2020年05月16日

散歩と剣道と体育の授業 .

 外出しなくなって一か月以上になる(二〇二〇年五月)。運動しなければいけない、めんどうな病気だが、室内運動もあまりしない。スポーツが苦手だ。
 しかたなく「素振り」している。
 野球じゃないですよ、運動音痴で野球はできない。
 剣道だ。
 くどいが運動は苦手で、剣道部だったはずもなく竹刀などない。中学校の体育の授業に剣道があったから、なんとなくだ。インターネットの動画を参考に──どんな分野にも「教え好き」がいて感心する──手近な長い棒を持ち、見よう見まねで振り回している。

       

 体育の授業は大嫌いだった。
 小学校のドッジボールにはじまり、サッカー、バスケットボール……つぎの授業が体育で、球技と知ると教室は盛り上がったが、球技はとりわけ不得手。嬉しくなかった。
 さらに嫌悪さえしていたのは、中学からはじまった武道(剣道)。習ったことは忘れたが、不愉快なことならすぐ思い出せる。

 なにがひどいか、備品の防具だ! くさいうえ、ジャージの体操服の上に着けるからアヤツリ人形みたいで、吹き出したいくらいカッコ悪かった。
 あれの、どこが武道で礼儀作法だったのか。家庭の負担が大きすぎて道具の個人持ちは見送られたのだろうが、やるなら稽古着と袴じゃなきゃダメだ! 
 大昔の、地方都市の中学での話です、念のため──。

 剣道の面をかぶってみたことはありますか。
 あの視界はつらい。自宅待機の数千倍しんどい。
 音が聞こえづらくなるので、体育教師がことさらわめくのにもうんざりだった。わめくといえば、奇声をあげて竹刀を振り回すのもつらかった。
 
 そんなのは序の口で、最悪なのは実戦練習である。
 地稽古というそうだが、申し合いで対戦相手を見つける練習があり、生徒たちはそれを楽しみにしていた。竹刀で公然と相手を殴れるからだ。ひょっとすると、剣道の授業は人気科目だったかもしれない。
 わたしはなぜか、ある生徒につけ狙われていて、たしか剣道部の上級者だったはず。記憶はうすれ、そいつの名も顔もはっきり思い出せないし、なんの恨みをかったかもはっきりしないが、とにかくコテンパンにぶちのめされる。逃げ回っても、へたり込んで「参った」しても、さんざん叩きのめされた。
 なにが痛いって「面」も痛いが「小手」が痛い! いまこの瞬間にも痛くなるほどだ。

       

 いま中学高校の体育で、剣道をどう教えるかは知らない。変な格好をして、ぶっ叩かれっぱなしの、わたしの経験は例外かもしれない。
 しかし、公教育で武道を教えれば、礼儀正しい心身健全な青少年が育成できるなどという人は、アタマがおかしいか、一種のサディストなのではないか。
 まさか誤解はないと思うが、スポーツ種目として好きだとか、競技に関係なく技や道を究めようと武道をやる選手や愛好家を、変態よばわりしてはいない。
 年間カリキュラムのごく一端でしか実施できず、有段の武道家が教えるわけでもない「なんちゃって武道」を、未経験の少年少女が必修すべきだという人を、おかしい、といっているのだ。何らかの政治的利害があるか、そうでないなら武道への侮辱でしかない。
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 ちょうど、このブログの別の筆者が、学習指導要領について書いたばかりだ。この機会に、中学校の体育授業での剣道(武道)の扱いを調べてみることにした。

 さっそく無知を恥じねばならないが、文部科学省は二〇〇八年の中学校学習指導要領改訂告示で、新しい学習指導要領では、中学校の保健体育の授業で武道・ダンスを含めたすべての領域が必修となる、としていた。
 ということは、わたしは必修でもないのに竹刀で叩きのめされていた(笑)のだろうか。

 できるかぎり駆け足で歴史をひもとくと、武道は日本の軍国主義を支えたとみたGHQは、翼賛的武道団体を解体し、武道教育を禁止する。時代劇や歌舞伎も制限されたことでよく知られる、占領政策のひとつだ。
 が、まもなく「教材」の形で武道は学校教育に再登場、一九五八年には中学校学習指導要領で「格技」として男子必修項目になる。一九八六年の指導要領で「武道」という語が復活するが、それはおそらく日本のさまざまな武術団体の悲願でもあったろう。
 ただしその「武道」は、男子必修から男女選択になった。わたしの中学生時代はたしかに必修内容だったが、近年までかなり長い間、武道は中学・高校体育の必修項目ではなかったのだ。

       

