2020年01月27日

カワセミカメラマンになれるかなと思ってみたこと .

 近所の公園に、大きい池がある。
 最寄り駅まで行くのに脇を通るので、池端の木々や集まる鳥、水面から透けて見える鯉などが、日々表情を変えるのを見る。
 そのたびに、すこしずつ季節が過ぎていく。

 池の一角に、近ごろ急に、中高年カメラ族が殺到するようになった。
 週末の混みかたが目立つが、平日の日中もかなり来ている。
 押し合うほど並んだ三脚、バズーカ砲のような望遠レンズつきの高級一眼レフ……サッカーのシュートや短距離走のゴールを狙う、スポーツ専門のプロカメラマンのようだ。多少カメラの知識があるので通りすがりに見ると、カメラとレンズで百万円コース、プロなみの機材を揃えた人もいる。

 望遠レンズが、こぞって向けられているのは、池の縁からせいぜい十メートルほどの中州あたり。
 ということは、えらく小さなものを撮っているわけで、何を撮っているかは、しばらく分からなかった。撮っている人に聞けばいいんだが、なんとなく怖い。
 で、カメラ集団が撮ろうとしていたのは、これだ。

200127K2.JPG 200121K1.JPG

 カワセミです。
 わたしのカメラだと上左の写真のように、ズームしても画面上にマメツブくらいにしか写らず、上右の写真のように部分拡大するとボケてしまう。
 集まった皆さんの望遠レンズなら画面いっぱいに写るし、「百万円コース」の機材だとカメラの解像度がすごく、レンズ口径も大きいから高速なシャッターが使えて、水に飛び込むなどの動きも、クッキリバッチリだろう。

 カワセミを撮っているんだ、と知って、なぜ近くの公園の池にすごいカメラを持った人たちが集まるのかわかったが、かんじんのことがわからない。調べたが、はっきりしない。
 なぜカワセミを撮るかだ。
 この池には、ほかにもさまざまな鳥がいるが、よほどめずらしいことなのか、なぜ多くの人が同じものを撮るのか、よくわからない。駅の近くの公園にこれほど集まるからには、全国に何人のカワセミカメラマンがいるか想像すると、気が遠くなる。

 確証はないが、カワセミは格別に美しいからということらしい。たしかに目を凝らして見ると、羽根の青い輝きと、おなかのオレンジが、野鳥にしては目立ちすぎるほどキレイだ。いっぽう飛んだり水に突っ込んだりする動きには、力強さがあるそうだ。
 となると、静止の美を撮るにも高速な動きをキャッチするにも、撮影技術と高級なカメラが必要なのだろう。写真趣味としてはレベルが高い領域で、写ったときの満足度が違うということだろうか。
 近場の公園にも来ることがある鳥だそうで、自然の中へ遠出せずとも写せるのも、人気の理由のようだ。なるほど通るたびに見ると、カワセミがとまっている細枝には支材がついている。公園管理事務所が、撮影スポットを作ってサービスしているのかもしれない。

 生態の調査研究や、日本画の写生画のような観察描写を写真で究めるとか、あるいは「カワセミカレンダー」の制作元から発注された仕事だったら、用途を満たす写真を的確に撮らなければならない緊張感があるが、それとは関係なく、美しい鳥が身近で撮れ、高級機材をそれとなく自慢もでき、コンテストで入選したりするのは、なんだか楽しそうだ。桜や富士山、あるいは鉄道や女性モデルなど、同じ被写体を写した写真を競うアマチュア対象の写真コンテストは多々あるようだ。カワセミ写真コンテストも催されているかもしれない。
 写真を撮ることを射撃と同じ「シューティング」というけれど、まさにハンティングと同じ感覚も求められそうだが、むろん鳥を傷つけることもない。「趣味です」といえば誰にでも通じるし、いいなあと素直に思う。

200101gt.JPG

 長い間、写真は、あくまで見る側だったが、近ごろ自分でも撮ってみるようになった。
 ところが、なにが難しいといって、誰も撮らないような写真を撮るのが難しい。いまさら写真を撮るなら、平凡なものを撮って、自分にしか写せない写真にしたいけれど、無理だと思う。写真を鑑賞する側だったとき見てきた写真の、影響抜きには写せない。
 が、影響から抜けられないことはあきらめた。モノマネだろうと何だろうと、どこかで見たふうな写真になるのは当たり前と思うことにした。だいいち本気でマネしたって、芸術写真のように写せるはずがない。
 
 自分だけの写しかたができないなら、そもそも誰も撮らないような無意味なものを撮ろうと思うが、それはなおさら難しい。
 無意味に思えるものを撮ることで何をするのかが、自分で分かっていないと、写した写真を鑑賞者に戻って見てみると、例外なく「写真になっていない」。

 撮っているときに、へこまされることも多い。
 外で撮ることが多いが、撮っても意味がなさそうな建物や空地など、写したって実害があるとは思えないものにカメラを向けているときにかぎって、誰何されたりトラブルになったりする。
 自分はやらないが、見ず知らずの人を正面からいきなり撮るとか、それこそ盗撮みたいなことをしているならともかく、道路からなんのヘンテツもない空地を撮り歩いているつもりでいたら、それふうの男に後をつけられたこともある。「映え」目的でなんでもかんでも撮るネーチャンらのほうが、よほど野蛮な撮りかたをしているじゃないか、とも思うが。

 そんなにいろいろ気に病んでいると撮影が楽しめないでしょう、といわれたら、たしかに楽しんでいない。カワセミ写真のほうが、よほど楽しそうに思える。
 しかし、その集団に加わって撮ってみたいとは思えない。(ケ)


二〇二一年四月二十三日/管理用
posted by 冬の夢 at 14:09 | Comment(0) | 写真 カメラ・写真家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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