2018年01月19日

カセットテープをさがして百三十五里

 地方に住む高齢者に「カセットテープを探して」と頼まれた。
 近年話題の「運転卒業」をして自家用車を処分したが、カーオーディオ用の音楽カセットを車内に置き忘れて業者に引き渡し、なくしたそうだ。自宅でカセットを聴きたいので買い直したいけれど、いくら探しても近辺には売っていない、と。
 首都圏なら扱う店がありそうだし、音楽をよく知っているでしょう、と見込まれた。
 CDは聴けないのかな、と思うが、オーディオ趣味やコレクションなどの面でこだわっているなら、うっかり刺激して長広舌が始まってはコトなので、あっさり引き受けた。
 それが、とてつもなく面倒なことになった。

 ない! 
 いや、なくはないが、頼まれたものがない。
 まず生テープ、空(から)テープというんだっけ、ではなく「ミュージックテープ」、つまりあらかじめ音楽が録音されているカセットを頼まれているのだが、新品も中古も、なかなか売っていない。

 希望ジャンルは「イージーリスニング」。映画音楽名作集、音楽世界旅行ってやつだが、ますます、ない!
 演奏者でいうと、サム・テイラー、ニニ・ロッソ、クロード・チアリ……。楽団だったら、ポール・モーリア、レイモン・ルフェーブル、パーシー・フェイス……百花繚乱でしたね、かつて。そう、マントヴァーニ・オーケストラの「キャスケイディング・サウンド」! どれも懐かしく、ひさしぶりに聴きたくさえなったが、それらの音楽カセットは見つからない! 
 CDならありそうだから、カセットに録音し、いっしょに渡すのは──未使用カセットは、自分がいくつか持っているのを見つけたし、百円ショップに売ってもいる──ダメかと尋ねると、返事がにぶい。あくまでオリジナルラベルがついた「ミュージックカセットテープ」が欲しいらしい。ええい!

 なぜ安うけあいしたかというと、駅の改札口の前か、どこかの地下街でフツウに売っていると思い込んだからだ。
 たしかに音楽ソフトの屋台はあるが、CDしか売っていない。そのCDをざっと見てもイージーリスニングは見当たらない。アナログレコード専門の中古盤店もいくつか訪ねたが、音楽カセットがない。探しはじめにネット検索したときの不安が的中した格好だ。

 待てよ、浅草あたりの商店街のレコード店ならどうだろう。
 うん、あるある! ミュージックカセット! 
 ただし、演歌、演歌、演歌……それから、民謡、浪曲! 
 そうか、こういうジャンルなのね、現在も商品化されている音楽カセットは。
 聞くところでは、邦楽や日舞の練習や指導では、いまもカセットテレコがよく使われているそうだ。なるほど。

 こうなると、誰かのウチに眠っているものを譲ってもらうか、リサイクル店を堀っくり返すしかない。
 そこで、リサイクルショップを見つけるたびガラクタ箱をあさるが、やっぱり演歌や浪曲だ。全集の端物らしい。
 ええい! ない!
 だいたい中高年の男が仕事もせず、平日の昼間っから埃くさいリサイクル店でしゃがんでいる姿ときたら、絶望的に絵にならない。鬱になってきたので、やめた。

 さいわい、聞くところではミュージックカセットテープは若い世代に見直されているとのこと。都内に専門店さえあるそうだ。埃だらけのガラクタ箱と演歌カセットから解放されると喜び、さっそく、近年開店したという音楽カセット専門店に行ってみた。
 なるほどたしかに、音楽カセットがたくさん売られている。おしゃれな棚仕立てで、若い人や外国人のお客さんが多い。
 が、イージー・リスニングやムード音楽ってのはないようだった。いや、あったのかもしれないが、じつは早々と店を出てしまった。

