2020年01月04日

『男はつらいよ お帰り寅さん』を見た大晦日

 『男はつらいよ』を集中的に見たのは地元にいた高校生のとき。大学に入って上京するとフィルムセンターや名画座など面白い映画をたくさん見られる場が増えて、『男はつらいよ』を見ることはなくなってしまった。また、博とさくらの子どもが無名の子役ではなく吉岡秀隆に変わったのも、なんだか変な気がしていた。吉岡秀隆は徹頭徹尾『北の国から』の純なのであって、なぜあの純が急に「とらや」の満男になるのか受け入れられなかった。だから、『男はつらいよ』で満男が吉岡秀隆とともに大人になっていく系譜は知らないし、シリーズが回を重ねるごとに車寅次郎の放浪記ではなく、いつの間にか満男を主人公としたビルドゥングスロマンに変容したことにも無知のままでいた。私の知る寅さんは、いとも簡単に美人の女性に恋をする寅さんでしかなく、常識的な因習にはまらず何をやっても騒動を引き起こす寅さんだった。

 そんな間遠になった観客でも、映画館の中に入った途端、懐深く迎えてくれるのが『お帰り寅さん』なのだ。大晦日の朝イチの回に映画館に入ると、意外にも多くの客席が埋まっている。オープニングは寅さんの夢オチと決まっているから、今回も夢から始まり、その夢の主は小説家になった満男だ。そして荒川の土手沿いに景色が変わってのタイトルバック。これだけで身も心も一気にフーテンの寅さんの世界に持って行かれてしまうのだった。
 『お帰り寅さん』にはもちろん渥美清は出演していない。出てくるのは寅さんの旧作のショットの中だけ(デジタル処理で満男の背後に浮かぶ寅さんの幻影は、渥美清の亡霊のように見えてしまうのが残念だ)。車寅次郎が不在であるにも関わらず、映画は寅さんの存在に満ち溢れていている。登場人物も観客も、映画の中でも外でも、今はもういない寅さんのことを待ちわびている。その意味において、『お帰り寅さん』というタイトルに偽りはなかった。渥美清は死んでしまい、参道からひょっこりと顔を出す車寅次郎はいない。でも誰もが寅さんを思い浮かべて「おかえりなさい」と言いたくなってしまうのだ。
 映画のところどころに挿入される過去の名場面。満男と泉の初恋時代のシーンはともかくとして、寅さんの登場場面は本作のハイライトでもある。満男の妻の七回忌に義父がお供えを持ってくる。箱の形からしてメロンだ。ここでほとんどの観客はピンと来る。映画の中盤、満男の娘が友人を連れて来たというので、博がさくらに「この前もらったアレ、食べ頃だろ」とメロンを出させる。ほら、来た来た。さくらが「えーと、何等分すればいいんだっけ」と切ろうとするときには、映画の中の人たちも思い出す。あの『寅次郎相合い傘』のメロン事件を。
 映画館で映画を見ていて、本当に良かったなと思うのはこういうときだ。周りの観客から少しずつ笑い声が起こってくる。TVで流れる効果音としての機械的な笑いではない。可笑しみで耐えきれず、喉の奥からくぐもりながら出てくる噛み締め笑いである。それが客席のあちらこちらから漏れ出して、映画館自体がクスクスと共鳴し始める。そして、画面に寅さんが登場して「なんで俺が人のツバキのついたメロンを食べなきゃいけないんだよ」と言うところでは大爆笑となって弾け飛ぶ。
 これは落語だ。大笑いしながら思う。誰もが知っている人物とエピソード。きっかけもオチもわかっている。何度も見たし聞いた。でも可笑しいし、また可笑しい。繰り返し可笑しく、その可笑しさをわかっている人たちが集まっていることがさらに可笑しい。だから、この映画館は寄席でもあるのかも知れない。そこでの寅さんは、現代の与太郎であって、熊さんや八つぁんやご隠居なのでもある。そうした寅さん像は、一朝一夕に出来たものではなく、1969年の第一作から始まって五十年かけて作り上げてきたものだ。それも作り手が勝手に送り出すだけでなく、受け手の熱烈な支持があって、長く共有されてきた独特のキャラクターなのだ。それを思うとき、山田洋次や渥美清が続けて来た仕事が、日本の伝統芸能史においても重要なものだったのだと、あらためて認識し直すのだった。
 そして同時に、これは松竹版『ザッツ・エンタテインメント』なのだとも言える。『ザッツ・エンタテインメント』は1974年に製作されたアメリカ映画。MGMが世に送り出して来たミュージカル映画のハイライトシーンを、サイレントの頃から50年代の黄金期までコラージュした傑作だ。アメリカの観客たちは、自分たちの青春時代を彩った絢爛たるミュージカル映画の歌と踊りがスクリーンに甦るのを見て、拍手をしたり歓声を上げたりしたことだろう。『お帰り寅さん』では、それは抑えた笑い声ではあっても、観客の気持ちはほとんど同じだったはず。あれも見たしこれも見た。そこは知っているし、次にはこうなるんだよね。そのとき映画館は、送り手と受け手がシンクロする空間になっている。松竹であれば、大船調家族劇の名場面集でも一本作れるかも知れないが、客席がこれほど一体になることはまずあり得ない。『男はつらいよ』だからこそ、同じ映画体験を持った人たちが集まれるのだ。

 さて、講釈はともかくとして、『お帰り寅さん』は映画としても面白く見られる佳作だ。満男と泉の淡い気持ちの通い合い。娘のユリの素直さ。満男とユリ父娘への編集者高野さんの思い。誰もが必要以上のことは口に出さないのだけれども、どんなことを考えて悩んでいるのかが観客に伝わってくる。映像の良さと言うよりは脚本と演出、そして役者の良さなのだろう。吉岡秀隆はもう満男そのものだから役者と役が同一になっており、倍賞千恵子も歳を取ったもののいつまでもさくらの清廉さを失っていない。久しぶりに俳優に復帰した後藤久美子はおそろしく美人で、惜しむらくは芝居下手だ。浅丘ルリ子のリリーが出てくる場面での台詞の棒読みはなんとかならなかったのか。山田洋次の演出も後藤久美子に関してだけは手抜かりがあったとしか思えない。
 とは言え、そんな役者たちが演じる登場人物たちは画面の中で本当に生き生きと見えてくる。満男の人の良さは、泉の父親のことまで引き受けてしまういい加減さと裏腹だし、泉の満男への思いも、今の自分の生活を放り出すまでは行かないリアリティがある。すべてのことが割り切れるわけではなく、結論が出ずに宙に浮いたままのことだらけなのが人生でもある。いつもは寅さんの露店での口上で終わりとなるところが、夜更けに思い悩む満男でエンディングを迎えるところに、観客はまた寅さんの不在を味わうことになる。

 余談になるが、『お帰り寅さん』を見た大晦日の夜、毎年恒例の紅白歌合戦では、竹内まりやが「いのちの歌」を歌っていた。自ら歌詞を書いたという十年くらい前の楽曲らしい。その歌詞の一部はこんなだ。
 「本当にだいじなものは/隠れて見えない/ささやかすぎる日々の中に/かけがえない喜びがある」
 心底ぶったまげてしまった。こんな「読んで字の如し」のような、歌詞とも言えない歌が大仰な演出とともに歌われていて、それに何の疑問もなく人びとが感動していることが信じられなかった。
 『お帰り寅さん』では、懐かしのリリーが「寅さんと結婚していたかも知れない」と語り始める。これも『相合い傘』の名場面のひとつだ。さくらがリリーに結婚してくれたらいいのにと伝えて、リリーが寅さんさえ良ければと答える。そこへ寅さんが帰って来てひと言、「冗談だろ?」。「冗談に決まってるじゃない」と、ちょっと間があってから返すリリー。でも、観客にはわかっている。ふたりとも真剣であったことを。寅さんもリリーも互いにわかっていた。自分たちは互いに愛し合っている。でもそれは口には出せない。それを言っちゃあ、お終えよということのひとつだ。だから「冗談だろ」と訊いてしまうのであって、真剣だからこそ「冗談に決まってる」と答えてしまうのだ。言葉とは違う思い。言葉では表せないもの。言葉にした途端、何かが崩れてしまうこと。気持ちの中に隠したものがあって、隠れたものを伝えるのはとても難しい。それが普通だし、それが人生だし、それが映画になるのだ。
 「本当にだいじなものは隠れて見えない」などと軽々しく歌うのであれば、お願いだからそのまま隠しておいてほしい。こういう歌詞を持つ歌は真に下品だ。それなのに、小学校の道徳の授業では教科書にも取り上げられていると言う。今どきの道徳とは、全校集会での校長訓話のような理屈ばかりを子どもに押し付けることなのかも知れない。また子どものほうでも、教師が喜びそうなことを答えて、いい子ぶってやり過ごそうとする側面もあるだろう。嘘臭い歌に上っ面だけの感想。だいじなものはちゃんとわかっていますよという素振り。その奇妙な行儀の良さには、見た目だけに捉われて中身が腐っていることに気づかない鈍感さしかない。
 そんな偏屈者は紅白歌合戦など見なければ良いのに言われればそれまでなのだけれども、『お帰り寅さん』を同じ日に見たばっかりに、異様に腹立たしく感じられるのだった。(き)


お帰り寅さん.jpg

posted by 冬の夢 at 21:59 | Comment(0) | 映画 邦画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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