2017年05月02日

財津和夫のチューリップ、またはチューリップの吉田彰

チューリップと言えば「心の旅」が代表作のニューミュージックバンドだ。高校生のときに熱心に聴いて以来、ほとんど思い出すことすらなかった。車で長距離を走る際に気を紛らすための音楽を探しているとき、たまたま見つけたのがチューリップの『日本』というアルバム。中学生から高校生のとき、チューリップが好きで、アルバムも買い揃えていたから、実に懐かしい気分になった。そこでダウンロードして新東名高速道路を走る車内で何十年ぶりかで聴いてみたのだが、なんだかとても冴えないバンドだったのだなとがっかりしてしまった。別の言い方をすれば、本物感がなくてニセモノ臭い。それはひとえにリーダーである財津和夫の資質なのではないかと考えたのであった。

財津和夫は、今でもチューリップを再結成したり、テレビCMに出たりして活躍中だ。チューリップでもほとんどの曲が財津和夫の手によるものだった一方で、アイドル歌手にも多くの楽曲を提供している。中でも全盛期の松田聖子のために書いた曲は、どれも素晴らしく出来が良い。「チェリーブロッサム」や「白いパラソル」は松田聖子のイメージづくりに大いに貢献したし、アルバム『キャンディ』の中の「未来の花嫁」は、松田聖子ならではの世界観を的確に表現していた。聖子自身がその後のコンサートでも好んで繰り返し歌い続けているのだから、楽曲を提供した財津和夫の貢献度は高いと言えるだろう。

けれども、『日本』を聴くと、チューリップの財津和夫は、その曲作りの才能が輝くどころか、上っ面だけのイミテーションだったのではないかと思えてくる。底の浅いまがい物。見えすいたハリボテ。そうとしか感じられないのは、チューリップの存在自体が幼稚な真似事に過ぎないからで、しかも真似する対象が誰もが知っているビートルズであるから始末に負えない。エッセンスを抜き取って自分流にアレンジするのならいい。ところがチューリップの場合、和製ビートルズ気取りが見え透いたウソのようにあからさまなのだ。
『日本』の中では「あいつのどこがいいんだ」。恥ずかしくなるくらい「オー!ダーリン」に似ている。『離陸-TAKE OFF』の「あの、ゆるやかな日々」は佳曲だとは思うが「マーサ・マイ・ディア」のサル真似。「僕が作った愛の歌」の冒頭、息を吸うイントロは「ガール」そのものだ。
ビートルズ以外ならマイナーなところへ行けば目立たないのに、サイモンとガーファンクルを持って来るから、すぐに底が割れてしまう。『日本』の一番の売りである「甲子園(組曲)」の中で、主人公がエラーした後の弦楽奏による不協和音は「オールド・フレンズ」のパクリ。『無限軌道』の「人生ゲーム」の歌詞は「コンドルは飛んでいく」のなぞりでしかない。
真似事は作詞作曲だけにとどまらない。1977年頃のライヴコンサートの衣装。白い半襦袢のようでもあり薄手の柔道着とも言える上っ張りは、当時のウィングスがアメリカツアーで着ていたものにそっくり。そのウィングスは公開間もない『スター・ウォーズ』のルーク・スカイウォーカーを模倣していたのであり、『スター・ウォーズ』は日本の時代劇をもとに衣装デザインを再構築していた。チューリップは本家本元も知らずに表面だけをコピーしていたわけだ。あるいは、『離陸-TAKE OFF』の付録につけられた折りたたみ式の大判歌詞カードは、ビートルズの『ホワイトアルバム』の付属ポスターと寸分違わず同じ。パロディとして風刺する気はなかったはずだから、本人たちはカッコいいと信じてやっていたのだろう。

