2018年01月30日

「虹と雪のバラード」と詩人河邨文一郎

もうすぐ平昌オリンピックが始まる。冬季オリンピックと言えば、私たちは1972年の札幌オリンピックの世代であって、笠谷・今野・青地の「日の丸飛行隊」が表彰台を独占したスキージャンプ競技に熱狂したのだった。
当時は「70m級ジャンプ」と呼ばれたカテゴリーでのメダル獲得で、数日後に行われた「90m級」に期待が集まったものの日本勢は惨敗。悔しさがつのって、家でスキージャンプのひとり遊びを始めた。
と言っても、スキー板を自分で履くわけではない。そのとき持っていたミニカーとビニール製レールのオモチャを引っ張り出してきて、椅子に座布団を乗せて勾配を作り、ミニジャンプ台にした。そのレールにミニカーを滑らせて、落下地点を競う遊びを発明(!)したのだ。架空の選手名簿を作り、最終滑走者はいつも「カサヤ選手」だった。カサヤのときだけは、ミニカーに勢いをつけて滑らせる。でも、変に力が入るとかえってうまく飛ばない。カサヤが金メダルを取るまで、繰り返し全選手を飛ばし直した。まあ、なんともヒマな子ども時代だったのである。(※1)

そんな札幌オリンピックを思い出すたびに、頭の中で「虹と雪のバラード」が流れ出す。オリンピック開催を記念してNHKによって作られたテーマソングで、当時の人気歌手たちによる競演(※2)で歌われた。その中で『みんなのうた』で放映されたのが、トワ・エ・モアのバージョン。いつの間にかこれがスタンダードになって、トワ・エ・モアはその年の紅白歌合戦にも出場したらしい。
余談だが、大学に入り第二外国語で選択したフランス語の最初の授業で、トワ・エ・モアが"Toi et Moi"であり、要するに"You and Me"であることを初めて知った。単に自分が浅学であっただけのことなのだが、「トワエモア」という響きがひとつの単語のように記憶されていたので、なんだか騙されたような気分でもあった。

札幌オリンピックの前の冬季大会は、1968年のグルノーブルオリンピックで、その記録映画の音楽を担当したのがフランシス・レイ。日本で「白い恋人たち」と題されたテーマ曲は、透明感とリリシズムに溢れる名曲だったから、「虹と雪のバラード」もこの路線で作られることになったのだろう。
作曲を担当した村井邦彦は、トワ・エ・モアのデビュー曲「或る日突然」の作者。ミシェル・ルグランに心酔していた村井は、フレンチポップス調の曲を得意としていた。そこにトワ・エ・モアのデュエットの歌声がフィットして、「虹と雪のバラード」は競作されたことを忘れさせるくらいにトワ・エ・モアのオリジナル曲のように浸透していった。

虹と雪.jpg

一方で作詞は、歌謡曲の専門家ではなく、詩人の河邨文一郎によるもの。NHKはオリンピック開催の二年前に、札幌在住の詩人であり医学者でもある河邨に作詞を依頼したという。「式典調ではなく、ギターを爪弾きながら歌え、大編成の合唱にも堪えうる。そして長い曲を」(※3)というあまりに欲張りな要望に対して、河邨は何度も書き直して、歌い継がれることになる詩を仕上げたのだった。


虹の地平を 歩み出て
影たちが近づく 手をとりあって
町ができる 美しい町が
あふれる旗 叫び そして唄

ぼくらは呼ぶ あふれる夢に
あの星たちの あいだに

眠っている 北の空に
きみの名を呼ぶ オリンピックと

雪の炎に ゆらめいて
影たちが飛び去る ナイフのように
空がのこる まっ青な空が
あれは夢? 力? それとも恋

ぼくらは書く いのちのかぎり
いま太陽の真下に
生まれかわるサッポロの地に
きみの名を書く オリンピックと



明らかにプロの作詞家と違う言葉が使われていて、それが「虹と雪のバラード」を少し特別な印象の歌に感じさせる。
「あふれる旗 叫び そして唄」というフレーズは労働歌風だが、「雪の炎」や「影たちが飛び去る ナイフのように」は詩人ならではの表現だ。それが気になって、数年前に『河邨文一郎詩集』を買い求めた。詩のほかにエッセイや詳細な年譜が収録されていて、河邨文一郎の人物伝とも言える詩集だった。

河邨文一郎は大正六年に北海道の小樽市で生まれた。整形外科医として肢体不自由児の治療に心血を注ぐかたわら、詩作にいそしみ、北海道を代表する詩人となった。
若い頃から労働運動に関わり、逓信病院労働組合の書記長も務めている。初期の詩にも「旗」という言葉がたまに出てくるので、組合活動においては象徴的な意味を持つのだろう。
また、戦後すぐには「早坂文雄と再会」して新東宝の映画女優たちと交流があったと言う。年を重ねてからも札幌で文人歌舞伎を催し、自ら七段目の由良之助を演じたりして、幅広い趣味人でもあったようだ。
札幌医科大学での教授時代には、文芸部に所属していて後に作家になる渡辺淳一を整形外科医の道に導いている(※4)。渡辺淳一と言えばその奔放な女性遍歴で有名だが、河邨も渡辺に劣らぬ美貌の持ち主でもあった。さきの詩集には、アリゾナからユタへ行く飛行機の中で、ジャクリーヌ・ササール(※5)に似たキャビンアテンダントから「スペイン人かと思った」と言われたと自慢気に書いている。確かに河邨の顔写真を見ると、映画俳優かと見紛うくらいの男前なのだった。

