2020年03月08日

散歩とミモザとオールドレンズ .

 運動するように、かかりつけ医にいわれているが、スポーツ音痴なので散歩している。
 これまで繁華街はあまり歩かなかったが、わざわざ行く所ではなくなってきたし、郊外を散歩しようと電車やバスで出かけるのもどうか。
 となると近所を歩くしかない。
 ただ、同じ地域を何度も歩き、休憩や買いものを同じ店でするようになったら、日常とはこういうことかと、いまになって実感している。

       

 買い占められても売り切れても「いない」ものも見かける。
 ある駅前商店街。
 そのはずれに、中古CDやレコードの店がある。
 中古盤専門店はすっかり見かけなくなった。かつて首都圏のあちこちに支店があり、店を見つけるたび何か買っていた大手の「レコファン」も、渋谷店ただ一店になっている。
 いま街角に中古盤専門の一軒店があることからして珍しいわけだが、商店街の中古店「S」は、店らしい飾りもない居抜きのテナントスペースがCDやアナログ盤で埋まった、「いかにも」な店だ。殺風景な棚は盤でぎっしり。上を開いた段ボールが床に並ぶ。

 中古盤店の現状や将来のことは、わからない。中古盤はもちろん、新しい音楽を追って新譜を買うこともなくなって、ずいぶん年月がたってしまった。
 世の中を元気づけるような新しい音楽が発表されているのかもしれないが、興味がわかない。
 というのは、東日本震災のとき、歌舞音曲で慰めたり頑張ろうといったりする動きが、もちろんあったのだが、あのとき、それらがまったく受け入れられず、そのまま今日に至っている。さわりを聴いてみた曲もあったが拒絶感しかなく、われながら困惑したほどだ。いまだに、はっきりした理由はわからない。

       

 二枚だけだが、商店街の中古店「S」で、CDを買った。
 ダニー・クーチマー DANNY KORCHMAR の『KOOTCH』(一九七三)と、ホルヘ・カルデロン JORGE CALDERóNの『CITY MUSIC』(一九七五)だ。
 うわ、ふたりとも自分の名で盤を出していたのか。
 いままで知らなかった。
 このふたりは、一九七〇年代アメリカの人気シンガーソングライターたちをバックアップし、それ以後も、その流れにある歌手の伴奏や制作にたずさわった人だ。クーチマーは、ジェイムズ・テイラーの「You've Got a Friend」で印象的なギターのイントロをいっしょに弾いている人で、カルデロンはJ・D・サウザーの盤『You're Only Lonely』に参加している、と説明すると、わかりやすいかもしれない。

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KOOTCH 1973 / CITY MUSIC 1975

 キャロル・キング、ジャクソン・ブラウン……昔よく聴いてギターを練習したこともある音楽。だから、クーチマーたちがキーパーソンだったことも、なんとなく知ってはいたが、いつしか、めったに聴かない音楽になってしまっていた。
 キャッチーだとかキラーチューンだとかいわれて、そういう求めに応じて作られるようにもなった、仕掛けだらけの音楽でない音楽を、聴きたくなったんでしょうね。
 曲にも詞にも演奏にも、目立った個性や表現はないけれど、音楽の大切なところをよくわかっていて、目立たないからこそ音楽の輪郭が立つような演奏ができる職人的な奏者たち。そういう人たちが奏でる音楽が聴きたかったのだ。ビシビシと耳障りな音でなく、バフッっという、柔らかいが芯のある、気持ちの暖まる音で。
 どちらの盤も、CDになったのは日本盤が初めてだそうで、販売終了後は中古品にプレミアがついていたという。商店街のはじっこに人工衛星のように浮かんだ中古盤店の棚に、その二枚はあり、値段は安かった。

       

