2019年01月07日

『花の中の娘たち』──東宝初のカラー劇映画と多摩川梨のこと【改】

 日本初のカラー映画、それも国産フィルムで撮影された長編劇映画は?
 一九五一年公開の、『カルメン故郷に帰る』(松竹・木下恵介)だ。
 郷里の田舎でひと騒動起こすストリッパーを高峰秀子が演じた、映画新時代を天然色で告げる明朗な作品で、よく知られている。
 熱心な映画ファンなら即答だろうし、デジタルリマスター版がDVD化されているから、「日本初」かどうかに関係なく見た人も多いだろう。

果樹農家を舞台にした東宝初のカラー映画

『カルメン〜』の公開当時は、邦画全盛期。ほかの映画会社が手をこまねいていたはずがなく、一九五三年秋には東宝、大映(国産フィルムではないが)、東映の順に、各社初のカラー長編劇映画が公開される。
 大映の『地獄門』(衣笠貞之助)も、東映の『日輪』(渡辺邦男)も、両社得意のトップスターによる歴史大作だ。満を持したカラー撮影だったに違いない。ならば、二番手に名乗りをあげた東宝の『花の中の娘たち』(山本嘉次郎)はどうか。
 これが意外なことに、都下の果樹農家を舞台にしたホームドラマなのだ。当時の社会事情や世代感覚も織り込まれているが、若手人気俳優は出ているものの、オールスター作品ではなく一枚看板の大スターも出ていない。同社初のカラー作品にしてはジミだ。近年までまったく知らず、見たことはなかった。

190107HM.JPG 
キャッチコピーは「明るい色彩!楽しい雰囲氣! 思春期を彩る総天然色巨篇」。
かなり違うような気がするんですが…。
それと岡田茉莉子、このサービスポーズはなかったような…。

 東京と、近郊の農村を対比させながら、どちらかが養子を迎え実家の果樹園を継ぐさだめの姉妹(姉は杉葉子、妹が岡田茉莉子)を主人公に、東京の高級ホテルに勤めに行っている姉の恋人の電気技師(小泉博)、姉の幼なじみで彼女を好きな農家の次男坊(小林桂樹)、そして姉妹の両親たちが、時代の変化に出くわして将来への思いを見つめ直すさまが描かれている。

 果樹園には跡継ぎの長男がいたが、東京の発展で交通量が増えた農道で、トラックにはねられて亡くなってしまった。
 その初七日の法事もすまないのに、両親は姉の婿とりに気もそぞろ。家業継承問題が緊急課題になったからだ。
 長男がいたので、姉は東京に勤めに出られ、ホテル営繕係の電気技師と恋仲になった。その技師は、沖縄の造船所に好条件の職があるというので、結婚と同行を願う。
 ところが、果樹園の両親が、農家の次男坊を姉の婿養子にする話をまとめてしまっているのだ。
 姉はもちろん、親たちに怒りをぶちまけるが、同時に「困ったわ、急にいろんなことがいっぺんにぶつかってきて」と、恋人との結婚と沖縄行きも即断できないでいる。
「ほんとうに僕を愛してるの」「なぜ君は自分をもっと愛さないの」と、いらだつ恋人の技師。
「自分もだけど、まわりの人も愛したいの、わたくしは」と姉は答える。「まわり」とは、実家の果樹園がある村のことで、恋人は含まれていないことを、彼女は思い知る。