詩集を読んでみても、正直なところ、良いのかまずいのか、あまりよくわからなかった。「虹と雪のバラード」のイメージにつながる作品はほとんどなく、あえて探せば、「イースト・サイド・ブルース」という詩の一節に「ナイフ」の言葉が使われている程度である。

とつぜん、するするとほどけてゆく先は
朝の食卓の
不運な魚の白い腹の上だ。
つめたいナイフが切る。鮮やかに
残忍に
僕のヒルダが
切りひらく。


河邨本人が書いたと思われる自身の年譜には「虹と雪のバラード」について以下のように記されている。

1970年 五十三才
三月、NHKより札幌冬期オリンピック愛唱歌作詞の依頼を受け、四月末完成、五月、作曲(村井邦彦)完成、六月、「オリンピックの集い」(札幌市民会館)でトワ・エ・モア、菅原洋一、黛ジュンらの歌唱で披露される。

一時期、歌詞のことを「歌詩」と書いたり、作詞のことを「作詩」と言ったりすることが流行ったことがある。特に自作にこだわりのあるニューミュージック(死語ですが)系の人が、無理矢理誂えた書き換えなのであるが、河邨はあっさりと「作詞の依頼」としている。河邨にとっては、身を削るような詩作ではなく、NHKから受けた愛唱歌作りは単なる請負い仕事だったのだろう。NHKは「北の詩人」の肩書きが欲しかっただけかも知れないし、河邨はNHKの指示で何度も書き直しをさせられたらしいから、河邨本人も歌詞作りの頼まれ仕事を言われるままにこなした、という程度だったのではないだろうか。

ところが、その「虹と雪のバラード」が今でも思い出される名曲となったのだ。村井邦彦の瀟洒な楽曲とトワ・エ・モアの折り目正しい歌い方もさることながら、やはり河邨文一郎の歌詞が人びとの気持ちに刺さっていることは間違いない。スポーツの祭典を契機に、人びとが集い、出会い、そして街が出来ていく。その鮮烈なイメージは、NHKからの指示があったにしても、河邨文一郎の手によって紡がれた言葉から発せられている。「北の詩人」は肩書き以上の仕事をして、さらには自分自身の名を後世に残すことになったのだった。

札幌オリンピック以降、長く世間に記憶される愛唱歌は作られていない。最近では、テーマ曲なのか、宣伝なのかわからないようなコマーシャルソングとしてTV局ごとに違った歌が、歌の下手なアイドルによって歌われることが多いようだ。オリンピックは多重構造の利害が重なり合うグローバルなマーケティングビジネスになってしまった。「虹と雪のバラード」のような歌を生み出す息吹きを、オリンピックに求めるのは、もはや詮無いことかも知れない。(き)

河邨文一郎 1917年4月15日〜2004年3月30日


虹と雪02.jpg

(※1)このオモチャは、バービー人形で有名な米国マテル社の「ホット・ウィールズ」であったらしい。ネットで調べると、現在ではミニカーをバネで押し出しレール上を一回転してジャンプさせるタイプのものが販売されている。商品開発コンセプトを先取りしていたわけであるが、「対象年齢四才」の表示には愕然とする。

(※2)上記のほかにジャッキー吉川とブルー・コメッツ、ピンキーとキラーズ、佐良直美など。

(※3)2017年12月18日 読売新聞の記事より。

(※4)2013年1月19日 日本経済新聞「私の履歴書」より。

(※5)ジャクリーヌ・ササールは『お嬢さん、お手やわらかに!』などに出演したフランスの映画女優。



posted by 冬の夢 at 21:50 | Comment(1) | 音楽 日本のロック・歌謡曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ぼくもこの歌のことはよく覚えています。そして、それと共に札幌オリンピックのことも。その頃はまだ北海道に行ったこともなく、その意味では、サッポロという音の響き共々、日本でありながらまるで外国のように遠い土地に感じられたことも懐かしく思い出されます。でも、今この歌詞を読むと、特に「きみの名を書く オリンピックと」の部分は、Paul Eluardの"Liberté"のJ'écris ton nomというリフレンにあまりに似ていて、ちょっと困惑するほどです。とはいえ、エリュアールの詩句自身がルネサンス時代からの恋歌のクリシェのようなものだから、「きみの名を書く」というのは一種の世界共有財産なのかもしれませんね。
Posted by H.H. at 2018年01月31日 01:15
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