2018年03月07日

さようならシュリデヴィ マダム・イン・ニューヨーク

 シュリデヴィ・カプールが亡くなっていた。先月末、甥の結婚式で訪れていたドバイで。
 当初、心不全で急死と発表されていたが、ホテルのバスルームでの溺死事故だという。ハリウッド女優だったら、クスリや過度の飲酒などを疑ってしまうところだが、事件性はないとされている。

 シュリデヴィは、トップクラスのボリウッド女優だった。ことに一九八〇年代から九〇年代にかけての人気は最高で、主演男優の名が作品の人気を左右するインド映画では例が少ない、一枚看板をはれる女優だったという。
 生まれたのはチェンナイ、かつてのマドラスで、タミル語圏。お母さんがアンドラ・プラデシュの人なので、テルグ語も出来たのだろう、テルグ語映画で子役デビューする。のち、タミル語映画にも登場、そして八〇年代にはいよいよボリウッド、すなわち全国区のヒンディー語映画にも出演するようになり、人気男優ジーテンドラとのペアで続々ヒットを飛ばす。「踊るボリウッドシネマ」ってやつですが、いったい年に何本出ていたんだ、というほどだ。そして九〇年代半ば、映画プロデューサーと結婚し引退した。

 なぜ、インドの言葉のことを軸にシュリデヴィを紹介したかというと、シュリデヴィが、テレビ出演を別にすれば十五年ぶりのカムバック作で主演したのが「英語ができないインドの主婦がニューヨークに行く話」だったからだ。
 二〇一二年の、コメディタッチの劇映画「English Vinglish(マダム・イン・ニューヨーク)」がそれで、コマーシャルを撮っていたガウリ・シンデの劇場映画デビュー作にもかかわらず、また、いかにもヒットしそうなインド映画の仕立てではなかったのに、好感をもって受け入れられたという。寿退職したインド人女優が何年も後にカムバックし、評価もされる例はきわめてまれだそうだ。ちなみに日本公開時、シュリデヴィは「インドの吉永小百合」と紹介されたらしいが、誰が思いついたのか、失礼な話である。

 インド人じゃないから、「English Vinglish」が共感をさそった理由は、実感としてはわからない。もちろんシュリデヴィは美しく表現力もすばらしいが、もうすこし深く、「妻がいるべき場所」、そして男女をとわず「人がいるべき場所」について、意識させる力があったのではないか。

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公式トレーラーは→こちら←

 シュリデヴィが演じる主人公は、料理ことにお菓子作りが上手なふつうの主婦。夫はリッチなビジネスマン、娘もいい学校に通い、なに不自由ない奥さま……といいたいところだが、夫や娘のようにふだん英語を使う機会がなく、話せない。
 ところがニューヨーク在住の姉から、娘──つまり姪──の結婚式を手伝いに来てと招かれた。
 初めてのニューヨーク、しょっぱなから、練習した「日常会話」が通じない。キャビアテにも入国審査官にも。カフェのテイクアウトでは、イジワル店員にバカにされてしまう。
 が、ほとんど偶然に見つけた「4週間で英語が話せる」英会話教室で、そこに集まった非アメリカ人の生徒たちや先生と交流しながら、カタコトの英語を身につけ、ついには姪の結婚式でスピーチをするに至るという話だ。

 要約してしまうと英会話教室の宣伝スキットみたいで、それだけではこの映画は共感されないだろう。
「たかがカフェのテイクアウト」で英語が通じず店員にバカにされたくらいで、なんで泣いちゃうの、ってことだが、やられた者──俺も何度かやられた──じゃないと気持ちはわからない。英語のことだけでなく「ふだんからそういう扱いを受けている」から、無力感が爆発してしまう、ということなのだ。
 
 ニューヨークにいる間にこっそり「4週間英語」教室に通い、つたないながら英語で結婚パーティのスピーチをやりとげた奥さんだが、彼女が指名されたとき、隣に座った夫はどうしたか。立ち上がろうとした妻を押さえて「英語ができないから」と止めた(お前は坐っていろという態度で)のだ。「訳してあげるからお祝いを言ってあげなさい」ではなく。
 これまでさんざんお母さんをバカにしてきた娘は、恥じながらも、これからウチでは都合の悪いことは英語で言うのはむりだね、とも言う。
 
 コミュニケーションが達者でない人の言葉を、なんとか聞き取ろうとすることが、なぜ苛立ちや怒りにつながってしまうのだろう。それも、しばしば同じくらいか、もしくはより低い階層の人において。
 
 高齢の両親の医療や介護のことが、急に思い浮かぶ。
 ボケてきてもいる親たちは、看護士や介護士たちと、よくわからない理由でしばしばモメている。親にむかってナンだが、いい加減にしろとよく思う。
 が、たまに親の気持ちがわからなくもないときもある。
 医療や福祉の関係者たちは、なぜ高齢者に、幼稚園児に話すときのような言葉づかいをするのだろう。アタマのどこかでわずかでも正常な意識が機能しているとしたら、あれをずっとやられていたら誰だってキレてしまうと思うが。まあ、「二度童子(にどわらし)」だから、ってことなんでしょうけどね……。

 世界が仲良くするためには共通の言葉を使おう、ということは、もちろんある。
 英語ができれば、自分のせまい視野が世界に開けるよ、とか。
 そもそもインドだって、互いに通じないさまざまな「インド語」を後生大事にしてないで、「どれか一つ」にするか英語にすりゃ、いいじゃないかと。※
 
 それについての議論は、べつの機会にするが、映画「English Vinglish」でもっとも印象的なのは、シュリデヴィが最初から最後まで、サリーを着ていることだ。英語がすこし出来るようになって「自分が世界に開け」ても、サリー姿はやめない。(ケ)

Shree Amma Yanger Ayyapan 1963/08/13 - 2018/02/24


※インド憲法で公用語と指定言語が決まっている。公用語はヒンディー語と英語、指定言語は二十二ある。第二次大戦後のインド憲法制定から早い段階で、英語の公用語指定ははずすことになっていたが、ヒンディー語だけが公用語になることに反対するほかの言語地域の抵抗で、現在も英語が公用語のひとつになっている。
 
Originally Uploaded on Mar. 08, 2018. 13:00


posted by 冬の夢 at 00:05 | Comment(0) | 映画 洋画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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