2019年11月06日

ラグビーワールドカップ2019日本大会を振り返る 〜 防御は最大の攻撃なり

 ラグビーワールドカップ2019日本大会は、南アフリカ代表の優勝で幕を閉じた。日本代表チームが初めて決勝トーナメントに駒を進めたことに加えて、地元で開催されているので全試合が観戦しやすい時間帯にセットされていたことで、日本国内では注目を浴び、大いに盛り上がった大会となった。
 台風惨禍の復旧作業を手伝ったカナダ代表メンバー。釜石でボールボーイを務めるはずだった男の子二人が横浜の決勝戦でその大役を任されたこと。ウェールズラグビー協会が北九州市に贈った感謝のメッセージ。いくつものエピソードを残して日本大会は終わるのではあるが、この大会を契機としてラグビーに興味を持った子どもたちが数え切れないほどいたはず。その種は十年後、二十年後に大きな花を咲かすことになるだろう。現在の女子ゴルフの黄金世代が宮里藍に導かれたように。それはサッカーで言えば三浦知良であったわけだし、フィギュアスケートならば浅田真央だった。ラグビーに違いがあるとすれば、子どもたちに刻まれたのがあるひとりの選手ではなく、日本代表というチームだったということ。このOne Teamが成し遂げた功績は、ベスト8の実績とともに将来でこそ認められるものなのかも知れない。

 感傷的な話はこのくらいにして、試合の中身を振り返っておこう。
 大会を通じて最も印象深い試合は、言うまでもなく準決勝のニュージーランド対イングランドの一戦だった。予選プールの戦い方やアイルランドとの準々決勝戦を見て、ニュージーランド代表チームの強さは、負けることなど想像も出来ないレベルに達していた。セットプレーでの完璧な支配ぶり。反則をせずペナルティキックを与えないプレー。そして相手のミスにつけ込むしたたかさ。ひとたびノックオンをしようものなら、そのボールはニュージーランドのフランカーが拾い上げて、タックルをかわしながらセンターにパス。最後は高速ウィングにボールが渡り、楽々とトライを決める。
 そんなニュージーランドをぐうの音も出ないほどに抑え込んだのが、準決勝でのイングランドだった。勝因はひとつ。前に出るディフェンス。イングランドは最強の防御網でニュージーランドを打ち負かした。ニュージーランドボールのスクラムやラインアウトから出されたボールは、イングランドのディフェンスを受けて、じりじりと後退する。ラックサイドをフォワードが突いても、バックスに展開してもイングランドのタックルが次々と突き刺さり、ゲインラインが押し下げられる。やむなくスクラムハーフはキックを蹴るしかなく、そのボールをキャッチしたイングランドのフルバックがイングランドの攻撃にスイッチを入れ、攻めあぐねて困惑しているニュージーランドを攻めたてる。
 攻撃は最大の防御であるという世界共通のことわざは、このイングランド対ニュージーランドの準決勝戦で覆された。「防御こそが最大の攻撃である」。イングランドの防御こそがニュージーランドに対する最も効果的な攻撃だった。イングランド代表監督のエディ・ジョーンズは二年半前に予選プールの組み合わせが決まったときから、準決勝で対戦することになるニュージーランドとの一戦に勝つ準備を始めたと言う。その苦労は見事に報われた。結果は19対7だが、ニュージーランドのトライはイングランドボールのラインアウトでのサインミスに乗じたもの。内容的にはイングランドのワンサイドゲームだったと言っても良い。この一戦はラグビーワールドカップ史上に残るはず。それほどにイングランドの防御は圧巻だった。
 これほどの試合をしながらも優勝出来ないのがラグビーの不思議なところ。決勝戦のイングランド対南アフリカは、南アフリカのスクラムがすべて。スクラムを組むごとにコラプシングの反則を取られてしまっては、イングランドに勝ち目はなかった。イングランドはニュージーランドを打ち負かすことに全精力を使い果たしてしまったのか。かくしてイングランドは2003年大会以来の戴冠を逃し、シルバーメダルに甘んじたのだった。