 というのも、その店に行くまでは「ガラクタ」、ひとつ百円か、せいぜい三百円くらいの中古カセットを、あさっていたわけです。
 その扱われようからして、もはや捨てるだけのモノなんだと思った。
 そのせいで、専門店のカセットが新品か中古かも尋ね忘れたが、たとえ新品でも、お札がポンポン飛んでいくような買いものをしてまでは──という気持ちになってしまったのだ。
 懐かしい昔のラジカセも何台も売られていたが、メンテナンス費が入っているとはいえ、こんなにすごい中古価格になるんですねと、ビビってしまった。
 その店とはまったく関係ない話だが、もう生産されていない高音質カセットテープとなると、使用済のものでも怖ろしいような高値でネット販売されているらしい。
 ウチにあるガラクタが、いまや「お宝」なんだと、ふつう喜んだり、ネットオークションで儲けたりするのだろうと思うが、若いころ身近に親しんだものが粗大ゴミ同様の存在でしかなくなったことが悲しかったくせに、「ヴィンテージ」となって売買されていることも、なぜかとても寂しかった。

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 そこで、東海道を下ること五百数十キロ。
 いや、わざわざ行ったわけではないですが、注文の音楽カセットをいくつか見つけることができた! 1本あたり三百円前後だった。
 神戸の「モトコー」つまり元町通高架商店街。そこに何店か生息している中古音楽ソフト店。京阪神の音楽ファンには周知と思われる、やや「魔窟系」の店たちだ。
 音楽カセットも、かなりの数が埋蔵されており、やはり大半は演歌だが八〇年代のポップ音楽や歌謡曲が見つかるなかに「イージーリスニング」も散見できた。
 発掘作業のセオリーである連鎖発見──ただし考古学の「ゴッドハンド」は大嘘だったが──も起きた。友だちから声がかかり、高齢で亡くなった親族の遺品にあり、楽しんでもらえるならどうぞとのこと。頂戴してよいか念押しのうえ、受け取った。

 収獲を送付すべく梱包のついでに、自分が持っているカセットテープも、いくつか出してみた。捨てられなくて、かなり本数がある。
 かつて友だちが録音してくれたもの、自分で貸しレコードや図書館で借りた盤を録音したもの、レコードを買ったがカセットプレーヤーで聴きたくて録音したものなど。外国で買ったミュージックテープもある。
 当時の法律に抵触する複製にあたるものもあるかもしれないが、音楽を不法に聴いたので懲役ということであれば、弁解せず刑務所に行く。
 
 持っているカセットテープを見ていて、さらに思ったこと。
 カセット、レコード、CD、データ、どれがどうだということは、本当は、あまり気にしていない。
 CDやデジタルデータに比べアナログレコードのほうが音がよいとか、曲単位でツマミ喰いせずアルバム単位で収録順に聴くべきとか、昨今あらためて諸説が唱えられている。
 しかし、どれも自分にとっては、あくまで音楽の入れものにすぎなくて、好きなのは音楽そのものなんだ、と。
 データはもちろんレコードより、音質や保存力は劣るはずのカセットテープ、それもカバーも解説カードもない、空テープに録音しただけのカセットがなぜ捨てられないのか。それは、カセットというモノへのフェティシズムではないようだ。
 ラベルに内容を走り書きした友だちの字や、高校生の自分が作ったラベルの文字が、カセットにはいっている音楽との出会いをよみがえらせる。いまその熱意をほとんどなくしてしまった「音楽が好きであること」を思い出させてくれるからだと思う。

 よく「無人島へ持っていく」1冊の本とかCDとかいうQ&Aがあるけれど、持っているカセットやCDなどから、無人島へ持っていく音楽をひとつ選べといわれたら。
 わたしは「ギター」にする。
 ひとつ選んだCDがその無人島で聴けるなら、電源はあるってことでしょうからね。(ケ)


Originally Uploaded on Jan. 22, 2018. 18:25:00
posted by 冬の夢 at 00:05 | Comment(0) | 音楽 オーディオ・楽器 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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