2018年02月27日

「ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!」とジョージ・ハリスンの12弦ギター

今では『ハード・デイズ・ナイト』というタイトルに改題されている1964年製作のザ・ビートルズ初出演映画は、『ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!』として日本で公開された。ユナイテッド・アーティスツで宣伝を担当していた映画評論家の水野晴郎が命名したとか、オデオンレコードのドイツ版からとったものだとか諸説あるようだが、原題の"A Hard Day's Night"よりよほど躍動感に溢れていて、ヒットしそうな邦題であると思う。
そもそも昭和三十九年の当時、外国映画は原題をもとに興行成績が上がるように日本オリジナルのタイトルをつけることが一般的だった。参考に同年(1964年)のアメリカ興行収入トップテンを日本公開時の邦題で並べてみよう。

1位 007ゴールドフィンガー
2位 メリー・ポピンズ
3位 マイ・フェア・レディ
4位 大いなる野望
5位 007危機一発
6位 荒野の用心棒
7位 がちょうのおやじ
8位 暗闇でドッキリ
9位 ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!
10位 イグアナの夜

ちなみに2015年のトップテンの邦題を並べると、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の「覚醒」以外すべてカタカナまたは英字。配給会社の宣伝担当には、日本マーケット向けに邦題をアレンジするスキルはなくなってしまったのか。以前の邦題には秀逸なコピーライティングの才能を感じさせるものも多く、他の業界が真似ることもしばしばあった。例えば、シドニー・シェルダンの"The Other Side of the Midnight"を映画化した『真夜中の向う側』。昭和五十三年三月に日本公開され、その後、山口百恵の引退記念として昭和五十五年八月に発売された歌が『さよならの向う側』。映画が全くヒットせず目立たなかったのをいいことに、見事に邦題をパクっていた。

『ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!』に話を戻すと、映画は、ファンの波から逃げるように走る四人を正面から捉えたショットで始まる。そこで、ジョージが転び、転んだジョージに足を取られてリンゴが躓く。今のアイドルでもやらない見事なコケ方は、リハーサルなしの本番でのハプニングだったそうだ。ビートルズの才気を、その角を取って丸く見せるユーモアセンスは、天性のものなのだった。
このオープニングに被さるのが、ジョージの12弦ギターによる「ジャーン」のイントロ。ビートルズのイントロクイズがあれば、一番当てやすいのが、この"A Hard Day's Night"だ。


It's been a hard day's night, and I've been working like a dog
It's been a hard day's night, I should be sleeping like a log
But when I get home to you I find the things that you do
Will make me feel alright

You know I work all day to get you money to buy you things
And it's worth it just to hear you say you're gonna give me everything
So why on earth should I moan, 'cause when I get you alone
You know I feel okay

When I'm home everything seems to be right
When I'm home feeling you holding me tight, tight, yeah

It's been a hard day's night, and I've been working like a dog
It's been a hard day's night, I should be sleeping like a log
But when I get home to you I find the things that you do
Will make me feel alright

いや〜ハードだったなってな日の夜まで
犬ころみたいに仕事させられてさ
くう〜ハードだったなってな日の夜には
丸太ん棒みたいに眠りこけるしかないさ
でもお前のいるうちに着いて
お前があれこれやってるのを見るとさ
まあいいかって気にさせられちゃうわけ

オレが一日中仕事してるのはさ
お前にいろんなもん買ってやりたいからじゃん
でもそりゃ十分に価値あるわけですよ
オレになんでもあげちゃうなんてお前が言うのを聞くとさ
そうオレは不満なんかありゃしない
お前とふたりきりでいられるんだから
それでオッケーって気になっちゃうわけよ

うちに帰ればぜんぶ当たりに見えてくる
ぎゅーしてくれるお前を感じながら
オレはおうちに入っていく

いや〜ハードだったなってな日の夜まで
犬ころみたいに仕事させられてさ
くう〜ハードだったなってな日の夜には
丸太ん棒みたいに眠りこけるしかないさ
でもお前のいるうちに着いて
お前があれこれやってるのを見るとさ
まあいいかって気にさせられちゃうわけよ
(※3)



実はこの曲も日本においては「ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!」のタイトルで発売されている。昭和三十九年の音楽産業の市場規模は250億円(※1)で、かたや映画はと言えば興行収入770億円(※2)と三倍超。マーケットを主導していたのは明らかに映画産業であって、ユナイト映画が勝手につけた邦題に、ビートルズのレコードの販売元であった東芝が乗っかった形だった。
「東芝音楽工業株式会社」が発売したシングルレコードの紙ジャケットを見ると、「ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!」のタイトルの下に書かれた英語タイトルが"A Hard Day's Night YAH' YAH' YAH' "。思わず笑いを誘うメチャクチャさ加減が、アプルーバルとか著作権とかが無縁だった当時のおおらかさを伝えている。

それよりも注目したいのは、LPレコードと呼ばれていたアルバムのほう。イギリスではザ・ビートルズの三枚目のアルバムであり、初めて全曲がレノン&マッカートニーの作詞作曲で揃えられた。すなわちA面は映画で使用された曲を並べ、B面はアルバム用に曲を書き下ろしたのだった。
その頃の音楽業界では、収録曲やジャケットデザインを変えて、勝手に日本盤を作ってしまう習慣があった。本作もその例に漏れずジャケット写真が超弩級にダサく変更させられたが、収録曲は順番も含めてしっかりイギリス盤と同じ。振り返ってみれば、イギリス本国と全く同じ内容のレコードを日本で初めて手に入れられる機会だったのである。

