2020年12月25日

村薫『冷血』とカポーティ『冷血』を読み比べしたこと

 年末になると必ず思い出されるのが、2000年12月30日深夜から翌未明に東京都世田谷区で発生した一家殺人事件のこと。大掃除や買い出しを終えた夕方に家人の実家を訪れたときにひどい事件が起きたのを知らされ「大晦日なのに…」と絶句した憶えがある。大晦日は殺人事件に最も相応しくない日のように思えたからで、外国人犯行説が流れたときには妙に納得してしまった。指紋や遺留品が数多く残されていたのに犯人が不明のままなのは、ご遺族や関係者にとってさぞやるせないことだろう。早く事件が解決されることを祈るばかりだ。

 この世田谷一家殺人事件を題材とした小説が村薫の『冷血』。村薫は『レディ・ジョーカー』でも江崎グリコと森永製菓が標的となった青酸入り菓子ばらまき事件を取り上げている。なので『冷血』を読み始めたときには、あの大晦日の悲惨な事件を追体験しなければならないのかと気分が沈み込み、冒頭を読んだだけで一年以上放置してしまった本だ。しかし、読み進めてみると世田谷の事件を想起させるのは導入部だけで、小説自体は本のタイトル通り、トルーマン・カポーティの『冷血』(※1)を村薫流に換骨奪胎したものだった。

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 東京西が丘で歯科医一家四人が惨殺された。警察は逃走車から割り出した犯人を逮捕する。井上と戸田の二人は犯行を認め取調べに応じるが、警察は二人に殺人の動機がないことに困惑する。捜査が終了した後も、担当刑事は判決を待つ二人と連絡を取り続けるのだが…。

 小説の章立ては三つに分かれていて、第一章では殺す側の二人と殺される側の四人の事件当日に至る日常が交互に叙述される。第二章は捜査本部の地道な聞き込みと科学捜査によって犯人が捕まるまで。第三章では、犯人の取調べを経て判決から執行への経過が描かれる。カポーティの『冷血』に似ているのは、両作ともにカポーティが創始者とも言われているノンフィクション・ノベル風に書かれているからで、特に村薫の『冷血』は日付と時間を節ごとに明記し事件を時系列に追っていて、それがいかにもルポルタージュ的な装いになっている。しかしながら、カポーティがカンザス州で起きたある殺人事件の事実を徹底的に取材して小説として再構成しているのに対して、村薫は世田谷一家殺人事件の衣だけを借りた創作に終始している。もちろん捜査の段取りや送検手続きなどは微に入り細に入り現実に即したリアリティを追求しているが、本質的には完全なフィクション作品なのである。
 ふたつの『冷血』の小説としての共通点は、殺人事件などまるで関係のない普通の幸福な日常を送っている家族が突然皆殺しにされること。殺人を犯すのがディックとペリー、井上と戸田という男二人であり、いわゆるステレオタイプの極悪な犯罪者ではなく、どちらかと言えば周囲を惹きつける魅力を持った人物であること。そして犯人の片方が鎮痛剤を服用していること。その程度だ。
 逆に全く相容れずに大きく違っているのが、殺人の動機について。カポーティ版では、ディックは現金強奪の目撃者を残さないために予め一家全員を殺害することを明言しているし、相棒のペリーもそれを否定しない。更に言えば、犯行後にペリーは最後の目撃者でもあるディックこそを殺しておくべきだっと悔やみさえする。かたや村薫の『冷血』では、留守だと聞いて金目当てに侵入した家の一家が外出前だったことから、井上がたまたまその家の主人を殴り倒すことになり、そこにたまたま現れた妻を脅そうと思いつき、しかしたまたま目が合ったから殴りつけたと言う経緯で殺人が起こる。それがきっかけとなって、戸田は勘定合わせをする気持ちで子ども二人を殺す展開になり、それは井上も戸田もほんの少しも想定しなかった出来事だった。だから、事件は無計画でも場当たり的でも衝動的でもなく、ただ単に殺人という事実だけが生じてしまった結果なのだった。
 ところが、警察が容疑者を送検するにはそれでは通用しない。すべての犯罪には犯人がいて、犯人がいる限りにおいては犯行を生じさせた動機が必要で、その動機に沿った行動を筋道立てて言葉で説明しなくてはならない。なぜならそれが犯罪を立件するために不可欠だからだ。供述調書とは、その名の通り尋問に対して答えたことを文章として記録したもので、書名押印されると裁判で証拠として採用されることになる。その供述には動機がないなどと言うことは許されないのだ。
 井上と戸田が逮捕された後の取調べは精緻に描写されるが、その中で検察の担当検事は警察の捜査担当者にこう告げる。

 「今後の取調べの重点項目としては、先ほども言ったとおり、まずは動機です。(中略)何度も言いますが、これが解明されないことには話にならない」「次に故意。これも慎重に願います。(中略)ある時点で強盗に変化し、ある時点で殺害行為に至ったことについて、確定的な故意か未必の故意かを、慎重に見極めること」(第三章 2003年4月14日月曜日)

 しかし、取調べの過程で井上と戸田から発せられるのは「分からない」「覚えていない」「何も頭になかった」「理由はとくにない」「何となく」「思い出せない」などの言葉ばかり。それでも警察の捜査本部は、二人の過去まで丁寧に洗い出して、第三者から見た井上と戸田の人物像を浮かび上がらせていく。それらは最終的には主語と述語と目的語が明快にされた文章に取りまとめられて、裁判での起訴状になり、冒頭陳述書になって行く。すなわち殺人を犯した本人たちですら自覚していなかったり曖昧だったりしたことが、裁判向けに5W1Hに沿って理路整然と語られる行動記録へと変容するのだ。村薫の『冷血』の怖さは、殺人事件のおぞましさよりも、むしろこのようにして裁判用の事実が作られる公訴システムにある。犯人は確かに殺人を犯した主体者ではあるが、犯行時の意識と行動はシステムによって支配されている。公訴された途端に犯人は個人ではなくなり、必要書類に登場する人物としての役割の中に埋没してしまうのだ。
 検察が犯人を起訴することを仕事とする一方で、取調べを行う警察の捜査担当者は犯人とは直に人対人として接している。真相を解明しようとすればするほど、人は非常時においては、一貫性も統一性もなく支離滅裂な行動をするものだと気付く。そんな人の弱さへの共感があるからこそ犯人も捜査官に本音を話すのだ。ところがその本音だけでは供述にはならない。調書を作らなければならないから、犯人の本音とは違う文章が作られることになる。
 その狭間に置かれながら『冷血』の主人公である捜査本部の合田雄一郎は、井上に「利根川図志」という本を与え、戸田とは映画「パリ、テキサス」の話をする。留置場の犯人と手紙のやりとりをする合田は、事件と向き合ううちに殺人を犯した二人の人物と心を通い合わせ始める。合田にとっての二人は単なる残忍な殺人犯ではない。井上も戸田も普通の人たちと同様にそれぞれの人生をそれなりに歩んで来た生活者なのでもある。けれどもそんな刑事と犯人の交流は、当然のこととして突然に中断される。戸田の獄中死と井上の死刑執行によって。
 カポーティの『冷血』でも、ネイティブ・アメリカン(原作ではインディアンの表記)の血が流れるペリーは、留置場兼家屋の主婦から同情され、小さな窓伝いにリスを手懐ける。小説に登場するペリーは、実際にクラッター一家殺人事件の犯人ペリー・スミスその人であり、トルーマン・カポーティは特にペリーに興味を持って文通を始めたと言う。カポーティはペリーと交流しつつ、ペリーが処刑されることを待ち望む気持ちを抱いていた。実在したペリーは、合田雄一郎ほどの共感者は持たないままに処刑されたわけだ(※2)。村薫はカポーティとペリーの関係を合田雄一郎に置き換えて小説化した。しかし村薫が創作したフィクションに比べると、カポーティのノンフィクション・ノベルのほうが、より残酷な成り行きであったのかも知れない。

 ところで本作は村薫によるいわゆる「合田雄一郎シリーズ」の第四作に当たる。『マークスの山』で初登場した合田雄一郎は、『照柿』『レディ・ジョーカー』を経て、本作では捜査本部で捜査員たちを管理監督する立場になっている。歩きやすいからとスーツなのに白いスニーカーを履いているという設定は当初から変わらず、しかし『照柿』と『レディ・ジョーカー』で見せた絡みつくような執念深さは影を潜めて、本作の合田雄一郎には実務経験の積み重ねがもたらすゆるぎなさのような佇まいが感じられる。
 小説を映像化した作品で、この合田雄一郎というキャラクターを演じたのは、中井貴一(映画『マークスの山』)、三浦友和(TVドラマ『照柿』)、徳重聡(映画『レディ・ジョーカー』)、上川隆也(TVドラマ『マークスの山』『レディ・ジョーカー』)の四人。三浦友和が良かったらしいのだが、NHK製作のドラマは未見。それでもこの四人とも「何となく」合田雄一郎のイメージとは違うような気がする。誰がぴったり来るのかと問われれば納得の回答は出来ないのだが、現役の俳優では加瀬亮あたりがそれらしい雰囲気を持っているのではないだろうか。やや線が細く暗めで、キレるとトンデモなさそうな感じ。昔の役者なら『人情紙風船』に出ていたときの河原崎長十郎なんかが似合いそうと思うものの、まあさすがに古過ぎるか。(き)

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(※1)『冷血』(トルーマン・カポーティ著/佐々田雅子訳/2006年新潮文庫刊)

(※2)アメリカ合衆国カンザス州は死刑を廃止していないが、1976年以降、死刑は執行されていない。(日本弁護士連合会調査より)




posted by 冬の夢 at 22:23 | Comment(0) | 文芸・読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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