2017年08月04日

Michael Schenker − ARMED AND READY 元気が出る曲のことを書こう[29]【改二】

     E     D      D     A
|ずんずんちゃずんずんちゃずんずん|ちゃずんずんちゃ〜たりら
 6E 6E   6E 6E  6E 6E    6E 6E   5C 5C# 4E

 たったこれだけだ。
 なのに最高だ。
 拍をとるハイハットだけをバックに、エレキギターが轟く。
 完全にイカれた! なにもかも吹き飛ばしてくれた。

 レコードだったか、カセットテープだったか、とにかくA面1曲め。針を落とすかプレイボタンを押すと、このイントロが、きわめつきの音で鳴った。

 上の二小節最後の「たりら」が「6G6Gb6E」となり、計四小節。それを二回繰り返すと、「どんどんどんどん」と祭り太鼓がクレシェンド、本編になだれ込む。たまらなくいい!
 歌のAメロの伴奏も同じパターンの繰り返し。さしてシカケはない曲だ。が、しびれる躍動感は、三十五年以上たって聴いても古びない。

思春期の鬱を吹き飛ばした激しく振れる表現力

 ハードロックのギターでは基本の調性「E」、しかも明朗なEメジャー(長調)で、典型的な夜遊び+ナンパの曲だ。なのに、陽気なパーティーソングには、なぜか聴こえない。
 躍動感と抑圧感が重なっているからだ。ことに間奏のギターソロ。跳躍と憂鬱が明滅しているかのように弾きまくる。

 まさに光と影! ドイツ表現主義の正しい継承者! 
 とは冗談だが、情緒の振れ幅が危険なほど大きい。初めて聴いた高校生のころは、あまり聴かないようにしていたほどだ。気分が激しくアップダウンして目まいがする。思春期の鬱が吹き飛ぶのはいいが、人格までふっ飛んでしまう気がした!
 レコードジャケットのイメージが、のちにクイーンズライヒが『Operation: Mindcrime』(一九八八年)で演奏して怖かった──けれどこれも好きな盤だ!──恐怖の人格改造、みたいなビジュアルなので不安がつのったのかもしれない。
 
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 ところが、この曲が収録されたマイケル・シェンカー・グループのデビュー盤、『THE MICHAEL SCHENKER GROUP』(一九八〇年)をあらためて聴くと、音が意外なほど軽い。音符がはじけるような演奏で、シェンカーのトレードマークのギター「フライングV」が、ほんとうに飛んでいくかのようだ。録音のためにだけ招集された演奏職人たちの音もキレがよく、ヘビーメタルらしくない軽快さがある。
 
 Are you high tonight, are you feeling right
  今夜はハイかい、気分はバッチリかい
 Cos I need you now, like I never did before
  ってのも、今までにないほどお前がほしいんだ
 Is it hard enough, is it loud enough
  たっぷりハードかい、ぞんぶんやかましいかい
 Cos if you don't approve, you can use the door
  お前がいやなら ドアを開けて出てっていいぜ
 Armed and ready, I gotta gun sight trained on you
  武装完了、照準はお前に合わせたぞ

 (中略)

 Armed and ready, I gotta spotlight trained on you
  武装完了、スポットライトをお前に当ててるからな
 Armed and ready, don't let me down tonight
  武装完了、今夜は落ち込ませてくれるなよな

 (以下略)


 歌っているのは、やはりこの盤のために起用された、当時無名のゲイリー・バーデン。高音歌手ではないのに高めの音域で歌わされていて、存在感がいまひとつ足りない。
 ところが、その重みのなさが、さらに高音域につけられたコーラスとともに、演奏の軽快さに合う。
 ちなみにバーデンは、旋律や歌詞の多くを担当していると思うので、シェンカーのファンから「ヘタ」と決めつけられている彼の名誉のためにいえば、貢献は無視できない。

マイケル・シェンカーの意固地なフレーズとビブラート

 あらためてシェンカーのギター演奏に注目しよう。
 本人が弾くのを動画で繰り返し見られる時代だから、自分のエレキギターをひっぱり出して、きちんと弾けないままの部分を研究することに。

 まず感心したのは、右手のしなるような動き! リズムがきわだつ。
 知らなかったのは「たりら」の「」を、アップピッキングで弾いていること。どういうことかというと、二弦、三弦がわずかに鳴ってパターンのつなぎを明るく響かせる。小さいことだが、すごく効果的だ。
 そもそもこのパターンは、と、コードを鳴らす拍が、ひとつずつ手前にくる。いやおうなくワクワクさせられる。

 シェンカーは楽典や譜面の知識はないそうで、すべて感性だけで弾いている。
 すばらしい!
 ギターのVの字の下側をマタにはさんで弾く、おなじみのポーズ──カッコいい!──にも、楽器の振動を止めて弦の音を通す効果があるのか? いや、ポーズは音質には影響しないか!

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 ではシェンカーのギターソロに、抑鬱感がつきまとう理由は。
 これは、マネすると案外と弾きにくい「意固地(いこじ)な符割り」と、ニュアンスのつけかたのせいだ。練習した人は誰もが経験したと思うが、さほど難しくないソロなのに、弾きづらい。
 シェンカーは、長調だろうが短調だろうが、響きの合うフレーズを無理やり押し込むように弾く。その執拗さが魅力なのだが、かなり大きい手で激しく音を揺さぶるビブラートとあいまって、音数と拍が微妙にずれたようにも聴こえる。
 人見知りで口ベタな人が手紙を書いたら、やたらに饒舌な長文になる、あれにも似て、万感の思いが立ち上がる憂愁の密度! まあ、たんに「くどいわ!」って場合もありますけどね……。

 ミヒャエル・シェンカー。
 北ドイツの小さな町、ザールシュテットからきた、さびしい異邦人として、このハードロック奏者を見つめてみよう。

ドイツの小さな街からきた、孤独だったギタリスト

 幼いころ、兄のすすめでギターを練習しはじめ、十一歳で初ステージ、十七歳で兄のバンドに参加。ピンチヒッターで弾いたというイギリスのバンド、UFOに、キャリアアップもかねて加わった。

 シェンカーが作った曲で、一九七〇年代のUFOは快進撃をとげるが、バンドメンバーとのギクシャクがひどかったそうだ。
 ほかのメンバーより、ひと世代も歳下のうえ、ただ一人のドイツ人。当時は英語がほとんど話せなかったという。
 悪いことに、そのころのUFOは──後年もらしいが──飲酒と暴力が常態のバンドで、シェンカーは、たちまちその悪弊にはまり込んだ。

 その結果、泥酔して演奏したり舞台を途中で投げたりという「困ったちゃん」になってしまうが、自分がリーダーのバンドでも、いい歳になっても、そういう行動をとることがあった。ギターを投げつけて舞台を去るなど、ファンの間で有名な日本公演もあるという。

『THE MICHAEL SCHENKER GROUP』の録音では、酒と薬の飲み過ぎで幻覚や錯乱を起こしており制作は中断。ドイツへ戻って長期入院治療後、再開して完成にこぎつけた。記念すべきソロデビュー盤なのに。
 デザイン担当のヒプノシスに知らされていたかどうかは不明だが、レコードジャケットのイメージは、そんな事情とも関係がありそうだ。

 深刻なアルコール中毒で、わびしく亡くなった知人が、わたしにはあった。
 当人から聞いたが、きちんと治さなければ、なににつけババを引く生活になってしまうらしい。
 シェンカーがそうで、新プロジェクト開始だとか、恩讐を越えて活動などという機会のたびに、ジョーカーがニヤリとする。本人が「ババ」になっていることもあったようだ。

 さもありなんで、二〇〇二年には、アメリカ人の奥さんに子連れで逃げられ、機材を売り払われたうえ、当時の女性マネジャーに、それまで音楽で得た資産を持ち去られた。
『THE MICHAEL SCHENKER GROUP』の邦題で「神」とまで称された男は文無しになり、長年愛用のギターさえ売ることになってしまったのだ。
 往年の名機も含まれた機材を二束三文で売られたと知ったときは、コツコツ作った砂のお城を波に流された子どものような気持ちだったと、のちにシェンカーは述べている。

ギターと自分にこだわることが人生のすべて

 過剰にシャイで人見知りが激しいから、いちいち、ひねくれずにいられない子ども。
 それがそのまま大人になり、人生の大半を母国語が使えない国で暮らしてきたのだから、同情すべきかもしれない。

 Basically, I’m a loner. I grew up between four walls, practicing guitar day after day after day. I really missed out on developing basic social skills. Then I threw myself in with all of these people and I didn’t know how to deal with it. To cope with it, I turned to alcohol.

