2017年12月05日

国立劇場十一月歌舞伎公演『沓掛時次郎』【改】

 この舞台の違和感は、なんだったのだろう。

 歌舞伎観劇歴は浅い。たくさん観ていて出来不出来がわかるわけでなく、歌舞伎用語で「ニン」という、俳優と役柄の相性も知らない。違和感なんて感想の出てきようがない。
 人気の「股旅もの」として映画やテレビ、歌謡ショーや剣劇などで長年の定番演目だったから、有名な映画版は観たことがある。映画と違うところが気になったのだろうか。いや、それもない。映画の記憶と比べながら舞台を観ていたわけではないから。

 歌舞伎の『沓掛時次郎』は「新歌舞伎」だ。
 明治後期から昭和初期に、座付の書き手でなく文芸作家や劇作家が書いた脚本が新歌舞伎。歌舞伎用語では「書きもの」というそうで、昭和以降の脚本は「新作」といって、さらに区別するらしい。
 作者の長谷川伸(一八八四〜一九六三)は、池波正太郎をはじめ著名な時代劇作家を育てたことでも知られる、大衆時代劇の巨匠である。『沓掛時次郎』は、一九二八(昭和三)年に書き下ろし戯曲として雑誌発表され、同年の初演は新国劇。六年後に歌舞伎で演じられて演目になった。
 江戸時代が舞台だが現代劇で、セリフはテレビの時代劇とほとんど変わらない。多作だった長谷川伸の、ごく初期の作だが、大衆芸能で長く親しまれた。
 映画版ではもちろん、さまざまな時代劇トップスターが主演している。ことに市川雷蔵の大映版(一九六一年)と中村錦之助の東映版(一九六六年)は、それぞれ池広一夫、加藤泰という職人的名匠の監督作でもあり、最高の完成度のものだろう。
 そう、それらの映画で『沓掛時次郎』はいいな〜と思っていたので、歌舞伎でも観てみたかった。いきなり歌舞伎で観てもついていけそうだから、知ったふうな顔をして国立劇場へ向かったわけだ。

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 歌舞伎ファンには「新」はあまり人気がないらしい。『沓掛時次郎』も歌舞伎では四十一年ぶりの上演だ。新歌舞伎だけでの定期公演は、国立劇場ならでは、とのこと。
 時次郎役の中村梅玉は品のいい男役をおもに得意としてきたそうだ。紫綬褒章を受章しているベテランである。そういう役者にケンカとバクチで世を渡る旅烏を演じさせた理由はわからない。それも、国立劇場ならではかもしれない。
 もっとも、これらの説明はすべて舞台を見終えて調べた受け売り。予備知識なしの観劇だ。

 沓掛時次郎とは何者か、くらいは説明しておかないといけないだろう。
 できるだけ簡単に──。

 おそらく江戸時代終わりごろの下総、いまの千葉県あたりから話が始まる。
 時次郎が名乗る、在所の「沓掛」は、はるか遠い信州。故郷を捨てたか追われるかして流れついた流浪の博徒だ。渡世人というやつです。
 その業種の場合、旅の宿は、その土地を仕切る組織を選んで無料宿泊できる。「お控えなすって手前生国……」と自己紹介し、草鞋を脱ぐ。つまり逗留させてもらう。
 旅銭をバクチで稼ぎながらの気まま旅、みたいだが、そうはいかない。
 一夜でも宿を借り食事すれば「一宿一飯の義理」が生じる。「客人」とこそ呼ばれるが立場は臨採の子分。命令には従わねばならず、偶然寄宿した組織に命を預ける場合もある。
 時次郎は一宿一飯の義理で、寄宿先の博徒一家が潰そうとしてきた対抗組織の最後の生き残り、六田の三蔵と果たし合うことになった。そして、なんの恨みもない三蔵を斬殺する。
 が、三蔵は女房子持ち。妻は三蔵の次子を宿していた。
 自分を斬った時次郎を男と見込んで三蔵は「た、た、頼む」と時次郎にすがって絶命。時次郎は、縁もゆかりもない三蔵の妻子の行末を引き受ける。
 女子供を連れ歩くこともあるし、もともと嫌気がさしてもいて、時次郎は博徒稼業をやめ、故郷の歌「追分節」の門付をしながら三蔵の遺妻・遺児と旅を続けた。しかし、にわか堅気に安定収入はなく、臨月の費用に困った時次郎は結局、流浪先で喧嘩の助っ人を引き受ける。命がけの助勢を時次郎は乗り切れるか、その帰還を待つ者たちの安否は……。

 筋を書いていたら「違和感」の理由らしいものが浮かんできた。

 舞台運びが忙しい。登場者のやりとりがもの足りなく、心情が感じとりにくい。
 場面転換が多くて、待たされてばかりな気がしたせいかもしれない。暗転ではとくに。
 家の内外で敵味方が様子をうかがい密議するような緊迫場面で、いちいち舞台を動かし、観客を待たせて芝居を切るのはどうしてなのか。
 また、いちばんの見せ場のはずの最後の喧嘩場面が暗転のみで略され、ワーという喚声のSEが流れるだけなのも、変だった。

 理不尽だとわかっていて「ままならなさ」にすがってしまう心と、ままならないからこそ人の「まこと」は貫かねばならぬと思う心、その押し相撲の軍配を息をのんで見守らせるのが、この芝居の見せどころだと思う。そう思って待ってもいた。しかし、早送りモードのように話が進んでいってしまった。

 ところが、薄いと感じたセリフも、多いと思った転換も、見せ場のチャンバラがないのも、じつは、もとの戯曲通りなのだ。
 一字一句比べてはいないが、上演台本は長谷川伸のオリジナル戯曲と同じはず。原作者の発表脚本に忠実な上演だから原作の意をもっとも正しく汲んだ舞台だといわれたら、反論の余地はない。違和感などといい出した、わたしの方がおかしい。

 しかも、いい! と思って観た雷蔵や錦之助主演の映画版が、もとの戯曲とずいぶん違うのだ。設定や流れは同じだが、もとの戯曲にない場面がかなり長くあったり、ラストシーンが戯曲通りでなかったりする。
 大衆芸能でさんざん演じられるうちに演出過剰になった箇所が、かえって名場面として広まってしまったのだろう。雷蔵、錦之助の映画版は初演よりはるか後で、映画化の順でも最終期だから、いかにも大衆芸能っぽい濃い味の仕立てになったものか。

 そんな二つの映画を「完成度が高い」と書いたが、ならば長谷川伸の「原典」は、コッテリと味つけを加えないともの足りない、パッとしない戯曲なのか。

 さにあらず。
 いっそ潔く、飾りっけがなくて美しい。
 話の運びは、「忙しい」がいい過ぎとしたら、展開が早い。セリフはどれも短く、くどい説明や泣かせは、意外なほどない。
 けれど、短い言葉のやりとりに漂う情は、むしろ深い。自問自答型のねちっこい長セリフでキャラを立てるのではなく、劇中の相手とのやりとりを常とすることで人物が浮き彫りになるつくりなのだ。

 最後の喧嘩場面──二つの映画ではもちろん、めいっぱいの見せ場──が略された意味も、舞台より、読んだ戯曲のほうで、よくわかった。
 時次郎が喧嘩場へ飛び出した後すぐ場面転換し、喧嘩場面はない。今回の舞台のように暗転で喧嘩の騒音を聞かせる指示もない。
 場面転換後は、抗争の場からほど「遠からぬ路傍」という設定だ。へばった喧嘩参加者の子分たちが、こう言い合っている。かんじんの喧嘩場面を飛ばした意味が、はっきり伝わるのだ。

 博徒一 一体全体、勝負はどうついたのだろうな。
 博徒二 そりゃ俺達の方が勝ったのよ。
 博徒三 はっきり左様わかったのか。
 博徒二 わかりゃしねえが、そうきめとくのよ。


 親分同士の意地の張り合いで、双方の子分が命を粗末にしなければならぬ、バカげた私闘。
 カッコいいアクションシーンとして客に見せず、すべて飛ばしてしまうことで、仁義や任侠という題目のアホらしさが際立っている。

 ただし時次郎は、命と金一両を引き換えに、その「ままならなさ」にまたしてもすがってしまっていた。
 それが渡世人の性(さが)だという悲哀と、カネがなければ「まごころ」は実らないんだという残酷なリアリズムとがあいまって、喧嘩場面での大立ち回りを見せれば客席の興奮は最高潮となるだろう。
 しかし長谷川伸はそこを完全にすっ飛ばし、やはり報われなかったんですよ、という場面にいきなり飛ぶ。時次郎の姿もない木賃宿に。映画で話の流れは知っていたが、歌舞伎版でも、いまさらのように「え! あかんかったの!」と思わされた。
 
「ままならない」からこそ人の「まこと」を貫かねばならぬことに、ほんとうの「義理」を見い出した時次郎は、ついに股旅ではなく、目的のある旅に出る。
 その決意は、時次郎本人が見得を切る形でなく、前夜に時次郎から聞いた話として宿主が語る。
『沓掛時次郎』でもっとも美しいのは、渡世人・時次郎の消滅だ。主人公でなくなった時次郎、つまり股旅を捨てた男の「後ろ姿」が美しいのだ。

 そもそも「股旅」とは、長谷川伸が作った虚構である。
 長谷川伸の父は土木業で失敗、その酒乱と暴力から母は逃げ、生き別れに。長谷川伸は小学校を中退、さまざまな下層労働を転々とせねばならなかった。
 文明開化に富国強兵、イケイケでスタートした明治とは、その裏面に膨大な敗北、零落、流浪の低層を抱えた時代でもある。「非生産的で、多くは無学で、孤独で、いばらを背負っていることを知っているものたち」とは長谷川伸が「股旅もの」を定義した一文だが、幼いころから明治の裏面史を歩まされた経験が、股旅の創造に強く影響している。
 敗北者や出奔者は、なににすがって生きればいいのか。
 すがるものがないから、ことさら理不尽さにすがってしまう。そのたびに投げ棄てられ、敗走と流浪を繰り返す。
 草鞋を脱ぐ、一宿一飯の義理、賽の目しだい……「しがない者でござんす」と仁義をきって、本当は惜しい人生を粗末に扱ってみせる──股旅という創作空間には、そんなふうに理不尽との因縁が盛り込まれている。
 この、ままならない因縁こそ、いくとせ変われど庶民大衆が負わされてきた宿命ではなかったか。そして、そんな宿命のまっただ中で時次郎は、こう叫ぶ。

 時次郎は故郷の沓掛を飛び出し、親兄弟に不人情をしている男だが、これでも何処かに情合(じょうあい)だけは残っている人間なんだ。帰ってくるとも、帰ってくるとも、屹(きっ)と、俺は帰ってくる。

 あてどない旅立ちを繰り返し、博打と一宿一飯で人を斬ってきただけの男が、三たび繰り返した「帰ってくる」。
 縁もゆかりもないかたきの遺妻、おきぬの元へ「屹と」帰るのは、女として愛してしまったからだけではない。自分の「母」でもあってもほしいという、二重に恋う心だ。

  逢って一ト言、日頃思ってたことが打明けてえが──

 時次郎の打明けを、一児を遺し亡くなったおきぬは聞けなかった。しかし時次郎の思いはもちろん──第二幕の末尾で──知っていた。おそらく、母として恋う心をも。

 時次郎は刀を投げ捨て、おきぬの遺児、太郎吉を連れ、おきぬの在所をめざす旅に出る。  
 しかし、そのラストシーンが明るい未来への出立でないことは、明らかだろう。
 花道を去る時次郎と太郎吉の姿には、地道に百姓となり父子となって微笑み合う二人の未来は重ならない。「鋤鍬もって五穀をつくる」という、さらに「ままならぬ」舞台の外、すなわち観客大衆が劇場を出て戻る実世界へと、この二人は溶けていくのだ。
 そしてもちろん「此所では喜劇ばかり流行る」。

