2019年01月25日

『この世界の片隅に』の北條すずは幸せだったのか?

浦野すずは北條周作の家に嫁いで、本当に幸せだったのだろうか?それともすずにとっての幸せは、慣れるということだったのか?

こうの史代が書いた『この世界の片隅に』を読んだのは、映画になったアニメが公開された夏のことだった。夏なので当然のことながら戦争を意識したはず。その映画も見たし、その後放映されたTVドラマも見て、もう一度マンガの原作を読み直したいと思っていた。それがなかなか手がつかず、やっと読み直せたのが真冬のこと。するとどうだろう。夏に読んだときとはまるで手触りが違う。戦争ものではなく、『この世界の片隅に』がひとりの女性の物語であることに思い至ったのだった。

広島の江波に住む十九歳の浦野すずは絵を描くのが得意。そんなすずのもとに縁談の申し込みが来る。呉の北條周作のもとに嫁ぎ、周作の父母・姉と暮らし始めたすず。見知らぬ土地にありながら持ち前の暢気さで家族や近所の人たちに融け込んでいく。そんな中で周作にはかつて心を寄せた女性がいると気づいたすずであったが、戦局が悪化し軍港呉は連日連夜空襲に見舞われ始める。姉の娘である晴美を連れたすずは爆撃にあい、晴美と右手を失ってしまう…。

この後、すずは呉にいたので結果的に原爆の被害に合わず、北條家の一員として暮らし続けるという流れになる。なのだが、本当にそれで良いのだろうか。なにしろ映画が公開された以降は各方面から絶賛を浴び続けているので、マンガとしては良いのかも知れない。また、作品の終盤には、すずは周作に向かって「この世界の片隅に、私を見つけてくれてありがとう」と言っていて、本人が感謝しているのだから文句をつけることなどどこにもないのだろう。
しかし、すずというひとりの女性の人生を思うと、北條すずとして生き続けるのことの辛さばかりに目が行ってしまう。すずは北條家にいて幸せだったのか。そんな観点から『この世界の片隅に』を振り返ってみたい。

まずは「嫁入り」。すずは子どもの頃に一度会ったことがあるというだけの周作に請われて北條家に嫁ぐ。江波での穏やかな暮らしが描かれた後、舞台は急に行ったこともない呉に移る。読者でさえ心細く感じるのだから、たったひとりで見知らぬ他人の家に住まうことになったすずは寂しいどころではないだろう。初めて会う義父母。意地悪そうな義姉。そしてまともに話もしてもいないのに、周作からは夜の営みを求められる。
これは本作だけの話ではなく、ほんの五六十年前まで当たり前に行われていた婚姻のスタンダードな在り方だった。こんな残酷な環境変化に当時の女性はよく我慢出来たなと思う。私なら絶対にイヤだ。だってそうでしょ。いきなり知らない人の家に行かされて、足の悪い義母から「これで家事労働はあんたに頼める」と言われ、ほぼ初対面の他人と一緒に寝なくちゃいけないなんて、ほとんど投獄されるのと同じで拷問としか言いようがない。
群れで生きる動物たちはオスかメスのどちらかが群れを離れて他の集団に合流することで、血が濃くなるのを防いでいる。それを「嫁入り」という社会システムが代替していたということなのだろうけど、そこには女性当人がどう思うのかという当事者視点が欠けている。
しかし、驚くことに『この世界の片隅に』の浦野すずは、何の疑問も持たずに北條家に嫁いでいく。周りの女性がほとんど漏れなくそうであったという状況下では受け入れざるを得ないことだったのだろう。ましてや祖母から初夜に交わされる会話さえ教えられたすずであってみれば、従うしか手はない。
従ったうえに疑うこともしないすずは、北條家の嫁の役割を全うして行く。そう、たぶん「役割」なのだ。すずは、浦野家の長女という役割から北條家の嫁という役割に配置換えさせられた。すずはそれを一生懸命にこなそうとしているだけ。そして、その役割には見知らぬ夫を愛するという項目も入っている。役割であればそれが勤めだ。すずは周作を愛することを勤めとして行ったのではなかっただろうか。