 いっぽう妹はというと、ずっと実家暮らしだ。純朴なのだが、農村といっても電車で川を渡れば東京まで三〇分ほどのところ。憧れの都会から新しい時代の空気が持て余すほど流れ込むので、気持ちの揺れが激しい。
 東京の喧騒を避けたいと、隣の農家に下宿した音楽学生に恋心を抱いたので、姉の気持ちを思いやって「あたい、いつまでもこの土地にいるから、姉ちゃん、好きな人とどっか行っちゃったら」といったかと思うと、「なにさ! 土壇場になって、あたいをこの家に縛りつけようとする!」と、その姉にくってかかったりもする。
 それもこれも、姉が婿とりに即答しないのに業を煮やした両親が、婿に予定した次男坊を妹の婿に決めてしまったからだ。
 妹は絶対いやと泣き、長女が家を継ぐのが当たり前と叫ぶ。姉も寝耳に水の話に驚き「あたしたちだって生きてる人間よ、イヌやネコじゃないのよ、あっちへやったりこっちへやったり、勝手にされちゃたまんないわ!」と怒る。
 ここで母親が「勝手だと! だいたいお前たち近ごろの娘ときたら、勝手すぎるだ!」と爆発、話はおさまらない。
 娘たちの実家は、日本で初めて二十世紀梨を作ったという果樹園。「土地には先祖代々の汗が」「後を絶やすわけにはいかない」ということなのだが、東京を間近にのぞむ農園が取り残されていく寂しさが、重たい義務とともに姉妹に降りかかる。

杉葉子と岡田茉莉子の表現力と映りかた

 映画カラー化時代に名乗りをあげるのに、わざわざ陰鬱な映画を作るはずがないので、気分が暗くなるほどの内容ではないが、どことなく、いらいらしながら見てしまった。
 時代と世代の移り変わりのなかで、揺れてぶつかる心情というのは、かつて映画にもテレビドラマにもよくあったテーマで、ついていきやすいのだが、主人公姉妹の気持ちが、なぜかスクリーンのこちら側に、いまひとつ伝わってこない。ことに姉を演じる杉葉子の、スクリーンの奥へ一歩下がり続けるような表情や、たたずまいは寒々しい。いっそコメディタッチでやればよかったのに、と思いながら見ていた。

「都会の人たちは裏と表とがはっきりしていて」「でも、あたしにはそれが出来ないの」

 その気持ちはよくわかるが、ならばエンディングの「とても満足なの。あたしたちの幸せは、これから始まる」は、どういうことなのだろう。とってつけたようで、真意をはかりかねた。
 杉葉子のためにいっておくと、戦後日本を元気づけたベストセラー小説『青い山脈』の、輝かしい初映画化版(東宝・今井正・一九四九年)で、旧弊をはね返す女学生をいきいきと演じたすぐれた女優だ。芝居がヘタなせいではない。
 それをいうなら妹役の岡田茉莉子も、いうまでもなくルックスにも演技力にも恵まれ、東宝、松竹で大活躍、大女優になった後も独立系作品に貢献し続けた人だ。デビュー二年目※の、この映画で田舎娘を演じていても、あふれるような華がある。
 しかしこの妹役、パチンコ玉のようにあっちにぶつかりこっちに飛びと、気持ちと態度のぶれが激しすぎて、どこへ落ち着くのかわからない。どういう演出意図なのか、泣かされてばかりもいる。泣いたからどうなのかもつかめない。岡田に才がなくてこうなったはずがないから、なおさら困ってしまう。
 どうも映画の作りに、何かが欠けていたか、もしくは何かが過剰で、伝わるべきものが伝わらなくなったようだ。

色の過剰さとカラー撮影技術
 
 過剰の例はすぐ見つかる。
 たとえば、登場するたびにガックリくる岡田茉莉子のメイク。いくら農家の娘といっても、まるで「くまモン」だ。ポスターを見てから本編を見ると、ズッコケそうになる。
 カラー撮影用に長時間を要したメイクで、日焼け顏の地を作っておいてメイクを重ねたそうで、東宝の美粧でなく、富士フィルムから派遣された係がメイクしたというが、違和感がひどくて見ていられない。

 また、当時のカラー映画フィルムは感度が低いので、モノクロの何倍も照明したはずだ。
『カルメン故郷に帰る』は、屋外シーンが多いのが特徴で、その開放感が映画を引き立てているが、晴天屋外でないと光量が足りないからロケが多用されたという事情があった。『花の中の娘たち』にも同じ技術問題があっただろう。
 実際、アップを撮られるとき岡田は「見える視野のすべてに、銀紙の貼られたレフ、反射板が並べられ、そのまぶしさに目がくらむ思いがした」という。アップが多くなる二人の姉妹の表情がどうも単調で、気持ちがとらえづらいのは、まぶしくてアップの芝居どころではなかったせいかもしれない。