そんなネタが割れた手品の安っぽさに加えて、たかが数人のグループ内での、財津和夫の目立ちたがり屋的独善性は特に鼻につく。
その最たるものが財津によるリードヴォーカルの独占。『日本』においても、ドラムスの上田雅利が唄う「タイピスト」以外の全曲に財津のヴォーカルが登場する。「木馬」は姫野達也の声がぴったりはまったメルヘン調の歌なのに、サビの部分だけ財津和夫がでしゃばって来て、曲全体の調和が壊れてしまっている。逆に「ぼくのお話」は財津和夫のヴォーカルでなければしっくり来ないのだが、なんとバックコーラスまで財津が独り占めするので、満腹感を通り越して下痢気味になるほどの大盛りを食わされた気になってくる。確かにほとんどの曲を財津和夫が作ったのかも知れない。けれども、グループとしてバンドを組んでいるのなら、メンバーの個性を活かしたほうが得策だ。曲調にあった声を持つメンバーがいたら、全部を任せたらいいじゃないか。

メジャーデビューしたもののレコードがなかなか売れないチューリップは、「心の旅」を大ヒットさせて一躍有名になった。「心の旅」も財津和夫が作った曲で、当初は自らリードヴォーカルを担当するつもりだったらしい。ところが録音直前にプロデューサーが「財津じゃ売れないから姫野で行こう」と強引に変更させたと言う。まさにそのプロデューサーは慧眼の士であったわけで、姫野達也の甘酸っぱい声はチューリップのイメージを女性ファン向けに大きく変えたと言っていいだろう。財津は急遽の変更に不満を持ち、後々まで長く根に持っていたようだ。それが、定期的にアルバムを発表できるようになった後で、リードヴォーカルを独占して決して他のメンバーに譲らないという、ひどく子どもじみた狭量さにつながったのかも知れない。姫野達也に対する怨みはよほど深かったとみえる。『日本』の前後にリリースされた『無限軌道』や『MELODY』でも、姫野はまともにリードヴォーカルをとらせてもらっていないのだった。

ミュージシャンと言っても、そこにはいろんなファクターが絡み合っている。シンガーであり、演奏家であり、エンターテイナーでもある。さらにはソングライターをやり、コンポーザーもやり、アレンジャーやプロデューサーまでやるミュージシャンもいる。すべての要素を全部揃えた天才はポール・マッカートニーくらいしかいない。ポールはバンドマネジメントの仕事にまで手を出したために、ビートルズ解散の一因を作ってしまった。才能があってもやり過ぎは良くないのである。
では、そのポールを師と崇める財津和夫はどうだったのか。残念ながら財津が持っていた天賦の才能は、コンポーザーとしての巧さだけに限られていた。アルバム『日本』においても、「あのバスを停めて!」はロック調ポップソングとしては極めてメロディアスだし、「届かぬ夢」の哀愁を帯びた旋律は美しい。メロディメーカーとしては、当時のニューミュージックや歌謡曲の世界において一流の位置付けにあったろう。
しかし、財津和夫は身の程以上にリードヴォーカルを占有し、レコードが売れてくるとグループ全体のプロデュースにまで手を伸ばし始めた。これでは、バンドとして一緒に仕事をしていく他のメンバーは保たない。ひとりふたりとメンバーが離れていき、ついにはデビュー以来の仲間全員がチューリップを脱退してしまう。財津和夫の一党独裁政権は、チューリップというグループを崩壊させてしまったのだった。

チューリップ01.jpg

チューリップを聴き始めたのは、ビートルズを全曲すべて聴き覚えてしまったからで、次に聴くべきビートルズっぽい音楽に飢えていた。ビートルズの真似事を稼業とするチューリップは、そこにぴったりはまった。
私は、チューリップの中ではベーシストの吉田彰のファンだった。ビートルズではジョージ・ハリスンを贔屓にしていたから、単なる天邪鬼であったのだろう。たぶん財津和夫への反発心も加わっていた。チューリップは好きだが、財津和夫はどうも気にいらない。姫野達也では女子と同じになってしまうし、吉田彰はヒゲが似合っていて、たまに唄う声もシブい。『MELODY』の「もう一杯のウヰスキー」は、吉田彰の枯れた声とリズムを少しだけ外した歌い方が印象に残る小品だ。そのようにして、アルバムで吉田彰の曲やヴォーカルが取り上げられると、個人的に嬉しさが増した。それは熱心なファンと言うよりは、影ながら応援しています的な立場だったと思う。
もっとも『日本』で上田雅利が歌っている「タイピスト」は吉田彰の作曲で、笑えるほどビートルズの「ペイパーバック・ライター」に似ている。吉田彰もチューリップのメンバーであるからには、幼稚な真似事の一翼を担っていたのだった。

最初にチューリップを脱退したのは、その吉田彰である。当時の音楽雑誌や財津和夫のエッセイなどには、健康上の理由でやめたと書いてあった記憶がある。「ベースはかなり重い楽器で」「コンサートを続けるには腰に負担がかかり過ぎる」云々。へえ〜、ベースってそんなに重いもんなんだな、と物事を深く考える癖がない私は、素直にそんな記事を信じていた。財津和夫は、高校時代から同級生だった吉田彰がチューリップを脱退したことについて、親友と思っていたが人の気持ちはわからないものだ、というように述懐していた。消極的ながらも応援する者のひとりとして吉田彰のことが気になっていたから、財津和夫のそのような覚めたコメントには、少なからず義憤を感じた。そして、それ以来、吉田彰については腰を悪くして故郷の福岡に帰ったのだろうくらいにしか考えず、久しぶりに『日本』を聴くまで思い出すこともなかった。

しかし、吉田彰から見た景色は全く違っていたのだ。
1980年にチューリップをやめて間もなく、吉田彰は東京の乃木坂に「よしだ屋珈琲店」を開業した。以来三十年余に亘り喫茶店業に専念し、店舗を閉めた後も「よしだ屋珈琲店」はコーヒー豆のネット販売店として営業を継続している。その間、吉田彰が音楽業界に復帰することはなかったし、チューリップのメンバーとも一切交流していなかったらしい。
その「よしだ屋珈琲店」のHP(※)を覗いてみると、確かに「店主 吉田彰」とクレジットされている。PC用のシンプルなつくりのページには、コーヒーの豆知識的なコラムが掲載されていて、おいしいコーヒーの淹れ方動画がYouTubeで見られるようになっている。
そして、再下段にひっそりと「日本経済新聞の記事の間違いと訂正について」という一文があり、リンクが貼られている。何だろうと思ってクリックすると、そこには吉田彰から見たチューリップの別の姿が書かれていた。

事実は当事者でないとわからないし、当事者であっても事実と真実が違っていることは十分にあり得る。吉田彰の記憶にあるチューリップは、吉田彰にとっては真実なのだろう。事実は、過去の中に流されて消えていく。一方で真実は、その人の心の中で根を張り、日も当たらないのに、長い年月をかけて、意想外に大きく肥大化してしまう。
過去に消えた事実は、誰にも確かめようがない。しかし、吉田彰が「日本経済新聞の記事の間違い」と言うように、チューリップの別のメンバー=財津和夫の見解だけで、過去の事実が自分の思っていた真実とは違う形で公表されていた。それを知ったときの吉田彰の驚きはいかほどであったろうか。チューリップをやめて、音楽とは遠く離れて生活していた吉田彰である。マスメディア側の立場にある財津和夫がTVや雑誌のインタビューで公式化された発言をするのに対し、個人の立場でしかない吉田彰がインターネットを使って真実を私的に発信しようとしたのは、至極当然の成り行きであろう。いかにも、吉田彰の記事は、可能な限り感情を排して客観的に書かれている。過剰な客観視には、ある種の執拗さが感じられなくもないが、それは大した問題ではない。注視すべきは、吉田彰が財津和夫のことをほとんど「彼」としか表現していないことだ。吉田彰にとっての過去は、懐かしむように振り返るものではないのだろう。はるか遠くへ流したまま、忘れ去ったはずの過去の事実が、別の真実として巷間に出回っていたのだ。その怨恨の感情の中には、成功者としての財津和夫への妬みも含まれているかも知れない。しかし、数十年間に及ぶ沈黙の後で、HPの端っこに事実認識の訂正を求めた吉田彰の気持ちに思いを至すと、チューリップというグループの空疎さがぼんやりと浮かび上がってくる。愛だの青春だのと歌っていたグループは、その裏でメンバー間の意思疎通も出来ずに空中分解していたのだった。
チューリップのメンバーであった吉田彰は、財津和夫にとってのチューリップ──すなわち自分を売り出すために最大限活用すべきスプリングボード──の中の歯車のひとつだった。そして、吉田彰は歯車であることをやめて、自ら店主として珈琲店を経営する道を選んだ。その吉田と財津とでは、選択した人生の方向が真逆であった分だけ、過去の捉え方が全く違ってくるのだ。事実はどうあれ、二度と再び、一緒に音楽をやるつもりのないふたりであってみれば、それぞれの真実は決してひとつにはなり得ない。
久しぶりに聴いたチューリップの『日本』はつまらないアルバムだった。高校生のときに熱中したバンドは、皮を剥くと中がスカスカの果実のようだった。甘くも酸っぱくもない。ほろ苦さでもあれば、まだマシだったのに…。(き)

チューリップ02.jpg
(いちばん右にいるのが吉田彰、その左隣が財津和夫)


(※)よしだ屋珈琲店HP https://www2.plala.or.jp/yoshidaya/



posted by 冬の夢 at 22:47 | Comment(8) | TrackBack(0) | 音楽 日本のロック・歌謡曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「上っ面だけのイミテーション」「底の浅いまがい物」「見えすいたハリボテ」「存在自体が幼稚な真似事」
がデビューして45年たった今でもコンサートに一定数の客を集められるものでしょうか。
上記の口汚い言葉はこの批評ぶった文章にこそふさわしいと思いますよ。
Posted by at 2018年12月20日 22:55
今でもチューリップファンの50代のオヤジです。

確かに、この掲載記事は真実であるような気がします。
但し、財津和夫という一人の人間がチューリップというグループでグループサウンズではない新しいPOPシーンを展開していく上での犠牲はその当時ではやむを得なかった様な気がします。

私がチューリップファンになったのは第二期チューリップ(財津、安部、姫野、伊藤、宮城)からでした。もちろん、心の旅、銀の指環、風のメロディ、ブルースカイ等の曲は知っていましたが「虹とスニーカーの頃」を聴いた時は衝撃的でした。

その後新生チューリップ(第二期)になるのですが、遡って過去のアルバムを無限軌道、日本、君のために生まれ変わろう、テイクオフ等を購入して聴きましたがやはり第二期チューリップのポップな感じのメロディーにはかなわない様な気がしてしまいました。

特に吉田氏が嫌いなわけではないのですが、当時(中学生)の私には既に脱退していた吉田彰=チューリップがどうしても馴染めず、宮城伸一郎の方が新生チューリップのPOPなメロディーに合っていると感じていたのは事実です。伊藤薫の激しいドラムスも当時の私には心が躍りました。

財津和夫のことについては,吉田拓郎、武田鉄矢、坂崎の番組で語っていたとおりだと思いますし、拓郎が「財津って好き?」て二人に聞いていたところを鑑みると、業界ではかなりのくせ者なんだろうなって臭わせるところはあります。

第二期チューリップも後半になると音楽が変な方向に向かって「チューリップの音楽はそっちじゃない」的になり,またしても3人(安部、姫野、伊藤)が脱退してしまう訳で、その三人が作ったオールウェイズのアルバムを聴いたときに「あーこれがチューリップの音楽なんだ!これが聞きたかったんだ!」って思ってしまったことを今でも覚えています。
オールウェイズも後半は駄作が多かったですが(笑)

あの、オフコースでさえ、当時小田と鈴木の2人編成の時はチューリップに勝てず、それで5人編成にしたようですから。(さよならのヒットで人気が逆転してしまいました)

なんにせよ、グループサウンズ後の日本のニューミュージックを牽引してきたのは事実だと思いますし、その発展には一役は買っているのではないでしょうか。

今の音楽界は財津のサウンドを遙かにしのぐものが出てきており、財津自身がもう太刀打ちできないと思っているのではないでしょうか。
Posted by 今でもチューリップを聴いています at 2019年02月10日 15:21
今でもチューリップを聴いています様
正鵠を射たコメント、恐れ入るとともに共感します。
私は「心の旅」を小学生のときに聞いた少し上の世代です。チューリップファンであった分、余計にその後の成り行きが哀しく感じられました。
しかし、ご指摘の通り、日本のポップシーンにおける財津和夫の功績は多大なものがあると思います。裏事情を知らないままなら、記事にすることもなかったのですが…。
Posted by (き) at 2019年02月14日 22:24
最近、聴いていて思ったのですが、チューリップのシングルはB面の方が遥かにいい曲が多いことに気づきました

それと第3期のチューリップもポップでノリのある曲が多いのと財津の大人落ち着いたいい曲がたくさんありますね
Posted by 今でもチューリップを聞いています at 2019年02月25日 22:46
はじめまして。

心の旅がヒットする前、魔法の黄色い靴にひと聴き惚れしてチューリップのデビュー
アルバムを買ったのが中学二年生の時、以来、吉田さんが脱退するまで第一期のファン
だったおじさんです。

今でも時々、懐かしくなってチューリップを聞くことがあり、メンバーはどうして
るんだろう?と、よしだ屋珈琲店のHPを訪れ、例の日経関連のリンクを先日初めて
読みました。けっこうファンだった者としてはショッキングな内容ですが、いくらか
世間というものを体験してきている身としては、財津さんの立場、吉田さんの思い、
いずれも “いたしかたない” ものかなと、思いもしました。
誰かこの件についてコメントしている人はいないかと、ネットを検索したところ、
(き)さんのこの記事を見つけました。

かなり辛辣にチューリップの音楽を語ってますね。ご指摘は事実としては全て当た
っていると私も思います。ただ私と少し違うのは、(き)さんがここで批判的に
ビートルズの真似事ではないか!と、失望の念のようにお書きになっていること、
私は中学生の頃、リアルタイムでわかっていました。あらゆる“元ネタ”は聞いてすぐ
「ああ、これはあれ!」と、私もチューリップ以前にビートルズの大ファンでしたし、
10CCなどその派生バンドもほとんど聞いてましたから、フフフ、財津さん、全部
バレてますよ!と、内心ほくそ笑んでいる、ひねくれたファンでした。

チューリップは、いわば、ビートルズファンであることを仕事にしてしまったような
人たちで、もう、真似がしたくてしたくてしょうがない!それが曲だけでなくて
(き)さんご指摘の大きな歌詞カードやらイエローサブマリンみたいな付録の絵本
やらにも表れてましたね。
ファンの大部分のキャーキャー騒いでる女の子たちが、その事情を知らない点は
ちょっと許せないものはありましたが、私の場合はそれ以上に、同じビートルズ
ファンとしてのシンパシー、親しみを感じてました。

“同じビートルズ好きのお兄さん達!“

のような親近感を抱いてたんです。何より私自身、楽器をやっていて、
同じようなことをしたいと思っていたので、それで成功しているチューリップに
憧れと希望を見出していて、高校の頃にはコピーバンドでホールで演奏もしました。

その後、私の音楽の興味はロック全般からジャズ、クラシックへと広がり、“芸術“
という領域のものに触れていくようになりました。ですから、(き)さんが、
何年ぶりかでお聞きになった「日本」の印象についても、手に取るように理解でき
ますし、間違っていないと思います。高校生の頃と、今の(き)さんの感じ方は
時間の経過による感性の成長によるものなのでしょうね。子供の頃に夢中になった
テレビ番組が大人になってみたら・・・というのと同じことかな、と。
一流の料理だと思っていたものが、実は駄菓子みたいなものだった!という憤り?
よくわかります。でも、私の場合は

駄菓子も大好きです!(笑)。

普段、高級料理ばかり食べていても、時折、むしょうにカップ麺が食べたくなること
ってあると思うんですが(人によりけりですけど)、今の私にはチューリップの
サウンドはそれに似ています。子供の頃に夢中で食べていた駄菓子の懐かしさもあり。

で、駄菓子にもその世界での銘菓、というべきものがあり、そういう意味で、チュー
リップというバンドの音楽はトップクラスだと私は思います(日本国内の話ですが)。
高級すぎないところがいいんです。レッドツェッペリンやカラヤン、チャーリー・
パーカーと比べても意味ありません(例えが古い・・・)。

どこかアマチュアっぽさを残していて、でも明らかに素人とは違う。
技術を売りにする職人たちではありませんが、何千回もコンサートをこなしてきた
中で培われた力量はそんじょそこらの素人に太刀打ちできるものではありません。
特に楽器を弾きながらのコーラスはプロフェッショナルです。技術ではなく、計算
し尽くしたアンサンブルが勝負、というタイプですね。20歳そこそこでナベサダと
プレイしていた つのだひろ さんが、実は彼らとは親友で、やはりそこを指摘して
ました。

私は子供の頃、怪獣に夢中だったんですが、やはり、中には人が入っていると知って
ました。(き)さんの「日本」へのご批評は、これに例えると「なんだ本当じゃなか
ったんだ。インチキじゃないか!」と憤っているような、これはこれでとても純粋な
意見です。でも、それをわかっていて、ワクワクして楽しむ私のような人間もいます
(今でも怪獣大好き)。思えば、プロレスもそうですね。昔はあれを真剣勝負だと
思って観てる人がほとんどだったわけですが、今は全て裏がカミングアウトされていて、
それでもファンがいて成り立っています。

正直なところ、私も(き)さんのように、チューリップを聞けなくなった時期が
ありました。前述したように、クラシックやモダンジャズに浸りきった耳には、幼稚
に聞こえてしまったのは至極当たり前でした。それは40代のすっかり “大人” と
される年代に入った頃だったでしょうか。もう “卒業” したな、という感じでしたね。

でも、さらに年を重ねて、ウン十年・・・また感覚が変わりました。よく言えば
寛大になった。悪く言えば、老いたのかもしれません。つい先日は「ぼくがつくった
愛のうた」アルバム通して流し、掃除をしながら(笑)ずっと主旋律にハモってました。
ああ、なんて楽しい!青春のチューリップ!

ビートルズの真似っこしいの愛しき大人たち・・・なんだか、財津さんと吉田さんの
確執も解散からしばらくのジョンとポールの真似してるんじゃないか?とさえ思えて
きます。吉田さんの文面を読みながら、二人が親しすぎるための “骨肉の争い” を
感じましたが、身内同然であればこそ、心の底には愛があり、この状況に対しての
たまらない淋しさも感じました。

「わーがまぁまは、財津(おいら)のぉ罪!そーれーを許さーないのは吉田のぉ罪!」
あの歌のサブテキストはポールがジョンに切々と訴えたロング&ワインディングロード
のごとく、財津さんの思いが重なっていたりして??だとしたら、後半の下りは
あまりにエゴイスティックで乱暴ですよね(笑)。おそらくは、そういう人なんでしょう。

でも、お二人とも齢70を超えて、いつか氷が解ける時がくれば素敵だな、と、
吉田さん在籍のアルバムしか持っていない私は思うのです。あれだけやりあったジョン
とポールだって最後には仲直りしましたからね。

長文、まことに失礼致しました。
Posted by それでもチューリップが好きです at 2019年03月05日 07:43
辛口評論家気取りで論説を展開してらっしゃいますが
なにぶん貴殿の文章は読みづらくて辟易しました。

もう少し文章を端的に読みやすく整える修練をされたほうがいいかと思います。
Posted by ちゃとらん at 2019年05月31日 10:08
吉田氏のHP上の抗弁を熟読しました。が、第三者として見る限り吉田氏財津氏どちら側につく気もおきません。仮にあそこで書かれた証言や抗弁を持って法的に訴えたとしても何も覆らないように思いました。強いていえば事務所が悪いとしかいいようがない。事務所ロードマネージャーデスクマネージャーの取り分ってこんなに多いのか?とびっくりしたくらい。(要するに8000万現金売上があると、メンバー5+裏方3で8等分するやり方)。シンコーも意外とヤクザなやり方してたんだな、と思った。楽器の自己負担などの経費率を考えるとまずいですね。それでも他のボッタクリ芸能界よりマシだったんでしょうか。
Posted by rsn at 2020年01月04日 16:09
rsn様、冷静なコメントをいただきありがとうございます。
ご指摘いただいた通り、吉田氏のHPでは、事務所が演奏家から搾取する音楽業界の実態も見え隠れしていますね。作詞作曲の著作権料による収入がないバンドメンバーにとっては、経済的にも辛いことが多かったのかもしれません。
Posted by (き) at 2020年01月05日 11:34
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