2017年12月17日

JADOES − She's In My Heart 元気が出る曲のことを書こう[33]【改】

 じゃんじゃんじゃん、と口三味線で、バンドマンの宴会芸っぽいショートコントを繰り出す三人組(四人だったかな)は、一九八〇年代中盤、時代の軽薄さまる出しのテレビ深夜番組で、ちょっとした人気者だった。
 実際にバンドマンで、しかも角松敏生のような作り込んだポップスを、かなりの演奏力でやれるグループと知って驚いた。
 音楽でのデビューはコントのすこし後で、デビュー盤以降の何枚かは、その角松のプロデュース。自分らで売り込んだそうだが、引き受けさせる実力があったということだ。

       ♪

「シティ・ポップ」という「おしゃれ音楽」である。
 おそらく日本にしかないジャンルで、「シティ」のイメージは、いまだによくわからない。
 一九八〇年代のアカ抜けたソウル、ファンクあたりをベースに、クルマ、女のコ、夜遊びなどの「¥」な娯楽が、高層ビル街、ウォーターフロント、流行の店を舞台に描かれる。いや、描かれるのではなく、カッコよさそうな英単語と交互に並べて一丁上がり。時代の表層を軽やかになぞり、時代が過ぎれば泡のように消える。

171217jd.JPG
Love injection 1990

 彼らのほうがやや学年下の同世代なのだが、学生バンド時代から「シティ」を謳歌したに違いない彼らと、上京組の貧乏学生だったわたしは、すれ違いさえしなかったはずだ。
 あちらが六本木や渋谷を遊び尽くし、湾岸が新しいなどといっていたころには、こちらは新宿二丁目か三丁目、西口の公園あたりで、安酒にやられてぶっ倒れていた。
 曲に登場するライフスタイルを経験したことはなく、シティはもちろん、お笑いにも興味がない。なのに、このバンド、ジャドーズのファンになってしまった。ライブに何度か行ったこともある。

       ♪♪

 AORや軽めなソウルミュージックを聴いていたのは、フロもトイレもない四畳半の下宿。森田童子山崎ハコの陰鬱な弾き語りが似合う部屋だ。
 実際、日当たりのない部屋にふさわしい、暗い音楽も聴いたが、おしゃれな音楽もよく流した。森田童子を聴きながら高橋和巳なんか読んでいたらダメになってしまうという、強迫観念があったからだ。
 パーティだスキーだと騒ぐ同級生は羨ましくもなかったが、清貧を旗印に浮わついた一九八〇年代に逆らおうとしていたのでもない。ペチャンコのサイフがただ悲しかっただけ。

 そんなうらぶれた気持ちゆえか、ことさらに「うた嫌い」。そのころ多かった自意識過剰の前向き歌詞も苦手なら、情緒的でベタつく歌詞もきらいだった。
 また、社会的なことを歌で主張されても受け止めかねた。歌で自分のサイフはふくらまない、それ以上に考えは進まなかった。幼稚でもあったから。
 とにかく、なにごとも半身で、冗談に紛らせ、時代にも「シティ」にもかかわりたくない。その態度でいるためにBGMがほしかった。皮肉ではあるけれど、そのひとつがジャドーズだった。

       ♪♪♪

 ちょっと聴きにはチャラチャラした和製ポップスには、細心の工芸的仕立てで作られていたものがあった。
 言葉や音符やリズムを、一語、一音にこだわって、職人仕事で組み上げた音楽。じつは「一丁上がり」ではない。

 ジャドーズも、そういう音楽作りをしていたバンドではなかったか。
 自分たちで演奏するし、角松敏生の制作を離れた後は自分たちで録音もしているから、くそがつくほどマジメな音楽家・演奏家としての面があると思う。
 それと、マジメさは笑い飛ばして回避行動ばかりする、学生のコンパ芸みたいな面が奇妙に合体している。そこが面白かった。
 かつてのクレイジー・キャッツ、のちにはグッチーズか、コミックバンドの場合、演奏する音楽も軽めの仕立て。音楽もコミカルに演奏したりする。そうでないとギャグとマッチせず大衆ウケしない。それはそれでいいが、ファンになるほどの音楽ではなかった。
 しかしジャドーズは、レベルの高い演奏と、とことん斜に構えたジョークな態度を、もし合体できたら、とてつもなく面白いバンドになると期待していた。テレビで見たギャグはライブではやらず、ほぼマジメに演奏していたと思うが、いつか方法を見つけるはずだと。

       ♪♪♪♪

 ジャドーズは売れなかった。
 中軸メンバーは、人気アイドル曲やアニメ音楽の製作など、人前に出なくてもいい、いまの時代らしい仕事を得ているようだから、ジャドーズを続ける意味もないのだろう。近年CDがリミックス再発になっているが、当時のメンバー全員がスタジオ作業に呼ばれたわけではなく、再会はかなわなかったらしい。

 ジャドーズの曲『東京プラネタリウム』で歌われた「輝いている夢の街」は、どこかへいってしまった。クリスマスシーズンの東京・表参道あたりに行ってみろと反論されるかな。
 ジャドーズの曲にはかかせない「クルマ」は、もはや遊びのデフォルトではなくなっている。

 それでも、かつてひどく心に残ったこの曲だけは、いまも何年かに一度、聴いている。一九九〇年発売のCD『LOVE INJECTION』に入っている「She's In My Heart」だ。

 晴れた日には 君と海
 朝までみんなと さわいだ店
 いつも気まぐれで どこか刹那で
 優し過ぎたあの頃
 She's in my heart
 まるで 夏の雲がちぎれるように
 みんな流れ消えて行った遠くへ
  (略)

 これから輝く 何かのために
 そっと 微笑みかける
 She's in my heart
 みんな いつの日にかまた会いたいね
  (略)

 バブルのさなかに、その終焉を予言していたからすごい、というのではなくて。
 同じ経験をしたから「あるある」でいい曲だ、というわけでもない。
 歌詞に「¥」なモノはさして出てこず、すべてが終わった「跡地」に浮き上がる思いが静かに描写される。それだけだ。
 けれど、だからこそ、いい曲なのだ。

 曲もいい。
 たとえばサビのアタマから。キーは長調のFmajだが「She's in my」でA7th、しゃくり上げるように「heart」へ続き、サビはしみじみとDm。
 終わってしまったこと、とり返しのつかないことがつぎつぎに心をよぎり、涙がこぼれそうになるのは、俺だけ?

みんな いつの日にかまた会いたいね」──いや、その気持ちで再会することは、けっしてできない。

気まぐれで どこか刹那」──そう、どれほど「絆」をさけんだとて、人は誰もみな、そのように生きている。

これから輝く 何か」など、どこにもない。それもわかっている。

 それでもなお、すっかり疎遠になっていた誰かに「会いたい」といわれることがあったら、斜に構えた態度を捨て、微笑を忘れず、いそいで相手のもとへ駆けつける──そうありたくて、ときどきこの曲をかけてみている。(ケ)

※二〇一九年十二月四日、文章をすこし直しました。管理用


●「元気が出る曲のことを書こう」の記事一覧は→こちら←

posted by 冬の夢 at 18:56 | Comment(0) | 音楽 日本のロック・歌謡曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く:ペンネーム可・アドレスは表示されません
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: