2020年02月23日

Lyle Mays − ORIGAMI 元気が出る曲のことを書こう[46]

 自分が生きている時代に作られて演奏される音楽で、もっとも熱心に聴いたもののひとつが、パット・メセニー・グループ(PMG)の曲だ。

 一九八〇年の二作目、『AMERICAN GARAGE』に魅入られて、これはいまも、わたしの最高の「ロック」盤のひとつでもあるけれど、すぐにデビュー盤も聴き、以後、盤が出るたびに買った。
 ライブ演奏にも、かなり行った。ヨーロッパのどこかを旅行していたら、やはりヨーロッパの別のところでジャズフェスティバルに出演していたPMGの演奏が中継放送されていて、宿の部屋でテレビにかじりついたこともある。ネットの動画はもちろんDVDもなかったころだ。
『AMERICAN GARAGE』のアルバムジャケットで、ジョール・マィェロウィッツという写真家を知り、「ニューカラー」という写真表現ジャンルがあることがわかった。それは、自分が写真を鑑賞するようになったきっかけのひとつにもなっている。

       ♪

 テレビ放送や、レーザーディスク、そして来日公演を観ると、PMGの中心は、かならずしもパット・メセニーではないことに気づいた。
 ライル・メイズだ。
 つまりメイズは、よくいわれるような、メセニーのよき伴奏者、なのではない。
 たしかにメセニーとメイズは共作で作曲するし、メセニーという最高のソリストがいなければPMGにはならないが、PMGの音楽は、メイズの「協奏曲」なのだ。

 協奏曲といっても、器楽と伴奏が書かれた譜を演奏するのではない。
 メセニーはギターで、よく、とんでもない所からフレーズを持ってくる。ギターで弾いているとは思えないほど、すごいゾーンに飛び込む。
 するとメイズは即座に、そのゾーンから溢れるメセニーの音を輝かせるべく、曲の変奏を、その場で作り出す。
 それはもちろん、ジャズの演奏方法だけれども、ジャズの基本の「解釈」にとどまってはいない。
 PMGのオリジナル曲は、じつはかなり練られた構成になっている。クラシックの形式に近いともいえる。が、ひとたび演奏されると、PMGのメンバーは、空中衝突寸前のニアミスをするかと思えば、空いっぱい散って飛び回るという、すばらしい編隊飛行をする。曲は地図をたどりつつ、有機的に変化を繰り返す。

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LYLE MAYS 1986 / Street Dreams 1988

 書いて説明すると、聴くのはなかなかしんどい前衛音楽のようだが、PMGの演奏には、どこかにいつも心安らぐ音が鳴っている。フォークソングのような、古き良き名作映画のサントラのような、
 かといって、メイズのピアノの弾きかたは、けっして情緒的でしまりのない和音や装飾をジャジャン、ピロピロとつける、カラオケふうではない。清潔な強い音がはっしと響き渡るのが特徴だ。
 これは、音源を使った笛や竪琴のようなアンビエントにも通じていて、はっとするほど強く吹き渡る風のような芯がある。

 そういうことを知ってからは、実際の演奏でメイズがしていることを見たくて、ライブに行ったようなものだ。
 メイズのソロの終わりや、メンバー紹介では、ことさら熱心にメイズに拍手したりもした。
 
       ♪

 ピアニストというよりコンポーザー(作曲家)だ、とメイズは自分を定義している。
 演奏ではなく作曲という自己表現をしている、と。
 録音した中で、もっとも個人的な表現は、二〇〇〇年に発表した盤、『SOLO IMPROVISATIONS FOR EXPANDED PIANO』だともいう。
 だから、いまほとんど毎日、この盤を回している。
 
 一九九八年の演奏ツアーの直後、メイズはニューヨークのスタジオで、なんの準備もせずに、ひとりでピアノの即興演奏を行った。
 ソロアルバム、それもひとりきりで演奏した盤を作れとけしかけたのはパット・メセニーで、メイズは笑いながら「パットが僕を説き伏せて、やりたくないことをやらせた例のひとつ」だといった。
 自分は演奏家ではない、音楽家としては違う位置にある、というメイズには、ジャズピアノの達人たちの有名なソロ演奏が、亡霊のようにちらついたという。
 しかし、思ってもみなかったことを提案するメセニーと、その提案にそって、自分自身が出来ることを探してみる、というメイズの、いつもの音楽作りの関係から、「もっとも個人的な表現」が、みごとに完成した。

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 題名の「IMPROVISATIONS」は「即興演奏」。これはいいとして、「EXPANDED PIANO」とは何か。
 これはMIDIピアノのこと。ピアノタッチで弾ける電子鍵盤は、いまふつうに売っているが、このときは、センサーを装備したグランドピアノが使われている。
 つまり、メイズが即興でピアノを弾くと、音符やニュアンスが同時にデジタル信号になる仕組み。データになった奏者の動きをそのピアノで完全に再生することもできるし、演奏中、鍵盤をトリガーにしてべつの音源を鳴らすこともできる。
 メイズは、ひとり楽団芸になってしまうような、大仰な使いかたはしていない。即興演奏に、即座にオーケストラがついてくるような、そういう鳴らしかただ。つまりメイズの「演奏=作曲」の表現のポイント、同時性、共時性を、デジタル技術によって楽器と一対一の関係から引き出している。

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SOLO IMPROVISATIONS FOR EXPANDED PIANO 2000

 このシステムから、自身の生きかたから引き出された表現というより、芸術やドラマの持つ力から来る音が現れたと、メイズはいっている。
 演奏に対し、視覚的なイメージを見いだしてほしいそうだが、それは、彼の心に浮かんだ特定の映像ではないそうだ。

 即興演奏が、即興の管弦楽のようにならないか、というのが、メイズが探りつづけた可能性でもある。
 そのためには、音楽に対して分析的になることを怖れないそうだ。即興とは魔法のようなものだ、とは思っていない。なにごとも、より深く考え、書いたり話したりするのがメイズの性格だそうで、つねに思考をリファインしたいという。
 しかし、ジャズの即興演奏を弾くときは、同時に分析している余裕はない。本能的に弾かなければならない。であるからには、さまざまな音楽の方向性を理解している脳からこそ、瞬間的に音楽が引き出されてくるのだそうだ。

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『SOLO IMPROVISATIONS FOR EXPANDED PIANO』では「ORIGAMI」という曲がいい。たった1分ほどの小さな曲で、親しみやすく聴ける。
 メイズによれば、注意深くて、デリケートで、小さいことが、この曲のポイントだという。
 ドビュッシー、あるいは、バルトークの曲のような感じもあり、メイズは影響を受けていると思うが、もちろん即興演奏だから、できあがったものをながめて初めて、ふと思うところもある、という聴こえかたをする。

 ごく最近まで知らなかったことだが、メイズは4つの大きな興味をもって育ったそうだ。
 チェス、数学、建築、そして音楽だという。

 なるほど「ORIGAMI」のフレーズは、ころがるように自由に流れるけれど、一点から一点へ、揺らぐことなく走っていく。
 一枚の紙を自在に折り曲げる、ただし、折り線はあくまでまっすぐに折ること──そうしてこそ「折り紙」は美しく豊かなイメージを小さな形にする。そして、鶴の折りかたから蛙が生まれ、カブトを金魚に変化させることもできる。

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 聴く側に多様な解釈と、イメージの想起が起きること、そのためにも石に刻まれたような音楽にしないことが、メイズの意図だというので、わたしがこの曲からどんな「折り紙」を想像したかというと「箱」だ。
 折り目正しい直線の組み合わせが、ふしぎと、あたたかい手ざわりを感じさせる箱になる。つぎからつぎへと音楽が出てくるような箱……。

 折り紙の箱、それは、この盤のアルバムカバーからも想像したものだ。
 買ったときは、ぜんぜん気に入らなかったジャケットである。
 せっかくの美しい風景写真を、なぜ、こんなふうに抜いて、痛めてしまうのだろうと。

 しかし、この盤ばかり回していると、こんなふうにも思う。
 同梱のライナーにも同じように、アメリカの雄大で心安まる原風景を白板で抜く「痛い」デザインがされているのだが、その、抜けた空白部分をライル・メイズの音楽が埋めることで、これらの風景が、はじめて完成されたイメージになる、ということではないかと。
 そして、そのイメージの眺望と響きのなかに暮らしているかぎり、アメリカの人たちは、いや、ひろく人というものは、自然に対しても、ほかの人に対しても、けっして粗暴なふるまいはしないはずだ、と。

 わたしに、音楽を教えてくれた奏者・作者たち、ということは、わたしよりやや上の世代の人たちになるわけで、自分自身が人生のたそがれを迎えているからには、その人たちが亡くなっていくのは、しかたがないことだ。
 せめて、誰それが亡くなったと、くよくよした音楽話を書かないようにして、「元気になる」をテーマに書いてきたわけだけれども、このアルバムカバーを見ながら聴いていると、ライル・メイズの不在がもたらす呆然とするほどの空虚感に、われながら驚く。(ケ)

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Lyle David Mays 1953/11/27 - 2020/02/10


参考】
・アルバムについてのライル・メイズの解説コメント
・アメリカの音楽誌『JAZZ IS』によるインタビュー


[注]ほぼ前者を参考にしました。ただし、パット・メセニーの公式ウエブサイトのフィーチャー記事の形でウエブ上に存在しているのですが、メセニーのサイトからはどうしても入ることができません。資料としての信頼度を確認できていないことを、おことわりしておきます。



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posted by 冬の夢 at 14:55 | Comment(0) | 音楽 ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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