2020年06月07日

小林正樹『怪談』 〜 映画における美術の役割

 小林正樹監督の『怪談』を見ようと思ったのは、岸惠子の「私の履歴書」(※1)に『怪談』にまつわる逸話が出てきたから。パリに住む家族と離れて京都で長期間撮影した『怪談』が、めでたくカンヌ映画祭に出品されたものの、上映時間が長過ぎるという理由で、岸惠子が出演した「雪女」のエピソードを小林正樹がまるごとカットしてしまったのだと言う。岸惠子の出演作は『おとうと』と『ザ・ヤクザ』くらいしかまともに見たことがないのに気づき、長尺に慄きながら『怪談』を見始めた。が、剣呑な気分は吹っ飛び、あっという間の三時間。『怪談』はなんとも濃密な映画なのだった。
 その濃密さの正体は他でもない美術だ。「黒髪」「雪女」「耳無法一の話」「茶碗の中」の四話によるオムニバス形式。当時の日本映画の代表的俳優が集結したオールスターキャスト。日本の伝統芸能を踏襲した武満徹の音楽。着目すべき点がたくさんある中で、『怪談』を『怪談』たらしめているのは紛れもなく美術なのだった。
 と大見得を切ったわりに、映画における「美術」とは何のことかをはっきりとは説明が出来ないこの体たらく。そこであらためて映画美術について調べてみることに。まず最初に辿り着いたのは「日本映画・テレビ美術監督協会」なる団体。まさしく当事者たちは自分たちの「美術」という仕事を下記のように定義している。

映像製作に係わる仕事の中で美術とは、撮影や照明、録音などの仕事に比べ内容が広範囲にわたるために、多くの職種・職能があります。そしてそれに関わる多くの人が、作品の制作過程初期から打ち合わせに参加し、準備を行い、撮影現場で仕事を進行させていきます。仕事内容が多岐にわたるため、一言で説明することは難しいですが、映画や映像作品の画面に映っているもので生身の俳優以外、全てが美術の仕事だと思っていただけるのが一番かもしれません。(※2)

 「一言で説明することは難しい」と言っちゃうところが、いかにも美術の人たちが集まった協会らしい。なんだかわかったようなわからないような説明なので、その後に続く「職種・職能」を見てみた。

装置(大道具)
装飾(小道具)、持ち道具、電飾、フードコーディネート
衣装デザイナー、衣装、スタイリスト
結髪、床山
ヘアメーク、美粧、特殊メーク


 製作物・職種・職掌が混在していて、こちらもやっぱり美術系らしさの一覧ではあるが、撮影現場的に言えば、すべてに「さん」を付け加えることで成立する分類なのかも知れない。「大道具さん」「電飾さん」「衣装さん」「ヘアメークさん」などなど。まあ、表現方法に拘るのはやめにしておいて、ここに並ぶ仕事そのものに目を向けると、確かに映像に映し出されるものすべてに関わるのが「美術」なのである。そして、これらの多岐にわたる仕事がバラバラにならないようにするコントロールタワーが「美術監督」という役割になる。こちらは一応正式な定義が、所轄官庁(経済産業省)によってなされているので引用してみよう。

美術監督
プロダクション・デザイナーが作成するデザインや図面を基にセットを作成。欧米の中規模以上の作品ではプロダクション・デザイナーと美術監督の2つの担当者が存在することが多いが、低予算作品の場合など美術監督が一人でプロダクション・デザイナーを兼任することがある。日本では通常、美術監督のみ。(※3)


 んん。「プロダクション・デザイナー」というのが出てきたので、そちらをあたってみると。

プロダクション・デザイナー
作品全体の視覚的、美術的デザインを担当。日本ではこの職種はあまり認識されておらず、美術監督が担っている。(※3)


 つまるところ日本映画においては「美術監督」が、作品全体のデザイン設計から、それを図面化して造作物にするまでの一連の仕事を、ひとりでとりまとめる役割を担う。換言すれば「被写体づくり全般」といったところか。映画製作の現場でキャメラにおさめる前に、監督が思い描くイメージを出来る限り現実化すること。当然、俳優がその中心にいるわけではあるものの、その俳優とて髪型やメークアップ、衣装、持ち物によっていかようにでも変化させられる。そう考えると美術監督という仕事の重要さがより重みを増してくる。
 もちろん映像として撮影されることが目的なのだから、被写体としてどう映るかが肝要だ。そのためにはデザインという言葉から来る洗練された創造性だけでなく、職人的な細工が求められてもいた。美術助手として黒澤組に入り、後に美術監督として黒澤映画を支える村木与四郎は、その細工の事例についてこう語っている。

「八百屋にする」って使いますね。八百屋の店先で、奥の方に行くにつれて少しずつ高くなって野菜がよく見える。あれから来てると思いますが、奥行きを出すときの言葉です。だから、例えば刑務所なんかあると、ある程度のところまでは普通ですよね。そこに鉄格子があって、向こうにまた鉄格子があるわけですけど、その奥の方の格子から「八百屋」で始めていくんです。だからそっちに人は入れない。まァ、遠近法を使った錯覚で、奥の方までセットがあるかのように見せる。それが「八百屋」です。(※4)

 統一されたデザインコンセプトと職工的な技巧の両立。そして大道具さんから床山さんまで、多種多様な分野の専門家である職人たちをまとめ上げる人心掌握と業務全体の進捗管理。これらを監督からああだこうだ言われながらこなしていくのが美術監督だ。なんと嫌な、いや大変な仕事だろう。観客が視覚的に認識するものほとんどすべてに関わっていながら、その名前も業績もあまり一般的に認知されていない。もっと注目されるべきだと思うけれども、私も美術監督の名前を数人しか知らない。

 さて『怪談』に話を戻すと、繰り返しになるが美術の存在感が突出している。「黒髪」で唯一、流鏑馬の場面が屋外ロケで撮影されている以外はほとんどセットでの撮影。「黒髪」の妻が住む屋敷、「雪女」の吹雪の森、「耳無法一」の平家の幻の宮殿など、どれも大仕掛けでかつ現実離れしたセットが組まれている。そしてそれなしでは『怪談』が成り立たないくらいに、セット自体が映像の主役だ。
 美術監督は戸田重昌。大島渚作品の大半で美術監督をやっている人なのに、もちろんこれまでその名前を意識したことはなかった。『儀式』や『愛の亡霊』など、確かにセット撮影における舞台装置や衣装は、今でも鮮明に思い出せるほど特徴があった。
 監督の小林正樹は構想段階から美術が主役であることを意識していたのだろう。セットの設営と撮影のために撮影所ではなく、京都の郊外にあった自動車メーカーの倉庫を借り切った。その倉庫は新型自動車を誰にも見られないように走らせるテストコースがあるくらいの広さ。つまり通常の撮影所には入り切らないくらい巨大なセットを最初から作るつもりだったのである。しかもわざわざ舞台と同じように片面のみのセットを作ったので、キャメラを切り返すときには、セットを一度壊して、また新しく別角度用のセットを作り直したと言う。道理で莫大な費用と時間がかかったわけだ。(※5)
 だからと言うわけではないが、とにもかくにもこの美術が頭抜けて印象深い。『怪談』のイメージはほとんど美術と同一であるとさえ言える。
 「黒髪」の屋敷。捨てられた妻・新珠三千代が捨てた夫・三國連太郎を追って走る廊下を横移動で撮るショット。セットにはかなりの幅と奥行きが必要で、その屋敷の大きさは、三國連太郎が戻ってきた後にはそのまま取り戻せない空虚さに置き換わる。「雪女」では背景に浮かぶ目。背景となる空は明らかに書割りだが、そこにあえて絵画的な目が、色を変えて幾つも登場する。ダリの物真似のようにも見えてあざとさを感じさせると同時に、幸せそうな妻・お雪と人を凍らせる雪女が裏表になっている違和感を伝えるようでもある。「茶碗の中」の武家屋敷は普通の時代劇と同じであまりかわり映えしないが、「耳無法一」の寺院から平家残党の墓場(法一にとって朝廷の宮殿)へと進む奥行きの底無し感がおどろおどろしい。それらのセットは、どれもリアリティではなくファンタジー寄りに造作されていて、人工的な幻想の世界観がシネマスコープの画面に溢れかえっている。

 セットに金がかかり過ぎ、興行成績が不振に終わったことで、『怪談』を製作した「文芸プロダクションにんじんくらぶ」は多額の負債を抱えて倒産する。「にんじんくらぶ」は岸惠子が久我美子・有馬稲子と三人で設立した映画製作プロダクションだったから、カンヌ映画祭出品時に「雪女」がカットされた岸惠子にとっては、まさに踏んだり蹴ったりの作品になってしまった。
 しかし、今見ても『怪談』は映画史においても特異な作品としてのオリジナリティを主張している。それは、セットではなくほとんどをロケで撮るようになったその後の作品とは明らかに一線を画している。さらにはコンピュータ・グラフィックで架空のものさえデータ上でつくり出してしてしまう現代からすれば、アホみたいに効率の悪い愚行に見えるだろう。けれども『怪談』の美術は、絶対にCGでは作れない。どこか演劇的で芝居じみていて、なんだか人工的過ぎて笑えるような可笑しみさえある。それが多数の大道具さんや小道具さんたちによる手仕事の結果だし、作っては壊すを繰り返す刹那的な職人仕事の記録でもある。そのような極めてアナログな映画が、デバイスでストリーム配信されて、いつでも簡単に見られてしまうのが、またデジタルな現在なのでもある。「私の履歴書」に「雪女」カットのくだりが出てこなかったら見ることはなかっただろう。岸惠子に感謝である。(き)

怪談.jpg


(※1)岸惠子の「私の履歴書」は日本経済新聞に2020年5月1日から31日まで掲載された。撮影所見学に行った少女が映画女優となり、日本とパリを行き来してグローバルに活躍する生涯を端的かつ飄逸な文章で語る、傑出した履歴書だった。

(※2)日本映画・テレビ美術監督協会HPより

(※3)プロデューサー用語集(経済産業省 平成22年度コンテンツ産業人材発掘・育成事業 プロデューサーカリキュラム)より

(※4)「村木与四郎の映画美術」(村木与四郎・丹野達弥著、1998年フィルムアート社刊)より

(※5)「仲代達矢が語る日本映画の黄金時代」(春日太一著・2013年PHP新書刊)より
(本著によると、仲代達矢は『怪談』出演のため京都に行く飛行機代・宿泊代を自分で払い、ほとんどの役者・スタッフはノーギャラだったと語っている)




posted by 冬の夢 at 21:59 | Comment(0) | 映画 邦画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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