2019年10月02日

クエンティン・タランティーノ『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』 〜 映画通のためのバックステージもの

 映画のジャンルのひとつにバックステージものがある。映画製作の現場を舞台にしたり、映画に関わるスタッフやキャストを主人公にしたり。必然的に映画の中では、別の映画が作られるし、俳優たちは別の映画俳優を演じることになる。
 すぐに思い浮かぶのはフランソワ・トリュフォーの『アメリカの夜』。タイトル自体が「擬似夜景」(※1)なる撮影手法の名称で、映画大好きなトリュフォーの映画愛が溢れた佳作だった。または『雨に唄えば』。ジーン・ケリーがトーキー映画勃興期のスターを演じる一方で、金儲け主義に走るハリウッドの裏事情的ミュージカルになっていた。最近で言えば『ラ・ラ・ランド』。あまたいる女優志望の中でトップスターの座につくこととその代償。楽しいけどほろ苦い失恋が印象深い。
 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』もそんなバックステージもののひとつ。しかし、監督がクエンティン・タランティーノであってみれば、単なるバックステージものでは終わらない。極めて個人的な趣味嗜好への偏愛と、ハリウッド史上最悪の殺人事件。このふたつの要素が巧みに織り交ぜられて、2時間半を超える長尺なのにあっという間に見られてしまう快作なのだった。

 かつてTV西部劇の主役だったリック・ダルトンは、活躍の場を映画に移してから役にも恵まれずスランプ気味。相棒でスタントマンのクリフに世話を焼いてもらいながら、新作でもらった悪役の台詞を覚えるにも四苦八苦している。リックが住む高級住宅街の隣には売り出し中の人気監督と新妻が越してきたばかり。夜な夜なパーティに繰り出す二人を窓越しに眺めながらリックは酒に溺れる。
 リックの撮影中にクリフはヒッチハイクしていたヒッピー女に導かれて郊外の撮影所兼牧場を訪ねる。牧場主のスパーンはかつてクリフとともに映画の仕事をしていた頃の面影もなく、牧場自体がヒッピーの若者たちに占拠されている様子だった。
 プロデューサーの仲介でイタリアに渡ったリックはマカロニウェスタンの主役数本で金を稼いでハリウッドに帰還。しかしクリフを世話係として雇い続けられなくなり、二人は泥酔してリックの邸宅に辿り着く。そこに現れたのはスパーン牧場で見かけたヒッピーの三人組だった…。

 というあらすじでわかる通り、虚実入り混じった登場人物たちがまず第一のお楽しみ。映画好きにとってお馴染みの俳優が次々と出てくる。ロマン・ポランスキー、シャロン・テート、スティーヴ・マックイーン、ブルース・リーといった映画界のセレブたちがリックやクリフと交錯する。
 また、映画の本編も巧みに挿入されている。リックが合成画面でマックイーンになり変わった『大脱走』のワンシーンにはハンネス・メセマーの出演場面(※2)がそのまま使われているし、映画館で上映される『サイレンサー破壊部隊』ではディーン・マーティンの甘いマスクに加え、シャロン・テート本人の映像も見ることが出来る。
 笑えるのはマックイーンのあまりのそっくりさんぶり。ダミアン・ルイスという俳優が演じるマックイーンは、当時『ブリット』の後で『華麗なる週末』に主演している頃。やや長髪気味なのは、その撮影中だという設定だから。その微細なこだわりが映画ファンにはたまらない。
 ブルース・リーは、うだうだと観念論をまくし立てた後でクリフにコテンパンにやられる(※3)。この後にもシャロン・テートに武術指導をする場面が出てくるので、クリフの強さを強調するための演出だろうか。
 そして圧倒的に魅力的なシャロン・テート。金髪のロングヘアにマイクロミニのスカートとロングブーツ。大きな瞳がクリクリと動き、厚めの唇はいつも笑みを忘れることがない。演じているのはマーゴット・ロビー。オーストラリア出身でTVドラマ出演でブレイクした女優らしい。
 最初のうちはロマン・ポランスキーの新妻役としてお飾り程度かと見ていたのだが、街の映画館のシーンでそのキュートさが炸裂する。要は自分が映画に出演していることが嬉しくてたまらないのだ。それを誰かに伝えたくて、切符売場で「私、この映画に出てるのよ」と告げてしまう。映画館主に招待されて中に入ると観客が自分の演技に笑ったり拍手したり。「ねえ!見て見て!あの、ちょっと面白い女優がここにいる私なのよ!」と叫びたくなるような気分。それをマーゴット・ロビーはひとつの台詞もなく表情だけで表現してしまう。なんて素直でチャーミングな女優だろうか。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』が高評価されるなら、その半分くらいは彼女の功績と言えるだろう。
 加えて実名ではないが、リックが映画で共演する子役(役名はトルーディ・フレイザー)は、たぶんジョディ・フォスターがモデル。1962年生まれのジョディは3歳頃からCMに出演し、TVドラマの子役もこなしていた。映画に出てくるトルーディは、こましゃくれていて「演技に集中したいから、役名で呼んでくれる?」などと尤もらしいことを言う。実はこの役も演じている子役が抜群に可愛いので許せてしまうものの、ジョディ・フォスターは子どもの頃、たくさんの大人たちを嘆かせたのだろう。

 もうひとつのお楽しみは、映画に登場する場所や看板や音楽や車だ。60年代後半に流行していたものがふんだんに散りばめられている。とは言うもののそのほとんどを私は知らず、わかったのはWCalifornia Dreamin’Wくらい。撮影所の建物の壁にちらりとWTORA! TORA! TORA!Wの特大ポスターが掲げられていたのが映って、思わずニヤリとしてしまう感覚。それがあちらこちらに「わかる人にはわかる」と言う見せ方で頻出する。
 タランティーノの映画を多く見ているわけではないが、日本のヤクザ映画へのオマージュでもあった『キル・ビル』のように、自らのこだわりの世界を映画の中で再構築するのが得意技だ。そのディレッタントぶりを好きになれるかなれないかで、タランティーノの評価は真っ二つに分かれるに違いない。

 そんな映画好きのための仕掛けだけの作品かと思いきや、実はひと味違っている。それはリックとクリフの描き方。男が二人で仲良くすれば、すぐに同性愛だと言う設定になるのが現代だし、そうでなくてもそれを肯定か否定かする場面が必要になる(※4)。ところがリックとクリフは違う。その方面については全くのノータッチだし、お互いの個人的領域には踏み込まない。それぞれが確固たる自己を確立している。そのうえで、俳優としてのキャリアに自信を失いかけているリックを、クリフはひたすらに鼓舞して支援する。リックは弱くクリフは強い。リックが儲けてクリフは雇われる。リックは逃げてクリフは立ち向かう。リックは色気づきクリフは素っ気がない。
 こうした男対男の関係をクリアにストレートに描く映画は、今ではほとんど死に絶えてしまった。別にストレートであるべきだと言っているわけではない。信頼関係の在り方のひとつの姿を真っ当に描くのに躊躇など不要だというただそれだけのこと。けれど、その真っ当さの前に「多様性」という概念が立ちはだかる。多様性の中のひとつである同性間の親友という人間関係が否定され、「キスしていい?」「オレそっちじゃないから」みたいな台詞を入れることが全肯定される。踏まなくても良い踏み絵を周到に準備するのは滑稽そのものだ。そんな風潮にあえて警鐘を鳴らすタランティーノは、廃れ切ってしまった「男気」を持っている監督なのかも知れない。

 それはともかく、バックステージものとしての映像設計はスマートそのもの。特に酒場のシーンは注目に値する。カメラは撮影現場を撮っていたはずなのに、いつの間にか映画内映画を撮影するカメラに変わっている。リックが台詞を忘れると、すぐに撮り直し。カメラは元のシーンの元のポジションに戻り、はじめからドリーによる横移動を繰り返す。
 観客にほんの少しも意識させずに、カメラの視点を自在に変化させる映画職人ぶり。タランティーノは単なる映画通ではない。プロフェッショナルな映画監督の素顔をディレッタントの仮の姿にやつして見せる、なかなかの戦略家なのでもある。
 それにしても映画の穏やかなエンディングには心底ホッとさせられる。タランティーノは、大ファンだったシャロン・テートを21世紀に復活させたかったのだろう。そんなところもタランティーノを贔屓にしたくなる所以でもある。(き)


ワンスアポン.jpg


(※1)擬似夜景とは、日中の撮影で、レンズの絞りを極端に絞って、薄暗い画面で写す映画撮影技法のこと。「若大将シリーズ」の夜の浜辺の場面などは100%この手法で撮られている。

(※2)ジョン・スタージェス監督の『大脱走』で、主人公ヒルツ大尉が第三捕虜収容所に移送されてすぐ鉄条網の死角を確認する場面。昭和46年にフジテレビ系の「ゴールデン洋画劇場」でTV放映されたとき、マックィーンの吹替は宮部昭夫。ヒルツが「オレはまだ空からも陸からもベルリンを拝んだことがないんで、戦争が終わるまでに一度拝ませてもらうぜ」と言うと、所長が「独房だ」と答える。その後、映画館で見たときに原語では「独房」ではなくWCooler!Wだったことを知った。

(※3)クリフはブルース・リーのことを「カトー」と呼ぶが、TVシリーズ『グリーン・ホーネット』でブルース・リーが演じた役名が「カトー」。ブルース・リーが巻き起こしたカンフーブームに乗って、同作も1975年前後の当時TVで再放映されていた。

(※4)エルトン・ジョンの半生を描いて話題となっている『ロケットマン』(デクスター・フレッチャー監督)。エルトンの音楽に歌詞をつけるバーニーは、親友でありながらエルトンに対して「自分は異性愛者だからそういうふうには愛せない」とわざわざ断りを入れる。




posted by 冬の夢 at 22:45 | Comment(0) | 映画 洋画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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