2015年05月13日

ルーブル美術館──歩きつくす 絵の宮殿【実践編】

前篇【動機編】は→こちら←

 実はこれ、すでにやってみたことがある。
 ルーブル美術館で。
 展示されている絵、そのすべてを「ちら見」して全館を歩く
 いってみれば「絵の森」を、「木々に目をやりつつ、ゆっくり歩いて通り抜ける」。

 いままで一度に目の前に並べたことがないほど「たくさん」の絵を、これまた一度にぜんぶ「ちら見」すれば、長らく「絵を見る」ことにつきまとってきた、奇妙ないらだちがおさまらないかと。
 もちろん絵との新たな出会いが思わぬ形であれば得がたいが、なければないで、絵とは縁が──とりあえず印象派以前とは──ないんだと納得できるとも思った。いま書いたとおりルーブル美術館の絵画はほぼ印象派以前のものなので、画家の自己主張が絵から強く向かって来すぎないと思われるから、一度に大量に見ても刺激がきつすぎなかろうとも。

 えらい思い込みをしたものだが、粋がってではなくて、パリ市内でヒマだったときに思いついた。すぐに行けて、ばかでかいルーブル美術館でやってこそ、気持ちにけりがつくだろうと。
 せっかくパリで完全に自由な日が続くことがあったのに、あるいはパリだったせいなのか、フサギ虫とヘコミ虫に襲われていて、「さまざまな画像が現れては消えていくときだけ、心が休まるような気がする」感覚を求めてだったかもしれない。いずれにしても、日本の美術館では、それがいかに大きかろうとやっても意味がないと思ったし、その考えは現在も変わらない。

       *

 ルーブル美術館は──これは二〇〇九年秋の話だ──地下(半地下)と地上三階の四層構造で、絵画部門のほとんどが二階と三階にある。
 その混雑は有名で、ほかの鑑賞者に遮られず「絵の森」を自分のペースで歩き続けることは無理というのが、事前の予想。
 それが、平日も混むが、立錐の余地もないほどなのは「モナリザ」や「ミロのヴィーナス」などの周辺に限られ、上階に行くほど混雑は緩和されるし、旅行者のほとんどは有名な絵だけ見るから、人影がまったくない部屋もたくさんあるとわかった。
 入口周辺や券売所に行列ができていても、クレジットカード専用のチケット自販機はだんぜんすいていて、英語表示を見て買え、思ったよりずっとスムーズに入館できることも知った──二〇一五年現在、混むのが絶対にいやなら、事前の鑑賞券購入が可能だし、日本の旅行会社主催で貸切鑑賞もある。自分が参加しようとは思わないけれど──。
 ちなみに、実際に混雑なく入館できた経路は、長い行列ができやすいピラミッドなどの地上入口からでなく、地下鉄 Palais-Royal Musee du Louvre からそのまま地下のショッピング街 CARROUSEL DU LOUVRE へ入り、その中にある美術館への通路を抜けてチケット売場に出る道筋だ。

 というところまで、いちど下見で入館してみて、日をあらためて「絵の宮殿」に行ってみた。

 二〇一七年二月三日午前十時(パリ)ごろ、ルーブル美術館の地下出入り口付近で、刃物を持ったイスラム教徒とみられる男が治安部隊員を襲撃し、隊員一人に軽傷を負わせた。男は治安部隊の発砲を受け重体(共同通信)。美術館は4日朝に入館再開(時事通信)。
 複数の欧州メディアを調べたところ、現場は本文にあるCARROUSEL DU LOUVREとなっている。男が本文どおりの経路できたか、リヴォリ側の地上入口からだったかは、わからない。男が撃たれて倒れている現場の写真もウエブに投稿されているが、CARROUSEL DU LOUVREのどのあたりかは正確にはいえない。

 現在もそこが「抜け道」として有効かどうかとか、通るときの雰囲気などは、長らく行って見ていないので、CARROUSEL DU LOUVREの記述を削除することも考えました。ただ、以前にここを読み、再アクセスして確認する人が一人もいないとはいい切れないので、残しておいて、この注意書きをつけました。

