2019年07月19日

1980年代の新品同様ジーンズを復活させようとした

 買ったきり、ほとんどはいたことがなかったジーンズが出てきた。買ったのは1980年代の半ば。博物館行きのブツだ。
 ところが最近、この型のボトムズが若い人たちに人気らしい。そういえば、このジーンズのようなラインのパンツスタイルをしている女の子をよく見かける。
 そのラインとは、テーパード、そしてハイウエストというのか、ヤンキー高校生のボンタンズボンみたいな──いないか、いまそんな高校生!───腰高で、下にむかってすぼまった形だ。
 ファッション音痴のわたしが見ても、古くてダサいが、これが流行したころには生まれてもいない世代にとっては、初めて見る新鮮なクラシック、なのだ。ファッションの流行は繰り返す、古いものほど新しい……よくある説そのままというわけである。
 となると、ほぼ新品のまま捨てるのは惜しい。調べてもよくわからなかったが、たしか何やらというデザイナーブランドの品で、えらい値段がした記憶もある。若い人のマネをするつもりはもちろんないが、ためしに、はいてみた。

 ゲッ! 腹がぜんぜん入らん!

 三〇年の歳月が、われに与えしもの、それはウエスト、プラス10センチ……。
 心底ガックリきた、その勢いで、このジーンズを修理することにした。といっても実用のためより、エンバーミングというと大げさだけれど、いつでも使える状態にして、眠りについていただこうかと。
 歴史あるメーカーのジーンズは、ヴィンテージといって、コレクションの対象でもあるそうで、おかげで数は多くないが各地にマニアックな修理店がある。 
 選んだのは三重県のショップ。元の雰囲気も大事にしつつ、実用性も加味するという修理例をウエブで見て決めた。宅配で用がすむが、その方面に用があるという友だちが、持って行ってくれた。なんでも、そんなショップがあるとは思えない路地の宅地で、店主ひとり、こつこつ作業していたという。

 待つこと三か月と少し、このほど手直しが完成して届いた。
 はいてみると、ピッタリだ。両脇に三角形のマチがついた形で、最近のスリムなジーンズだと、いかにも腹回りを拡げたことが目立ってしまうが、このタイプなら、最初からこういうデザインでした、で通用しそうなカッコよさもある。修理代は新品のリーバイスが買えるくらいの額なのだが、納得である。いま、これをはくには、トップに何を着ればいいのか、わからないけれど、ちょっと外へ着て出て、見せびらかしたい気にもなった。

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 だが、ある出来事をきっかけに、積極的にこのジーンズをはく気には、あまりなれなくなってしまった。
 強調しておくが、修理店には、いっさい関係ない。ある映画をみて、ショックを受けたのが原因だ。

『1987、ある闘いの真実』──張俊煥(チャン・ジュナン)監督の韓国映画で、二〇一七年暮れの韓国公開で大ヒット。今年上半期に日本で出たDVDで見た。

 ストーリーは実際の事件に基づいている。全斗煥政権時の民主化運動抑圧下、警察の暴力的取調べでソウル大生が死亡、その隠蔽工作の発覚などで、ソウルを中心に全国的デモになった「六月民主抗争」を描く。ソウルのデモで、警察の催涙弾に直撃され亡くなった実在の延世大生に、はじめは政治運動になじめない女子学生を設定してからめ、両者の交流から女子学生が民主化運動に立ち上がる姿も、織り合わせている。
 監督の張は、当時は高校生だったが、出来事に距離感があるからこそ、資料を渉猟し、エンドロールに付された実映像を見ていても、大規模な市街デモまでも事実に沿おうとする再現性と、映画としての演出とを、念入りに合体させている。

 映画そのものの話は、ここまでとさせていただいて、驚かされたのは、ソウルの市街運動の場面だ。
 ジージャンにジーンズスタイルの若者たちの集団が、学生や市民に襲いかかる、みな同じヘルメットをかぶり、こん棒で殴りつけたり、飛びげりをくわせたりする。半殺しにする気で、どんなせまい路地までも追ってくる暴力集団だ。映画の宣伝サイトや、日本の新聞などで調べただけなので、完全に正しいかどうか心もとないが、その集団は、民主化運動に反対する過激派や、雇われゴボウ抜き隊ではなく、当時の武装警察だという。
 なぜみなカジュアルなジージャンにジーンズなのかだが、身軽に攻撃するためという記述があった。こん棒のように見えるのは、警棒やヌンチャク。白いヘルメットに催涙ガスよけのガスマスクが骸骨のように見えるので、「白骨団」と通称されたらしい。

 映画で、その集団が学生や市民に激しい暴力を加えるのを見て、しばらく思考回路がとんでしまった。
 同じ一九八〇年代後半の日本では、同じようなジーンズルックが、間違いなく流行ファッションのひとつだった。わたしがウエストを直してはこうとした一九八〇年代のブランドジーパンの、先細りの型は、その典型だ。
 アイドルグループが全員でその恰好をしていた記憶──ケミカルウォッシュという、強く色落ちさせたやつがことに流行ったはず──もあって、みんなでそのスタイルを決めるのがカッコよかったジーンズファッションが、隣国では、軍事政権が仕切る暴力警察の、いわば制服だったとは。

 かりに、いまのソウル市街で、このジーンズをはき、ジージャンを着ていたら、ある世代の──ほぼわたしと同世代の──韓国の人たちには、とても正視できない印象を与えるのだろうか。
 いま思い出すのは、一九九〇年ごろソウルに行ったら、どこに行っても「日本人でしょう」と当てられるので、後でなぜか聞いてみると、髪型とはいているジーパンで──ふつうのストレートタイプだったと思うが──と、いわれたことだ。当時は「なるほどネタ」だとしか思わなかったが、もっと大きな意味があったのかもしれない。
 そういえば、映画『1987、ある闘いの真実』には、より象徴的に、運動靴つまりスニーカーが登場する。追われる側も、追う側も、白いスニーカー。路地に追い詰められた延世大学生と後輩の女子学生をかくまったのは、小さな運動靴店のおばちゃん。
 同じころ日本でも、この型のスニーカーは、若者の好きなカッコいいアイテムだったことを思い出す。おしゃれなデニムルックのアクセサリーとして……。

 定番といわれる服装だけして流行など知らなければ、こういうことには気づかないですむ。逆に、量販店にディスプレイされているような服をそのまま買って、シーズンごとに設定された、ほどほどの流行に合わせていれば、服を着たり靴を履いたりすることで、いちいち過去の歴史へ引きずり戻されることなど、ありえない。
 つまり、そのどちらでもいいわけで、ファッションというものを変にいじるな、ということはよくわかっている。しかし最近なぜか、「定番」や「流行」ってなんだろうと、どちらかといえば「おしゃれ」にはうといのに、服の店の前で立ち止まることが多くなった。
 首都圏では、衣・食・住のうち多いのは「食」の店だと思っていたが、気づいてみると「衣」の店も、ほんとうに多い。(ケ)

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1987、ある闘いの真実
トレーラーは→こちら←

posted by 冬の夢 at 14:16 | Comment(0) | 日記 話題・意見・世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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