2019年12月15日

夜の千切れ雲(2):月の光は流れる水(其の一)

(やっと「夜の千切れ雲(2)」を書き終えた。といっても、特段誰かが待ち望んでいたというわけでもあるまいが……今度のお話はちょっと長くなってしまったので、三回に分けて載せることにした。続きが読みたい人は「其の二」「其の三」に引き続き進んで下さい。)


月の光は流れる水(其の一)

 もうまもなく梅雨入りするはずの六月の夜は、まるでヨーロッパの夏を思わせるような、もしかしたら一年の中で最も心地よい時間かもしれない。少し暑過ぎると感じられた日中の熱はすっかり鳴りを潜め、半袖ではやや涼しすぎると感じられるほどに爽やかな微風が、勢いよく伸び始めた木々の小枝を静かに揺らす。そして、満月にはまだ至らない、しかしそれでも十分に明るい月が煌々と輝き、地面の上には梢の影がまるで版画か古いモノクロ写真のようにくっきりと映っていた。

 「月の光はまるで流れる水のようだ」

 街灯の作り出す人工の光と月光が区別できるはずないのに、そのときの邦郎には、酔いの余韻も作用したのか、夜の薄明かりの中で月光だけがはっきりと見えるような気がした。それがあまりに清らかで透明だったためか、溶けかけた氷や冷たい水の連想がいつの間にか生まれたらしく、足下の影を気にしながら歩いているうちに、まるで夢見るように遠い昔のことを思い出していた。

 もうあの頃から四十年以上も経つ。その夏はまだ父も母もとりあえずは一緒に暮らしていた。それから一年もしないうちに離婚する二人だったが――そして、裁判所の調停の結果、邦郎は、再婚することになっていた母親の由美子ではなく、以後死ぬまで独り身を続けた父親に育てられることになった――、邦郎の前では仲の良い夫婦を演じていたので、父を置いてきぼりにして母と二人きりで旅行すること自体が、九歳の邦郎には少し奇妙なことに感じられた。
 「お父さんは来ないの?」
 無邪気に尋ねる彼に母親はごく自然な様子で返事をした。
 「お仕事が忙しいからね」
 それは小学校四年生の夏休みのことだった。

 行先は出発前から聞かされていた。長野県にある由美子の在所(このときだけは由美子は「在所」という、邦郎には聞き慣れない用語を使った)、つまり、母方のお祖父さんの実家を訪ねるのが目的だった。
 最初から邦郎はその旅が楽しいものになることをほとんど期待していなかった。そもそも、彼は母方の祖父母が苦手だった。子供が遊べるくらいの広さの庭を持つ一軒家を山手線内に所有し、息子(つまり、由美子の弟、邦郎の叔父)は中央省庁の官僚として働いている、典型的中産階級の家だったが、四方を隣家に囲まれていたためか、庭も、そしてその庭に面した縁側も奇妙に薄暗く、また訪れるたびに仏壇に向かって手を合わせさせられるのも重苦しい感じがした。しかし、邦郎が何よりも苦手に感じていたのは、実は祖母の存在だった。
 五十歳になる今でも邦郎には母と祖母の関係が本当のところどんなものだったのか、正確に理解することができないでいる。ただ、少なくとも子供の目には、祖母という人がなぜかしら意地悪な人に感じられた。行けばお菓子なりお小遣いを与えてくれ、学校のことや何やらを問いかけられたりはするのだが、どうしても会話が弾まない。祖父も大同小異だったのかもしれないが、それはおそらく祖父の方がずっと老年で、すでに耳が不自由だったためだったので、子どもなりに理解もできた。しかし、子供だった邦郎を何よりも怯ませたのは、祖父母の二人が母と話しているときの三人の様子だった。子供の目にも明らかだったことは、祖父は娘が孫を連れて訪れることを心から歓迎しているようだった。叔父も母のことを「お姉さん、お姉さん」と、それなりの敬意と親しみを感じているようであり、母もこのやや年の離れたエリートの弟を姉として可愛がっているように感じられた。ところが、母と祖母の間には、何とも形容しがたい、少なくとも子供だった邦郎には表現する術もない奇妙な空気が流れ込んでいた。それは、子供の単純な認識と言葉では「冷たい、よそよそしい、仲が良くない」としか言いようのないものだった。もちろんここでも再び、邦郎の前で母と祖母が何か言い争うなんてことが繰り広げられることはついぞなかったわけだが。
 比べれば祖父の方が遙かに親しみは感じられたけれど、それもあくまでも相対的なことであり、当時の邦郎にとって祖父母の家は自ら望んで行きたいと思うようなところではなかった。だから、祖父の実家を訪ねる旅行と聞いて心躍るはずがなかった。それに加え、十歳になった邦郎は事あるごとに自分を連れて歩く母の一種の虚栄心のようなものにも薄々気がつき始めていた。