日本の洋楽シーンにおいてもエポックな位置付けとなるアルバムに付けられた邦題は、なんと『映画"ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!" サウンド・トラック盤』。つまり、映画音楽をそのままレコード化しただけのタイトルになっている。映画であれば、まだ許せる。前述の通り、洋画を日本公開するときの興行的手法として、ヒットしそうな邦題をつけるのは配給会社の腕の見せ所だったからだ。しかし、音楽的視点では、このタイトルは絶対にあってはならない。ただ単に愚かしいネーミングだ。ビートルズの価値を全否定するようなものだし、そもそもB面の曲はどれひとつ映画には取り上げられていないので、「サウンド・トラック盤」の表記は半分ウソなのだ。
ビートルズを音楽家として見ることなく、映画業界に媚びるだけだった東芝の担当者は、その後ビートルズが歴史を塗り替えて行くのを同時代的に体験し、この邦題を付けたことを激しく後悔したことだろう。

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一方で、映画"A Hard Day's Night"の本当のサウンド・トラック盤は、アメリカで発売された。つまり、映画で使用されたビートルズの曲と、プロデューサーのジョージ・マーティン指揮によるオーケストラ演奏のインストゥルメンタルを並べた、正真正銘の映画音源再現レコードである。このレコードこそが、"Original Motion Picture Sound Track"のサブタイトルを掲げるに相応しい。
映画の中で、リンゴがひとり仲間から離れて、カメラ片手に田舎道をぶらつく場面。リンゴが優秀なアクターであることを証明した哀愁漂うこのシーンに流れるのが、"This Boy"(※4)のインストゥルメンタル。映画でしか聴くことが出来ないこの曲も、このサウンド・トラック盤にはしっかり収録されている。

このレコードは後にCDにもなり、今ではYouTubeでたまに聴くことが出来る。「たまに」と言うのは、YouTubeでは特にビートルズ音源の著作権管理が厳格で、アップされる度にすぐ削除の繰り返しで、聴くチャンスはかなり限定的なのである。
先日、たまたま検索していたら、このUS盤にたどり着いた。久しぶりに聴くなあと感慨に耽っていると、なんと、最後の曲でぶったまげてしまった。"A Hard Day's Night"のインストゥルメンタルのはずが、ジョージ・マーティン楽団の器楽演奏ではない。なんとなんと、ジョージ・ハリスンの12弦ギターソロ演奏バージョンなのであるるるる!
イントロの「ジャーン」に始まって、「ダーンダダダダダーン」の間奏、「ティラティラティラティラ」のエンディングの三箇所は、聴き慣れた"A Hard Day's Night"そのもの。でも、それ以外はリンゴのシンバル音が際立つドラムス演奏と一緒になって、メロディラインを支えるようにジョージがギターを弾いているのがわかる。思わず繰り返し聴きながら、ひとりカラオケにハマってしまうような、珍しい音源なのだった。
YouTubeのキャプションを見ると、"is not the U.S.version, is a rare version,not the original"と記されている。「ジャーン」の前にはジョンの話声も入っているので、どこかの海賊版から繋ぎ合わせたのかも知れない。しかし、ジョージの12弦ギターだけを選り分けた音源を聴くことが出来るのは、ただただ驚くばかりであった。

思い起こせば、かつては東芝から発売されていたレコードを聴く以外にビートルズの演奏に触れる機会は映画しかなかった。私が住んでいた地方都市では、春休みや夏休みになると必ずビートルズ三本立て上映をやる映画館があり、そこで繰り返しビートルズの映画を見た。『ヤァ!ヤァ!ヤァ!』『HELP! 4人はアイドル』『レット・イット・ビー』の三本であることがほとんどで、たまに『レット・イット・ビー』が『イエロー・サブマリン』に替わる程度。それでも休みごとに必ず見に出かけた。
映画だけでは飽き足らなくて、「ビートルズ映画祭」なる単発上映会にも足を運んだ。公会堂や市民会館ホールを借りての上映イベントで、ビートルズのコンサートを撮影した16ミリフィルムを見ることが出来た。記憶に鮮烈なのはワシントン・コロシアムでの演奏会(※5)。屋内競技場の中央に設置されたステージに廻り舞台のような円形の台が置いてあり、リンゴのドラムセットが四方向に向きを変える。残りの三人はその都度スタンドマイクを持って移動し、コロシアムに集まった観衆に東西南北のブロックごとに正面を変えて演奏していた。たぶん繰り返しデュープして質感が落ちたモノクロームの映像であったけれども、ビートルズのコンサートを仮想体験するような上映会であった。

今ではそんな上映会に出かけなくでも、ちょいとスマホを見れば、いつでもどこでもビートルズのレアな映像に触れることが出来る。とっても便利だ。でも、便利な分だけ、滅多なことでは感激しなくもなる。そんな鈍麻な感性をジョージの12弦ギターが刺激してくれた。YouTubeからいつまでも削除されずにいてもらいたい、ジョージ・ハリスンのギター音源なのであった。(き)


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(※1)日本レコード協会HP「音楽ソフト 種類別生産金額推移」より。

(※2)日本映画製作者同盟HP「日本映画産業統計」より。

(※3)『ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!』がTV放映されたときの日本語吹き替え版でジョンをアテたのが広川太一郎。この訳詞は広川太一郎のしゃべりを想定している。

(※4)"This Boy"の邦題は「こいつ」。自分のことを"This"と言うところに妙味のある歌詞なのだが、そのニュアンスは伝わらない。本当にどいつもこいつもスットコドッコイな時代だった。

(※5)1964年2月11日に行われたアメリカでの初公演。全米中継の人気TVバラエティ「エド・サリヴァン・ショー」出演直後に開催された。


posted by 冬の夢 at 14:26 | Comment(0) | 音楽 ロック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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