 俺は基本、人と交わらないんだ。四面を壁に囲まれて育ったようなものでね、毎日毎日毎日ギターの練習ばかりなんだから。社会でやっていく基本的な技術をいっさい学ばずにだよ。なのに自分を音楽業界に投げ込んじゃって、どう付き合えばいいのか解らなかった。やり過ごそうってことでアルコールに手を出したってわけだ。


 だったら、なぜ実兄に救いを求めなかったのか。
 すこしふれたが、兄とは、ミヒャエル・シェンカーをイギリスへ送り出した後に自分のバンド、スコーピオンズを世界的に成功させた、ルドルフ・シェンカーだからだ。
 しかしミヒャエルは、こう答えている。

 You have your own vision of what you want, and you cannot turn to other people for help, especially when the problem is within yourself. You have to figure out what is wrong by yourself. No external source is going to help you with that.

 なんとかしたいと思うことについては、本人にしかわからない見地があるんだ。だから、助けてほしいと他人のほうを見るってのはダメなんだよ。とくに問題が自分の内面にある場合はね。どこが間違いなのか、自分で浮き彫りにしなくちゃいけない。自分の外側には、そこをなんとかしてくれるものはないんだ。


 いいことをいっているが、この発言をしたとき、ミヒャエルは五〇歳代。いい歳をして意地っ張り。通しきれたためしのない「意固地」を、ゆずれない人なのだろう。

 実は兄のルドルフは、ミヒャエルが行き詰まるとスコーピオンズにゲスト参加させるなど、弟に手を差し伸べてはきた。
 ところが、たいていミヒャエルの側から、おじゃんにしているのだ。
 早いうちにスコーピオンズの正式メンバーになり、AC/DCのような兄弟ギターが売りものになっていたら、世界的成功を続けて安寧に引退だってできたはずだ。

 そうはならず、現在のミヒャエルは「マイケル・シェンカーまつり(Michael Schenker Fest featuring three original singers)」と銘うって、過去にとっ替え引っ替え使った歌手たち──ミヒャエルのせいばかりではないが、バンドメンバーが固定しなかった──のうち人気があった三人を引き連れ、小会場公演をしている。去年も今年もその企画で来日していて、今秋また来るそうだ。
 一度も行ったことがないから、この、いかにも中高年向け福袋みたいな「お楽しみ企画」が本当に楽しいかどうかは、わからない。

マイケル・シェンカーと「ハンドメイド・ロック」

 近年、マイケル・シェンカーは「ハンドメイド・ロック」という言葉をよく使う。
 パソコンやデジタル以前の、アナログ機材でやっていたロックのことらしい。一九七〇年代から一九八〇年代前半くらいの、音や演奏、さらにはロック的なライフスタイルにもこだわって、骨のあるロックをやる、ということのようだ。
 デジタルをまったく使わず商売で音楽をやることは、現在では不可能だから、精神論、心構え、そういうものだろうか。

 二十一世紀。
 ロックと燃え尽きる、というような生活は、ほぼ無意味だ。セックス、ドラッグ、ロックンロール! 時代のイコンになれたら早死にでもいい! なんて本気で思っている人なんて、奏者にも観客にも、いまどきいないだろう。だいたい、自己管理やマネジメントをきちんとしていないと、いまの音楽の仕事はこない。
 もはや、マイケル・シェンカーのような「困ったちゃん」──近年はずいぶん「ふつう」らしい──が、いくら「ハンドメイド・ロック」を讃えても、そのころファンだった世代にしか通じまい。「マイケル・シェンカーまつり」は、つまるところ「ハンドメイド・ロック同窓会」みたいなものだろう。それも、ロックと燃え尽きはしなかった、オッサンやオバハンたちの……。

