2017年01月12日

The Oscar Peteson Trio−Just Friends (from "Walking The Line") 元気が出る曲のことを書こう [11]

 マイルスでも、コルトレーンでも、ロリンズでもなかった。
 オスカー・ピーターソン、それも、ピーターソンならこれが名盤だよといわれる「WE GET REQUESTS」でも「THE TRIO」でもなく、「Walking The Line」なのだ。四〇年も前、地方の高校生にジャズ喫茶のドアを何度も押させるようになったのは。

 小づかいはレコードを買うには少なく、FMラジオのジャズ番組も少ない。ジャズをたくさん聴きたかったら、ジャズ喫茶に行くしかなかった。
 高校生でジャズ喫茶とはナマイキだが、意外にハードルは低かった。東京でなかったせいか。というのも、私語しちゃダメとか『スイングジャーナル』のバックナンバーが威圧的に並ぶ店を知ったのは、八〇年代に上京して後のこと。並んでいるのはマンガだったり、勤め人ふうの人がスパゲティを食べたりしているのが、わが町の「ジャズ喫茶」だった。五年ほど前の帰省で、そんな店のひとつを再訪したら、ほとんど昔のまま営業していた。そしてやっぱり、お客が「喫茶店メニュー」を食べていた。

 高校生でも行けた、某地方のジャズ喫茶だが、なぜかオスカー・ピーターソンの盤はめったにかからない。
 とても有名なジャズピアニストで、当時もちろん現役で──「Walking The Line」は一九七〇年。同時代の盤だったのだ──たくさんレコードが出ているから、ジャズ喫茶で流れない理由が解らない。
 しかし、ほどなく察知できた。
 ジャズファンには、軽んじられているらしいことが。
 
 グランドピアノが小さく見える巨体で、力強くキレがいい音を緩急自在に叩き出す。どんなに速い曲でも遅い曲でも、モツれもモタりもせず、インテンポでスイングする。
 饒舌さと繊細さを合わせ持つシングルノート、コーラスラインが和音の階段を一糸乱れず上り下りするようなブロックコード、要所で飛び出すシブいブルースフレーズ……ご飯を掘るたびにカバ焼きが出て来る鰻丼だ!
 ベースとドラムも、ピアノに吸いつくような絶妙なかけ引き。気がつくと椅子から身を乗り出し、肩でリズムをとっている。

 こんな演奏を即興でやっているなんて、ジャズってなんて開けた音楽なんだと、地方都市の閉塞感に凹み気味の高校生はブッ飛んだ。モダンジャズの楽典的な仕組みは知らなかったが、知識なんかなくても、いきなり演奏に引っぱりこんでくれる磊落さが、ヘタレ高校生を元気づけたのだろう。そういえば、たぶんほとんどのレコードのジャケット写真が、笑顔だ。巨匠然とした、しかめっ面はしていない。
 そのうち、即興とは手当たりしだいではなく、コード進行やコーラス、定番フレーズや決めごとがあると知り、それらを聴き取れるようにもなったが、失望するどころか、ますます好きになった。
「型」があるからつまらないのではなく、誰にでもわかる「型」にそっているからこそ、偶然性や緊張感がドキドキしたものになるんだと、わかったからだ。実際、ピーターソンは入念なリハーサルをするタイプなのに、本番で曲のキーを変えたり、練習しなかった曲をやったりすることが、よくあったらしい。

 昔のジャズ喫茶で、オスカー・ピーターソン・トリオをあまり聴けなかった理由が、そろそろ見えてきた。

 深刻・内向・訥弁・渋面=芸術
 明朗・外向・饒舌・笑顔=芸能

 なんですよ。
 そして「芸能」は「芸術」より格下。しかたないことに。

 カナダ生まれのピーターソンは、超絶技術を見込まれ、ジャズ・アット・ザ・フィルハーモニックという、いわば演奏興行にスカウトされることでアメリカで頭角を現した。そこから人気者となり、続々とレコードを出し、娯楽的な企画盤も弾いた。興行人気というのだろうか、生涯ステージで弾いたショーマンでもあった。
 メチャウマ、サービス精神、そういうのは芸人っぽいのだろうか。モーツァルトにだってそういう面があったじゃん、と思うけれど。
 海外でも早くから「軽薄」と評されたことがあったそうで、それが日本で受け売られ、娯楽っぽいから芸人だよ、という聴かれかたになってしまったのか。

 そのあたりはよく知らなかった高校生、平気でジャズ喫茶でリクエストしました。
 どの店もイヤな顔をせず、かけてくれた。
 もっとも、東京のジャズ喫茶でリクエストしたことはない。大学生になっていたけど。

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「Walking The Line」(一九七〇/MPS/写真左)は、
七〇年代デザインの幕開けを告げるようなイラストジャケット

 さて「Walking The Line」だが、熱心なファンからは叱られるかも。好きだと公言できず、長年、押し入れに隠れて聴いてきたのに、なんでそんな番外みたいな盤を持ち出すんだと。
 必聴盤なら、さきほどのジャズ・アット・ザ・フィルハーモニックの興行主で、ピーターソンの起用者でありマネジャーでもあったノーマン・グランツ所有のジャズレコード会社、ヴァーヴやパブロから出た盤が選ばれるのがふつうだからだ。

「Walking The Line」は、ドイツのMPSというレコードレーベルの盤。ノーマン・グランツがレコード制作販売に限界を感じてヴァーヴを売却し、再起してパブロを立ち上げる間に、ピーターソンが所属したレーベルだ。旧・西ドイツ最大の家電メーカーのレコードブランドで、オーナーはそのメーカーの元重役。ピーターソンの熱烈なファンだ。家電会社が母体ゆえ、録音技術の高さで知られたレコードレーベルである。