そして「夫」。巷間では「すずは周作さんに見つけてもらって幸せを掴んだ」的な感想が当然のごとく出回っている。本当にそうなのだろうか。私には周作がすずのことを大切にしている善き夫には見えない。狭量で陰に籠った性格であることは、個人の特性なので良しとしよう。それでも妻をひとりの人格として受け入れ、自らをさらけ出し、共に生きようとする意識が薄いように感じられる。
そもそも周作には心に秘めた女性がいて、彼女と一緒になることを「一時の気の迷い」として家族と親戚から反対され、断念したという経緯がある。ならばと子どものときに一度偶然会っただけのすずを苦労して探し出し、周囲が納得する形の婚姻を成立させた。
「嫁入り」の慣わしと同列に「婚姻」とは家と家を結び付ける姻戚関係樹立の契約でもあった。自分の知らないところで親が受諾してしまった北條家への嫁入りにすずが従ったのと同じで、周作も自分の好みの女性が親に否定されたのなら諦めざるを得ない。本命でないならば、親が決めた誰かと一緒になるのではいけなかったのか。そこでなぜ、幼い頃に出会った女の子の名前を後生大事に記憶にしまっておいて、わざわざその女性を嫁に迎えようとするのか、その発想には全く共感出来ない。自分が本当に愛する人と結婚出来ないことの腹いせに浦野すずの未来を奪おうとした、と言えば言い過ぎかも知れない。しかし、一度会ったすずのことが本当に忘れらないのであれば、周囲が反対した女性との恋愛自体が何だったのかと訝しくなってくる。
その意味において周作は、陰気と言うよりも陰険な人間だ。女の子の股引に書かれた名前をいつまでも記憶に留めていることも、本命がダメならあっちでとすぐさま嫁候補を鞍替えするのも、どこか意地汚く悪巧みするような気配がある。
だから、すずを訪ねてきた水兵の水原哲を納屋に追いやり、そこにすずを行かせて家から閉め出してしまうという、陰湿な当てつけをしてしまうのだ。マンガ全体を通じて、周作に良い印象は持てない。原作者のこうの史代が男性を描くのを苦手としているのかも知れないが、TVドラマで松坂桃李が演じたのを見ても、ほんの少しの親しみも感じられないのだった。

その周作が愛したという女性がリンさんで、リンは呉のはずれにある遊廓にいる。買い物の途中にその遊廓に迷い込んでしまったすずは、リンさんと偶然に邂逅する。
すずはリンさんのことをかけがえのない友人のように思い始め、同時に周作の過去へのわだかまりを溜めていく。切り抜かれたノートの裏表紙。りんどうの柄の茶碗。物的証拠に加えて、周作本人の心証も良くない。
周作は真剣にリンさんを愛していたのではないか。周囲の反対にあってリンさんを諦める代わりに自分が指名されたのではないか。すずは自分がリンさんの「代用品」だったのだと疑い始めてしまう。遊廓で出会ったのなら周作とリンさんがどんな関係で始まったかは明らかだし、「代用」にはもちろんそれも含まれている。
リンは「鈴」の音読みであって、「鈴」を訓読みするとすずになる。作者は意図的にすずとリンさんを表と裏の存在として描いていて、その意味でもすずとリンは交代可能な女性なのだ。

だとしたら。北條家への「嫁入り」を強制され、その「夫」がひたすら暗く意地悪そうな男性であったとしたら。しかもその夫にとって自分は単なる「代用品」であったとしたなら。すずはどこに幸せを見つければ良いのだろうか。
作品全体を眺め直すと、すずは「慣れる」ことを自分の幸せに置き換えたように思える。北條家に、周作に、昨日よりは今日のほうが慣れた。先月よりは今月のほうが慣れた。昨年よりは今年のほうが慣れた。その「慣れる」ことの積み重ねにしか、すずは幸せを見い出せなかったのではないだろうか。
他人との暮らしに慣れる。意地悪な義姉に慣れる。夫との営みに慣れる。夫の過去に慣れる…。現実的に自分の置かれた状況が、因習上逃れられないものであったなら、対処の仕方としてはそれ以外に方策はない。それが本当の幸せかどうかはさておいて、昨日よりは今日のほうがマシと思い込むことで、ほんの少しの歓びを得ようとする。そのわずかな違いを埃のように溜め込むことで、自分の幸せを正当化する。すずは、そんな生き方を選ぶしかなかったのではないだろうか。