 その頃の邦郎は、ひとことで言うならば、絵に描いたような優等生だった。学校の成績も申し分なく、教師たちからの評価も高かった。子供たちの間でも健康的な社交性を十分発揮していたが、大人に囲まれたときも、ことさらに物怖じすることなく、かといって調子に乗って周囲から注目を集めるようなこともなかった。問われれば淀むことなく過不足ない返事を返し、問われなければいつまでも大人しく静かにしていることができた。その意味では、邦郎の両親は彼を見事に育て上げたと言える。そんな子供を母親が自慢したとしても、また、そんな子供の母親である自分のことを高く評価したとしても、それはそれで特に非難する謂われはないのかもしれない。が、由美子には出来のいい息子を単に溺愛するというよりも、どこかもっと計算高いところがあり、自分の子供を一つの成果物としてみなして、子供が優秀なのは自分が良妻賢母であることの証なのだと言いたいがために邦郎を連れ回しているのではないか。とりわけ祖父母の家に連れて行かれ、その場に居合わせた大人たちから代わる代わる大小の賞賛の言葉を聞かされるたびに、邦郎は母のいかにも満足げな横顔を、どこか誇らしくもあり、確かに嬉しくもあるのだが、それでもなぜか心がざわつくような気持ちでそっと窺っていた。

 祖父の実家は思っていた以上に田舎にあった。特急を乗り継いで終着駅まで行き、そこからさらにローカル線に乗り換えるのだが、それが単線であることに先ず驚かされた。社会科の授業で「単線」「複線」「複々線」という言葉は習ったけれど、実際の単線を見るのも、ましてその電車に乗るのもむろん初めてのことだった。そして、線路の両横に繁る木々が車窓ぎりぎりにまで枝を伸ばし、場所によっては「緑のトンネル」としか言いようのない中を電車が進むのは、我知らず心躍るような体験だった。
 「いったいどんなところへ行くのだろう? どんな人たちに会わされるのだろう?」という一抹の不安は心の片隅に残ってはいたけれど、いわば九歳の男の子の本能として、邦郎はこの電車の旅を楽しく感じ始めていた。
 そうしてようやく辿り着いた駅は、これまた邦郎がそれまで見たこともないような駅だった。何よりも先ず、駅員が一人もいないことに驚かされた。降りるときに母が切符を車掌に手渡しているのを見たときに、いつもと何かが違うような気がしたのだが、改札口に誰もいないことを知って邦郎は本当に驚いた。
 「お母さん、誰もいないよ」
 確かに駅員の姿もなかったし、邦郎たち母子以外にはどうやら誰も降車しなかったようで、駅には心細いほど人影がなかった。
 「無人駅だからね」と答える母の横顔が微笑んでいなかったら、おそらく邦郎は恐怖さえ感じたことだろう。
 しかし、続いて不思議だったのは、そんな寂しい無人駅なのに一台のタクシーがすでに待ち構えていたことだった。母は邦郎の手を引くと何の躊躇もなく真っ直ぐそのタクシーに向かった。
 タクシーに乗ると、邦郎は三度驚かされた。母と運転手の交わす言葉が上手く聞き取れないのだ。母は行き先を告げたはずだが、それがよく分からなかった。さらに、運転手の返事ときたら! ところどころは分かるのだが、全体としてはいかにも不思議な言葉に聞こえてならなかった。そして、自分の母親がその奇妙な言葉を理解しているだけではなく、それと同じような、普段は耳にしたこともないような言葉を使って楽しげに話しているのだ。
 「お母さんもここに住んでいたの?」と尋ねると、電車を降りたときと同じ微笑みを浮かべて母が答えた。
 「そうよ。小学生まではね。中学生からは東京の学校に通うようになったから東京のお家へ移ったのよ。以前はときどきはこっちにも帰るようにしていたけど、近頃はすっかりご無沙汰していたの。でも、この辺はお母さんの小さな頃とほとんど変わっていないわ」
 それを聞いていた運転手が人の良さそうな笑い声を上げた。それから間もなくタクシーは門のある家の前で止まった。都会育ちの邦郎には神社かお寺の門のようにも思われたが、それは門というよりは、両側から続く塀の端がそのまま自然に門の役を果たすようになっていて、門扉となるものはなかった。そして、門に続く門塀も実際には塀や垣根ではなく、納戸か物置のような建物の壁がその役を担っていた。門をくぐるときに覗き見すると、寺社であれば狛犬か仁王像があるべきところに麦藁帽子や農具が見られた。自転車遊びさえもできそうな中庭には影を作るような樹木は植えられていなかったが、片隅の小さな花壇には複数の種類の花が咲き誇っていた。しかし、何よりも邦郎の目を惹いたのはその庭の向こうに控えていた母屋の、いかにも立派な瓦屋根だ。その母屋だけでも十分に大きな家と思われた。加えて庭の左右にもそれぞれに離れが建っていて、邦郎にはこんなに広い家を見るのも、ましてその中に足を運ぶのも初めての経験だった。彼が住み慣れた家はコンクリートの集合住宅だったし、祖父母の家も、都内では十分に広い家だと思っていたけれど、目の前にあるこの家とは比べものにならなかった。「こういうのを『お屋敷』というのだろうか」と内心で考えているうちにも、由美子は「こっちへおいで」と言って、一人すたすたと何の躊躇もなく玄関へ足を運び、呼び鈴を押すこともなく玄関の引き戸を開け、中に入ると、「こんにちは。由美子です。今着きました」と家の中に向かって、誰にともなく挨拶をした。すると奥から「はい」と返事があり、続いて由美子と同じ年格好の女性が現れた。途端に由美子の顔が明るく輝いた。
 「りっちゃんも来てたの? お久しぶり。お変わりない? お元気そうね。上原のおばさんは?」
 「りっちゃん」と呼ばれた方は、尋ねられたことに答える前に、「遠くからお疲れだったね。さあ、上がって、上がって」と、こちらもまたいかにも嬉しそうに二人を促した。小さな部屋なのか大きな廊下なのか判然としない空間を母に遅れないようにと従っていくと、自分たちがたった今くぐってきた門を庭越しに見通せる居間に通された。

 「由美ちゃん、今日はこっちに泊まっていくんでしょ? 使ってもらう部屋に風を通しているところだから、涼しくなるまではここでいいよね? 案外とここが一番風が通るのよ。ちょっと冷たいものを運んでくるわ」と言い残してりっちゃんは出て行った。
 「お母さん、ここがお祖父ちゃんの在所なの?」
 「ここは分家。お祖父さんの妹、つまり私の叔母が嫁いだお家よ。だから『上原』といって苗字も違うでしょ? でも、お母さんは上原の叔母さんに昔から良くしていただいたから、今夜もこちらに泊めていただくのよ」
 「じゃあ、お祖父さんの在所というのはどこなの?」
 「すぐ近くよ。歩くとちょっと大変だけど。ちょっと休んだらお母さんはご挨拶に行ってくるわ」
 「ぼくは?」
 「邦郎は疲れたでしょうから、ここでのんびりしていたら? 一緒に行っても、大人だけの話だから、退屈するだけよ、きっと」
 これを聞いて、邦郎は母の様子がますますいつもと違うことに驚かされた。普段なら、大人だけの話の場だからこそ自分を連れて行くはずなのに。
 しばらくして、りっちゃんが冷たい麦茶とお茶菓子を運んできた。
 「由美ちゃんが来ると言うから、わたしも今夜はこっちに泊めてもらうことにしたの。本当に久しぶりね。前に会ったのは父の法事のときよね。三年ぶりくらいになるのかしら?」
 「すっかりご無沙汰しているわね。ごめんなさいね」
 「仕方ないわよ。もうすっかり東京の人だもの」
 二人の話を聞きながら、(でも、りっちゃんも東京の人のように話している)と邦郎は不思議に思っていた。実際、由美子とりっちゃんが話しているのを聞いている限りは、タクシーに乗っているときとは打って変わって、ここが東京から遠く離れた田舎だと思わせるものは何もなかった。ただ、それでも母がいつもとはどこかが少し違うように感じられ、知らないところにいることも影響して、不安と言っては言い過ぎだが、何か落ち着かない気分が纏わり付いて離れなかった。  (H.H.)

「其の二」に続く
posted by 冬の夢 at 14:16 | Comment(0) | 創作(詩・小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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