2020年01月23日

新春浅草歌舞伎「祇園一力茶屋の場」 〜 米吉のおかるの色香

 年始の歌舞伎公演は、歌舞伎座・新橋演舞場・国立劇場・大阪松竹座と盛りだくさん。稼ぎどきとあって、巧みに人気役者が各劇場に配分されていて、確かに三等席はあっという間に売り切れてしまう。最近は週末の土日にしか芝居見物に行かれなくなってしまい、残っているのは2万円近い一等席だけ。あまりにバカ高いので、一等席を避けて空席を探していると、浅草歌舞伎の二等席が空いているのを見つけた。演目を見るとなんと『仮名手本忠臣蔵』の七段目をやると言う。そうして確保しておいたチケットを持って浅草まで赴くと、その日は「みなさん着物を着て芝居を見に来てください」と銘打った「着物の日」。干支の子がデザインされた手拭いを粗品でもらって、はじめての浅草歌舞伎見物と相成った。

 まずは『絵本太功記』の十段目「尼ヶ崎閑居の場」。吉右衛門や橋之助時代の芝翫で何度か見ている演目だが、いつも必ず眠くなってしまう。実家に行き着いた武智光秀が真柴久吉と間違えて実母を刺してしまう。そこへ出征した息子十次郎が虫の息になって帰参して云々。ほぼ毎回寝ながら見ているので、大まかにしか覚えていない。今回もそう。歌舞伎とは面白くもあり、つまらなくもある。初見の人がこの演目を見たら、二度と芝居見物など御免だと思ってしまうだろう。案の定、斜め前の着物のご婦人は頭が膝に付くくらいに突っ伏して熟睡なさっていた。そうなる気持ちに共感しながら、こちらも何度も意識を失いがちに。光秀を演るのは歌昇。背が低い役者なので、狭い舞台では余計にバランスが良くない。なぜそう見えるかと言えば動きが全くないから。この「太十」と呼ばれる芝居は、役者がほとんど動かない。初演は人形浄瑠璃で上演されたと言う。文楽で『絵本太功記』は見たことはないのだが、こんな動きのない人形では人形遣いも遣り甲斐がないだろうなと余計な心配をする。もちろんそのような見方は玄人からすれば軽薄なのかも知れない。動きが少ないからこその台詞回しの難しさなどもたぶんあるのだろう。それでも実際何回見ても退屈だし、眠気からは逃れられない。見物する側が苦労して睡魔と戦わなければならないなんて、絶対におかしい。いくつかの演目が並ぶ興行形式だから仕方がないのだけれど、これからは「太十」が演目に入っている月は見に行かないことにしたい。

 幕間には、眠気を追い払おうと、雷門の手前の菓子屋でお土産用に買った人形焼きをつまみ食い。そして次に出るのは本日のお目当てだった「祇園一力茶屋の場」。お馴染みの『仮名手本忠臣蔵』の七段目。馴染みだからと言うわけではなく、「太十」と比較して見ると芝居としての面白さが際立って見えた。緩急が効いた台本の面白さ、硬軟善悪が混ざったキャラクターの立ち具合、上下左右まで効果的に使う舞台の活用法、そして亡君の仇を討つと言う思いの濃さと重さ。
 上演時間はほぼ同じくらいなのに、芝居としての面白さに溢れていて、舞台に引き込まれているうちにあっという間に一時間半が経過している。これこそが芝居のあるべき姿だと思う。見物をある時間だけ別の世界に連れて行ってくれる。その引力の強さは、台本の良さと役者の巧さが織り合わさって出来た磁場があってこそ。『仮名手本忠臣蔵』の台本自体は言わずもがな、浅草歌舞伎を続けてきた若い役者たちの成熟ぶりが見物客を大いに惹きつけた。

 その中心にあったのが中村米吉のおかる。七段目のおかるは玉三郎と雀右衛門で見たことがあるし、文楽では吉田簑助が遣った人形でも見た。いずれも熟した女の色香が匂い立つようだった。それを思い起こすと米吉はまだ若く熟してもいない。けれどもわざわざ浅草歌舞伎を見に来た最大の動機は、米吉のおかるを見たかったから。国立劇場で『仮名手本忠臣蔵』の通しがかかったときに、加古川本蔵の娘小浪を演じたのを見て、こんな可憐な女形がいたんだと金脈を発見したような気がした。その後も注目し続けていたところへ、ようやく主役についたのが今回のおかる。果たして米吉のおかるは、十二分に期待に応えてくれたのだ。美しさはもちろん合格点。そして遊女の色香も及第点。しかも今後の伸びしろを感じさせる得点だった。見物を惹きつけたのは、その声。明瞭な台詞が甘くて艶やかな声にのってくる。そこに濃厚な色がついていて、熟れた匂いが漂う。ほんの少し媚びた感じがして、声の媚態にそそられる。玉三郎では尊厳があり過ぎて手が届かない感じだし、雀右衛門は年増の可愛らしさが優るようで入れ込むまでは行かない。でもこの米吉のおかるはその声で見る者を虜にする。小さめの劇場だから余計に直截に感じられたのかも知れない。
 おかるの兄平右衛門は巳之助が演る。これまであまり印象に残らない役者だったから、今回の平右衛門は役との相性の良さが出ていて予想外の収穫だった。お世辞にも顔は良いとは言えないし、立役を張る柄があるとも思えない。平右衛門のような脇で光るタイプなのだろう。早逝した三津五郎とは違う道を模索してもらいたい。
 そして問題は由良助役の尾上松也。まだ早いのではないかとほとんどの見物が予想した通りで、全く由良助の感じがしなかった。悪く言えば、役を形だけで真似ているように見えてしまう。台詞の言い方や所作などを一生懸命勉強したのだろう。しかし役者は稽古をした裏を見せてはいけない。舞台に立ったら、由良助そのものにならなくてはならない。そんな目で見ると、今回はまだまだであって、舞台の上には役にもがく尾上松也だけがいた。米吉のおかるよりも難易度ははるかに高いはず。チャレンジ精神は良しとして、またどこかで由良助になり切った松也を見てみたい。

 かように見どころの多い七段目を堪能すると、こうした演目こそが芝居見物の醍醐味であるとしみじみ実感する。歌舞伎を見始めるのなら、ぜひこの七段目からにしてほしい。「太十」で突っ伏して寝ていたご婦人もさぞや満足していることだろう。と思って見たら、七段目の一時間半、かのご婦人は突っ伏し角度が浅くはなったもののずっと首を垂れて熟睡状態のままだった。
 新春に歌舞伎見物に行く。着物を着て行く。それだけで満足してしまったのかも知れない。でもこうした楽しみ方ももちろんあり。どういう見方をしようが、それは見物ひとりひとりの自由なわけで、ご婦人が目を覚ますような舞台を提供するのが役者たちの使命なのでもある。(き)


浅草歌舞伎.jpg



posted by 冬の夢 at 21:43 | Comment(3) | 伝統芸能 歌舞伎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 このブログで、松也はいいのでは、と書かれているのは二〇一二年春。二〇一四年から二〇一五年にかけて、すっかり有名になったそうで、浅草歌舞伎では座長格なんですね。それなりに鑑賞眼があったということでしょうか。由良之助はできてませんでしたか。史実をイメージさせる設定なら、大石が四〇歳代半ばごろのこと。いまの松也のひと世代上で、江戸時代だと初老ってところか。そこが難しかったですかね。そういう問題ではないか。
Posted by (ケ) at 2020年01月25日 14:48
芝居見物とは何か、考えさせていただきました。
たしかに、誰もが眠気と戦わなければならないなんて、理不尽!
ずーーーっと昔から数々の演目はあるわけで、特に花形の役者たちが出演する浅草の新春歌舞伎であれば、もっとパッと輝く演目があったはず。松竹さんにもっと考えていただきたいですね。
だいたい、誰もが寝てしまうような玄人うけしかしないような演目は、国立劇場にあげちゃっていいと思います。松竹さんは商業演劇なんですから、人気のない演目はやめていいでしょう。
どうしてもビッグ・ネームに頼りがちな松竹さんの歌舞伎公演ですが、タカラヅカのファンが生徒時代の踊り子さんに目をつけてずっと応援するように、若手にチャレンジングな役をつけてその時どきで世に送り出してほしいものです。
意外な役者が意外な化け方をしてくれるものです。
それを目の当たりにするのも、芝居見物の醍醐味だと思います。
筆者の次の批評を心待ちにしております。
Posted by busca at 2020年01月26日 14:33
コメントありがとうございます。
ご指摘の通り、難しい古典は国立劇場にお任せするのが良いと思います。また特にお正月はなるべくなら華やかでわかりやすい演目にしてもらいたいですね。
松也が今回由良助役を経験したことはきっと十年後くらいに花開くのだと思います。そういう意味でアンマッチな配役とは投資に似ているのかも知れません。
Posted by (き) at 2020年01月27日 10:03
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