2018年02月21日

国立劇場二月文楽公演『摂州合邦辻』 〜 織太夫の誕生と始太夫の急逝

今月の東京文楽公演は豊竹織太夫襲名披露の記念興行。先月、大阪の国立文楽劇場で織太夫を襲名した咲甫太夫は、文楽初心者にもわかりやすい語りを聞かせてくれる若手太夫のひとりで、心密かに贔屓にしていたから、なんとも喜ばしい襲名披露公演であるはずだった。
ところが、その東京公演の初日、『花競四季寿』(はなくらべしきのことぶき)に出るはずの始太夫が体調不良で休演。病院に運ばれた始太夫は、そのまま帰らぬ人となってしまったのである。
初春公演では『良弁杉由来』で床を務めていて、倒れたのも東京公演初日の国立劇場の楽屋でだと言うから、本当に急なことであったらしい。ふっくらした体躯に大きな瞳を持つ愛嬌のある太夫で、年はまだ五十歳。ご家族や関係者の方々はさぞお心落としのことだろう。
国立劇場文楽研修生から嶋太夫の元に入門した始太夫であったけれども、なかなか役には恵まれない立場だったようだ。私が見る始太夫はいつも掛け合いのうちのひとりという配役。だから始太夫については大柄な外見の印象が強かったのだが、年末にかかった『ひらかな盛衰記』の「義仲館の段」では木曾義仲を語る押し出しが強く伝わってきて、注目すべき太夫だと認識を改めていたところだった。思い起こせば、嶋太夫の引退記念公演『関取千両幟』でも師匠を見送る掛け合いを務めていた。まさか師匠より先に逝ってしまうとは。惜しい人材を失ってしまった。ご冥福をお祈りいたします。

さて、そんな悲しい出来事があっても、舞台の幕は開けねばならない。始太夫の位置には他の太夫が座り、何もなかったかのように興行は続けられる。
そんな中で行われた『口上』で、文楽での襲名披露のやり方を初めて見ることが出来た。歌舞伎の口上は何度も見てきたし、先月の歌舞伎座では舞台の上に二十二人が並んで、高麗屋三代襲名を寿いだばかり。それに比べると、文楽では襲名披露する織太夫当人は頭を垂れたままひれ伏すのみで、あとは後見人として師匠の咲太夫がいるだけ。口上はすべて咲太夫がひとりで語り上げる。少し寂しい感じもするが、この形式が本来の口上なのだそうだ。
それでも咲太夫の口上は、弟子への愛情が溢れた温かく心地よいものだった。織太夫が三味線の家の出だと初めて知ったし、あの鶴澤清治が叔父にあたると言う。八歳のときに入門した弟子に、父綱太夫の前名である織太夫の名跡を継がせるのだから、咲太夫が織太夫にかける期待は大きいはず。神妙に顔を伏せる織太夫からは、その期待に応えようとする気概が伝わってくるような気がした。

襲名披露公演は『摂州合邦辻』(せっしゅうがっぽうがつじ)。私が初めて文楽を見たのは大阪の国立文楽劇場だったが、そのときかかっていた演目がこれ。主人公である玉手御前の生き様がダイレクトに表現されていて、文楽に親しむきっかけになってくれた。と言うのも、歌舞伎よりも文楽のほうがはるかにわかりやすかったのだ。歌舞伎で玉手御前を演じていたのは菊之助。より前後のつながりが理解しやすい通しでの上演だったが、強く醸し出されていたのは菊之助の女形としての色気。玉手御前が義理の息子である俊徳丸に寄せる思いが女の性を感じさせ、インモラルな雰囲気が支配的だった。かたや文楽では、政敵から息子たちを守るため、孤独に自身を犠牲にする玉手御前の母親としての心根が、合邦庵室の場面からしっかりと立ち上がってくる。そのときの切り場語りは、今振り返れば嶋太夫だったのであって、しかし初見当時は、妙に床から身を乗り出してくる爺さんだなとしか見ていなかった。お恥ずかしい限りである。

その嶋太夫が語ったクライマックスの場面を、今回は織太夫が務める。咲甫太夫の当時から、登場人物への思い入れが明快で、人物ごとに語り分けるスタイルが素直にわかりやすい太夫だ。この『合邦辻』では、そこにさらに力強さが加わって、明快さのうえに重厚な痛快さが盛られた語りであった。それは、玉手御前と合邦と俊徳丸の三人が対角線的に違う個性を持ったキャラクターであることも一因であるが、織太夫のバリエーション豊かな表現力の多様さゆえであることに間違いない。
織太夫は、本格的に文楽の世界で仕事を始める前に世界各国に旅をした経験を持っている。「文楽の世界に入ったら自分の好きなところへ行く暇もない。狭い世界で考え方が偏りがちになるので、世界中を旅しなさい」と、父親が中学生の織太夫を海外に送り出してくれたのだと言う(※1)。そのようにして見聞を広めたせいなのか、織太夫の語りは人物の描き分けがくっきりとしている。合邦庵室でも、継子に恋情を抱いているように見せかける玉手御前の微妙な感情の動きを表現する一方で、大音量の声で豪放磊落な合邦の柄の大きさを浮かび上がらせる。特に目を見張ったのは、俊徳丸のために自らに刃を向けた玉手御前を褒め称える合邦の台詞、「出かした、出かした、出かしおったのお」。思わず観客から拍手が沸き起こるほど、娘への複雑な思いが乗った重く厚みのある語りだった。

人形はと言えば、玉手御前を遣う勘十郎が相変わらずの巧さを見せる。俊徳丸を浅香姫と取り合う場面での身体の動き。「何よ何よ何なのよアンタは!」と人形自体がしゃべっているかのように見えてくる。そんな遣い方で命を吹き込まれた玉手御前は、息絶えた後には人形遣いの手を離れて舞台中央にうつ伏せにして置かれる。それは全くの無であり、死とはこういうものかと納得させられる「何ものでもなくなった状態」の表現でもある。
見事に語り切った織太夫の新たな歩みのかたわらで、これからの活躍を突然奪われた始太夫の急逝。芸道にもいろいろな人生があるのだと思わずにはいられない東京公演であった。(き)


合邦.png


(※1)THE PAGE 大阪 2018年1月3日特集記事より


posted by 冬の夢 at 01:00 | Comment(0) | 伝統芸能 文楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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