2017年09月07日

自殺したくなったら読む詩、読む手紙、見る映画について【改】

 すこし気になっていることがある。
 このブログの記事、

John Keats を読む On Death 邦訳【完成版】──自殺したくなったら読む詩

 へのアクセス数が異様に増えているのを、偶然知った。
 セキュリティ上、アクセス元の情報を知ることはできないので、理由はわからない。
 調べてみると、この八月半ばごろから急に増えだし、九月初旬のいまもアクセスが多い。
 文を見つけてくれた人がいるのは嬉しいが、二百年近く前のイギリスの詩人に興味を持つ人が急に増えたとは思えないので、不思議だ。
 
 学生さんが夏休みのレポートや宿題のために検索したんでしょう、という人がいた。
 受講者の多い授業で課題に出たか、少人数のゼミで何度も検索した、と。
 なるほど。英文学も翻訳もまったく素人の文ですよと警告してはおくが、それもまた、ありがたい。

 しかし、心配なこともある。
 近年、とくに八月から九月への変わり目に、わが命を断つまでに苦しみ悩んでいる中高生が増えていると、大きく報じられているから。
 そういう人たちが、検索でアクセスしたのではないかと。杞憂であってほしいが。

「John Keats を読む On Death 邦訳【完成版】」には、その詩を読めば、死なずにすむよ、とは書かれていない。
 その文を出発点に、このブログの他の記事を見ていただいたりすると、いかにも偏屈そうなオッサンたちが、世の中の救いようのなさとか、自分がメゲた話などを、クドクド書いているから、よけいに暗い気持ちになってしまったかもしれない。

 それらの記事には、詩や小説や、音楽、映画、ちょっとした発見などを「いいね」と紹介している文もある。しかしそれらが、死にたいほどつらい気持ちに「効く」とはいえない。書いている筆者たちにも、見知らぬ人の気持ちを直接、救える力は残念ながらない。

 ただ、記事にも書かれている場合があると思うが、このブログの複数の筆者の中には、かつて自分の命を消したいと考えた者や、その衝動に苦しめられた経験がある者がいる。
 その筆者たちは、よく知っている。
「これで気分が晴れますよ」だとか「こうすればやり過ごせますよ」という、わけ知り顔の、同情ぶった慰めには、なんの効果もないことを。
 そのかわり、書き手自身が、ひどく苦しんだり悩んだりした経験に即して書かれている記事の場合、そこにはけっして「嘘」はない。

 万一、悩んで検索していたらこのブログに行き当たったという場合は、こうしてください。

 ジョン・キーツの詩や、本人が書いた手紙は、ネットで日本語訳がなんでも読めるわけではない。
 このブログに書かれた本や映画も、配信でパッと見るのは簡単でないものが多い。
 だから、記事を読んで、もし興味を感じたら、とりあえず探しに出かけてください。学校や会社は休む。
 ネット通販ですませず、探しに行くのがいい。できれば、よく知らない街へ。
 友だちなんかいない、というかもしれないが、探せそうな方法を聞けるだけ聞くようにするのもいい。

 とりあえず、いま死ぬのは保留だ。
 時間ばかりかかって、なかなか見つからないかもしれない。それでいいと思う。
 いつか、ばったり出くわすことがあるに違いない、そう思えたら、なおのこといい。
 ちなみに、この文の筆者もたぶん、そうしてみたことで、いまも生きている。(ケ)
 

John Keats を読む On Death 邦訳【完成版】──自殺したくなったら読む詩 [2015/12/19]
ジョン・キーツ「魂創造の谷」、あるいは、自殺したくなったら読む手紙 [2015/12/24]
自殺したくなったら見る映画『命美わし』 [2015/09/25]


Originally Uploaded on Sep. 09, 2017. 21::00
Updated on Aug. 30, 2019
※二〇一九年十二月八日、すこし手直ししました。管理用




posted by 冬の夢 at 21:45 | Comment(0) | ブログ紹介・お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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