 中古カメラも、買い占められていなかった。
 外出も行楽も自粛ムードだから無理もなさそうで、売れない続きでも困ると思うが、歴史的名機がずらりと並んだ中古店には、どことなく安心感がある。
 古参の店のひとつのはずだが、旧店舗を改装したらしく、広くて明るく清潔な木調の店内に、カメラやレンズがずらりと並ぶ。
 多種多数の店頭商品の整理や価格表示もていねいで、そのうえ店内を自由に撮影していいと書いてある。昔の中古カメラ店とはずいぶん違う感じだ。

 カメラやレンズを実用以外の趣味目的で買うことはなく、見るだけだから、迷惑な客かもしれないが、せっかく散歩の途中で見つけたので、店内に入ってみた。
 なぜか中古カメラより、中古レンズを見るのが楽しかった。
 交換レンズはいらないし、見て性能がわかる知識もない。なのに並んでいるところを見ているだけで、いい気分になった。

 鏡筒を立てて並べられたレンズは、バーカウンターの後ろによくある酒棚のボトルに似ていた。
 わたしが好きなバーは、酒の種類が多く、それも、さまざまな種類がバランスよく豊富な店だ。
 棚もボトルも清潔で、ボトルが神経質でない程度にきっちり並べてあり、イヤミでない程度に照明していたりする、そういうバーがいい。
 ちょびっとしか呑んじゃだめと病院でいわれているから、どれにしようかな〜とずらりと並ぶ瓶を見ているだけで、気分が落ちつく。カメラ店のレンズは、そんなふうに見えた。買わずに見るだけで、すいません。

       

 この中古カメラ店もイニシャルで書くと「S」。
 そして、意外なほど若いお客さんがいた。若い女の子たちもいる。
 珍しい店をインスタしようとしていただけではなさそうで、カメラの知識がある話題をしている。
 なるほどいまは、古い時代のレンズを「オールドレンズ」といって、最新のデジタルカメラに取り付け、昔ふうの写りの写真を楽しんだりするそうだ。この店にも「オールドレンズ」コーナーがあった。「女子部」といって「カメラ女子」たちが、レトロ調の写真を楽しむらしい。

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 わたしには、売っている「オールドレンズ」はどれも「オールド」でなく現役選手に見えた。自分ですべて使ったわけではないが、写真の現場ともっともつき合ったのが、フィルムカメラの時代だったからだろう。

 カメラマンがニュースの現場で撮った写真の現像が仕上がって、それを見ていると、自分もついさっきまで同じ場所で右往左往したばかりなのに、いつどこで写したのかわからない写真に見えることが、よくあった。
 じつは、その写真に写っているのは、いまの自分がその写真の中──画面の外側だけど──に、ほんの少し前いたという、いわば現在形の過去だ。写真は、写した瞬間から過去の痕跡になるからだ。
 そういう感覚が身につき過ぎているので、写真を撮るときから、わざわざ古びさせる意味が、よくわからない。

 いや、それはいかにも難癖っぽいな。つまりはピントや絞りなどのダイヤル操作が必要な「スローなレンズ」で、解像度バリバリでない雰囲気がある写真を楽しみたいってことでしょうから。
 いやはや、こと写真となると、つい屁理屈をコネて楽しまない自分が、われながらイヤになる。

       

 暖かい冬だったせいか、早春の花が例年より早く咲く気がする。
 近所ばかり散歩するようになって、近くにミモザがあると初めて知った。ぞんぶんに咲いている。
 ごく最近まで花には興味がなくて、写真に撮るなんて、ついぞしたことがなかった。
 しかし、複数の理由で感染すると死んでしまう可能性が低くない自分のことを考えていて花に出くわすと、そうすれば上手く写るわけではないのに、何回もシャッターを押してしまう。
 きょう3月8日は、イタリアでは Festa della Donna 、ミモザの花を贈る日だ。もう長く会っていない友だちのいるイタリアのことを思い出したけれど、イタリアも、たいへんな事態になっている。(ケ)

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Originally Uploaded on Mar. 09, 2020. 22:45:00
二〇二〇年七月二十二日、文のつながりのみ直しました。



posted by 冬の夢 at 00:05 | Comment(0) | 日記 話題・意見・世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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