2021年04月04日

『トムとジェリー』と「真ん中のお話」(TV放映全作品リスト付き)

 『トムとジェリー』が映画館で公開されている。「誕生80周年記念」で新作が作られたらしいのだが、もともと『トムとジェリー』は映画館向けに製作され、本編の間に上映された短編アニメーションなのだった。
 時は1940年にさかのぼる。当時のアメリカ映画においてアニメーションと言えばウォルト・ディズニーの作品とイコールだった。ディズニーは1937年に初の長編アニメ『白雪姫』を完成させているし、1940年公開の『ファンタジア』ではアカデミー賞特別賞を獲得している。ディズニーに対抗し得たのは、ポパイやベティ・ブープをフィーチャーしたフライシャー・スタジオだけだったが、やがてハリウッドのメジャースタジオ各社(※1)が”cartoon”と呼ばれるアニメーション映画製作に乗り出す。ミュージカルを得意としたMGMも例外ではなく、アニメ部門のプロデューサーにフレッド・クインビーを指名し、アニメ映画製作体制を確立した。クインビーの元で働くことになったのが、アニメーターのウィリアム・ハンナとジョゼフ・バーベラ。ワーナー・ブラザーズから移籍してきたハンナが、MGMにいたバーベラとコンビを組んで7分程度の短編アニメを作り始める。それが『トムとジェリー』の原型だ。
 日本では1964年にTV番組として放映された。私の住んでいた地域では再放送が繰り返されていたので、初見がいつだったか覚えていない。その頃の日本のTV局は番組不足で、アメリカから様々なプログラムを買い付けて放映していたから、『トムとジェリー』は他の映画やTVドラマとの抱き合わせで日本に輸入されたのかもしれない。30分枠の番組は三本の短編アニメで構成されていて、途中には、トムとジェリーが映画館のロビーで追いかけっこをしているとブザーが鳴り、トムが座席で映画を見ながら笑っている横にはちゃっかりジェリーも座っているという日本独自のインターバル動画がついていた。エンディングには「トム とジェリー なかよくけんかしな」という歌が流れて、こぶしを利かせた歌い方がアメリカ製アニメには不似合いだと感じたのは私だけではなかっただろう。
 何回目かの再放送時、高校生になっていた私は『トムとジェリー』の全タイトルをノートに書き溜める作業を続けた。地方TV局での放映は土日を除いて毎日午後6時からだったので、その数ヶ月間、高校から帰宅すると必ずTVにかじりついていたことになる。まあ高校では落ちこぼれていたし、つるむような友だちもいなかったので日々のわずかな慰めにもなっていたのだろう。ノートを廃棄するのももったいないので、以下に転記しておくことにしよう。