 ところで岡田は撮影中、監督の山本嘉次郎から「あなたはスターなのに、芝居をするんだね」といわれた。岡田のすぐれた演技力を証明する話だが、じつは岡田はこの言葉で、のちのちまでジレンマに陥ったそうだ。
 ふつうに聞けばお人形さんスターかと思ったら芝居が出来るね≠ニいう賛辞なのだが、映画会社で商品を作る立場からスターには小賢しい芝居はいらないよ≠ニ諭されたのかもしれなかったからだ。
 想像だが、あの岡田茉莉子が、この映画では奇妙なほど収まりが悪く、凡演にさえ見えるのは、撮影技術の問題のみならず、この出来事が原因だったのかとも思う。

色に演技させようとした山本嘉次郎

「芝居をするんだね」が、小津安二郎とは違った意味で余計な芝居はいらない≠ニいうことだった可能性はありうる。
 というのは山本嘉次郎は、この映画で俳優よりも「色」に芝居をさせたかったように感じるからだ。

 そう、色の過剰が息苦しいほどの映画である。
 標識や看板、花やネオンサイン、小道具にいたるまで、色がやたらに強調されて映る。
 冒頭で田舎道を爆走するトラックは、日通のオレンジに大協石油の青。ラストシーンに写るのも同じトラックのようだが、ちょっとシラケてしまう。
 恋人の技師の小泉博は、えんじ色のネクタイで通していて、気持ちが通っているときの杉葉子は赤いセーター、離れつつあるときは緑の制服、そして別離の場面は青緑のコートだ。
 ふたりの気持ちのずれが対立に至ってしまう、造船所の現場事務所の中は黄色く塗られて、舞台の書割めいている。その場面の杉に近い気持ち、つまり、近郊に進出する高級住宅街への違和感に悲しむ岡田茉莉子もまた、菜の花でまっ黄色の畑に坐らされている。

 いったん気になると、色を解読せねばと、色にばかり目をとられてしまう。同じように「色」を映すのでも、小津安二郎の大映版『浮草』(一九五九年)と、大きく違ってしまっているのはそこだ。
 山本嘉次郎は、幼稚舎から大学まで慶應で、博学とダンディズムで知られた紳士だったというが、色彩センスの見せどころとばかりに、やり過ぎてはいけなかった。昔の原色版図鑑のような濃い天然色の中には、リアルな心の揺れは映らないまま欠落している。

映画の舞台となった多摩川沿い

 たった川ひとつで東京と隣り合ったとは思えないほど、このあたり一帯は、ひなびた田園風景を展開している。そして人々の生活にも、ものの考え方にも、都会からはるかに遠いものが残されている

 と冒頭のナレーションにある「川」は、多摩川だ。
 ファーストシーンで、鉄道橋を渡って東京から来る二両編成の電車は、小田急線。梨の果樹園の看板には、戦前の「稲田町」が残っている。
 つまり映画の舞台は、現在の川崎市多摩区、登戸あたり。
 いまでは「ひなびた田園風景」どころか、それこそ「たった川ひとつ」で新宿へ至便の宅地として、タワーマンションこそ見当たらないが戸建てやマンション、アパートでぎゅう詰めの地域だ。

 映画や小説の舞台を旅する趣味はないが、うちからさほど遠くないので、行ってみた。
 案外、小さい果樹園が残っている。青い網で囲まれているのはドロボウよけか。果樹はたいてい同じで丈が低くしてあり、畑を見た感じは『花の中の娘たち』にとても似ている。
 点在する農地をたどって歩いていたら、ある畑に「梨」の看板があった。なるほど現在も「多摩川梨」は生産されているのだ。とくに川崎市のこのあたりでは、生産緑地指定を受けた区画で作られているようだ。
 生産緑地とは、市街化区域の環境保全のため、農地に継続使用することを条件に農地なみの優遇を保証する、という土地。『花の中の娘たち』の冒頭で述べられる「田園風景」が宅地一色になってしまわないよう、塗り残された区画であるらしい。
 ただしこの生産緑地は、あと数年で、農地にしか使えない制限が終了するそうだ。ちょうど営農者の世代交代も重なるので、いちどきに宅地転用される可能性が大きいとされる。そうなる前に『花の中の娘たち』を見て、その痕跡が残る舞台を訪れることができたのは、貴重だったのかもしれない。