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 戦時中、長谷川伸は陸海軍の佐官のいる場に居合わせたことがあった。
 軍人たちは長谷川に気づくと、兵員の中には博徒や元博徒がいるが、長谷川の書くような股旅者が見当たらず「始末におえんヤツならいくらもいた」、あなたが書くような者は実際には居ない、と突っ込みを入れてきた。
 長谷川の答えはこうだ。自分が書いた、人間として出来ている股旅ものは、主人公ただ一人であり、その数はきわめて少ないと。
 そして士官たちにこう問うた。

 何故あなた方は主人公だけを意識するのか、何故あなた方は、主人公に対抗する悪いヤツ困ったヤツの多数さを忘れるのか、
 
 あなた方は今の話に出た兵員の中の悪いヤツ困ったヤツを、良い方へ振り向けようと教育したがダメであったのか、それとも、中途半端に見切りをつけて、憎んでだけいたのだろうか、


 長谷川伸が「股旅もの」を創造した背景や意図を知ったことで、時代劇でもおなじみの「股旅」は本来、「筋目の正しいアウトロー」が「道にもとるアウトロー」を懲らしめるという話の「型」ではない、とわかった。たしかに『沓掛時次郎』にも、主人公・時次郎と相対する「悪役」はいない。
 だが、そうであるなら時次郎は、いったい何を相手に、苦しみ、戦っているのか。
 脚本を読み直すうちに、その解釈可能性の深みに巻き込むことが、「股旅もの」の芯なのではないかと思うようになった。だからこそ渡世、つまり居所の定まらぬ「旅」が、通奏低音としてつねに舞台を揺らしているのだと。
 もし今回の歌舞伎の舞台が、中村梅玉「だけ」を存分に観たいというお客さんのために、国立劇場ならではの新境地みたいなものを見せたというのであれば、この舞台は『沓掛時次郎』をただ「そのまま」梅玉になぞらせ、梅玉という主人公を客に見せたに過ぎない、取扱説明書通りの芝居、つまり「取説芝居」だったということではなかろうか。
 脚本の原典通りに進めた芝居だといくら主張したところで、その脚本を「取説」としてしか扱えていなければ、出てくるものは「取説芝居」でしかない。どうやら違和感の正体は、このあたりにあったようだ。

 もっとも、せっかく歌舞伎をテレビの時代劇くらいの「わかりやすさ」でやれるのに、解釈可能性だなんだと、わかりにくい結果に終わる芝居をするわけにもいくまい。せっかく、あまり人気がない演目にも足を運んだ梅玉ファンは間違いなく怒ってしまう。
 鑑賞方法を誘導するような教養芝居のニオイがしてはつまらないし、そもそも「股旅」は史実ではない。でも、怪獣みたいな邪悪な敵をこしらえて殴り込み場面を盛り上げたり、主役に見得ばかり切らせていては、大衆演劇になってしまう。いやいや、そうはいっても歌舞伎はそもそも大衆芸能じゃないか──。
 この舞台を観て、こんな屁理屈をいっているのは、わたし一人に違いない。だから、いい加減にやめる。実際、どういう演出がいいのか、オリジナル脚本をアレンジしていいのかどうか、などは自分の知識ではとうていわからない。 
 この芝居を浄瑠璃に仕立て、舞台から生身の人間を消し、文楽で演じたら、どうなるだろう。
 ふと、そんなことを思いながら『沓掛時次郎』の上演台本を閉じた。(ケ)

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二〇一七年十一月十四日・国立劇場(東京)

「平成二十九年十一月国立劇場歌舞伎上演台本」
「長谷川伸全集」(朝日新聞社/一九七一〜一九七二年)/「石瓦混淆」(長谷川伸/中央公論新社/一九八九年)
「虞美人草」(夏目漱石/新潮文庫/一九五一年)

※二〇一八年一月十八日、手直ししました。とくに後段。


posted by 冬の夢 at 10:46 | Comment(0) | 伝統芸能 歌舞伎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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