2020年12月18日

「男はつらいよシリーズ」全作品鑑賞苦行記 C(にて打ち止め)

 「男はつらいよシリーズ」連続鑑賞。第三十五作まで見て、ついに棄権することにした。理由は後述の通り。製作順、タイトル、公開年、マドンナ女優、採点(双葉十三郎基準)、特徴、満男の動向の順です。


[27]『男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎』1981年8月 松坂慶子 ☆☆☆
【特徴】お墓参りに来た松坂慶子に寅がいきなり声をかけるのはどうしたって無理筋。墓場でナンパなんてあり得ないだろと見ていたら、これがなんと大阪を舞台にした上出来な喜劇。松坂慶子の夫役は先日亡くなった斉藤洋介。芦屋雁之助はもちろんのこと、脇がしっかりした拾い物。
【満男】松坂慶子の嫁ぎ先の対馬がどこにあるか寅に優しく説明してあげる満男。中村はやと君には申し訳ないが、吉岡秀隆は段違いの存在感。

[28]『男はつらいよ 寅次郎紙風船』1981年12月 音無美紀子 ☆☆★★★
【特徴】音無美紀子が「うちの亭主から俺が死んだら女房を頼むとか言われなかった?」とわざわざ訊いているのにウヤムヤにする寅。テキヤ女房経験者でリリーよりよっぽど現実感のある相手なのに踏み出せない。ま、寅が結婚したらシリーズも終わってしまうんだけど。
【満男】「朝、目が覚めたら死んでたりしてな」と言う寅に「死んだら目は覚めないよ」と誤りを正す満男。少しだけ台詞が増えて来た。

[29]『男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋』1982年8月 いしだあゆみ ☆☆☆
【特徴】人間国宝の陶芸家役を十三世片岡仁左衛門が段違いの品格で演じる「先生もの」。陰があるけど肉体を感じさせるいしだあゆみが、寅のいろんな意味での不器用さを露わにしてしまう。中盤までとらやに帰らない構成も珍しい異色作。キャメラがズームを使い過ぎだけど。
【満男】デートに引っ張り出された満男は「帰りの電車でおじさん泣いてたよ」と報告して居間に消える。本作では立派なバイプレイヤーだ。

[30]『男はつらいよ 花も嵐も寅次郎』1982年12月 田中裕子 ☆☆★★
【特徴】沢田研二と田中裕子の仲を取り持つキューピッドもの。「飯食って、糞して、恋をするんだ」と言う寅だが、本作では恋をしない。田中裕子と何も気にせず手を繋いで歩くのがその証拠だ。若い二人が互いに好きになる理由が伝わらない脚本のまずさにも関わらず、沢田研二は関西弁でいい味を出している。
【満男】恒例である巻頭の夢から満男も登場するようになる。全盛期のジュリーが歌い踊る撮影現場に立ち会えるとはなんて幸運な子役だろうか。

[31]『男はつらいよ 旅と女と寅次郎』1983年8月 都はるみ ☆☆★★
【特徴】マドンナが有名人という設定は『ノッティングヒルの恋人』を先取りしているが、失礼ながら都はるみではジュリア・ロバーツに比べようもない。
【満男】運動会騒動の際に「お父さんやお母さんがいない子もあるんだから」とか「おじさんから電話があったら謝っておいて」とか殊勝な台詞が目立つ満男も、もう六年生なのだった。

[32]『男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎』1983年12月 竹下景子 ☆☆★★
【特徴】竹下景子が寅の告白を求めて備前高梁から上京したのに、寅は最後まで逃げまくる。マドンナの失恋のさせ方があまりに無惨で見るに忍びない。寅が博の父親の墓参りをする場面で始まる本作公開の前年、志村喬は七十六歳で亡くなっている。
【満男】博が工場へ投資をしたお返しにタコ社長からパソコンを買ってもらった満男。NECがPC8001を発売したのが1979年だからかなり初期の段階で小六の満男はパソコンに触れていたことになる。

