2019年05月30日

フランク・シナトラ WHow About You?Wとルーズベルト大統領

ジャズのスタンダードナンバーは、ほとんどが「愛してる」とか「好きだ」とかのラブソングでもある。アメリカでジャズが庶民の音楽になったのは、戦争や経済不況が連続した時期であり、また移民たちが第三世代になろうかという時代でもあった。ポピュラーソングは当時の人びとにとっての安らぎでもあったので、誰もが憧れる恋愛を歌にしたのも必然だった。
けれども、それではどれもが同じ歌になってしまう。そこで作詞家たちはいかにWI Love YouWを使わずに愛や恋を表現するかに腐心することとなった。
フランク・シナトラが歌うWHow about you?Wもそんなナンバーのひとつ。「あれが好き、これも好き」と言っておいて「で、きみはどうなのさ」と訊く。もちろん「わたしが好きなのは、あなたよ!」という答えを期待して。


I like New York in June, how about you?
I like a Gershwin tune, how about you?
I love a fireside when a storm is due
I like potato chips, moonlight, motor trips, how about you?

I'm mad about good books, can't get my fill
And James Durantes looks give me a thrill
Holding hands in the movie show
When all the lights are low may not be new
But I like it, how about you?


ぼくはニューヨークの6月が好きなんだけど
きみはどう?
ガーシュインの音楽も好みだけど
きみはどう思う?
嵐が来るってときの暖炉の側なんかいいよね
あとはポテチや月あかりや車での旅とか
きみはどうなの?

面白い本は夢中になっても足りないくらい
それとジミー・デュランテのルックスには
わくわくさせられるね
照明が消えて映画が始まるときに
手をつなぎあうなんて古くさいかもだけど
ぼくは好きだな
でさ、きみはどうなの?



元は1941年にMGMが製作したミュージカル映画『ブロードウェイ』の挿入歌。主演のジュディ・ガーランドが相手役のミッキー・ルーニーに向かって歌い、この後別の歌詞が続いて二人のデュエットになる場面だ。
MGMミュージカルの選りすぐりのシーンを編集して並べた『ザッツ・エンタテインメント』(※1)でも、ジュディ・ガーランドとミッキー・ルーニーのコンビ作品がたくさん取り上げられている。二人が主演するミュージカルは、田舎町で少年少女がショーを開催するという同じプロットを、ほんの少しだけ人物設定を変えて繰り返すMGMの鉄板ものだった。当然『ブロードウェイ』も『ザッツ・エンタテインメント』に出てくるが、ピックアップされているのはWHow DownWという違うナンバー。たぶんWHow about you?Wが出てこないのは、あまりにスタンダードになり過ぎてしまったからだろう。

ジュディ・ガーランドは天才的な歌手でありミュージカル俳優だったけれども、あまりに早くハリウッドでスターになってしまったためにドラッグまみれの私生活を送ることになった。かたや相手役のミッキー・ルーニーは、ジュディとのシリーズものを踏み台にしてスターの仲間入りを果たし、22歳のときに当時20歳の女優エヴァ・ガードナーと結婚している。どこからどう見ても釣り合いに欠ける二人は、わずか一年半で離婚。その後、両人ともに結婚と離婚を繰り返すことになり、エヴァ・ガードナーが三番目の結婚相手として選んだのがフランク・シナトラだった。

シナトラはと言えば、1940年代前半には「ボビーソクサーのアイドル」(※2)と呼ばれ、女子学生から熱狂的な人気を集めていた。しかし第二次大戦が終わり40年代後半になるとその熱も醒め、シナトラ自身が喉の不調から声が出せなくなり極度のスランプに陥ってしまう。そんなときにそれまで連れ添った妻ナンシーを捨てて、エヴァ・ガードナーと再婚したのだった。
ジュディ・ガーランドが歌い、ジュディの相手役ミッキー・ルーニーはエヴァ・ガードナーと結婚して別れ、そのエヴァの再婚相手であるシナトラが、かつてのジュディの楽曲を持ち歌にする。そんな因縁にも支えられて、WHow about you?Wはジュディではなく、シナトラの歌として認識されているのだった。

ジュディ・ガーランドがミッキー・ルーニーに向かって歌ったのだから、「ぼく」ではなく「わたし」だし、「きみ」ではなく「あなた」が本来の形。けれども歌詞に出てくる好みのアイテムは男女問わず共通したものばかり。だからシナトラが歌ってもすんなりとハマってしまう。
6月のニューヨークは夏に向かうベストシーズン。セントラルパークには緑が溢れ、日照時間が延びて長い日暮れが楽しめる。ウディ・アレンの映画『マンハッタン』でもニューヨークの美しい四季がモノクロの映像で表現されていた。その『マンハッタン』のオープニングにかかる「ラプソディー・イン・ブルー」は言うまでもなくガーシュウィンの作曲。そこに加えて暖炉と来れば、いかにもスノッブないやらしさが増してくるところを、バランス感覚で次にポテトチップスを持ってくることでアメリカ庶民の目線に戻ってくる。手をつなぐ場面設定はWmovie showWとなっているから、映画館だけでなくドライブインシアターも想定しているのだろうか。いずれにせよ男性視点でも女性視点でも好きなものは似通っていて、だからこそWHow about you?Wと問いたくなるのかも知れない。

ところがひとつだけ固有名詞が出てきて、ここが解釈に困るところだ。本の話の次のWJames DurantesW、すなわちジェームズ・デュランテはハリウッドで活躍した「デカッ鼻」が売りの喜劇俳優。サイレント時代にはバスター・キートンと共演し、トーキー以降は嗄れ声を生かしてミュージカル映画で主役を張った。と言っても私は『ザッツ・エンタテインメント』に出てくる『下町天国』の一場面でしか見たことはなく、アメリカのコメディアンだから日本ではあまり馴染みのない俳優だ。
その『下町天国』は1947年製作で、デュランテとシナトラの共演作。この映画でWHow about you?Wが歌われたらしいのだが、ネットで調べてもきちんとした記録は見当たらない。しかし、二人の接点はこの映画作品にしかないはずなので、たぶん、いや確実に挿入歌としてWHow about you?Wが使われたはず。そうでなければWJames DurantesWの歌詞になりようがない。
こうしてこだわるのは、ジュディ・ガーランドの元歌では次のように歌われていたからだ。

And Franklin Roosevelt looks give me a thrill

ルーズベルト大統領のルックスには
ドキドキしちゃうわ


フランクリン・D・ルーズベルト(※3)が大統領を務めていたのは1933年から1945年まで。ジュディがWHow about you?Wを歌ったのが1941年だから、ルーズベルトが「大統領は二選まで」という不文律を破って三選された直後の時期。ルーズベルトの人気絶頂期で、ジュディがドキドキすると歌っても全く違和感はなかっただろう。日本軍の真珠湾攻撃で大平洋戦争が始まるのは1941年12月のこと。孤立主義を曲げてどうやって第二次大戦に参戦しようかと思案していたルーズベルトが、ポピュラーソングにおいては少女たちのドキドキの対象になっていたのだから皮肉なものだ。
そのルーズベルトのことを少し調べてみると、家庭での普及率が高かったラジオを通じて語りかけるのが常だった(※4)ようで、ルーズベルトの毎週の演説はWfireside chats"と呼ばれていたらしい。Wfireside "とWFranklin Roosevelt looks"を揃って好みだとする歌詞は、作詞家ラルフ・フリードが意図して並べたのかも知れない。

実はシナトラも映画公開の翌年にはWHow about you?Wをカヴァーしている。トミー・ドーシーオーケストラをバックに甘い声を聞かせるシナトラも、このときは「フランクリン・ルーズベルト」で歌っていた。
しかし、時の大統領の名前もいつしか過去のものになる。ルーズベルトはドイツが降伏する直前に脳卒中で死去したのだから、『下町天国』でシナトラが歌ったときにはもはや「ドキドキする」対象にはならなかった。そこでルーズベルトの代わりにあえて共演相手のジミー・デュランテの名前を歌詞に盛り込んだに違いない。コメディアンのデュランテのことを「ドキドキしちゃう」と歌うところにおかしみがあったのだが、いつのまにか「デュランテ」の歌詞が定着してしまった。

エヴァ・ガードナーと結婚したシナトラは、フレッド・ジンネマン監督の映画『地上より永遠に』でアンジェロ・マジオ役を勝ち取り、アカデミー助演男優賞を受賞したことで、俳優としての地位を確立する。『ゴッドファーザー』でプロデューサーのベッドに愛馬の生首を潜り込ませるあのシーンが、シナトラ復活の本当の理由だとも言われていて、イタリア系移民の結束がそうさせたのだとしても、事実は誰にもわからない。ただシナトラが歌手として見事に立ち直ったのは確実なファクトであって、それは世界中のポピュラーソングファンにとっては等しく僥倖なのでもあった。
そんなシナトラの最高傑作と評価されているのがWSongs for Swingin' LoversW。1956年にキャピタルレコードからリリースされて大ヒットしたアルバムだ。15曲が収録されているアルバムのラストを飾るのが、このWHow about you?W。このシナトラのトラックが今でもWHow about you?Wのスタンダードになっている。

スタンダードナンバーだからこそその後もたびたび歌い継がれてきたわけで、女性歌手が歌うときには「ジミー・デュランテ」のところは「フランク・シナトラ」に変えるのが定番になった。要するに誰に変えても歌えてしまえるので、そこに誰を持ってくるかで大いに場が盛り上がる歌詞なのだ。いつの時代にもフィットするから「スタンダード」と言えるのだし、WHow about you?Wと問いかけたくなる気持ちはどの時代でも変わらないのだった。(き)


シナトラ.jpg


(※1)MGM創立五十周年記念の『ザッツ・エンタテインメント』(1974年製作)が大ヒットしたため、その2年後に「Part2」が、20年後には「Part3」が作られた。

(※2)Wbobby soxerW=10代の少女

(※3)ルーズベルトが車椅子を常用するハンディを持っていたことは、主要メディアであった新聞があえて報道しなかったためほとんど知られていなかったという。最近では「ローズヴェルト」と表記するのが一般的のようだ。

(※4)自分の演説を聞かせるためにラジオを大量生産させて国民に普及させたヒットラーとその手法は似通っている。



posted by 冬の夢 at 23:10 | Comment(0) | 音楽 ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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