2017年02月07日

ジョン・ウェットン の キミタチサイコダヨ

 ジョン・ウェットンが亡くなった。
 一九七〇年代にロックのもっとも創造的な位置で活躍し、しかも知る人ぞ知る前衛ではなく、同時代の若者たちのたいへんな支持も得た三つのイギリスのグループ、キング・クリムゾン、イエスエマーソン・レイク・アンド・パーマーは、当時のベース奏者をみな亡くした。
 そういえば、このブログではベース奏者が亡くなった話ばかり書いている。それはそうで、ベースとドラムが上手くなきゃバンドははじまらないよな、という話だ。
 ジョン・ウェットンがキング・クリムゾンのメンバーだった時期は、実質的に七〇年代の前半のみと、さして長くないが、誰がなんといおうとウェットンがいなきゃキング・クリムゾンは「はじまらないよな」。

 なぜか。硬質な前衛と感傷的な叙情、その両極を、演奏と歌で同時に表現できる人材だったからだ。

 記念すべきキング・クリムゾンのデビュー盤に収録された、あの「21世紀の精神異常者」──現在は「レコ倫基準」で「21世紀のスキッツォイド・マン」という邦題でなければならないそうだが──の歌とベースはグレッグ・レイクじゃないかといわれれば、たしかにそうだが、レイクは前者の度合いが少ない。ベース奏者だがクラシック・ギターを習った経験があり、キング・クリムゾンからほどなく姿を消し、クラシックを基盤とするキース・エマーソンと組んだことからも明らかだ。そしていうまでもなく、一九八一年以降、断続的とはいえもっとも長期間ベースを担当しているトニー・レヴィンには、後者の要素がない。

 かたやウェットンは、ロバート・フリップが追求した、どこへ行くかわからないスリリングな集団即興と、ミニマルに執拗かつ難易度の高いユニゾン、つまり当時のポップ・ロック音楽としては最先端の前衛性に、ベース奏者としてどこまでも追随することが出来た。しかも同時に、トラッド/フォークふうの──ケルト的といっていいのかどうかはわからないが、おとぎ話のような──リリシズムを、歌手あるいは作曲者として表現もした。いってみれば「メロウ」な部分、その持ち味が、攻撃的な曲調の中へ泣きたくなるような美しいベースのフレーズを織り込む技量としても発揮されたことは、熱心なファンならずとも容易に聴き取れる。
 現在のキング・クリムゾンの活動をみても、「LARKS' TONGUES IN ASPIC」(一九七三年)、「STARLESS AND BIBLE BLACK」(一九七四年)、「RED」(一九七四年)という三つのレコードによってキング・クリムゾンが完成しつくしたことは明らかで、それはジョン・ウェットンの存在がなくては達成できなかったことなのだ。ロバート・フリップが、「STARLESS AND BIBLE BLACK」の素材となった一九七三年のアムステルダム・コンセルトヘボウ公演をオリジナル収録した二枚組CD「The Nightwatch Live at the Amsterdam Concertgebouw November 23rd 1973」の解説に、こう書いているとおりなのである。


 1973年から74年にかけて、キング・クリムゾンには驚異的な力強さとイマジネイションとを持つもの凄いベーシストがいた。当時彼の分野では最高の若きイギリス人のプレイヤーであったことは十分に納得の行くところである。


 もっともジョン・ウェットンその人は、前衛でなく、それこそ「ウェット」なことをロックで演奏したかったようだ。もっと日常的な人間関係の話を、いいメロディにのせて歌いたかったらしい。キング・クリムゾンの後に結成したUKの活動を聞かれて、しばしば「arty」つまり「芸術気どり」と表現していたことからも、それがわかる。
 そして、ウェットンにとって幸運なことにその希望は、UKに続く一九八〇年代の活動、エイジアで存分に実現した。すべて調べたわけではないが、在籍時のキング・クリムゾンのどの活動よりも、エイジアがセールスをあげたことは間違いないし、バンド名の「エイジア」に、ポップ・ロックがアジア音楽と呼応し合うというような「前衛」的な方向性は、まったくなかったのだから。

 そしてそれ以降、近年までのウェットンは、在籍したバンドの人気曲を前衛にせよロマンチックにせよ、ごちゃ混ぜに披露するという、やや散漫な演奏活動を繰り返したが──知っているということは、ライブ盤も含めてソロCDをぼつぼつ買ってきたということだ。つまり「熱心なファン」なんですね──その功績に見合った「パーティ」だったというべきだろう。ことに日本好きのようで、日本公演では「お約束」の挨拶を叫ぶのがならわし。

 キミタチ サイコダヨ!

 この「最高ダヨ!」が初めてUKのライブ盤「NIGHT AFTER NIGHT」(一九七九年の日本公演盤)から飛び出したときは、さすがにコケそうになったが、あれから四十年近くにわたって、まさに「ボクタチ」こそが、どんどん psyco な世の中を作り上げていってしまったのではなかったか。そのことを予言し警告してくれた(?)ことも含めて、ジョン・ウェットンに心からの、お礼とお別れをいいたい。

 キミモ サイコダヨ!

(ケ)

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「キミタチ サイコダヨ」は、UKの「NIGHT AFTER NIGHT」(中)でも、
ソロの「JOHN WETTON LIVE - CHASING THE DRAGON」(右)でも言ってます。機会があればどうぞ。



John Kenneth Wetton 1949/06/12 - 2017/01/31

posted by 冬の夢 at 03:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 ロック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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