[33]『男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎』1984年8月 中原理恵 ☆☆★
【特徴】保護者面した寅、寅を求めつつ渡瀬恒彦との仲に口出しするなと言う中原理恵、ラストの結婚式で熊に襲われる寅など、変化球がすべてすっぽ抜けていて、見ているのがツライ。そんな中でどんなことを聞かれても真面目に論理的に答えてしまう博の可笑しみが目立つ。
【満男】中学に入学してブラスバンドでフルートを担当。パソコンも続けている様子で、明らかに体育会系ではないことがわかる。

[34]『男はつらいよ 寅次郎真実一路』1984年12月 大原麗子 ☆☆
【特徴】証券マン米倉斉加年が酔った寅を自宅に泊める。翌朝妻大原麗子はいきなり「寅さん」と呼び、その後夫が失踪するととらやで一緒に食事する。そんな話、あるわけないだろ!と怒りが込み上げてくる。なぜ大原麗子がマドンナをやると脚本がめちゃくちゃになるんだろう。会議室のバナナのシーン以外、見る価値なし。時間の無駄。
【満男】いきなり背が伸びて、もう子どもではなくなった満男。ブラスバンド仲間の女の子が迎えに来たりしていい感じ。

[35]『男はつらいよ 寅次郎恋愛塾』1985年8月 樋口可南子 - - - -
【特徴】樋口可南子は祖母の最期の一日の様子を寅に聞きたいだけ。それだけの女性が寅に「会いたい」と手紙を出したり、突然訪問して来た寅を一人暮らしの部屋に入れたりするだろうか。シリーズはついに寅の恋のために他のキャラクターをハチャメチャにしなくてはならない構造にはまり込んでしまった。禁じ手の早送り見をしたため、採点する資格はありません。
【満男】反抗期っぽい設定で、将来は音楽家になりたいと言う台詞もあるが、単なる点景で終わる。結局のところとらやの人びとも絡みようがないと言うことか。


 完走するつもりだったがもうダメ。喜劇だから笑って見るはずの映画なのに、見ているうちに腹立たしい気分にさせられるようになってしまった。『男はつらいよ』の魅力の根本は、世間の常識に捉われない車寅次郎の自由な生き方にあったはず。同時に、寅の自由さに励まされてマドンナが新しい人生を歩んで行こうとする、女性の成長物語でもあった。その意味において寅次郎はマドンナにとってのメンターであって、メンターたる寅は女性たちに世間を気にすることなく自分らしく自由に生きることを、言葉ではなく態度や行動で助言してきたのだった。その独特なメンタリングに感謝するマドンナたちの気持ちを、寅次郎が自分に対する愛情と勘違いしてしまう。その感情のすれ違いが『男はつらいよ』のおかしみであり、渥美清が寅次郎を演ずる楽しさだった。
 ところがいつのまにかシリーズはエモーションではなくシチュエーションのみに傾いてしまう。ワンパターンからの脱却を図るためには仕方がなかったのかも知れない。さらには渥美清の加齢とともに、寅次郎は明らかに恋をする年代ではなくなった。マドンナが寅の自由さから学びたくなるような感情を持ち得ないとしたら、強引に寅とマドンナを引き合わせる状況を設定しなければならない。
 例えば『真実一路』。「今回は夫が失踪してしまった人妻を寅が助けると言うシチュエーションで行こうか」と言う状況設定が先にあったとしか思えない。だから寅は大企業のサラリーマンと知り合わなければならないし、そのサラリーマンの家に行かなければならないし、その家にいる妻と二人きりにならなければならなくなる。夫が酔っ払って深夜自宅へ連れ帰ったどこのどいつだかわからない中年男に、甲斐甲斐しく朝食を用意する妻なんて、世の中に存在しますか?しかもいくら夫がそう呼んでいたからと言って、いきなりその中年男を「寅さん」と呼びますか?あり得ない、あり得ない、絶対にない!さらに悪いのは、妻が寅を追いかけていく状況を作るために、寅が御守りを忘れて妻がそれを走って届ける展開にしたこと。寅が首から下げた御守りを外したところなんて見たことないし、そんな大事なものをどうして置き忘れることがあるのか。あるとしたら、故意しかない。つまり寅は忘れ物を届けてほしいからわざと御守りを置いて家を出たのだ。
 そんな勘ぐりをさせてしまうほど、登場人物のエモーションが全く描けなくなってしまった。普通に考えればあり得ないことを、シチュエーション重視で無理矢理に独善的に進めてしまう。すると本来すべてのものから自由で無心だったはずの寅次郎が、どんどん下心の塊に見えてくるのだ。おまけにマドンナとの年齢差は離れるばかり。マドンナが美女であればあるほど、寅が下品なスケベ爺に堕してしまう。渥美清は真面目な人だったから与えられた脚本の通りに忠実に演じたのだろう。しかしいくら生粋の喜劇人であった渥美清と言えども、エモーションがない人物を喜劇的に演じることは出来ない。面白くもおかしくもない喜劇はたくさんあるけれど、見ていて不愉快な気分になる喜劇は少ない。残念ながらそんな稀少な映画になってしまったのが、「男はつらいよシリーズ」の三十作以降なのだった。
 1980年代は、日本映画が公開本数において初めて外国映画に抜かれた低迷期(※1)。松竹や東宝などの大手メジャー映画会社は自社製作のリスクを取らず、配給だけで興行収入を上げることに専心していた。そんな中で「男はつらいよシリーズ」は数少ない松竹の自社製作作品。作れば必ずヒットする定番コンテンツだ。作品の質が落ちたからと言ってシリーズを打ち切る決断は、当時の松竹には誰にも出来なかった。それ自体が日本映画低迷の証左でもある。

