2018年02月20日

ジャーナリストというチンピラ……の初仕事、時間厳守と腕時計

 その作家は、約束の三十分以上前にあらわれた。
 三十数年前のそのとき、六〇歳前後か。月刊誌などの広告で名を見るような、著名な作家だったはずだ。

 その作家が、開口一番、わたしをほめてくれた。
 きみは若いが偉いな、と。
 なにが偉いのか、すぐには分からなかった。
 新人記者一年目、二年目に入っていたのか、怒鳴られることはあっても、ほめられることはなかったので、どぎまぎしてしまった。

 わたしは、その作家より先に、指定の場所に来ていた。姿を見るなり思わず席から立った。

 その作家のランクからすれば、記者の取材を受けるなら担当編集者たちと同じように、自宅か仕事場に呼びつければいい。あるいは担当編集者たちのたまり場のようなところに記者も待たせ、原稿の用事をすませてから取材に応じてもいいはずだ。
 大作家というものは、締切に焦る担当者を悠々と待たせる、というイメージを持っていたから、わたしが勤めていた会社の談話コーナーを指定したのも、ひとりで来たのも意外だった。
 わたしが尋ねたのか、それとも彼が話し始めたのか、忘れてしまったが、「時間を守らない人が増えている」という話に続けて、なぜ彼が待ち合わせ時間より早く来たか、教えてくれた。
 
 約束の時間を守らない、つまり時間に遅れるということは、待たせる相手の時間を奪っていることになる。

 というようなことをいわれたが、いまとなっては当たり前すぎ、ビジネスマナー本には、いまさら載らない感じか。
 しかし、あのときはかなり感心して──ほめてもらえたからかな──座右の銘は大げさだが、時間は守ろうと素直に思ったものだ。

 じつは、わたしは時間を守るために早く来たというより、写真撮影もするので照明などの準備を手伝うために来ていたのだと思う。
 それもあるが、あらかじめ「ひとりリハーサル」をしておかないと、インタビューなど絶対にできなかった。新米記者でもあったが、初対面の人と話すのが苦手な引っ込み思案で、「式次第」を決めていないと、ろくに口もきけない。書いて持ってきた「聞くことメモ」を見たり、新刊著書についてだったか、趣味の話を聞くのだったか、資料をめくり直したりしてブツブツいっていたに違いない。
 そこへ、いきなりの御登場だったので、驚いてバネ人形のようにピョンと直立不動に、というのが真相だ。

 インタビューの内容は忘れたし、その作家が誰だったかも、じつは確実には記憶していない。
 いかにもそういう考えを持っていそうな、ビジネスものや企業小説で名をなした、あの人だという気がするが、どうもはっきりしない。
 もっとも、はっきり記憶にあっても誰とは書かない。作家や著名人の「知られざる素顔」的な話は、やじ馬として知るのは面白いが、たまたま取材記者や担当者だったからって、事情通ぶって公表するやつは嫌いだ。

 その作家が教えてくれた「約束の時間を守ること」は、いまの世の中、すっかりいいかげんになっている。
 携帯電話の恩恵だ。「十分遅れます!」とか「すぐ近くまで来てます!」なんて連絡があり待たされるのが、ふつうだろう。
 わたしは携帯電話をあまり持ち歩かなかったので、社外での待ち合わせで、遅れた側に逆ギレされたことがある。「携帯持ってないと遅れる電話が入れられないじゃないですか!」と。わたしは「客」の立場だったんですが……。

 いま、通信ツールが進化したぶん勤務管理は厳しくなっていると思う。それも格段に。
 外回り仕事の人たちを見るともなく見ていると、カフェでも駅頭でもオフィスや得意先と繋がれていて、ひたすらエクセルや日報をやっていたり、スマホで周囲にまる聞こえのイイワケ電話をしていたり。
 約束の時間が少しくらい守れなくても、という風潮は、管理し尽くされて失われる自分の時間を、他人の時間を奪うことで取り戻そうとする気持ちの現われなのではないか。
 だとしたら、せめて時間厳守のマナーくらいはユルユルでいいことにしないと、昨今の世の中のギスギス感が暴発してしまいそうだ。

 ほかに能がないから、せめて時間だけは守ろうと決めた三十数年前、とてもほしくなったものがあった。
 腕時計だ。
 人に会うことが多いから清潔な服は着たが「おしゃれ」には縁遠かったので、せめて高級で正確な腕時計を! と思ったのだった。

 しかし結局、高級な時計は身につけなかった。
 腕時計を外して置く癖がついてしまって治らず、よく失くしたからだ。
 現場で置き忘れ、タクシーや地方出張で失くす。喫茶店でも外すし、呑み屋で外すとたいてい失くした。
 時間を守ることは苦でなかったけれど、いつしか「時間ぎらい」になっていたのかもしれない。
 失くすたびに買い、どうせ失くすからと選ぶようになったのは、オモチャのような腕時計。いまは外出時に腕時計をしなくなったが、どうしても必要で探すと、あれこれ買ったオモチャ時計のうちのいくつかが、ぽろりと出てくる。(ケ)[この項つづく] 

180221DC.PNG
Doomsday Clock public domain item
 
Originally Uploaded on Feb. 21, 2018. 02:50
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posted by 冬の夢 at 00:05 | Comment(0) | 時事 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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