 全国の中学校で武道が必修になったのは二〇一二年四月から。出発点は、さきほどの二〇〇八年の告示だ。
 このあたりの経緯は省略。関連の議論も出つくしたはず。

 恥かきついでに書いておくと、二〇〇八年の告示は、二〇〇七年の学校教育法改正、さらにその一年前の、制定五十九年をへての教育基本法全面改正とつながっている。現行の基本法に付与された教育思想を、学校現場で具体化していく里程標のひとつだったのだ、武道必修は。
 わたしは、きょうまでこのプロセスを知らなかった。だから、政府のねらいが法になったからって、文章で宣言した程度でしょう、と思っていたものが、カリキュラムに実体化していく過程も、見過ごしていた。

 もうひとことだけ。
 二〇〇六年に成立した現行の教育基本法で論議になったのは、ご記憶のかたも多かろう「愛国心」問題だ。
 さすがに、「愛国」という戦前的なニュアンスがあると指摘されたら否定しきれない語を、そのまま新法に盛り込むのは避けられ、法文はこうなった。

 伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。(第二条<教育の目標>の五)

 この法律を可決した国会論議で、「我が国を愛するとは統治機構(ときの政府や内閣)を含むのか」と質問された当時の内閣総理大臣は、こう答えている。

 我が国を愛するとは、歴史的に形成されてきた国民、国土、伝統、文化などから成る歴史的、文化的な共同体としての我が国を愛するという趣旨であります。この趣旨を条文上明確にするため、伝統と文化をはぐくんできた我が国と郷土を愛すると規定し、統治機構、すなわちその時々の政府や内閣等を愛するという趣旨ではないことを明確にしております。このことは自由と民主主義を尊ぶ我が国にとって当然のことであります。

 教育基本法改正の国会論議にかかわった首相は二人いる。ひとりは小泉純一郎。もうひとりは、上の答弁を述べた安倍晋三(第一次内閣)だ。

 別に何も起こらないで、目くじら立てて騒ぐには及ばないじゃないか、というような法律が通ったら、それは注意なさったほうがいい。将来それが猛烈なことになり得る。

 と、いったのは「戦前は、ここにおられる大部分の方はまだ生まれていないと思うけれども、私は老人だからじかに経験して知っているわけで、それをお話ししようと思います。どこが今日の状況と似ているか、どこが違うかということは、私が昔話をしている間にあなた方が考えてください。」と、大学の講演で語った加藤周一だ。※1
 上の引用で話されているのは治安維持法だが、現行の教育基本法こそ「将来それが」ということに、なりつつあるのかもしれない。

       

 だいじょうぶ! 安倍さんも終わりだから。
 ということらしい。
 たしかに首相も政府も、支持されるどころか、もはやほとんど信用されていないようだ。
 首相が、なにかいったりしたりすると「文句の倍返し」がくる、そんな感じだ。

 コロンビア大学ICAP所長の疫学研究者、ワファア・エル=サドルは、この事態を乗り越えるためには、各国の首脳が発するメッセージが重要だ──各国で比較すると、実際に国民の移動データに反映していることがわかっているという──と語っている。「必要なのは、非常に明確かつ一貫したメッセージです」と。※2

 たしかに、いまの日本には、それがない。
 首相や政府が逆転タイムリーをねらった新機軸を打ち出したとて、もはや信頼は取り戻せまい。
 しかし、思うに安倍晋三こそ、「非常に明確かつ一貫した」ものを持った首相──それを自分の言葉で責任あるメッセージにする力が、この男にあるかどうかは別にして──ではなかったのか。みなさん、ずいぶん支持していたじゃないですか、と思ってみたりもする。
 安倍さん信用できません、という気持ちはよくわかるが、ならば「つぎ」はどうなるんでしょう?

 いや、べつに、どうでもいいんだろうな。
 すくなくとも安倍さんのおかげで、なにも考えなくてすむ、長い年月を過ごせたのだから。
 いま、他者を救いながら自分も生存するにはどんな行動が最善か、なんてことは自分では考えず、安倍さんにゴテたりグズったりしていればいいのだ。そういうのが、現代日本の政治と国民の「明確かつ一貫した」関係なのかもしれない。
 だとすれば、安倍さんの「つぎ」に期待されるのは、きょうあたり新宿歌舞伎町に繰り出しても※3、「いいんだよ、それで」と癒やしコメントを発してくれる人なんでしょうね、たぶん……。

       

 いくら健康のためといっても、剣道の素振りなんかしたくないけれど、きょうも、やるしかない。ラジオ体操とセットで。(ケ)


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■教育諸法関連の事実関係、首相答弁とも、文部科学省のサイトだけで見ることができます。

※1 二〇〇四年度 和光大学総合文化研究所公開シンポジウム
※2 エル=サドルが例にあげているのはニュージーランド、間接的にドイツだが、ニュージーランドの特徴(人口・人口密度など)からして、ほかの諸国にそのまま当てはまる方策ではない、とことわっている。「ナショナル・ジオグラフィック/ニュース」二〇二〇年五月一〇日
※3 日本経済新聞電子版 二〇二〇年五月一五日

■ 二〇二〇年七月二十二日、文のつながりのみ直しました。


posted by 冬の夢 at 15:38 | Comment(0) | 日記 話題・意見・世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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