2018年01月16日

歌舞伎座一月公演『勧進帳』 〜 新幸四郎の明晰な弁慶

歌舞伎座では今月から高麗屋三代襲名披露公演が始まった。今までの幸四郎・染五郎・金太郎が、これからは白鸚・幸四郎・染五郎になる。父・子・孫から祖父・父・子へ。時代とともに世代が変わるのは必然だが、白鸚になったとは言え、私が高校生だったときにはまだ六代目染五郎で、NHK大河ドラマ『黄金の日日』で主役をはったイメージが強く残っている。いやいや、歌舞伎の世界では襲名披露公演開始の初日から、名前はもう新しい名跡に変えて呼ばなければならない。先代の白鸚は三代襲名を遺言にして、すぐに没したのだったが、今の白鸚はまだまだ第一線を退く様子はない。白鸚を隠居用の名跡にしない活躍に期待がかかる。

夜の部の『勧進帳』は、幸四郎と染五郎の襲名披露公演。幸四郎の弁慶、吉右衛門の富樫、染五郎の義経という配役。加えて四天王が、鴈治郎、芝翫、愛之助、歌六という史上最強の布陣。弁慶を千百回も演じてきた白鸚はあえて同じ舞台には立たない。幸四郎の「これから」が試される、厳しい襲名披露である。
繰り返し上演されてきた『勧進帳』は市川家の十八番で、義経を奥州に逃がすため弁慶が安宅の関を越えるのを一時間十分ほどで見せる演目。
何度も見ているはずなのに、今回改めてわかったのは、『勧進帳』が高度に洗練された構成美を持つ芝居であること。その構成に沿って、あらすじを紹介してみよう。

「判官殿主従、作り山伏となって、陸奥へ下向」
関守の富樫左衛門の名乗り。富樫は番卒たちに山伏を堅く詮議せよと命令を下す。

「旅の衣は鈴懸の露けき袖やしをるらん」
舞台奥の雛段に陣取った長唄連中が、地謡でこれまでの旅路を伝える。

「とにもかくにも、弁慶よきに計らい候へ。各々違背すべからず」
山伏姿に身をやつした義経。その後を弁慶と四天王の五人の従者が続く。関所を望みながら、強行突破を主張する四天王。自分に任せろと言う弁慶を義経が承認する。

「言語道断、かかる不祥のあるべきや。この上は力及ばず。さらば最後の勤めをなし、尋常に誅せられうずるにて候」
富樫から「ひとりも通すこと罷りならぬ」と言明された弁慶。四天王を集め、輪になって数珠を押し揉みながら、呪詛のノットを唱える。

「元より勧進帳のあらばこそ、笈の内より往来の巻物一巻取り出だし、勧進帳と名付けつつ、高らかにこそ読み上げけれ」

死を覚悟したうえで祈りを捧げる姿を見て、感心した富樫。南都東大寺の勧進のために遣わされたという弁慶に、ではそれを読めと要求する。口からでまかせなので、もとから弁慶は勧進帳を持っていない。そこで白紙の巻物を開く弁慶。覗き見る富樫。

「さりながら、事のついでに問い申さん。世に仏徒の姿さまざまあり。中にも山伏はいかめしき姿にて、仏門修行は訝しし、これにも謂れあるや如何に」
本物の山伏ならば答えられるだろうと、富樫は弁慶に難問奇問を続けて問う。それを立て板に水で、悉く弁慶が即答して返す。

「斯く尊き客僧を、暫時も疑い申せしは、眼あって無きの如き我が不念、今よりそれがし勧進の施主につかん」
山伏問答を見事にクリアした弁慶に富樫は素直に感服する。一行にお布施を持たせ、関の通過を許す富樫。しかし、そう簡単には越えられない。番卒が義経を見咎め、判官殿に似ていると指摘する。

「まだこの上にも疑い候はば、この強力を荷物の布施もろともにお預け申す。如何ようとも糾明あれ。但し、これにて打ち殺し申さんや」
お前がいるから疑われるのだとばかり、弁慶は義経を打擲する。もちろんそれは弁慶の策略。主君を打つことなどあり得ないのだから、それをあえてすることで富樫の疑いから逃れようという算段なのだ。