そうではない生き方。すずが自分の好きなことを自分で選ぶような生き方の選択肢が皆無だったわけではない。すずが描く絵。幼馴染の哲。すずが自らを偽ることなく、まっさらな自分に一番近いところに、絵があり哲がいる。好きな絵を憲兵に咎められることもなく、好きなだけ描くことが出来たらどんなに自由だろうか。いつでも思ったことを言い合えて、素直に自分をさらけ出せる哲を夫にすることが出来たらどんなに楽しいだろうか。そのような未来図をすず自身もどこかで期待していたはずだ。
作品では、そんなすずの思いの象徴としてしばしばサギが現れる。子どもの頃、江波の海には日常風景のひとつとしてサギがいた。海軍に入った哲は、南洋の船上でサギが渡って行くのを見て、その白い羽を拾い上げる。そして、呉が空襲に見舞われたとき、北條家の庭先に一羽のサギが降り立つ。すずは防空壕にも入らず、サギを追い立てて、羽ばたかせる。そしてサギに「あの山を越えれば広島だ」と広島へ、すずの故郷へ逃げるよう呼びかけるのである。
すずが本来持っていた自由を託された真っ白なサギ。そのサギが飛び去る空に米軍の敵機が飛来する。空からの銃砲が、哲からもらったサギの羽を蹴散らす。
突如現れた周作が側溝ですずの身体を匿うのだが、周作の下ですずは「広島に帰る」と叫ぶ。サギを追いかけるような気持ちを抑えきれずに。すずはやっとのことで、辛抱するのをやめ、慣れることに身を任せずに、自分で自分の人生の選択をするのだ。
このとき『この世界の片隅に』はようやくひとつの円になって統合される。読者はひと息つきながら「すずさん、もうこれ以上我慢する必要なんてないよ」とすずに労いの言葉をかけてあげたくなる。ああ、ツラいマンガだったけど、これで主人公も読んでいる私も楽になれる…。

ところがそうならないのだ。広島は原爆を落とされて壊滅してしまう。すずは両親を失い、妹も原爆の後遺症に侵される。すずが広島に戻っても、その先には不幸しかあり得ない。それが、このマンガがひとりの女性を描くだけでなく、大きな災厄の中で庶民が翻弄される戦争の実の姿を抉り出す視点を持つことの意味である。すずを故郷に帰して読者を安心させるような穏やかな調和は、戦争下では存在し得ない。すずの幸せは、すず個人では一切コントロール出来ない。世の中の因習や束縛などをはるかに上回る途方もない戦争という圧力。逃れることが出来ない重く厚い運命の鉄板の下に人びとは閉じ込められてしまうのだ。ひとりの例外も認めずに。
すずがやっとのことで発した「広島に帰る」という叫びさえ、この時代においては何の意味も持たない。そこに戦争の不気味で不条理な重さがある。

そのうえ、すずは右手を失っている。呉空襲で投下された時限爆弾で被災し、右手と、その手を繋いでいた義姉の娘・晴美を一度に失くした。どんなフィクションであろうが、子どもの死が描かれることほど哀しいものはない。その悲哀とはまた別の次元で、すずの右手がなくなるという物語の成り行きに読者は深く傷つけられる。すずが現在から過去へ向けて右手の記憶を辿る見開きページには、誰もが涙してしまうだろう。
そしてすずにとって、右手がないということは、絵を描けないことに直結する。すずの持っていた唯一の自由さえ、すずは奪われてしまった。さらに言えば、右手は専ら家事労働に従事するための主要な道具でもあった。その道具がなくなるのは、すずが北條家での役割を担えなくなることでもある。
右手の喪失はすずにとって自らの行き場がなくなることに等しい。

晴美を亡くした義姉から謝罪されたことを契機に、すずは広島に帰るのをやめて、北條家に残ることに翻意する。絵を描けなくも、家事労働が満足に出来なくても、また最初から少しずつ埃を積み重ね直して、わずかな「慣れ」や「マシ」を見つける人生を歩むことにしたのだ。
だから、すずは水原哲とは会わなかったのだと解釈したい。呉の港で座礁した軍艦青葉の横を通り過ぎるとき、すずは復員兵が佇むのを見る。すずの目にはそれが瞬間、哲の横顔に見えるのであるが、哲が無事に帰還したのであれば、すずはすぐさま哲のもとに駆け寄り、その腕に抱かれるべきなのだ。でも、すずはそうはしない。まっすぐ前を向いて歩いて行く。
いろんな感想文で、その場面には本物の哲がいて、あえてすずは声をかけずに通り過ぎたのだと捉えられている。広島では誰もが誰かを探していて、知らない人を知った人のように声を掛ける様子が描かれていた。すずも同じで、心の中では自由と素直さへの最後の頼みの綱として、哲の復員を願っていたはずだし、哲の姿を探していたはずだ。でも、あそこに立っていたのは、見知らぬ他人だ。声をかけるのさえ虚しい。すずの願望が、その見知らぬ復員兵を水原哲に見間違いさせただけなのだ。
そう解釈しないと、あまりにすずが哀れであるし、復員兵が本物の水原哲であったなら、すずは哲の帰還を目の前にしながら無視して通り過ぎたことになる。それでは哲があまりに可哀そうだ。そんな惨めなふたりであってほしくないと思うのである。

最後に蛇足になるが、重要なキャラクターであるリンさんの登場場面が、アニメでは大幅にカットされている。よって、すずが周作に馴染めない気持ちがアニメを見ても今ひとつ伝わってこない。このカットに対して前向きな評価が多いようだが、原作の本質からは大きく外れてしまう結果になっていた。改悪であったと思う。(き)


片隅にこの世界の.jpg

『この世界の片隅に』こうの史代(双葉社・2008〜2009年刊)


posted by 冬の夢 at 22:46 | Comment(2) | マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
感慨深く読ませていただきました。

マンガ原作を読んだのは随分前のことなので記憶が曖昧ですが、水原哲の戦死は当然の既定事項と認識していました。生きて復員できていたなら、色恋の面倒なことは一切なしで、二人は(そして周作も含めて)お互いの生存を心の底からありがたいことと思ったことでしょう。関連して、すずが右手を失ったことも、いわゆる「コップに半分の水」を思い出しました。コップに半分の水が残っているとき、「まだ半分もある」と思うか、「もう半分しかない」と思うか、というものです。すずの右手が失われたとき、もちろんその消失は考えるだに恐ろしい消失ですが、それにもかかわらず、晴美の死と比べた場合、実は消失とさえ言えないような些細な消失に過ぎない(我ながら残酷で冷酷な言い方をしていることは自覚しておりますが……)。つまり、右手がなくても、まだ左手がある。事実、マンガではすずが残された左手で拙い絵を描き始めていることが示されていたように記憶しています。そして、これはそのまま原爆投下後の広島の姿だったのではないかと考えています:「xxは失われてしまった。けれどもまだ〜〜が残されている。ほとんど絶望的状況だけれど、完全に絶望というわけではない、云々」。

基本的にこのマンガは優れた反戦マンガだったと思っています。作者としては「どんな喪失も『死』の喪失とは比べようもない。生きてさえいれば! それなのに戦争はこの最悪の死を大量にもたらした、その意味で戦争こそが最悪の厄災だ」といったようなことを表現したかったのではないでしょうか。したがって、りんの不憫な境遇、不幸な恋も、もちろん不憫で不幸ではあるけれども、彼女の死と比べた場合、「まだマシ」だったことも事実なのでは? とすると、このマンガは相当にリアリスト的視点から描かれた作品だったと思われてきます。
Posted by H.H. at 2019年01月28日 22:42
映画は未鑑賞です。

記事とコメントを読んだ感想。

「完全に絶望ではない」は、希望を見出す前向きさなのか。
「まだマシ」は、不幸から現実逃避するための慣れなのか。

現時点では、後者の印象です。
鑑賞後には、変わるかもしれませんが。
Posted by 陸奥雷 at 2020年01月13日 11:20
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