190107Mn.JPG 190107Nm.JPG 
右はいまの果樹農園のひとつです


行楽地そして宅地に塗りつぶされる田園風景

 姉のことを昔から好きなのに、なりゆきにやきもきするばかりの気の弱そうな農家の次男坊が、東京からの五月行楽客でにぎわう多摩川土手で友だちとだべる場面は、印象に残る。
 小林桂樹が、おなじみのとぼけた味でいい。
 次男坊は、姉に求婚するには経済的に自立せねばと、多摩川に架かる道路橋の建設現場に稼ぎに出るが、慣れない土建仕事で手を痛めてしまった。
 友だち役は、のちに若大将シリーズで、悪役「赤まむし」を演じた堺左千夫。カーキ色の制服に制帽姿だ。

 小林:俺にゃあ土木工事なんて、向かねえ。
  堺:お前も保安隊、入んねえか。
 小林:俺はどうも、戦争は嫌いだぁ。
  堺:ゼイタク言うなよ、耕す土地も、ロクな勤め口もねえ農家の次男坊にとっちゃ、巡査になるか、保安隊にでもなんなきゃ、しょうがなかんべ。
  堺:あああ、俺は梨作ったり、桃こしらえたりして、暮らしてえよ。


 あくまで警察の「予備」だといって始めた組織が、わずか二年で重武装の軍事力となり、さらに二年で自衛隊になった。この場面は、予備隊が保安隊へ改編され、人員を拡充したころにあたるわけだ。
 戦後わずか五年で再開された武器を持つ仕事が、人気の就職口だったことはよく知られている。警察予備隊の場合、創設にあたり三日の募集期間だったにもかかわらず、七万五千人の定員に三十八万二千人の青年が殺到した。
「しょうがなかんべ」という事情が、実際にあったのだろう。警察予備隊でいうと、巡査の二割増の給料で昇給あり衣食住つき、二年勤務で一年の給料相当の退職手当という、破格の条件だったからだ。
 
 この映画では、議論も理屈もなしに「俺はどうも、戦争は嫌いだぁ」という、たったひとつのセリフが、「しょうがなかんべ」をあっさり追い払っている。
 戦後いつごろまでだろうか、どのような思想の持ち主が制作していようと、映画のなかには、戦争はもうこりごりだという共通感覚があったと思う。具体的に思い出せないが、時代劇にさえ感じたこともある。その思いは、こんなふうに農家の次男坊のつぶやきになってふっと現れ、見ていると、ほっとさせてくれる。
 その、「戦争は嫌いだぁ」と「しょうがなかんべ」の場面を、行楽に訪れた勤労家族が通りがかる。「梨作ったり、桃こしらえたり」する土地は、沿線開発で、都市勤労者の娯楽地域になりつつあるのだ。

 いいわねえ、あなた。お百姓って呑気で。あれじゃあ寿命ものびるわ。

 というのは子どもをおぶった妻。サラリーマンの夫が「まったく羨ましい存在だよ」と返す。
 小林桂樹と堺左千夫が坐った多摩川の土手は、現在もあまり変わらずにある。
 けれども、彼らの背後の「田園風景」は、そのほとんどが、混み合った住宅街に塗りつぶされている。「お百姓って呑気で」といった人たち、すなわち新しい都市型勤労世代が、通勤を前提にした宅地を郊外へと塗りのばしていった。そして戦争と戦後は、その塗りつぶしによって、忘れられていったのである。