 しかし。
 いま音楽をやる人は、「バンドマン」ではなく「アーティスト」と称しているが、アーティストつまり芸術家だという人たちの音楽は、なぜかどれも似ていて、スーパーマーケットのBGMに聴こえる。
「ハンドメイド・ロック」を聴くのはやめて、そちらを聴くかといったら、そうはしない。わたしは、四面を壁に囲まれて育った社会不適応者が、苦手なしゃべりのかわりに執拗にねじ込んでくるギターの悲鳴を選ぶ。
 いかにもヘビメタ的な美文ばかりで賞賛してないで、予算を組むなり営業するなり、現実的な支持をしてみろ、ということになったら、遺恨なしにマイケル・シェンカーとビジネスをやりきる自信はまったくないが。

「ARMED AND READY」に元気づけられて

 非常識なほどの長文になってしまった!
 それほど「ARMED AND READY」に元気づけられた──若いころは、あまり何度も聴かないようにしたけど──ので、新譜をぜんぶ買っているわけではなく、じつはライブに行ったこともないのに、マイケル・シェンカーのことは忘れずにきた。だから話が長くなった。

『THE MICHAEL SCHENKER GROUP』以上に気に入った盤は、正直なところ、ない。だからライブにも行ったことがないのだと思う。
 十年も前のことだが、『IN THE MIDST OF BEAUTY』(二〇〇八年)が、「ARMED AND READY」を録音したメンバーとほぼ同じ顔ぶれで作られ、発売された。なので買ったが、それが新譜を買った最後かもしれない。

 メンバーこそ同じだが、『IN THE MIDST OF BEAUTY』は、『THE MICHAEL SCHENKER GROUP』とは感じがぜんぜん違っていた。
 といっても、失望はしなかった。
 わざわざ昔ふうの音を再現したり、昔の曲を再録音してもらいたいとは思わなかったからだ。

 ちなみにシェンカーは『THE MICHAEL SCHENKER GROUP』の音には満足できなかったと明言している。ロックらしくないそうだ。
 だから発売後まもなく、ドラム奏者にコージー・パウエルを起用している。
 ハード・ロックやヘビー・メタルのファンには大好評だったと記憶しているが、わたしは、ドスンバタンというドラムスのうるささばかり耳について、苦手だった。せっかくの軽快さと憂鬱の混沌も、聴き取れなくなってしまっていて。

「ヘタ」だと不評だったゲイリー・バーデンも早々とクビになった。
 ただ、それ以後、何人がシェンカーのバンドで「ARMED AND READY」を歌ったか知れないが、ライブ演奏動画をあさった限りでは、この曲はもともと、歌うのが難しい曲なのでは、とも思う。
 
 あまり手に取らなくなったエレキギターを、清掃ついでにちょっと弾くとき、つい「ARMED AND READY」のパターンをやってしまう。「天国への階段」じゃなくて。
 レコード通りには弾けないままのギターソロの途中でやめては、エレキを拭いて片づけることの繰り返し。
 なんとか死ぬまでに、レコードに合わせてソロも通して弾けるようになって、自分で自分に向かって叫んでみたい。「これでいいのだ!」と。(ケ)

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参考
『ヤング・ギター[コレクション]VOL.8 マイケル・シェンカー』
 (シンコー・ミュージック・エンタテイメント/二〇〇七年)
『 ヤング・ギター[インタビューズ]マイケル・シェンカー』
 (シンコー・ミュージック・エンタテイメント/二〇一五年)
「GUITAR WORLD」(09/19/2008)


 www.youtube.com/watch?v=u2QuLzjOI_g
  コージー・パウエル、なんのかのいいましたが、カッコいいです。

Jul. 2017.
Originally Uploaded on Aug. 10, 2017. 13:15:00
※二〇一九年一月初旬、二〇二〇年二月下旬、手直ししました。管理用


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posted by 冬の夢 at 00:05 | Comment(0) | 音楽 ロック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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