「まとめ」と称して、ネット上の既存情報を巧妙に切り貼りしてアクセスを稼ぎ、連動する広告収入を稼ぐイカサマ記事をご存じのことだろう。
パクリだと抗議されない程度に、元の文をいじっては貼りつけて文をデッチあげる係を「キュレーター」というそうだ。美術館や博物館の学芸員の職名だと思っていたんですがね。
わたしも、文を書くために多くの情報を、ネットからも得ている。
このブログはいま、三人の筆者で書いているけれど、とりわけわたしは書籍や雑誌のほか、インターネットで内外の情報も調べて書くことが多い。「調べて書く」タイプだから。
調べるのは自分の説を補強するためで、パクリではない。論文みたいで読む人はうっとうしいだろうと思いつつも、引用や参考の出所は注記するようにしている。
ということを、きちんと書いておこうと思って書いたが、書いてみるとなぜかイイワケっぽい。結局はネットに書いているからだろうか。くやしいような気持ちだ。
この文は、つぎのひと言からスタートしたかったのです。
前置きが長くなって、すみません。
「大阪城=前方後円墳」という説を知っていますか?
いきなりなにごとかというと、大阪城は前方後円墳、すなわち古墳の跡に築城されたのではないかという、びっくりするような説をベースにして、豊臣秀吉をめぐるさまざまなナゾのひとつに迫ろう、という本に出会った。
ネットのみで販売される「電子ブック」だ。ただしネット上の風説ではなく、版元があり、昨年暮れに出たばかりの「本」だ。
パソコンやスマホなどから試し読みができ、購入すると同じツールで全部読めるというサイト、
「YONDEMILL」に登録されています。
yondemill.jp/contents/20670?view=1&u0=3
それは『古墳と秀吉「大坂城=前方後円墳説」からの探究』(蒲池明弘/桃山堂/二〇一六年)である。出発点にしている説は、京大人文科研教授だった藤枝晃が提案したもの。この人は、飛行機の窓、つまり空から俯瞰したら、大阪城と大仙陵古墳(仁徳天皇陵)がそっくりだったという経験から思いついたそうだ。古墳が戦国時代の城塞の礎に使われた例が、各地にあるからだという。
あまりに壮大な説なのと、藤枝は敦煌などアジア・中国史の研究者で、日本史や考古学の専門家ではないので、メディアで紹介されたりネットで話題になったりする「おもしろネタ」の域にとどまるものだったようだ。
この本の著者は、その「おもしろネタ」から面白く説き起こしていくことで、知られざる豊臣秀吉の一面を描き出そうとしている。
豊臣秀吉は、信長の履きものを温めたなど、さまざまなエピソードを通じて人がらを知られているけれど、その多くは伝説だ。そもそも歴史ドラマや小説などに登場する戦国武将たちは、しばしば共通のキャラクターで描かれているが、本当はどんな人だったか、確かなことはほとんどわからないのだ。
しかし秀吉には、「こういう人だった」といえる史的事実もあるそうで、そのひとつが「都市造営・土木建築においてすぐれた指導者」であったこと。ことに大阪城は、規模や技術で前例がないという点でも、現代の大阪再開発に比肩する平野部での一大建設事業だった。建築史家も遺構から認めているそうだ。しかも秀吉は、大阪城築城に自ら采配をふるったそうで──指令の書状が残っている──なぜ秀吉に、土木技術の専門知識があったのか、ということは大きな疑問になっているという。
著者は、古墳築造の技術集団だった古代民族「土師氏」と、秀吉がどこかでつながっていないかということを追う。実家や妻、家臣も含め、地縁・血縁・係累からその流れを推測したり、知識人ではなかったはずの秀吉と天満宮とのかかわりにも、その流れを探ろうとする。古墳建設術が軍事拠点(城)造成術へつながり、その一端に、秀吉は縁を持つのではないかと。
また、秀吉の治水事業者としての面にスポットを当て──イタリアの古代ローマ人やマフィアの例を思い出すまでもなく、それは「支配者」の要諦だ──水をめぐる秀吉と古墳とのつながりを発見しようともしている。「おもしろネタ」を無理に検証しようとか、それに乗っかってことさらな大ボラを吹くとかではなく、秀吉の秀吉たる一面を、土木事業者・建設技術者の姿として照らし出そうとする熱心な作業が、この本に通底している。
歴史・考古学の専門家ではない著者は、机上の研究のみにとらわれず──もちろん、さまざまな史料への目配りもきかせているが──思いつくたび現場を訪れ、地勢を感じ、宮司さんらの話を聞いたりすることで、話を進めていく。そこが面白い。読む楽しみが、そこにある。
この版元から出ている、ほかの執筆者による「おもしろネタ歴史本」でも、必要に応じてこの人が補強取材を行った文を付す場合があり、そのような本作りはメディアの書評でも評価を受けている。
それもそのはず、著者の蒲池明弘さんは、この本の版元で、古事記、火山や、戦国武将のナゾをテーマにした本を出している桃山堂の代表かつ編集者だが、もとは読売新聞の経済担当記者。桃山堂は蒲池さんの「ひとり出版社」で、立ち上げてちょうど三年目。退職して執筆業ののち、ご自身の興味がある領域で本を作ってみたいということで始められたそうだ。
蒲池さんが執筆者になった場合は、読者との興味を共有することをたいせつにするいっぽう、現場主義の情報集めを重んじる。その伝えかたが確実で、しかも対象に適度な距離をとる──テーマである「古墳説」の真偽にも一定の距離をおき、秀吉を検証するキーワードとして使っている──のもうまい蒲池さんのふしぎな筆力は、なるほどと納得。
小規模出版というと、ひとくせありそうな主宰者が多そうだし、一流新聞社の花型部門出身ということで、コワイ人のような気がするけれど、手さぐりで本作りの経験を重ね、デジタル知識がほとんどない中で電子出版というフォーマットに出会うなど、気負わないところに好感が持てる。
このいきさつは、蒲池さんが書いている「桃山堂ブログ」で知ったことで、そもそもなぜ豊臣秀吉をめぐる本をシリーズ出版するようになったかといういきさつなどは、ほとんど爆笑だ! それを読むと、あの読売も二十年前はまだ、シャレがわかる会社だったんだなと嘆息もするが。
さて、桃山堂という版元を、なぜ知ったか。
時代劇マンガ週刊誌を読んでいて、調べたいことが出てきたので、ネット検索をしていたら目的とは違う流れで出くわした。
気になったのが、代表で編集者、ときに著者でもある蒲池さんの名。
間違ったらすみませんと前置きしておそるおそる版元にメールしてみると、やっぱり、卒業後まもなく一度か二度会ったきりで、長年、音信がなかった大学時代の同級生だった。
フェイスブックなどはしていない、どころか、携帯電話を持ち歩かないから、デジタルでのこういう経験はなかった。
それはともかく。
この『古墳と秀吉「大坂城=前方後円墳説」からの探究』は、専門研究の領域では軽んじられた全国の伝説・伝承から豊臣秀吉のナゾを書き起こす、電子書籍シリーズ「秀吉伝説集成」の一冊。二〇一六年一二月に、これを含む五冊が同時に電子ブックになった。内容の好みは分かれると思うが、なにせ安いので、よかったら一読ください。わたしがいったって説得力はないけれど、蒲池さんの人となりは保証します。(ケ)
※ シリーズの一冊『尾張中村日の宮伝説』も「YONDEMILL」に登録されている。
yondemill.jp/contents/20669?view=1&u0=3
※ 二〇二〇年一〇月二日、わずかに手直ししました。管理用
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