色に満ちた映画と白いラストシーン

 映画『花の中の娘たち』は、姉の杉葉子が小林桂樹の婿入りを受け入れ、ふたりが新夫婦となって、仲むつまじく梨の花摘み(受粉用の花粉集め)をする場面で終わっていく。
 妹の岡田茉莉子は、東京へお勤めに出られることになった。
 ただ妹は、姉のお下がりの青緑のコートを通勤着にしている。それは、姉が恋人との別れ、東京との縁をきったことを象徴していたものだ。
 梨の花が咲いた五月の陽気には暑そうな、重たい色のそのコートは、妹のはしゃぎっぷりが朗らかなだけに、不安にまとわりつく。そして映画は幕となる。

 都会の人たちはみんな、なんていうのかしら、裏と表とがはっきりしていて。あなただってそうよ。でも、あたしにはそれが出来ないの。

 恋人の技師、小泉博との別離のシーンで杉葉子は、そういっている。
「裏と表」とは、変わり身の早さだ。カメレオンのように色を変える、というより、リバーシブルの服を着ていて、空気を読んでいっせいに表を着たり裏返して着たりする。その節操のなさに対する、痛烈な批判だ。
 このセリフは、前のほうの場面を受けたものだ。
 勤めさきのホテルで、贔屓(ひいき)にしてくれていた女性宿泊客が、ドル買い(闇ドル取引だろうか)容疑で、外国人であろう夫ともども逮捕されることになった。
 ホテルの同僚たちはスキャンダル興味にわきたつ。
 彼らに杉は、激しくこう迫った。
「あの人がどんな悪い事をしたからって、お客さまじゃないの。とっても気前のいい人だって、みんなでチヤホヤしてたくせに! 誰もあのかたのこと、可哀想だと思ってあげる人はいないの!」
 同僚たちは、そんなことはまったくなかったかのように、逮捕場面の野次馬となって出て行ってしまう。とり残されて彼女は、額を押さえ困惑する。
 恋人の技師が、沖縄に得るという仕事はもともと、逮捕された女性客の夫の紹介なのだ。「あの人がどうなろうともう僕には関係ないんだ(仕事の契約は済ませたから)」といい放った恋人を見るまで、彼女は彼との関係を諦めてはいなかった。その瞬間に完全に見切ったのである。
「あたし、どうしても行けないんです」、そういったときの杉葉子は、いまひとつ存在感がつかみにくかったこの映画のなかで、もっとも冴えわたり、そして美しい。そして妹に語った「静かな、目立たない暮らし」へと戻っていくのである。

 映画のなかで杉葉子と小林桂樹は、これから毎年、東京のすぐそばで梨を作ることを繰り返す、振れ幅の小さい未来を選択した新婚夫婦になった。
 映画にも出てくる行楽地開発の結果、多摩川の梨はこれ以後、市場出荷から観光梨狩り向けにシフトしていったそうだ。映画のふたりは、その流れに乗って好機を得ることができたのだろうか。
 この文で説明した生産緑地で、いま世代交代を迎えつつあるという果樹栽培者たちは、ちょうど『花の中の娘たち』の子ども世代にあたる。さらにその子どもたちのなかに、梨栽培を継ごうという人たちはいるのだろうか。
 そんなことを考えながら、めずらしく映画とその舞台をほとんど同時に体験した記憶を書きつけてみた。
 映画のラストシーンは、白い梨の花に満ちていた。その白さにこめられた、さまざまな思いをあらためて想像しながら。(ケ)


※岡田茉莉子は東宝ニューフェース第三期で、杉葉子の恋人役の小泉博と同期だ。

【参考】
「女優 岡田茉莉子」岡田茉莉子/文芸春秋/二〇〇九年
「日本映画の巨匠たちU」佐藤忠男/学陽書房/一九九六年
「自衛隊の歴史」前田哲男/ちくま学芸文庫/一九九四年
 ほか


※二〇二〇年十二月一日、書き直しました。管理用
posted by 冬の夢 at 01:31 | Comment(0) | 映画 邦画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く:ペンネーム可・アドレスは表示されません
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: