2017年08月05日

John Keats を読む Lines on the Mermaid Tavern 邦訳【完成版】【改】

Lines on the Mermaid Tavern
「マーメイド・タヴァーン」賛歌

Souls of Poets dead and gone,
 死のかなたの 詩人たちの魂よ 
What Elysium have ye known,
 神話の楽園エリジウムの居心地は いかがなもので
Happy field or mossy cavern,
 その幸福の地 もしくは 美しく苔むす洞窟が
Choicer than the Mermaid Tavern?
 かねておなじみのマーメイド・タヴァーンより お気に入りだとでも?
Have ye tippled drink more fine
 われらが店主ご自慢の カナリア諸島のワイン
Than mine host's Canary wine?
 あれよりうまい酒を飲んだなんて おっしゃいますかね?
Or are fruits of Paradise
 それとも 楽園の果実のほうが
Sweeter than those dainty pies
 あの珍味ともいうべき鹿肉パイより美味ですと?
Of venison? O generous food!
 かの出し惜しみない料理!
Drest as though bold Robin Hood
 勇敢なロビン・フッドが
Would, with his maid Marian,
 恋人のマリアンと
Sup and bowse from horn and can.
 角やそこらの蓋を杯にした酒宴のときのように盛りつけられて

I have heard that on a day
 ぼくは聞きましたよ ある日
Mine host's sign-board flew away,
 われらが店主の あの看板も かなたへ すっ飛んでしまったと
Nobody knew whither, till
 誰もどこへ行っちまったか知らなくて
An astrologer's old quill
 それとわかったのは ある星占い師が古びた羽ペンで
To a sheepskin gave the story,
 羊皮紙にことのてんまつを書きつけておったわけでして
Said he saw you in your glory,
 やつは あなたがたの輝かしい宴を拝見したとのこと
Underneath a new old sign
 皆さんの新しい天空の酒場の看板の下に観測できたんだとか
Sipping beverage divine,
 神の美酒にくちびるをよせ
And pledging with contented smack
 その味に満ちたりて杯をかかげる
The Mermaid in the Zodiac.
 あの昔の看板のままに 十二星座の真ん中に描かれた人魚のもとで

Souls of Poets dead and gone,
What Elysium have ye known,
Happy field or mossy cavern,
Choicer than the Mermaid Tavern?

 死のかなたの 詩人たちの魂よ 
 神話の楽園エリジウムの居心地は いかがなもので
 その幸福の地 もしくは 美しく苔むす洞窟が
 かねておなじみのマーメイド・タヴァーンより お気に入りだとでも?

       *

「タヴァーン」とは、古い言葉で「パブ」のことだそうだ。
 ロンドンで呑み屋の名に「タヴァーン」とつくと、たしかに雰囲気がある古めかしい店の場合が多い。名称で営業内容が違ったり、条例などで区別があるかどうかは知らないが、店名はどうあれ、古びた感じの店が好きだった。

 店の中は案外広く、天井が高い。濃い茶や黒などの、木や革の内装が無骨なツヤを放つ。
 カウンターのほか、ボックスシートや、カウチ、ベンチがある店もあり、使い込まれたスツールやチェアがなにげない。日本の英国アンティーク家具店で、驚くような値段で売られているものだ。
 ここまではインターネットの写真や動画でも見られるが、甘く漂う匂いが、忘れられない特徴でもある。タバコや葉巻き、ビール、というよりエールやギネスかな、そして揚げもの、木や革用のワックス……といっても、十年前から公共屋内は禁煙とのことで、最後にロンドンで飲酒してから、ずいぶんたつわけだ。
 パブ・バンドというイギリスの酒場ならではの音楽もあるが、演奏を聴きに店に行ったことはない。気どった客が多い店も知らない。
 ジミなおじさんたちが、日の高いうちから黙ってちびちび呑んでいる、そういう店に行っていた。年季のはいったジミ呑み店は居心地よく、日本の本を一冊か二冊しか持っていないのを、いつも惜しく思った。

       **

「マーメイド・タヴァーン」は、十六世紀末から十七世紀前半のロンドンに実在した酒場だ。
 毎月第一金曜日に名だたる文人が集まり、「人魚屋」にちなんだに違いない「セイレーン紳士クラブ」と称する呑み会をやっていた。ときはエリザベス朝、つまりシェイクスピアの時代で、まさにその御大がクラブの中心的存在。談論風発の有名な宴だったという。
 二十二歳のジョン・キーツが、この詩の初期バージョンを手紙に書きつけたのは一八一八年の一月末ごろ。キーツも「マーメイド・タヴァーン」に行ったなら、二百年も続いた店ということになるが、ロンドンならありそうな話である。

 この詩を知ってしばらくは、キーツが二百年続いた店で杯をかさねつつ着想したと思っていた。傾倒したシェイクスピアや、かつての偉大な詩人たちを讃えながら。
 詩にも出てくる人気メニュー、赤ワインとジビエが大好きだったキーツが、それを注文し、二百年前を想像しながら書いたのだろうと。

 実際は、シェイクスピアが亡くなった一六六六年のロンドン大火で、店は焼失している。
 キーツの時代には店は存在しないから、かけ出し詩人が酔っぱらって一席ぶったように訳したけれど、そういう調子の日本語でいいかどうかは、わからない。本格的作品でなく「戯れ歌」であるとした本も見たが……。

       ***

 キーツがこの詩を書く前後、一年半ほどの間に、このようなことがあった。。

■ ギリシア神話に題をとった四千行もの長編叙事詩『エンディミオン(Endymion)』を完成。
■ キーツの版元で進歩派ジャーナリストのリー・ハントが、保守系雑誌で厳しく批判される。
■「リチャード三世」などの上演に感動、シェイクスピアを激賞する手紙を弟に書いた。
■ ワーズワースを紹介される。あまりよい関係には進展せず。
◎ この詩「Lines on the Mermaid Tavern」や「Robin Hood」を書く。
■『Endymion』出版。
■『Endymion』酷評。ただし、前出のリー・ハントが保守派に攻撃される巻きぞえをくった可能性が大きい。なお、ワーズワースにも一蹴されてしまった。

 医学生である間に、自作の詩が雑誌に載り、収入のために病院か薬店の仕事をするより、詩人になることを決意したキーツ。版元も得て初詩集を出したが、世評はよくなかった。
 しかしメゲずに大作『Endymion』に挑戦。キーツの詩の掲載者でもある、当時の急進的メディア人で顏の広かったリー・ハントを通じてだろう、有名な詩人たちとの知己も得た。
 しかし、頼みの二冊目、『Endymion』は評価を得られなかった。
 キーツの詩は、急な都市化や科学の進歩で減びそうなロマンを追うもの。直接に過激な政治主張はない。が、ハントが王政批判までした急進的進歩派──投獄されたこともある──だったため、とばっちりに近い形で、キーツもしりぞけられてしまう。

 詩人の証とキーツが考えていたのは、架空の審美世界を、同時代の目の前に花咲かせる力ではなかっただろうか。
 ギリシア神話の世界も、エリザベス朝の酒場も、ロビン・フッドの中世(この詩にも出てくる)も、後者ふたつはキーツの時代のイングランドと縁続きだが、同じロマンの花畑なのだ。
 ということは『Endymion』が認められていなければ、「酒場讃歌」にも意味がない。求めに応じて後者だけを書いて禄をはむのが詩人だとは、思わなかったに違いないから。
 キーツの落胆の激しさは、想像にあまりある。

       ****

 ところが、『Endymion』の刊行よりも前、この「Lines on the Mermaid Tavern」の初期バージョンを書いた弟あての手紙で、キーツはこんなことをいっている。

 僕の詩は売れないって確信しているよ。あと三か月(詩集『Endymion』が発売されるまで=筆者注)は待ってみてから、決めるけどさ──国内か外国で、なにか雇われ仕事を得るか、田舎にひっこんで生活費を安くあげるかをね。

 あまり自信過剰でも気色悪いが、それにしても覇気がない。
 じつは、むしろ苦手かもと思っているロマン派詩人の中で、ジョン・キーツだけに、なぜか興味を持つのは、こういうところがあるから、かもしれない。

       *****
 
 安っぽい汚れた建物が並ぶ街区の小部屋で、美を紡ぐ言葉を書く若い詩人。
 暮らしの切迫に苦しみ、世間ずれした人たちの、よけいな忠告や誹謗にうんざりしながら。
 同時代のロマン派詩人たちには、裕福で、一流大学で文学を学んだ者が多かった。馬車屋の子で病院の徒弟であることを恥じたかどうかはともかく、現代も続く英国社会の仕組みを考慮するまでもなく、交友の輪には加わりづらかっただろう。
 そういえばこの詩にも、どことなく「遠巻き感」がある。そこが好きなのかも……。

 母や弟を奪った病は、つねに自身の心の曇りとなってもいたはずだが、それでもキーツは、若々しく生き生きと、喧騒と塵埃のかさなるロンドンに暮らす。
 自然の美しさや清浄さ、そして、古代追想を語るこの若者の詩にはいつも、汚れた街路の端を急ぐ本人の靴音が響く。そして「タヴァーン」の騒々しさと、酒場につきものの甘い匂い。薬品やチンキ類の、即物的な臭さ……。

 Souls of Poets dead and gone,
  死のかなたの 詩人たちの魂よ

 世に知られない若い詩人は、偉大な「詩人たちの魂」に呼びかける。
 天上の楽園で酒宴が開かれる、十二星座の真ん中で営業中の「マーメイド・タヴァーン」に向かって。
 いや、「詩人たちの魂」は、下界のロンドンの埃くさい街路にもいる。貧しく明日の見えない若い詩人が巣食う安下宿のかたすみに、あるいは詩人が一杯の酒を求めて暖簾をくぐる──ないか、暖簾は──安酒場の壁に、はりつくように。
 偉大なる「詩人たちの魂」は、詩の宴を彼の目の前で白日夢のように繰り広げる。詩情の輝かしい言葉は、酒場の無名詩人だけに聞こえている。

 Said he saw you in your glory,
  やつは あなたがたの輝かしい宴を拝見したとのこと

「やつ」とは「An astrologer」、占星術師のことだが、詩の言葉が星座となるのを星空に見る詩人その人の姿も、そこに重ねて読んでいる。
 が、そのにぎわいは、そんなこともあったはずだという詩人の呟きとともに、見落とされた記憶の中へ帰っていく。そこからわずか三年の人生しかない、若い詩人ひとり残して。(ケ)。

【参考】『キーツ全詩集別巻 キーツ 人と作品』一九七四年/出口保夫/白鳳社
    「Romantic Circles」www.rc.umd.edu/editions/keats/index.html ほか

170810Sn.JPG
ROXY MUSIC "SIREN" 1975
ロケ地のアイデアはブライアン・フェリー本人。デザイナーのアンソニー・プライスがイメージしたのは、
人魚伝説でなく、マーベル・コミックスのアトランティス人だったそうだ。





Uploaded on Aug. 21, 2017. 03:45:00
※【テイク1】は誤訳がありブログから削除。読んでくださったかたに、お詫びします。管理用

※ 二〇一九年九月四日、詩の和訳以外を手直ししました。管理用
※ 訳文の無断転載はご遠慮ください (C) 趣味的偏屈アート雑誌風同人誌


posted by 冬の夢 at 00:05 | Comment(3) | 文芸・読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
詩の翻訳はとても難しいですね。でも何度も読んでいるうちに少しずつキーツの魅力が分かってきたように思います。興味がわいたのでキーツを描いたジェーン・カンピオン監督の映画も見ましたが、抑えのきいた映像が彼の詩によく合っていて良かったです。恋人の方に焦点が当たりすぎているのが少し不満でしたが…。いつかアップロードされるのを楽しみにしています。
Posted by anne at 2017年08月15日 21:36
 二〇一七年八月二十一日、誤訳を修正、本文(とくに後半から終盤)を書き直し、【再掲・完成版】としました。これはテイク2で、テイク1はボツにしました。すみません。
Posted by (ケ) at 2017年08月21日 03:48
アップロードありがとうございます。カンピオンの映画の中の最後で俳優が詩を朗読している場面がとても印象的でした。詩は音で味わうのもいいものだなと・・動画などでこの詩の朗読を聞けるか、探してみようと思います。
Posted by anne at 2017年08月23日 20:18
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