 そんなわけで完走出来なかった悔しさはあるものの、もう見なくてもいいんだと言う解放感もある。だからこそ「苦行」だったわけだが、シリーズへの悪印象を持ったまま棄権するのは辛いものがある。さらに言えば、渥美清が亡くなった日、TVで追悼番組として放映されたのが『寅次郎真実一路』(※2)だったらしい。あーあ、なんで『相合い傘』か『夕焼け小焼け』をやってくれなかったのかなあ。偉大な喜劇人を追悼するには一番相応しくないセレクションだったと思う。(き)


■「男はつらいよシリーズ」全作品鑑賞苦行記 @〜B は→こちら←


真実一路.jpg


(※1)日本映画産業統計(一般社団法人日本映画製作者連盟が1955年から公表)によると、邦画公開本数が洋画を初めて下回ったのが1987年。そのまま低迷し続けた邦画が洋画を追い抜くのは2006年のこと。

(※2)渥美清は1996年8月4日に六十八歳で亡くなった。8月9日の日本テレビ系「金曜ロードショー」では急遽予定していた作品を変更して『寅次郎真実一路』を放映した。



posted by 冬の夢 at 18:00 | Comment(3) | 映画 男はつらいよシリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この映画は中学時代、学校の文化教育の一環ということで全校生徒で見たのですがあまり印象に残らず、大人になってから見てもどこかついてゆけない部分があります。喜劇なんだからそのまま楽しめばいいとは思うのですが、「き」さんの記事を読みながら色々と知ることができ、なるほど。。と感じていました。打ち止めということですが、もしまた続けていただけることがあれば楽しみにしています。
Posted by tiro at 2020年12月18日 20:55
ご本人には本当に辛いことだと思いますが、どうかやめないでください!!!
映画そのものは、こんなマンネリでつまらないシリーズなのになんでこんなに続いてるんだろう、と思いながらも、テレビなどで惰性で見てしまっていましたが、、、(き)さんの辛口批評がどんどん冴え渡ってきて、今回なぞ読みながら何度も爆笑してしまいました。映画を見るよりよっぽど面白いし、「会議室のバナナ」ってなんだろう、と思って、駄作と知りつつ見てみようか、と言う気にさえさせられてしまいます。どうかどうか、最後まで続けてください。そして全作品を見たものだけが言えるセリフをバチーッと最後に決めて終わってください。
途中で(それもあと14本!というところまできて)やめてしまわれるのは、あまりに惜しいです!
Posted by busca at 2020年12月18日 21:46
tiro様、busca様、あたたかな励ましのお言葉をありがとうございます。いつかまた、このシリーズを見たくなったときに、苦行を再開することにいたします。
Posted by (き) at 2020年12月19日 22:29
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