数字は放送回・【'00】はナレーターの谷幹一が「00年のアカデミー賞作品」と紹介したもの(実際にはアカデミー賞短編アニメ賞)
1 白ねずみは人気者/くたびれぞんの魚つり/ワルツの王様
2 お好みサンド/新カルメン物語/ジェリーの親友
3 ギリシヤ物語/ご自慢のバーベキュー/友達はいいな
4 やきもちやき/白いくじら/お人形新発売
5 なかよし/呼べど叫べど/海のバカンス
6 夢と消えた百万弗/竜退治/仲間割れ
7 捨てねずみ/いんちき狐狩り/(記載漏れ)
8 赤ちゃんはいいな/腹ペコおおかみ/お化け騒動
9 勝利は我に【’43】/お金と友達/手ごわい奴
10 目茶苦茶ゴルフ/メキシコ良いとこ/ネズミとり必勝法
11 寂しがりや/財産を狙え/悪魔のささやき
12 恋ははかなく/最優秀ボーイスカウト/夢と消えたバカンス
13 あべこべ物語/スポーツの王様/素敵なおさがり
14 裏切り者は去れ/双児騒動/猫はワンワン犬はニャーオ
15 南の島には土人がいたよ/西部開拓史/映画大会
16 アカデミー賞ピアノコンサート【’46】/幸福を呼ぶ小人/ジェリー街へ行く
17 インデアンごっこ/西部の大決斗/ナポリよいとこ
18 パパの教育/チャンピオン誕生/腹ペコブッチ
19 花火はすごいぞ/デキシーランド犬/失敗は成功のもと
20 オーバーな奴/スピード狂/玉突きゲームは楽しいよ
21 トム君空をとぶ/勝利はいただき/すてきなママ
22 何が何だかわからない/いたずら教室/やんちゃな生徒
23 ジェリーとジャンボ/ドルーピー君サーカスへいく/テニスなんて楽だね
24 人造ネコ/ブルさんはおねむ/強敵あらわる
25 ブルおじさん/名犬チビ/星空の音楽会
26 恋のとりこ/竜退治/お家はバラバラ
27 ここまでおいで/逃げてはみたけれど/トラになったトム
28 バラ色の人生/いたずらモグラ/ジェリーと金魚
29 夜中のつまみぐい/冬眠中はお静かに/ただいまお昼寝中【’45】
30 台所戦争【’48】/呪いの黒猫/メリークリスマス
31 ごきげんなイトコ/かしこい子ガモ/ショックで直せ
32 復讐はほどほどに/只今静養中/おしゃべり子ガモ
33 パパは強いな/海中探検/可愛い逃亡者
34 海の底はすばらしい/かかしにご用心/トムさんと悪友
35 母をたずねて/親切好き/ジェリーの日記
36 可愛い子猫と思ったら/宝さがし/パーティ荒らし
37 ふんだりけったり/よい子のしつけ方/おめでたいアヒル
38 トム氏の優雅な生活/なんでもいただき/土曜の夜は
39 我こそ勇者/どちらが賢いか/空飛ぶほうき
40 忍法ネコだまし/小鳥が好き/恐怖の白ネズミ
41 西部のあばれ者/メンコイ仔馬/へんな魚つり
42 武士道修業は楽じゃない/へんてこなオペラ/バーベキュー戦争
43 透明ねずみ/悪人の誕生/トムのガールフレンド
44 (記載漏れ)
45 仲良し同盟/へんな体験記/猫はやっぱり猫でした
46 止まらないシャックリ/ぼくはジェット機/こわいお手伝いさん
47 氷あそび/(記載漏れ)/(記載漏れ)
48 親切なトム/こんなお家は/居候
49 ネズミの学校/ねむいウサギ狩り/ブルさんのピクニック
50 (記載漏れ)
51 (記載漏れ)
52 愛しい浜辺/楽しい農場/ダンスは楽し
53 命の恩人/月に行った猫/お掃除はこうやるの
54 天国と地獄/田舎狼と都会狼/ジェリーの宇宙飛行士
55 南へ行こう/腹ペコ野良猫/王様を起こさないで
56 上には上がある/何でもウメェー/狩りはこりごり
57 春はいたずらもの/ボクはスポーツカー/計算ちがい
58 楽しいボーリング/楽しい自動車/気楽に行こうよ
59 共同作戦/森の小さな靴屋さん/にわとりばあさん
60 悲しい悲しい物語/善人エド/ひげも使いよう
61 見―ちゃった見―ちゃった/うらやましいテレビ/赤ちゃんは楽だね