 かたや日本代表の躍進ぶりはいろんな人たちが語っている通り。鋭いタックルと素早いサポート。そしてテンポの良い球出しとバックスのスピード。厳しい訓練の末に築かれたスタミナとフィジカルに支えられたプレースタイルは、ラグビーを見る愉しみに溢れていた。日本代表のプレーに没頭した後にサッカーの試合を見ると、なんともタラタラとしていてとても見続けていられない。この大会を契機に多くの新しいファンがラグビー観戦を趣味とするようになるだろう。
 日本代表の試合では、言うまでもなくアイルランド戦とスコットランド戦がハイライトだった。語り尽くされたこの二試合の中でも、スコットランド戦の後半15分過ぎからの戦いは心底見応えがあるものだった。日本に4つものトライを奪われた後、スコットランドはフォワード陣を入れ替える。そこで連続してフォワードプレーによるトライが決まり、スコアは28対21となり、日本のリードはワントライワンゴール差。ほんのひとつのプレーでひっくり返される点差だ。しかしここからの25分。日本代表はまさに強いチームの戦い方をした。逃げの姿勢など一切なかった。ひたすら次のトライをどう決めるかに集中し、自陣では絶対にペナルティを犯さなかった。TVのスポーツ番組などでスコットランド戦を振り返るとき「最後の25分間は自陣に釘付けになり耐えた」とコメントされているが、それは全くの間違い。試合を見ていた人の目には明らかだったが、日本は25分間、ほとんど攻め続けていて、負ける気がしなかった。強いチームは終盤で逆転などされない。スコットランド戦での日本代表チームはまさに強かった。イングランドがニュージーランドに勝ったのと同じように、日本代表はこの25分間のために四年前から周到な準備を重ねてきたのだったのだろう。

 ワールドラグビー会長のビル・ボウモント氏は、「2019年日本大会はおそらく過去最高のラグビーW杯として記憶されるだろう」と大会終了後の記者会見で語った(※1)。
 過去最高かどうかは他の大会を実際に見ていないのでわからない。それでも開催地やスタジアムの雰囲気は、戦闘的ではなく融和的であったし、対立的ではなく調和的であった。
 私が見に行ったのは、スコットランド対ロシア戦が行われた静岡エコパスタジアム。新幹線の掛川駅から在来線でひと駅隣の愛野駅で降りると、そこはもうスタジアムに行く人たちで溢れている。駅前にはファンゾーンが設けられていて、スタジアムへと続く道沿いには多くの屋台が出店したり、地元のレストランが庭を開放していたりして、人びとは試合開始前の腹ごしらえに余念がない。スタジアムに到着すると、観客席にはスコットランドの青とロシアの赤が混在する。
 その中で白い集団がやたらと目につく。そう、この白こそが地元の中学生たち。バックスタンド側の入口に乗り付けたバスから大挙押し寄せた白い制服の彼ら彼女らは、一様に薄いビニール袋を持っている。どうやら中には地元を宣伝するパンフレットが入っているらしい。スタンド周りのあちらこちらでビールを飲みながら寛いでいる外国人を見つけると、白い人たちは「ハロー!」と呼びかけビニール袋を渡そうとする。すると外国人たちは尻の下に敷いていたビニール袋を掲げて「もうもらったよ」という態度。たぶん中学の教師から「みんな必ず外人を見つけてそのパンフレットを渡すんだぞ」と指令されているのだろう。拒否されても白い人たちはめげないので、結果的に外国人たちは繰り返しビニール袋を掲げることになるのだった。
 その白い集団が手にしていたのはスコットランドの旗とロシアの旗。その旗が最も振られたのは、試合の終盤、ロシア代表が相手ゴールラインに迫ったとき。そこには確実に日本人特有の「判官びいき」があったはず。結果的に61対0のワンサイドゲームになったその試合で、観客を味方につけたのはロシア代表だった。地元で動員された中学生は元より、普通にスコットランドを応援していた6カ国対抗戦ファンも最後にはロシアを応援する気配であった。

エコパ02.jpg

 試合開始前にスコットランド代表の応援歌WFlowers of ScotlandW(※2)を歌っていた人たちが、試合の最後にはロシア代表に声援を送る。このどっちつかずの曖昧さがラグビーワールドカップ日本大会の特徴だったのではないか。融和的であり調和的だった観客の態度は、実は曖昧な日本を象徴していたのだと思う。そしてその曖昧さこそが誰にでも等しくおもてなしを提供する公平な優しさに繋がっていたのだった。
エコパスタジアムからの帰り道、スコットランド代表とロシア代表のファンが入り乱れながら帰路を急ぐ姿を横目で眺めながら、愛野駅は整然と次の列車を待つ列が形成されていた。そこにある種の品格を感じたのは私だけではなかったはずである。(き)

エコパ01.jpg


(※1)2019年11月4日BBC NEWS JAPAN配信記事より

(※2)WFlowers of ScotlandWはスコットランドのフォークグループであるザ・コリーズによって1967年に発表された。この曲はやがて1990年代からラグビーのスコットランド代表の試合で歌われるようになった。私が1990年にNHKの衛星放送でFive Nations Rugbyを見始めたときにはすでにこの曲が試合前に歌われていたと記憶している。当時のスコットランド代表チームで活躍していたフルバックがギャビン・ヘイスティングス。その息子アダム・ヘイスティングスは、日本大会でスタンドオフとしてロシア戦でふたつのトライを決めた。




■ワールドカップ2019をはじめ、このブログのラグビー関連記事一覧は→こちら←

posted by 冬の夢 at 01:11 | Comment(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く:ペンネーム可・アドレスは表示されません
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: