2020年05月28日

散歩と鳥と「この十年」のジャズ新譜CD【2/2】

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【特徴1】「再発」盤がとても多い。レコードがCDになるならまだしも、すでに出たCDの再発売が目立つ。歴史的名盤になると、十年間で何種類の再発盤が出たのか、わからないほどだ。
 紙ジャケットなど着せ替えだけの再発はいいとして──そういう売りかたは、あまり好きじゃないけど──やっかいなのは「限定盤」だ。エディションとは意味が違うらしいが、調べても定義がよくわからない。高音質盤にも種類があり、新方式が開発されるたびに再発されたりする。
 それらの、リマスターやボーナストラックの扱いはどうなっているのだろう。どれが持っておくべき決定版かも、ぜんぜんわからない──初回発売のレコードだろ、というツッコミはお許しを。

 ただし今回の作業では、これは問題なし。
 ここ十年の新譜ジャズ盤を振り返る企画だから、知っている奏者の旧盤は見とばしていけばいい。一万数千点のリストを見たといっても、それがそのまま新譜の数ではまったくなかった。

 やるべき作業は、知らない奏者の──十年ということは、おおむね、現在の新人から中堅にあたる──興味のある盤に行きあたったら、ネットでその奏者の「実音」を確認し、CDを買うぞと決めたらメモしていくことだ。
 これは、いまの奏者には厳しいかもしれない。
 というのも奏者にとって、プロモーション素材を見てスルーされるのはしかたがない。が、ネット上には奏者が意図しない形でライブなどもアップされている。音質や内容が本意でないものでチェックされたらつらい。
 でも、そういう映像を見ると、プロデュースされていないぶん実力は瞬時にわかってしまう。ジャズって、ライブ一発勝負という面があっての音楽だから、奏者たちには悪いが、それはそれで。

       

【特徴2】ジャズという音楽はいま、はるかにグローバルに、クロスジャンルになって、かつ格段に高い技術で、多様に演奏されていることはよくわかった。
 ところが十年を見渡した結果でいうと、ふしぎに似たもの同士で凡庸にまとまってしまっている感じも、しなくない。
 ジャズがいまアメリカ専売特許の音楽でないことはわかったし、それはいいことだが、「北欧ジャズ」と書かれていると、どの奏者もそんな雰囲気だったり──「どれか一枚買えば、あとはいらない」となってしまう──エレクトロでオリエンタルでファンクで、だったりすると、それをやっているバンドは、なぜかどれも同じように聴こえてしまったり。

       

【特徴3】間違っていないといいが──間違っていたらぜひ教えてほしいが──日本の新人たちに、顕著な共通点が二つある。だからどうだ、ということもないけれど……。
 まず「学歴」。音楽学校を出ていれば免許皆伝、というのはわかるが、ひょっとして、ここ十年の日本の新人のうち半数いやそれ以上が、バークリー(アメリカのボストンにある商業音楽専攻の有名校、Berklee College of Music)出身で、ほかもほとんどが、音大や音楽専門学校卒ではないのだろうか。
 もうひとつは「地方拠点」の人が意外なほど多い。いや、上京して腕だめしなんて、江戸時代の剣術修行じゃあるまいし、ということはわかっているが、何年か前にニューヨークに行ったら、ジャズの本場どころか、その日のジャズライブを見つけるのに苦労するほどだったのに、いま日本では地方にもジャズがしっかり存在しているんだなと、かるく驚いたわけだ。
 いや、驚くことはないか。世界でいちばんジャズとボサノバが街のBGMになっているのは、間違いなく日本だから。

       

【特徴4】これも誤解していないといいが、この十年から十五年の間にデビューした、日本人女性ジャズ歌手の数がすごい! 
 いまジャズで連想されるのは、楽隊がプウプウドンドコやるところではなくて、若いきれいな女の子がおしゃれに歌うイメージなのかもしれないな。
 すくなくとも、CDデビューした女性歌手がこんなにいるということは、ジャズを歌ってますという女性の数そのものが、とても多いはずだ。

       

 さて、上の【特徴】1からが、間違った読みとりでないなら、ジャズ新譜CDの「この十年」が、どういうことだったのかは、ひとことでいえる。
 ジャズのCDは、クラシックの盤と同じ環境にある、ということでしょう。
 おもな購入者は、フトコロに余裕のある高齢者、それも七〇歳前後以上の世代にちがいない。
 だったら新人のCD市場への投入は必要ないじゃないかって。いや、じつは高齢者ほど新しいものを知りたがり、「いまどうなっているのか」に関心がある。新人需要は間違いなくあるのだ。
 そして、その新人たちは「学校でジャズを習ってきた」わけだから、なおさらクラシックと同じ、なのだ。

 蛇足かもしれないが、数字もあげておこう。
 一九四二年に設立された、日本レコード協会という業界団体(一般社団法人)が、商業音盤のデータを取り続けている。
 まず「ジャンル別年間新譜数」から。
 洋盤ジャズ、フュージョンは、今回リストを見はじめた二〇〇七年は四二八点。二〇一九年には一四六点だ。邦盤にはジャズ、フュージョンというくくりはないので「軽音楽」をみると、二〇〇七年に一八六一点、二〇一九年には四三三点である。

 ちなみに一九八三年から統計がとられている、音楽CDの生産数量をみると、一九九八年が三億三百万枚でピーク、以後は下降する一方で、二〇一八年にがくっと一億枚を割り、二〇一九年は八千八百万枚だった。
 
 いっぽうで、音楽配信を売上実績ベースで過去10年間をみると、楽曲ダウンロードサービスの売上は半分になるほど低下していったが、二〇一三年あたりからストリーミング(サブスクリプション)が順調に伸び始め、細かい数字は略すが好調だ。

 もちろん、これだけの数字で、若い人はいま音楽を通信で聴き、CDを買うのは高齢者だけとか、そうした聴きかたの変化のおかげで音楽CDが売れなくなった、と断定するわけではない。
 ただ新譜ジャズCDの「この十年」の俯瞰図の背景に、この数字を置いてみると、なんとなく納得感があることは確かだ。

       

 メモに書きとめた「買ってみたい、この十年の新譜ジャズCD」は、九〇枚ほどになった。輸入盤はまったくチェックできていないし、まだ買って聴いていないから、ここに掲げるのはやめておく。だいたい購入予算はどこにあるんだ(笑)。一枚も聴かずに、終わってしまうんだろうか。

 十年ぶんの新譜から選んだリストを掲げて、この選びかたはどうでしょう、なんて気楽な文を書けばいいと思っていたけれど、こんな文になってしまった。
 また、前編にも書いたが、なぜか憂鬱な作業だった。楽しくなかった。

 そもそも、なぜこんなことをやる気になったかというと、引きこもっているといやおうなく耳が敏感になるからだ。
 さいわい、あれは先月下旬から今月初め(二〇二〇年四月〜五月)だったか、都会の宅地に、さまざまな鳥の声が響くようになった。写真を撮るのはさすがに無理だけれど、鳴き声から、どんな鳥が来るようになったか、調べて記録しておこうと思った。
 しかし、都の公表感染者数が目立って減ったと思われはじめた五月十五日すぎあたりから、鳥の声は聞こえなくなってしまった。
 だから、まさかこんなに憂鬱な作業になるとは思いもよらず、ジャズでも聴くか! と思ったのである。(ケ)

200528Mc.JPG 
元気を出したくなると、この盤を回す。
さきごろ亡くなったマッコイ・タイナーの
「SUPERTRIOS」(1977)。
とにかく1曲目の「WAVE」だ。ズガンドシン全開だ。
勢いまかせの一本調子ということなのかもしれないが、
そんなことは関係ない。タイナー絶好調! 
嵐のようなイントロからテーマに入るときやサビに移る瞬間!
トニー・ウィリアムズはシンバルクラッシュで荒らしまくるが 
ボサノバだと思わず叫びたくなるリムショットがすごい。
コード進行どうしたんや! とアタマをかかえる
「ぶぃ〜ん!ずぃ〜ん!」で攻めまくるロン・カーター!
しかもこの爆奏、ひとことでいうなら「おしゃれ」だ!
ジャケットをあらためて見ると、シャツもおしゃれです。
さようなら! マッコイ・タイナー!
Alfred McCoy Tyner 1938/12/11 - 2020/03/06


posted by 冬の夢 at 20:15 | Comment(0) | 音楽 ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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