2019年09月21日

プリンストン大学出版局(Princeton University Press)にもの申す

プリンストン大学と聞けば、誰もがアメリカの名門大学と思うだろう。詳しくは知らないが、ぼくもそう思っていた。(とはいえ、プリンストン大学の最大の宝だと信じていた「プリンストン高等研究所:Institute for Advanced Study」−あのアインシュタインやオッペンハイマーが所属していた−が、大学とは別組織と知って以来、個人的にはその威光に陰りが現れてはいたのだけれど……)ところが、この度、「もしもし、プリンストン大学さん、大丈夫ですか?」と、全くの部外者ながら心配になる事態に出会した。差別問題や人権侵害のような深刻な話ではなく、ごくしょうもない、全く取るに足らない些事であるからこそ、かえって興味深い事件のような気がしている。

 かねてよりポール・ヴァレリーというフランスの詩人・批評家の文章を追いかけていた。ところが、当方、フランス語があまり読めず、しかし、日本語の翻訳には全く馴染めず(この件は以前にこのブログで話題にした)、仕方なく、「英語帝国主義」(この語句もいつの間にか消えてしまいましたね?)の誹りを背後に聞く思いをしつつ、英語訳に頼っている。これまでは『カイエ』と呼ばれる断章形式の作品(?)を読んでいたのだが、それも一段落したので、英語版でThe Art of Poetryという極めて誘惑的な題名が付けられている本に進もうとしたところ、当然のごとく近くの図書館にもないし(日本語訳はあったけれど)、近所の洋書店にもない。どこかに安価な古本はないものかと探してみると、なんと! 某ネット書店では新刊書が5〜6千円程度であるではないですか! (こんなわけで、リアルな書店はどうしても苦境に追いやられますね……)[読み直したら、肝心なことを書き忘れていたことに気がついた。このヴァレリーの本を出版しているのが天下のPrinceton University Pressというわけで、まあ、大学の出版局が作っている本なのだから、と全幅の信頼を置いていた次第。]5千円を超える本の購入なんて久し振りだけど、何と言っても相手はヴァレリー先生、ここは清水の舞台から飛び降りる気持ちになって、ポチッとクリックし、「早く届かないか」と首を長くして待つこと1週間少々。

 ようやく届いた本を早速読み始めると、いや、さすがはヴァレリー。期待にそぐわないどころか、最初の数ページ、Preamble(フランス語ではPreambuleというのでしょう、つまり序文)から真に切れ味のいい、英語で読んでもワクワクする、推進力に富んだ文章が詰まっている。これは本当に良い本を手に入れたと思って読み進めていく内に、しかし、段々と何とも言い難い、あえていえば変な気持ち悪さを感じ始めた。中身はとても興味深いし、英語自体も別に難解というわけでもないのに、妙に疲れてきて、頭が重くなってくる。先を読みたいのに、同時に本のページを閉じたくなる。なんなんだ、これは?と訝しく思っているうちに、とんでもないことに気がついた! 
 どのページもどのページも、印刷の行がクネクネと歪んでいるではないか!!! 

 百聞は一見に如かず。写真でお分かりになるか心許ないが、以下にサンプルを載せてみると、ご覧の通り。見開き状態で左のページの、特に各行の終わりの単語が上方、あるいは下方にわずかにカールしている。そして、書籍の後半になると、今度は見開きページの右側の各行の冒頭の単語がカールする。

P2050790.jpg
(例1:こちらの写真の撮り方の影響を差し引いても、行末の単語がカールして、字間が不自然に詰まっている)

R0013198 (1).jpg
(例2:こちらは行頭の単語にご注目。最初のopiniionも目立つが、写真中最終行のイタリックになっているunityをご覧あれ。)


比較のために、こちらは古本で入手した書籍の同じ箇所。(読み続けることが困難になったので、結局は元の版を古本で入手した。最初から素直に古本を探して買っておけば良かった……)
R0013200.jpg
(opinionもunityもすっきり爽やかなこと! これでなくっちゃ! ページが歪んでいるのは、写真の撮り方が下手だからです。)


 大学生時代に本を買うお金がなくて、図書館の本をコピーした経験のある人にはすでに事情が知れたことと思うが、要するに、この5千円以上もした本は、元々の本をコピーして作った「バチ物」ということだ。事実、裏表紙には堂々とPrinceton Legacy Libraryと銘打ってあり、ざっと訳せば以下のようなお題目が書かれている:

プリンストン・レガシー図書は、プリンストン大学図書館に収蔵されている書籍の中からすでに絶版になってしまったものを最新のオンデマンド印刷技術を使って復刊、稀少書の原文は完全に保たれており、云々。

はいはい、確かに原文は完全に保たれておりますよ、フォトコピーなんだから! 

 いやはや、天下の大学出版局がフォトコピーでバチモン作製をするのか。しかも、どういう流通経路を経ているのか、一冊5千円〜8千円(ヴァレリーの英語訳全集を復刊しているようで、巻によっては日本円で8千円以上の値段が付いていた)もの値段を付けて。絶版なんだから、フォトコピーでも何でも、復刊してくれるのはありがたい。その企画自体には文句のつけようはない。いや、それどころか、むしろ慶賀すべき試みであると認めたい。問題は、その品質だ。品質さえ良ければ、5千円なんてむしろ良心的価格ともいえる。しかし、いかにも無知なアルバイト(無知でなければ無恥)がいやいや作業したような、ページがフラットになっていないコピーを元に作った本! しかもそれが完全主義者で有名だったヴァレリーの書物となれば、こりゃもう悪夢かアホらしい笑劇のどちらかにしかならないだろう。

 真面目に、どうしてこんないい加減な仕事が大きな顔をしているのか、不思議で仕方ない。このPrinceton Legacy Libraryの責任者(たち)は、ほとんどのページで行末、あるいは行頭の単語がhumorous、あるいはcomical、あるいはidioticに飛び跳ねているこのバチモンを良しとしたのだろうか? 

 まあ、今のご時世、世界中どこでもいい加減な仕事しか回らないのかもしれないけれど、ともかく、このPrinceton Legacy Library版のThe Art of Poetryには大いに驚かされ、呆れさせられた。こんな大学出版局を持っている大学、頭を下げられても行きたくないかな……プリンストン大学の関係者は恥ずかしくないのだろうか?  (H.H.)



posted by 冬の夢 at 13:12 | Comment(1) | 時事 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 英語のサマリーをつけるか、PUPに質問メール(事実上のイヤミですけど)してみてはどうですか。
Posted by (ケ) at 2019年09月21日 18:20
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