚無感から抜け出すのに苦労しました。登場者たちが感じているよりも、読んでいるこちらのほうがひどくはまってしまうのです。
 それが、なんとなく救われてしまうような、名ラストシーンをあらためて見たら、映画『浮雲』に、複雑な思いがありました。見た回数もさることながら、好きな邦画は、といわれたらすぐあげる映画であったし、その気持ちは変わらないけれど、なぜ好きかといわれると、このさきは説明に窮するでしょう。
 なおロケ撮影は一部のみで、ベトナムの場面はむろんベトナムで撮ってはいません。戦地派遣作家としてはなばなしく活躍した林芙美子も(女流では二人のみ)、ベトナムには行っていないようです。

 東京・新宿区の、西武新宿線中井駅からすこし歩いたところに、林芙美子記念館があります。
 区立施設ですが、林が戦前に土地を買って注文住宅を建て、昭和16(1941)年から、亡くなる昭和26(1951)年まで住んだ家です。
 立てこんだ宅地の中、緑に囲まれた落ち着いた日本家屋で、壮大な豪邸というほどではありませんが、放浪の時代をへて一躍、流行作家となった林が、こだわり抜いて建てた家だそうです。
 そうと知って見て回ると、間取りや作り付けの造作ひとつひとつに、やや居たたまれなくなってくるほどに、主の思い入れが見てとれるように思いました。

 二度、行っていますが、初訪時に驚きを感じた場所があります。
 かなり後になってから、その場所を見るためだけに行き、同じ印象を受けました。
 それは風呂場です。
 おそらく記念館にするため、修繕かなにかで貼り替えたか、タイルは新品のようで、桧(でしょうか)の埋め込み浴槽も、さして古びておらず、清潔な空間です。昭和の初めにこう造ったなら、まさにこだわりの内装です。
 ただ、台所脇のごくせまい一角に、二棟つづきの家屋の広さにそぐわない息苦しいような感じで、その小さな風呂場はあり、磨硝子の引き窓こそついているものの、たしか電球光で暗ぼったく照らされていました。
 それはなぜか、映画『浮雲』で、森雅之と高峰秀子が自殺ごっこめいた逢瀬にしけ込んだ伊香保で、ふたり淫らにだらしなくつかり込むせまっ苦しい共同浴場の小さな浴槽を連想させて──そんな旅に来ているくせに、森雅之はしっかり岡田茉莉子もコマし、同じ風呂にいっしょにはいってしまうのだけど──そのイメージをふり払うことができず、低めに落とし込んだ記念館の風呂桶を、ぼんやり見ていました。
 もうひとつ、夫君のためのアトリエが別棟にしつらえられているのですが──現在は展示室になっています──それも、どことなく「とってつけた」感じがして、気まずいような、おかしな気分になりました。
 本来なら、編集者ら来訪者をさばくための特徴ある玄関の造作などのほうに、関心をもつはずですが、それよりよほど強く記憶に残る、林芙美子の家のふたつの造作が、映画に結びつける意味などなにもないのに、今回『浮雲』を見ている間、どうしても思い出されました。(ケ)

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※写真は海外版DVD
Originally Uploaded on Jun. 13, 20:45:00
posted by 冬の夢 at 00:05 | Comment(0) | 映画 邦画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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