2017年04月26日

AVERAGE WHITE BAND ー WHATCHA 'GONNA DO FOR ME 元気が出る曲のことを書こう[23].

 徹夜仕事がつづいたりしたとき、よく聴いた音楽を思い出してみた。
 バブル崩壊直後、つまり二十五年くらい前のことだ。

 徹夜明けの早朝、通勤ラッシュ前の電車でいったん帰宅するとき、よく聴いた音楽はなんだったろうか。
 斜め坐りに席にへたり込んでいるとき、J-POPといういいかたが、そのころあったかどうかは忘れたが、邦楽ポップスを聴く気にはなれなかった。前ノリというのだろうか、聴き疲れしてしまうリズム。説明的で押しつけがましい歌詞──。

       

 あのとき自分を支えてくれたのは、このバンドの曲だった。
 アヴェレイジ・ホワイト・バンド。
 気持ちいいファンクやR&Bを演奏するバンドだ。
 一九七二年にスコットランド出身のメンバーで結成、解散や交代をへて現在も活動している。
 一九七四年にヒットした歌のない曲「pick up the pieces」のリフは、音楽にくわしくない人も、一度は耳にしたことがあるはず。いまだにカバーやサンプリングでも、よく演奏されたり使われたりする。
 あ、これか!──そう、アヴェレイジ・ホワイト・バンドの曲なんですよ。 
「pick up the pieces」がヒットしたときは、バンド全員が白人だが、黒人のソウルやファンクのグループだといわれたら、そう聴こえる。

 もっとも、白人だけど黒っぽい演奏をする、というような評価のしかたは、やめなければいけないと反省している。
 固い話にするつもりはないけれど、ちょっと寄り道すると、ソウルやファンク、R&Bを、白人の演奏だと黒っぽくないといったり、黒人の演奏なら「黒い(いい意味で)」というのは、おかしい。
 そういっているわたしもずいぶんやったし、いまだについ出てしまうが、R&Bのような音楽を黒さの濃度でいうのに悪意はないにしても、生まれつきで演奏のよしあしが決まるはずがない。
 だいいち、この平均的白人楽団≠フ演奏を、ほめるにもケナすにも「白人にしては」「白人だから」といってしまったら、メンバーをただの「wannabe(なりたがり)」だと貶(おとし)めていることになりかねない。もちろん当人たちは、さして含みはなく「なりたがって」いるのかもしれないけれど。

 ならば、白人が黒人文化を共有しようとしたバンドだといえばいいかというと、クロスオーヴァーという問題があって、むずかしい。
 クロスオーヴァーとは、黒人音楽を白人社会が共有したように見えても、白人むけに調整ずみの「ソウル」に欠けた音楽が商品化されているにすぎない、という現象のこと。わたしの思いつきではなく、一九八〇年代に黒人の立場から攻撃的な音楽評論を書いていたネルソン・ジョージが、当時いったことだ。
 あれから現在までに、そのクロスオーヴァーがどうなったか、体験的に知ることはできなかったし、白人が制作したりプロモーションしたりすると、音楽から「ソウル」が失われていくかどうかについても、確実な答えをもっているわけではない。デビュー当時は売れなかったというアヴェレイジ・ホワイト・バンドは、アメリカでのヒットをきっかけに今日まで息長く活動を続けている。しかし「白人バンド」であることが理由で、人気が出たのかどうかは、わからない。

 メンバーによると「踊れる音楽、バーでお酒を飲みながら聴ける音楽、それがバンドのベースにあるんだ」ということだ。
 結成当時の、一九七〇年代初めごろのスコットランドでは、ソウルやR&Bが流行していたり、そのカバーバンドが多かったりしたことは、まったくなかったそうだ。人気があったのは、デイヴィッド・ボウイやプログレッシブ・ロックだったという。
 そうした人気者たちと同世代だったバンドメンバーは、「もう十分大人になっていたからロンドン・ブーツにフリルのズボンみたいなのを履くのも気が引け」たとのこと。ソウルやファンキー・ジャズを聴いて育った仲間で作ったバンドだというから、同世代の若者の中でも、やや大人びた連中だったのかもしれない。

       