「如何に弁慶。今日の機転、所詮凡慮の及ぶところにあらず」
打擲してまで主君を守ろうとする弁慶。それを知った富樫は、義経の正体を見破りながら見逃してやる。無事に関所を通過した一行。主君として上座に座った義経は、弁慶の咄嗟の判断を褒めるのだが、弁慶は義経を打ったことを泣いて詫びるのである。

「如何なればこそ義経は、弓馬の家に生まれ来て、一命を兄頼朝に奉り、屍を西海の浪に沈め」
義経が謡うのを弁慶が「山野海岸に、起き伏し明かす武士(もののふ)の」と引き取って、過去の戦さを振り返る。そこへ、富樫左衛門が瓢箪に入れた酒を番卒に持たせて現れる。

「さてもそれがし、山伏達に卒爾申し、余り面目もなく覚え、粗酒ひとつ進ぜんと持参せり。いでいで杯参らせん」

弁慶は番卒たちに酒を注がせ、大いに飲む。やがて、興に乗り「元より弁慶は、三塔の遊僧、舞延年の時の若」で舞い始め、その隙に義経と四天王を先に行かせる。

「虎の尾を踏み、毒蛇の口を遁れたる心地して、陸奥の国へと下りける」
富樫の温情を噛みしめながら、弁慶は義経の後を追うのであった。

基本的には弁慶と富樫の二人が対峙するだけのプロットなのに、シチュエーションが刻々と変わり、それを様々なバリエーションで見せていく構成になっていることがわかる。
「名乗り→ノット→勧進帳読み上げ→山伏問答→打擲→泣き詫びる弁慶→平氏との戦さ→酒→延年の舞→飛び六方」と次々に見せ場を繰り出して、たたみ込んでいく。それを一幕で、しかも何の装置もない松羽目の舞台で演じ切るのが『勧進帳』なのだ。

何度も繰り返し見た芝居なのに、今更のようにして構成の見事さに気づいたのは、ひとえに新幸四郎のおかげである。なぜなら幸四郎の弁慶は、輪郭がくっきりと浮き出ていて、見ていてすこぶるわかりやすい。場面の展開ごとにメリハリを利かせて、表現の仕方が極めて明晰なのだ。
弁慶という役に最も必要なのは重厚さだと思っていた。常に舞台の重心となる重み。他の人物を圧倒する厚み。それを兼ね備えるためには、体型で重みを伝える外見が要るし、台詞に厚みを載せられる重低音の台詞回しが必須となる。だから、幸四郎には弁慶はやや合わないのではないかとも思っていたのだ。
それがどうだろう。幸四郎だからこそ、芝居の全体感が伝わり、個々の流れの中での見せ場が印象的であった。これは、白鸚の熟練した弁慶とは違う。あるいは故團十郎の魅力的な弁慶でも、海老蔵の爆発的な弁慶でもない。幸四郎らしい明解な弁慶の演じ方なのであった。
名乗りでの地響きする落ち着いた声に始まって、当意即妙で滑舌の良い山伏問答、踊りの巧さが際立つ延年の舞まで、幸四郎の弁慶は隙なく構築されている。けれども、最後の花道で先を行く義経をじっと見据える表情は、一瞬だけ白鸚に瓜ふたつになるのだ。
白鸚は襲名について「伝統、継承と言われますが、私は、その人の芸は、その人一代で終わりだと思っています」「後に続く者は、努力精進して自分の"一代芸"を作る。それこそが歌舞伎の継承だと思っています」と言っている(※1)。まさにその言葉を体現して見せたのが、新幸四郎の弁慶なのではないか。頼もしい高麗屋の誕生である。

その幸四郎の跡を継ぐ新染五郎。花道を出てきた義経の、その横顔の美しさ、凛々しさ。怖いほどの美少年なので、大人の顔になったとき、崩れないかと心配になるほどだ。とても十二歳とは思えない落ち着きぶりは、大物感に溢れている。染五郎の今後にも大いに期待したい。(き)


高麗屋.JPG


(※1)平成三十年一月歌舞伎座筋書「二代目松本白鸚に聞く」より



posted by 冬の夢 at 23:37 | Comment(0) | 伝統芸能 歌舞伎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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