 といっても、ヴァーヴやパブロと音響数値上の優劣を比べても意味はない。「どんな感じに録音されたか」の違いだ。
「Walking The Line」はというと、やはり「きれいな音」なのだが、きれいとは、つまりゴハン粒がピンと立って炊ける電気釜みたいなのだ。ピアノもベースもドラムも、ジャズだとピンポイントで符を「叩く」、打楽器的な弾かれかたをするから、音の粒立ちがいいのは素晴らしい。ドライと名のつくビールのようにキレがいい。
 ただモダンジャズの場合、そうではない音つまり、中低音がぐわんと来て、下っ腹にドシンと落ちるバーボンウイスキーみたいな音がいい、ともいえる。実際それが、ジャズらしい音質と思われている。解像度がいいだけの音質はつまらないということでもある。

 たしかに、ズシンドシンという音はモダンジャズらしいと感じる。ただそれはスピーカーに正対して聴くための音だとも思う。「Walking The Line」は清潔すぎてスカスカにも聴こえるが、ピーターソン・トリオの間に坐らせてもらって聴いている感じもする。この聴こえ具合は案外やみつきになる。アマチュアでいいからリハーサルスタジオで仲間と演奏してみた経験がある人なら、納得するかもしれない。

 では、この盤で最高の曲は。
 もちろん「Just Friends」!
 LPのA面B面どちらかの1曲目で、針が落ちるなりガンと飛び出し、席で「いよう!」と叫びたてたいのをガマンする田舎の高校生!
 ──と思い込んできたのにA面最後の曲? 記憶なんて、そんなものですか。

「Just Friends」は、曲そのものもカッコいい。ふつう長調の曲を始めるときのコード「ドミソ」でなく展開部で使う「ドファラ」つまり「サブドミナント」で曲が始まっていて※、直後にそのサブドミナントがサブドミナントマイナーコードに。こういう仕組みからくる緊張感がたまらない曲だ。
 もとは戦前のベタベタの失恋ソングで、バラードに近いゆったりテンポの曲だが、ピーターソン・トリオは倍くらいのスピードチューンに変身させている。

 そういえばジャズは、4小節ごとに段を分けて記譜する習慣があるが、ピーターソンは、その「改行」ごとにいれる合いの手フレーズがメチャクチャに上手くてカッコいい。ディミニッシュコードでたたみかけるワザ、嵐のようなグリッサンドと、息もつかせない。ひとたびソロとなるともう、親しみやすいフレーズが百花繚乱。セルフ合いの手もキリがない。
 演奏用語を使って書くと、音符だらけのやかましい曲弾きっぽいが、間のとりかたが、また上手い。チャーミングといいたいくらい小粋だ。

 ベースとドラムが、トリオ黄金期のメンバーでないのも「番外」扱いのゆえんだろうが、ベースは「弦王国」ことボヘミア生まれのジョージ・ムラーツ。このとき二十六歳だが、クラシック出身ならではの得意の弓弾きはもちろん、横綱・ピーターソンのピアノに巧みにとりつくかのような小結相撲が、これまた気持ちいい。ドラムは、レイ・プライスというジミな人で、演奏にもハデな叩きまくりはまったくないが、みごとにトリオの演奏を盛り上げる。速いわウルサイわキメだらけだわ、って感じる曲なのに、実際は、曲のかなりの部分をブラシで演奏している! いかに芯のある叩きかたをしているかということだろう。

 Just friends, lovers no more
 Just friends but not like before

 To think of what we've been
 And not to kiss again
 Seems like pretending
 It isn't the ending

  ただのお友だちなの もう恋人どうしじゃない
  いいお友だちなの もう以前のようじゃない

  ふたりがどんなだったか思い出すけれど
  キスはもうないの
  ふたりは終わってないという
  ふりをしているかのように

 さっき書いたカッコいいコード進行あたりの歌詞はこうで、八十五年も前からようも変り映えもせん痴話をやっとりますわい、という話なんだが、オスカー・ピーターソン・トリオの春一番の突風のような演奏を聴きながら歌詞を眺めていると、失恋の心痛など、かるがる吹き飛ばされ、開き直れてくるからうれしい。

 ただの友だち、でいいじゃない。
 恋人や夫や嫁がいないやつのヒガミだというかもしれないが、「どんなだったか思い出す」ことしかできなくなり、「ふり」を続けるしかなくなっている場合だって、多々あるんじゃね〜の……ってのは負け惜しみ、かな。

 ここまで書いて読み直してみたら、自分が書いたとは思えない、うきうきした調子になっている。オスカー・ピーターソン・トリオの盤を、とっかえひっかえ回しながら書いたのだが、そうして書いた文が、いかにも軽佻浮薄でチャラチャラした感じになったなら、やっぱりジャズとしては芸術性がない、曲芸みたいな音楽なのかな。聴いていてそう思ったことは、いちどもないのだけれど。(ケ)

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書きながら回したうちから「名盤」のひとつ「THE TRIO」(一九六一/Verve/写真右)。
ジャケット写真はたいてい、明るい笑顔なのだ。



【参考】『オスカー・ピーターソン』(リチャード・パーマー/音楽之友社/一九八五)
※「さいたさいた(『チューリップ』)」のようなハ長調の場合。「Just Friends」のキーはF(ヘ長調)。この盤もそのキーで演奏しているので、この部分はB♭maj7 → B♭m7。



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posted by 冬の夢 at 00:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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