 
 ルーブル美術館の基本構造は、巨大な「コ」の字の回廊だ。絵画部門すなわち二階、三階の絵をひとつ残らず見て歩く、とは、宮殿の部屋をひとつずつ、すべるように通り抜けけていくことだ。
 スタンリー・キューブリックの映画「シャイニング」の、閉鎖中で人影のないホテルの中を移動するステディカムの視線、あれに似ている。映画の恐怖感とは違うけれど、部屋から部屋へと出入りして歩くのは、不思議にスリリングな感じがする。
 いずれにしても長い「散歩」だ。
 ときどき迷う。部屋を抜かさずに絵をながめつつ通っていくだけでも迷うから面白い。常設展示数は二万五千点から二万六千点くらいだと聞くが、彫刻などを別にしたとして、いったい何点くらいの絵を「ながめる」のだろう。数えなかったし、数は関係ないけれども、とにかく、絵を呼吸する、そんな体験だ。

 歩みをなるべく止めず、ごくゆっくり歩く。ひとつの絵に立ち止まって観察するのを、出来る限り控える。せいぜい未練の目で振り返る程度にして歩き続けていく。
 そのペースで六〜七時間ほどだろうか、休憩なしですべて歩けた。というより、時間の経過はまったく意識しなかった。

 で、この経験を終えてみて、自分と絵とのつき合いかたを塗り替えることができたか。
 できなかった。

 何らかの達成感を最初から目標にしたことではないし、経験全体の印象も、さして大きくはなかった。
 よくあるような、これこれこういう絵にクギづけになったとか、心を奪われて動けなくなった、ということも起きなかった。

 しかし、わずかだけれど変わったところ、気づいたこともある。
「一枚の絵の見かた」とはすこし違うが、この経験をしてから、印象派以降、現代美術を含めた「新しい」美術は、ほとんど見なくなった。作者の意識なり発想なりが、直接に表現として表れ出ているような美術、あるいはそうするために作った美術を、見なくなったということだ。※七年以上たった二〇一七年現在、そもそも美術を「見なく」なり、美術館や画廊に行くことは、ほとんどなくなった。

 もうひとつ、自分は、絵である以上は静止してはいるけれど、ざわざわ動いているように見える絵が好きなのだ、という発見があった。
 絵をつぎつぎに「急いで」「たくさん」見たがったり、絵を「読む」こと、つまり気の長い鑑賞とは関係ないような状態で、たくさんの絵に囲まれていたがるのは、その変化型だということを知った。
 そこから、ボシュやブリューゲルという、これまでよく知らず、あまり気にしていなかった画家の絵が、興味の対象にはなった。
 どちらも、いかにも「ざわざわ動く」感じがする絵だが、細部を図像学的に観察したいという欲望はいまのところない。
 どうも自分はたんに、動く「壁紙」が好きらしい。あるいは壁紙の模様が動いているのをあてどなく眺めているのが好きといったらいいか。

 いったい、どういうことなのだろう。
 やっぱり、ある種の病気だろうか。(ケ)

LMG_1470.jpg LMG_1476.jpg LMG_1483.jpg

(写真左)絵の壁紙
(写真中)写真のリアリティをめぐる話でかならず言及される絵画、ジェリコーの「エプソムの競馬」が、見る人とていない部屋の一隅に、ポンとかけてあった。
(写真右)写真の奥に「モナ・リザ」が見える。このモナリザの部屋を作ったのは日本テレビ。氏家齋一郎が会長時代、日本でもよく名をきく「レジオン・ド・ヌール」をもらっている。いまはもっと混雑しているのか、多少は緩和されたのか。


*『好きな絵』を書けないからルーブルを『散歩』する」(二〇一二年十一月二七日)書き直し、元文削除/二〇一七年二月五日、手直し。管理用1
*二〇一七年二月二十一日、【動機編】【実践編】のふたつに分けました。べつに直さなくても、ほとんど読まれていない文(笑)ですが。管理用2

Originally Uploaded on Feb. 22, 2017. 01:40:00

posted by 冬の夢 at 00:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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