 バーで呑みながら、このバンドの曲を聴いたことはなかったな!
 早朝の下り電車でよく聴いた盤は、一九八〇年の『Shine』だ。
 このバンドにしては、かなりポップスやディスコっぽくて、やや異色の盤である。
 それもそのはず、くそ、またデイヴィッド・フォスター制作の盤じゃないか!
 結局そこか、おれの趣味は!
 それはともかく、そのころ持っていたアナログ盤を、カセットテープに録音して持ち歩き、いつも一曲目の「Our Time Has Come」から聴いていた。

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Shine 1980

 Looking back on the road we left behind
  通り過ぎてきた道をふり返り
 I wonder just what it is we've done
  俺たちがしたことは なんだったんだと思う
 Seems like we've earned the right
  もういちどダイスをふれる権利を
 To throw the dice again
  つかもうとしてきたってことらしいな
 Let's make the pieces fit together - As one
  とっちらかったことを ひとつにまとめようぜ
 To be masters of our own fate
  自分の運命は自分で決めろってことさ
 - is all we're asking for
  俺たちが求めるのはそれだけだ
 Looks like we don't have long
  これ以上 待つことはできない
 To wait, no more
  みたいだから もう

 Now, now that our time has come
  さあ 俺たちの番はもう来てるぞ
 - let's take our chance right now,
  いまこの瞬間 チャンスをモノにしよう
 Now, let's finish what we begun -
  始めたことにケリはつけなきゃな
 - no time to hang around
  おたおたしてるヒマはないぜ
 Now that our time has finally
  俺たちの番が いよいよめぐって
 Come around
  きたんだからな  (以下略)


 いま聴くと、やはりフォスターが制作にかかわったアース・ウィンド・アンド・ファイアに、似ていなくもない。
 でも、歌がかもしだす空気感はまったく違う。
 アラン・ゴーリーのジャリっとパンチが効いた声のAメロ、ヘイミッシュ・ステュアートの燻(いぶ)されたようなハイトーンがたまらないブリッジ、そして二人のハモリに強烈なホーンセクションがぶつかるサビ! それぞれに個性的な声が、フォーメーションシフトで迫ってくるのが気持ちいい。ただ陽気なのではなく、どこか薄暗く煙たい感じがするのも、気に入っていた。
 ちょっと気恥ずかしい歌詞なのだが、あのころは同時に聞きとる英語力は足りず、「意味は知っている」くらいの距離感で聴けたのも、よかった。

       

『Shine』を聴いていると、この曲と四曲めが完璧に響き合っている。
 凝り固まった気持ちがゆるんでくる。仕事でガチガチになった首や肩もゆるめたかったのか、車内で頷くようにリズムをとっていた記憶もある。いま混んでいる電車の中でやると、不審者あつかいされかねないが。

 その四曲めとは「What cha' gonna do for me」! 
 のちに日本でも聴かれたチャカ・カーンの歌で知っている人がほとんどだと思うが、この曲もアヴェレイジ・ホワイト・バンドなんですね。
 作曲者のひとり、ステュアートが歌っているが、そのスモーキーボイスが、はまり過ぎるほどはまっている曲だ。

 All night and day
  夜も昼も
 Just chippin' away
  ただ骨身を削る
 It's all in a day's work
  毎日それしかない
 Tryin' hard to defend
  必死で守りながら
 The time that I spend alone
  ひとりで過ごせる時間と
 The crown that you lose
  あんたらが失うカネ
 Exploiting the blues
  ブルースを歌ってみても
 Won't get the job done
  仕事は終わらない
 As hard as it bites
  まるで仕事に噛みつかれたみたいに
 I'm keepin' my sights on you
  お前をただ見つめるだけ

 What cha' gonna do for me
  俺に何をしてくれるんだい
 What cha' gonna do for me
  俺に何をしてくれるんだい
 What cha' gonna do for me
  俺に何をしてくれるんだい
 When the chips are down
  いざってときに  (以下略)


「ぱららドたたたたチーとッ!」と、イントロのドラムスが、ごくさりげないのに、とてもカッコいい!
 基本のコード進行は、Dm7 → Am7 、ステュアートはギターでDm9を弾いている。
 チャーの「Smoky」の Em9 → Dm9 もそうだが、ギターのマイナー9thには、どくとくの浮遊感があり、ロックやファンクの曲でそれを使うと、ほとんど自動的にカッコいい。
 地を這うようなブルースの呪詛でなく、都市労働者の憂鬱を曇った朝の街路に浮かべたような感じ。そこが、早朝の電車に乗ってわずかな眠りのため家に戻る身にしみた。

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「Shine」のジャケット裏 右端がゴーリー、左端がステュアート
右から二人めにスティーブ・フェローンがいる。イントロがカッコいいのはとうぜんです!

