2020年02月05日

家族や職場の記念写真をうまく撮影するのに苦労する話 .

 行事の撮影を頼まれた。
 関東近県にある、奈良のお寺の別院が行う、節分行事だ。
 お坊さん、地域の区長さんたち、そして手伝いの若い人らが扮する鬼たちが、複数のチームを組み、個人宅やお店、地元企業や施設を訪れて豆まきと祈願をする。
 ひとしきり終えたら記念撮影がお約束。後日、お寺で適宜プリントし、届けるそうだ。その撮影が、わたしの担当。寺衣をはおりカメラを持ってついていく。
 ここ四、五年になる「ご奉仕」だ。

       ■

 訪問先ごとに集合写真を一枚、確実に撮る必要がある。
 子どもが鬼を怖がったりするスナップも一点か二点サービスするが、プロカメラマンではないから動きの激しい場面をすべて写すのはムリ。親御さんたちがスマホ動画を撮っていたりもするので、スナップは「一枚くらい撮れたら」ということにしてもらい、記念撮影を失敗しないよう決死のシャッターだ。
 まあ決死は大げさだが、ヒヤヒヤしている。東京へ戻って現像とレタッチをし、データディスクを作る作業もある。

200205s1.JPG

 昔の写真屋さんは、すごかったんだなと思う。
 観光地での集合写真や、学校のクラス写真といえば、写真屋さんの出番だった。
 大判カメラを三脚に据え、「カブリ」という黒い布──なぜか裏地は赤かったような──をかぶってピントを合わせる姿は、いまどこにもないのだろうか。

「撮りますよ〜!」でパチ、「はい、もう一枚!」でパチ、写真屋さんのシャッターは、たしか二度だった。昭和世代なら記憶にあるのでは。
 それもそのはず、大判フィルムのホルダーは一個の表裏でフィルム二枚。それ以上撮るならホルダー交換だから、シャッター回数が多いと荷物が増え経費もかかる。ホルダーが一つでワンシーンにしないと、後の整理も面倒だろう。
 大判カメラの撮影を手伝ったことはあるが、記念写真屋さんの仕事は経験がないから、間違っているかもしれないが、写真屋さんの撮影術は合理化が極まったもので、型抜きセンベイみたいなものだったのかもしれない。
 手間をかけず、使用フィルム枚数が少ないほど儲かるから、職人的な手順のきわみが、あの撮りかただったのではないか。

 被写体は壁のように並ぶので、被写界深度を気にしつつ露出をとり直す手間がない。「壁」を撮るから、表現を意図する構図もいらない。しかも昔の記念写真は、撮られる側がおとなしく静止し、しっかり目を開けてレンズを見て、「ハイチーズ」でニッコリしてくれる習慣になっていた──。

       ■

 いや、記念写真をサッサと写せないイイワケじゃないんです。
 せっかくだから、気をつけニコパチ、じゃない写真を撮ってあげたいじゃないですか。
 となると、被写体が動いてしまう(それを求めもする)から、固定した条件で流れ作業のようには撮れない。実際わたしは、ワンカットで撮れる人数は十人から二十人くらいが上限だ。それも大人ならまだいいが、幼稚園児だったら……うわっ!
 ぴたりと人が並ぶ「壁」でなく、それなりに奥行き感を出し、全員の顔が見えるよう、よけいな影が出ないよう、鬼の配置やポーズがいいように、などと、ガキども、じゃない、お子さんたちをなんとか配置。やっと落ち着かせカメラを構えたと思ったら、いくら呼びかけても、ぜんぜん目線が来ない。
 そうなのだ、苦労してガキども、じゃない、お子さんたちの準備を完成するとたいてい、親だの先生だのが横からスマホなどで、ナニナニチャ〜ン! とかいいながら撮り始めてしまう。あのな〜!

 いや、どんな場合でもニコヤカに撮ってますよ!
 つまらない冗談をいって周囲まで笑わせたりしてね。

       ■

 えらそうに書いているが、何度も同じ地域へ行って撮っているのに、試行錯誤とヒヤヒヤの繰り返しだ。進歩がない。
 カメラまかせの全自動で撮ると例外なく失敗してしまうから、カメラの設定をいじりながら撮るが、これで安心と決まったセッティングもいまだにない。一枚の完成品のため、十コマは写してしまう。
 しかも、そんなに枚数を撮っても、パソコンでチェックするときは撮るより緊張だ。おお、この一枚だけは、いい感じに写ってた! ホッ! の繰り返しである。

200205s2.JPG

 ふと思った。
 今回は、四〇か所くらい訪ねさせていただいた。
 ということは、のべ二百人から三百人以上、撮ったわけだ。
 ほぼ毎年、この行事を撮って、同じ所を訪ねた場合が多いにしても、いくつの家族や会社、お店を撮ったのか。
 
 そしてわたしは、いったい何をお手本にして、「いい家族」「たのしい幼稚園」「いい雰囲気の職場仲間」の写真を撮ってきたのだろう。

       ■

 わたしの家族は、仲よしファミリーではまったくない。
 両親兄弟みんなで一枚に写った記念写真を見た記憶はない。
 亡くなった家族もいるから、そういう記念写真は、もう撮れない。
 
 よその家族や、知らない会社の社員さんたちを撮る行為に、疎遠すぎるほど疎遠なわが家族の、撮られなかった「記念写真」を、かさね合わせているのだろうか──まさか! そんなことは、ぜんぜんない。
「仲よし」な人たちの「いいね!写真」の、お手本の映像は、わたしの心の中のどこにもない。ないのに、それふうの写真を撮ってしまえる、それは、限りなく不思議だ。

 実際に撮っているときは、そんなことは百分の一秒も考えていない。
 そんなことががアタマに浮かびでもしたら確実に失敗する!
 移動や休憩でも、カメラの設定をうっかり変なふうにいじっちゃってないか、チェックに余念がない。今回も二度ほど、いらんスイッチを知らずにさわっていて、カメラがいうことをきかず、大汗をかいた!
 ワンシーンに十何回もシャッターを切ったとて、センサーに光が当たった秒数は、ぜんぶで一秒もない。撮影の時間全体も、長くても一分ないはずだ。だいたい、そんなに長いあいだ、素人は同じポーズや表情ではいられない。
 わたしが作った「仲よし」な瞬間。それが、つぎつぎとカメラに収まっていく。(ケ)

200205s3.JPG 
依頼撮影のとき使うカメラは
Canon Poweshot G1X  Poweshot G1X MarkU
G1XにはX接点アダプタをかまし、GNが大きい他社ストロボを装着。
上のような場面で出動させる。
ただし「予行演習」なしでは適正露出がこず、
シンクロケーブルがめっちゃジャマ(笑)。


■奈良薬師寺 東関東別院 水雲山潮音寺

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posted by 冬の夢 at 21:12 | Comment(0) | 写真 カメラ・写真家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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