トムとジェりー01.jpg

 映画やアニメを本格的に見るようになって、あらためて感心したのが『トムとジェリー』のアニメ作品としてのクオリティの高さだ。ディズニーアニメの動きが過度のリアリティゆえに微妙な気持ち悪さを感じさせたのに対して、『トムとジェリー』はスラップスティックに徹していてコミカルかつスピーディーに動きまくる。さらにドタバタで終わるのではなく、そこに洗練された上品さが加味されていたのは、やっぱりMGM製作だったからだろう。
 MGMらしさを強調していたのがミュージカル感覚に溢れた音楽。台詞はトムがジェリーにしてやられたときに叫ぶ”AH!Ow!Ow!”くらいしかないので、音楽がアニメを補完するように緻密に設計されていた。例えば列車が出てくる場面には必ず”On the Atchison, Topeka and Santa Fe”という曲が流れされる。これは1946年にMGMが製作したミュージカル『ハーヴェイ・ガールズ』の主題歌。映画館の誰もがジュディ・ガーランドの歌を思い起こす仕掛けだ。あるいは「ジェリー街へ行く」と題された一編。田舎暮らしに飽きたジェリーが一人で列車に乗って都会に出る。ネオンの煌きや車の多さに驚きながらも都会の雰囲気を楽しむジェリーだが、路地裏に迷い込み野良犬たちに追われて一目散に田舎の家に戻ってトムを抱きしめるというお話。この短編に流れる音楽はひとつのミュージカルスコアとしても大変に出来栄えが良く、『ザッツ・エンタテインメント』の名場面のひとつに入れたいのがジェリーのダンスシーン。高層ビルの屋上テラスでテーブルの生花に添えられた小さなマスコット人形と踊るジェリーにシンフォニックなジャズが流れる。ツルツルに磨かれたテーブルをスケートリンクに見立てアイスダンスのようにエレガントに踊るジェリーは、ウットリするくらい素晴らしい(※2) 。音楽を担当していたのは作曲家スコット・ブラッドリー 。MGM的センスを背景にした『トムとジェリー』の洒脱さは、ハンナ&バーベラの演出力と動画力に支えられていたわけだが、ブラッドリーの存在も欠かせなかった。アニメーターが描くほとんどすべての動作に音楽をつけて表現したのもブラッドリーの功績だ(ちなみに、日本でのTV放映時には別タイトルに差し替えられて見られなかった本当のクレジットでは、フレッド・クインビーが"Produced by"、ハンナ&バーベラが"Directed by"だったのに対して、スコット・ブラッドリーは"Musical Direction"と表記されていた)。
 一方で、クラシック音楽との融合を目指したのがトム主演によるコンサートもの。トムがピアニストになってリストの「ハンガリー狂詩曲第二番」を演奏する「ピアノコンサート」(※3)。あるいはトムが指揮者としてシュトラウスの「喜歌劇こうもり序曲」を指揮する「星空の音楽会」。いずれも安眠を邪魔されたジェリーがトムの演奏会を台無しにしてしまうという展開で、両作ともにおなじみの旋律を見事にアニメーション化している。

 さて、かつてTVで『トムとジェリー』の再放送を見ていた人たちは共通して、間に挟まっていた別のアニメーションにも深く印象づけられていたのではないだろうか。トムもジェリーも出てこない短編で、キャラクターも題材も雑多そのもの。眠そうな目をした犬が龍を退治するだとか、未来のTVでは釣り糸を垂らせば魚釣りが出来るとか、プロペラ飛行機の親に生まれたベビーがジェット機だったとか、スラングをそのまま絵にする(※4)とか、月に行った不良猫が月の騒々しさに嫌気がさして地球に戻ってくるとか…。かように「真ん中のお話」は特定のジャンルに留まることなく、ひとくくりに出来ない幅広な作品群に溢れていた。そこには憧れのアメリカ的ライフスタイル(『トムとジェリー』が比較的室内を、しかもどちらかと言えばアメリカの田舎町にあるような邸宅を舞台にしていたのに対して、真ん中のお話には工業化が進み最新の家電に囲まれて週末は優雅に狩を楽しむ、当時の理想的な生活様式を夢想させるものが多く見られた)があったし、子どもにも理解出来るレベルの精神のダークサイド(かよわいキャラクターが一時的なパワーによって権力に復讐するアイロニカルな非現実的世界)にも及んでいた。
 真ん中話を作っていたのはハンナ&バーベラとは別のアニメーターで、その名はテックス・アヴェリー。ワーナー・ブラザーズでバッグス・バニーシリーズを生み出したアヴェリーは、MGMに移籍した後にその奇才ぶりを発揮した。アヴェリーもまたアニメーションと音楽を合体させる名人で、今でも頭の中のボタンを押せば映像を再生出来てしまうのが「へんてこなオペラ」だ。歌劇場に紛れ込んだ手品師が指揮者になって、ロッシーニの「セビリアの理髪師」を歌う犬のスパイクをオペラ歌手から別のあれこれに変身させてしまう。差別的表現が含まれているので、今ではとてもTVでの放映は無理だろう。が、画面の端にチロチロと動く糸ゴミ(※5)をスパイクがプチンと取り除くという楽屋落ちは、フィルムの中の登場人物がフィルムを投影する映写機に手を出すという強烈な不条理ギャグだった。メディア自体をパロディ化したテックス・アヴェリーは、「カフカを読んだディズニー」と揶揄される(※6)ほどにハイブローなクリエイターだったのだ。

 TVで見ていたときも、放送回ごとに特にトムのキャラクターのタッチが違っていることがあり、製作年代によってキャラクターデザインや原画アニメーターが変わったようだ。トムがMGMのライオンに変わって「ニャーオ」と吠えるオープニングアニメは、ハンナ&バーベラではなく、ジーン・ダイッチという当時のチェコスロバキアのアニメーターによるものらしい。いずれにせよ映画産業の構造が変化し、MGMがフレッド・クインビーによるアニメ製作体制を中止した後の時代では、持ち前のミュージカル的音楽とのシンクロや極端にデフォルメされたオーバーアクションは消滅し、引き継がれたのは「トムとジェリー」のキャラクターだけになってしまった。
 振り返ってみると、『トムとジェリー』を見た記憶の裏側には、テックス・アヴェリーの「真ん中話」のイメージがぴったりと張り付いている。それは明るく健全な笑いではなく、アメリカの生活や社会や産業や精神や戦争や未来などのさまざまな要素がゴッタ煮に渦巻いた、不安定でアンバランスな肌触りだった。こんな感じ方をしてしまうのは、たまたま日本での放映形式が『トムとジェリー』と「真ん中のお話」のミックスだったからにほかならない。そして、その感触は公開中の”TOM & JERRY”には決して存在しないだろう。(き)

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(※1)1930年代から50年代前半までのアメリカにおいては、MGM、パラマウント、20世紀フォックス、ワーナー・ブラザーズ、RKOのハリウッド五社が、製作・配給・興行まですべてを垂直統合した映画ビジネスを展開していた。

(※2)「ジェリー街へ行く」が製作された1945年に、ジェリーはMGMミュージカル『錨を上げて』でジーン・ケリーと共演、実写+アニメのペアダンスを披露している。

(※3)「ピアノコンサート」は記録を見ると1947年アカデミー賞短編アニメ賞受賞作品になっている。その前年にワーナー・ブラザーズではバグス・バニーが全く同じ曲を弾く「ラプソディ・ラビット」を公開した。製作時期がほとんど同じだったためにMGMとの間で盗作紛争が起きたらしい。そんな類似作があることをYouTubeで見て、最近初めて知った。

(※4)雲がかかって土砂降りになると空から犬と猫が次々に降ってくる。”rain cats and dogs”という英語表現だけはすぐに覚えた。

(※5)フィルムを投影する映写機においては、フィルムを送り続けるために間欠運動を繰り返すスプロケットにゴミが溜まりやすい。映写中にフィルムとレンズの間にゴミが入ると、スクリーンの端に黒く細い糸が小刻みに揺れ動く影が映されることになる。

(※6)「アニメーションのギャグ世界」(森卓也著・1978年奇想天外社刊)より引用した。



posted by 冬の夢 at 22:48 | Comment(1) | マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 わたしは、日本初回放送の時点では幼なすぎ、テレビで見た記憶はやはり再放送版になるはずです。小学校高学年、もしくはすでに中学生だったのでは。
 テーマ曲の奇妙さは、わたしも印象的でした。アメリカ風なアレンジ感もあるんですが、どこか浪曲か浪花節みたいな感じなのです。そういえば「真ん中のお話」のドルーピーの吹替は玉川良一(顔も似ている)でしたし。
 音楽とドタバタだけで笑って時間が過ぎていくのが楽しかったので、テーマ曲の「ネズミだって生きものさ、ネコだって生きものさ」「なかよくケンカしなっ」っていう歌詞にも、違和感がありました。どことなくムリっぽい説教めいていて。
 また、トムとジェリーがいる家のお手伝いさんでしょうか、まれに「人間」が登場する場面も苦手でした。登場のさせかたに問題があるということで、現在はソフトリリースになっていなかったり、作り直されたりしているようですが、当時はその問題は理解できず、トムとジェリーが必死でドタバタをやっている空間より、はるかに大きな人間世界(お手伝いさんの足しか映らない)が、場面を覆ってしまう感じが、なんとなく怖くなった、ということだけ記憶しています。
 音楽とドタバタのシンクロ、絵つきの音楽を笑って楽しむ、という意味でか、おとなになって以後に見たのはほとんどの場合、仕事で外国に行かなければならなくなったときの飛行機の中でだったような。行くときは不安だし、帰りも不安(たとえ仕事がうまく終えられていても、取りこぼしがないか、帰国後にうまくまとめられるかなど)だったから。国際便機内では、封切海外映画をひと足早く見られたり、国内公開がありえなさそうな映画が見られる、ということもあったのですが、仕事のときは「Tom & Jerry」を見たように思います。
Posted by (ケ) at 2021年04月08日 13:31
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