2017年11月08日

Shelby Lynne − Go With It 元気が出る曲のことを書こう[30]

 十年以上前の盤で、どこかの輸入CD店でジャケット写真を見るなり買ったはずだ。演奏者のことも、どんな音楽なのかも、まったく知らずに。
 これ以前のも以後のも、彼女の盤を買ったことはないし、彼女のことをすこしくわしく知ったのだって、この文を書いてみようと思ったごく最近のことでしかない。
 けれど、よくわからないままに、ふと回すことが多かった。ジャケット写真を見ながら聴きたいので、回したくなるたびに家探しした盤だ。

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Shelby Lynne Suit Yourself 2005

 シェルビー・リンは、アメリカのカントリーミュージック系のシンガー・ソングライターで、一九六八年、ヴァージニア州で生まれ、アラバマ州で育った。スクールバスが巡って来ないほどの田舎だったそうで、お母さんが毎日、仕事の行き帰りに車でリンと妹を学校に送り迎えしていたという。
 四つ下の妹、アリソン・ムーアも、姉と路線は違うがシンガー・ソングライターだ。姉妹はいつも、エヴァリー・ブラザーズやミルズ・ブラザーズのようなコーラスグループの歌をいっしょに歌っていた──周囲に学校友だちが誰も住んでいなかったに違いない──というから、自然ななりゆきだったのだろうか。

 ジャケット写真を見るなり買ったのも、その写真を見ながら聴きたくなるのも、もちろんシェルビー・リンがきれいな人だからだが、ただきれいなだけではなく、芯が強そうなのが好ましい。伝えるべき何かを持っている人だと思う。
 自分で自分のことをよく「田舎者よ」といっているようだが、カントリー音楽のスターにありがちな下品なキンキラさはなく、ふと話しかけてみたくなる雰囲気がある。
 といっても、親しみやすい感じではなく、うっかり話しかけるとシカトされそうな寂しさをたたえてもいる。だいいちCDのタイトルが「Suit Yourself」──どうぞお好きに、または、勝手にすれば、かな──でもあるし。
 このジャケット写真はアイメイクが気持ち濃いので、ちょっと怖そうな感じがするが、それほどメイクがきつくない写真を見ると、どこか寄る辺のない人にも思える。ジャケット写真の彼女が、心ここにあらず、という様子にも見えてきて、どんなことを歌っているのか、あらためて知りたくなった。
 というのは、よく知らず調べもしないまま長年、一曲目の「Go With It」のそっけないような陽気さが気に入っていたので。 

 CDを回すと、リハーサルふうのやりとりが聴こえてくる。
 ジャケット写真で彼女が持っているギブソンの音っぽい、ザクザクと叩きつけるようなアコースティックギター。
 わたし、このまま弾くから、ブリッジからね、といっているらしいトークバックの後に、★のブリッジから曲が始まる。
 自分で録音時も弾いているなら、見るからに男持ちの楽器っぽいギブソンを細腕でかき鳴らし、コワモテのおっさんバンドに指示を飛ばす「芯の強い女」なんだと思う。ジャケット写真の「深読み」は間違いで、ただ聴けばいいんだ、と。
 で、ブリッジから始めた演奏は彼女の「ダメ!」のひとことでカット。が、すぐカウントに入り、「ザクザク」がエレキギターとドラムのリズムに代わって本編再開。すごくカッコいい。
 彼女の声も最高だ。やや細めの、飾りっ気のない、どこにでもあるような声なのだが、全編その声で、力み返らず、ひとりごとをいっているかのように、歌詞を綴っていく。いかにも田舎町のダイナーかドラッグストアにいるお姉さんが、目の前で歌っているようだ。アメリカの田舎町でそういうお姉さんと話したことはないけど。

       *

 Don't know where the time has gone
 Must have lost it in the night
 Maybe when it was when I was holding on
 Couldn't get you out of my sight
 Maybe this is trying to tell us something
 Maybe we're doing something right

※You just Go With It
 You know it feels good
 Go With It
 You know it feels good
 You Do it, do it , do it, do it, do it, do it
 Just let go

 You never looked so beautiful to me
 Maybe it's the love in your eyes
 Together we fit perfect darling
 Don't let another moment go by
 Maybe this is the real thing baby
 Maybe this is what it is

 ※

★Kiss me darling
 So we can start all over again
 So we can be sure it's just not in our heads
 Hold me real close so we don't ever worry
 I won't be without you again


  あの時が どこへいってしまったかわからないの
  あの夜 消えていったに違いないわ
  たぶん私が踏みとどまれたときよ
  あなたから目を離すことができなくなったときよ
  このことは私たちになにかを知らせようとしているわ
  たぶん私たちは正しいことをしているのね

  ただ進めばいいのよ
  それがいい気分なのはわかるわよね
  進めばいいのよ
  それがいい気分なのはわかるわよね
  そう、そう、そう、そう、そう、そうなさい
  そのままにね

  あなたがこんなにきれいに見えたことはないわ
  あなたの目にある愛のせいなのね
  私たちぴったりなのよ

  これが本当のことなのね
  これがそのことなのね

  キスしてよ
  私たちが すべてやり直せるように
  考えてるだけじゃなく本当なんだってわかるように
  思い切り抱いてね 私たちが二度と不安じゃなくなるように
  あなたを二度と失うことがないように

       *

 彼女の父親は学校の先生だったそうで、ボブ・ディランに影響を受けて歌を作ってみたりもする人だったというが、酒癖が悪く暴力的だったそうだ。お母さんは娘たちを連れて逃げもしたが、すぐ見つかってしまったという。
 そしてシェルビー・リンが十七歳のとき、彼女と妹の目の前で父親は母親を射殺、撃った銃で自殺した。
 
「Go With It」は、歌詞が抽象的で、いかにも応援歌くさい押しつけがましさがなくて気にいっていた。もちろんラブソングなんだし、ちょっとエッチな意味もあるのかなと誤解してニヤついていたこともある。
 しかし、姉妹に起きたことを知ったいまでは、妹に呼びかけている曲なんじゃないかと思う。

 リンは、悲劇を克服したといっている。
 どんな出来事があっても、人は「いま」を生きるしかない。人生が進むうちに、そのときどきに拾い集められたかのような平穏が訪れるのだと。
 自分が経験したことを、音楽を通じて伝えたいともいっているから、彼女の経験は記憶から消せているわけではない。しかし、あれこれ説明したくて歌っているわけではなく、曲を聴いた側は、聴くひとそれぞれの経験を思えばいいという。日々の生活の中に詩はひそみ、ソングライターである自分は、それを曲にすることができるのだと。
 どの曲の歌詞も、説明されなければ彼女のどんな経験のことかはまったくわからない。だからこそ訴求力があるのだ。

 いっぽう、家族の悲劇は、曲を作って歌い続け「なければならない」という決意を、リンにもたらしたともいう。
 現在はロサンジェルスにいるようだが、歌手として注目された後も彼女は都会へ出ることを望まなかったし、結婚せず子どもも持たなかった。
 妹のアリソン・ムーアはニューヨークへ行き、子どももいるし、姉のリンとは違った音楽を演奏し、デビュー以後、ふたりの活動が重なったことはない。事件が起きたときの歳の違いもあるのかもしれないが、リンが背負ったものはとても大きく、あえて彼女は、その「近く」で音楽家でいようとしているのではないか。
 
 しかし、アリソン・ムーアのインタビュー記事を見てみると、妹は妹で、姉に曲を通じてメッセージを送っていたという。
 姉妹は、今年の夏に初めてのデュエット盤『Not Dark Yet』を出した。カバーソングを歌っているこの盤──「Not Dark Yet」はボブ・ディランの曲だ──で、ただ一曲、二人で作った曲がある。タイトルは「Is It too much」─もうたくさんよね──で、もちろん姉妹の悲しい経験のことをさすのだけれど、そうだと説明されなければ具体的にはわからない。

「Is It too much」は静かな曲で、曲も歌詞も美しいし、もちろん姉妹が入れ替わりとるメロディも、ハーモニーも、しみじみするほど美しい。
 仕事に行くお母さんが運転する車の後ろの席で好きな曲を歌いまくりながら、学校へ行く二人の女の子の姿がモノクロのイメージで浮かび上がる。
 曲が終わるとき、そのシーンは急に変わり、妹の運転する車の後ろの席で、その小さい息子にギターを弾いて聴かせる姉、その三人が、カラーであざやかに立ち上がる。

 シェルビー・リンが、伝えるべき何かを持っている人だという予感は、はずれていなかった。
 聴いたこともなく、ジャケット写真を見ただけでそう感じたのだから、写真の功績が大だが、この印象的なモノクロは、さまざまな歴史的ロック写真を撮影したことで有名な、ジム・マーシャル──有名なギターアンプメーカーの創業者がウッドストックの写真も撮ったと誤解しているむきも多いらしいが別人だ──が撮影している。
 ポップ音楽のプロモーション素材にありがちな過剰な演出はまったくなく、リンの楽器に写り込んでいる照明、たぶんそれひとつで、このシチュエーションを撮っている。録音スタジオで、備品もそのままで撮ったような感じなのだが、照明が届くか届かないかの明るさのせいで、沈み込みつつ浮き上がってくるような部屋の奥行き感が、彼女のさまざまな美しい歌詞がゆさぶるものの大きさを受け止めて広がる。(ケ)

※「The New York Times」二〇一七年八月十三日ほかを参考にしました。


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posted by 冬の夢 at 23:29 | Comment(0) | 音楽 ロック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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