『Shine』の翌年、一九八一年に出たチャカ・カーンのヴァージョンは「仕事とわたしと、どちらが大切なの」という文脈の「What cha' gonna do for me」で、それはそれで、わかりやすいから、日本ではオリジナル演奏よりよく知られたのだと思う。
 ただ自分には、あまり気持ちいいヴァージョンではなかった。板ばさみになった気分にさせられたし、実体験もしていたからだ。真夜中のパブの紫煙のようなステュアートの声で聴くオリジナルを、一曲目の「Our Time Has Come」と響き合わせて聴くほうが、元気が出たものだ。
 
 いまこの曲を、当時のわたしと同世代の、三十歳前後の勤労者たちに聴かせたら、どんなふうに感じるのだろう。
 労働環境が改善されて、「仕事とわたしのどちらをとる気なの」なんて場面は、あまりなくなったのだろうか。
 それとも、いまだに若い男女がそういうモメかたをすることって、あるのだろうか。

 いまは『Shine』を聴くことはめったになくなったが、書きながらこの盤を回してみると、懐旧よりも、新しい気持ちで聴き入ることができた。
 わたしは仕事とは、うまい付き合いが出来ずに終わり、ずいぶん人生をムダにしたけれども、自分のそばに、こういう音楽があったことは、ありがたいことだったなと思う。

       

 ところが、バンドメンバーの多くは、この盤が好きでないらしい。それも、ぜんぜん! さきほど書いたとおり、このバンドの音楽にしては微妙に異色ではあるものの、いい盤なのにな!

 そこそこヒットしたが、作らされた気がして、不満がたまったそうだ。
 そのくせ懲りずに二年後、ディスコソングが得意なダン・ハートマン──ジェイムズ・ブラウンの「Linving in America」(一九八五年)を作った人──の制作で、さらにレコードを作っている。しかしバンドは「割れたグラスのようにもう元には戻ら」なくなっていて、できた盤はヒットもせず、いったん解散することになったのだ。
 そうなるんだったら、ポップスやディスコの制作者に任せた録音などせず、好きなスタイル、つまり直球のファンクやソウルにこだわって、レコードを作り続ければよかったじゃないかとも思うが、バンドを続けるなら売上優先の妥協的変化やむなし、という判断だったに違いない。
 さきほどの話をむし返すつもりはないが、白人プロデューサーや作曲家の手が加わることでヒットするブラックミュージックが増えていた──「クロスオーヴァー」が起きていた──時代でもあったからだ。
 
 わたしが『Shine』を聴いたのは、その十年ほど後、バブル崩壊ではじまった一九九〇年代のこと。
 していた仕事は、バブル崩壊で足元から崩れてしまうような業種ではなかったが、しみったれた妥協を積み重ねる仕事がいつしか増えてきて、そのぶん、それまで勢いですませていた業務の綻(ほころ)びが、つぎつぎに破れはじめた。その帳尻合わせもあって、やたらに勤務時間が長くなったのだ。成果の薄い長時間勤務は、じつにつらかった。
 ちょうどそんなころ、「作らされた」音楽を聴いて、なごみを感じていたとは! めぐり合わせとは怖ろしいものだ。(ケ)

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現在のメンバー  (promotion photo)


※バンドメンバーのコメントほか情報は、創設メンバーのひとり、オニー・マッキンタイア(上写真・白帽子の人、腕組みの人がアラン・ゴーリー)のインタビュー記事を参考にしました。『AOR AGE vol.2』二〇一五年/シンコーミュージック・エンタテインメント
※デイヴィッド・フォスターもダン・ハートマンも白人。念のため。
※二〇一八年三月、二〇二一年三月、文脈は変えず、手直ししました。管理用


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posted by 冬の夢 at 04:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 映画音楽・ソウルなど | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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