2016年11月03日

Queen−Tie your mother down  元気が出る曲のことを書こう [9]

 なんて素晴らしい本なんだ!
 まず写真をぜんぶ見てしまった。それから本文を息もつかず読み通す。写真説明を読みながら写真をまた見る。読後も、ときどき開いて拾い読みしている。小学生のころ、いわゆる「原色図鑑」ってやつを手にとって以来だ。こんな興奮は。
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『レッド・スペシャル・メカニズム クイーンと世界をロックさせた手作りギターの物語』
(ブライアン・メイ+サイモン・ブラッドリー/二〇一六年)
オリジナルの『Brian May's Red Special:The Story of the Home-made Guitar That Rocked Queen and the World』は二〇一四年

 クイーンのブライアン・メイが弾いているエレキギター「レッド・スペシャル」の来歴と仕組みを、本人の説明で徹底的に紹介した本が、これだ。
 ブライアンのエレキギターが、少年時代に自分で手作りしたものだということは、よく知られている。
 いわく、制作当時から百年も前の暖炉の木で作った──本当の話。「たまたま工房に転がっていた」というのがイギリスらしいが、虫食い穴をマッチの軸で埋め、ネック部材になっている。
 あるいはいわく、そこらに転がっていた材料でパーツを作った──これも本当で、最初に搭載したピックアップ(マイク)は、コイル線を手巻きした自作だし、金属パーツを自分で削り出して作ったりさえしている。

 いまさら説明するまでもなくクイーンは、レコードを売りまくり、世界中の巨大スタジアムでショーをやるバンドになったから、ブライアン・メイの手作りギターは、ステージでの激しい使用や進化する録音技術に対応するために改造されたか、似せて作ったギターと交代したと思っていた。しかし驚くべきことに、フレディ・マーキューリー亡き後、そして現在も、五〇年以上前の手作りエレキは、止むを得ない修理箇所以外ほぼ作られたときのまま、弾かれている。
 ほかにもブライアン・メイのギターにまつわる信じられない事実が、ブライアンその人の解説でどんどん出てくる。まったく飽きない本なのだ。

 が、なにより「信じられない」ことがある。
 残念ながらこの本で「読む」ことはできないが、手作りギターと長年愛用するアンプ、VOX AC30から出てくる音だ!
 AC30は、ハンク・マーヴィンのリクエストで製造されたアンプ。初期ビートルズサウンドは、このアンプの音だという。初代モデルは1959年発売。どうでもいいが、オーディオ装置はまだ「電蓄」といってなかったか、このアンプの発売当時は。
 もちろん「トレブル・ブースター」を忘れてはいけないが、アンプとブースターの組み合わせは、ロリー・ギャラハーに教わったそうだ。ロリーはブライアンよりひとつ歳下(故人)だが、クイーンのデビューよりずっと前から人気のブルース・ギタリスト。友だちとライブハウスの楽屋に忍びこんだブライアンが会ったロリーは「本物の紳士」で、親切に音作りを教えてくれたそうだ。くそ、なんていい話だ!

 音の話に戻ると、まさに百聞は「一聴」にしかず。リフの刻みだけで「これクイーンじゃない?」とわかる(曲もいいが)明朗で芯のある音質なのだ。そして、単音のソロもだが、おなじみのハーモナイズド・フレーズときたらもう、作りたてのクリームパイ──とてもここに書けない「やらしい意味」も含めて!──みたいな、スムージーなのにコクのあるファットな音!
 日本でいったら高1か高2のガキが、ロクな知識もなく初めて作ったエレキが、どうしてこんな、ものすごい音がするんだ! 

 なるほど、と感心するのは、天体物理学の学位を持っているこのロックスターは、少年時代からサイエンティストとしての思考力を持っていて、ギターのさまざまな構造部の数学的研究を軸に完全な設計をしてから、ギターを作ったことだ。
 いき当たりばったりに無理やり削ってカタチにしたのではなく、必要に応じ工作機器や治具まで作っている。少年時代に書いた図面や図表が保存されていることにも驚かされるが、それらの写真を見ると、書きかたからして感心するほど几帳面だ。

 なるほど、クイーンの音楽のポイントでもあるじゃないか、と納得。
 クイーンって、とても難易度の高い演奏をしているように聴こえるが、音のパーツひとつひとつには、それほど高度な演奏技術はない。ライブでは、いい意味でラフに演奏されてもいる。ただし、ハーモニーや構成・展開はとても緻密に練られていて、そこへ唯一無二のフレディ・マーキュリーをトッピングすると、あの、たまらないワクワク感が生まれるわけだ。

 ところで、ブライアン・メイ少年のギター作りには、ひとりの重要人物がいる。
 この人の存在なしでは「レッド・スペシャル」は完成しなかった。
 それはハロルド・メイさん、すなわちブライアンのお父さんだ。戦時中はレーダーと通信の専門家で、楽器の知識はなかったが、なんでも自分の工房でこつこつと作ってしまう人。息子が何かを作ろうと情熱を傾けていれば、あらゆる面で助力や助言を惜しまなかった。
 エレキギターを自作した理由は「買うお金はなかった」からだ。安いコピーモデルも無理だった。ハロルドさんがギター作りにとことん協力したのは、息子が熱中しているものを買ってあげられない、口惜しさもあったのかもしれない。
 そして、「じっくりと膝を突き合わせて」の設計に始まった父子の作業は、二年にもわたった。ブライアンはこう述懐している。

「僕にとっては、父の使っていた古いハンマーも、今日に至るまで重要な意味を持っている。彼の手、彼の骨ばった手が握っていた道具で、僕にとってはそれが父そのもののイメージと重なってくる。」

 くそ、なんていい話だ……。ギターの部品には、お母さんのルースさんの貝ボタン──ポジションマーク──や、編み棒──トレモロアームのグリップ──も使われているから、家族で作ったエレキだともいえる。

 しかし父子は、その後、うまくいかなくなり、正面衝突を繰り返す。
 自分の人生を犠牲にしてブライアンを大学院にまで通わせた父のハロルドさんは、ブライアンがロックの世界を歩むことには徹底して反対だったのだ。お母さんのルースさんは間に立たされて心を病んでしまう。

「父さんは僕のギター作りを手伝ってくれた。父さんもこのギターの一部なんだ。なのに父さんは、それで僕がやろうとしていることに反対するんだね」

 くそ、このあたりから泣けてくるんだが、一九七七年にニューヨークのマディソン・スクウェア・ガーデン公演に両親を招待したとき※1、父子はさいわい、和解をはたす。そしてこのことについてブライアンがいったことを読むと、泣けるというより、身につまされる。本のためのインタビューに応じたブライアンは、父のハロルドさんが亡くなった歳になっていた。

「反抗することはできる、僕らはみんなそうだ──親のしつけに逆らってね──でも、最終的には、あらかじめ敷かれたレールからどれほど外れたいと思っていたとしても、両親に認めてもらいたいものなんだよ」

 さて、クイーンの数多い人気曲の中から「元気が出る曲」をどれにするか。
 どう考えても「どんどんちゃ」と「うぃ〜あ〜ざちゃ〜んぴょん」なんだろうけれど、この2曲はあまりにも暑っくるしい「元気」のテーマ曲になり過ぎたからな。バンドに罪はないと思うけど。
 ことに「We Are the Champions」のほうは、ドナルド・トランプまでもが使ったんで──バンドがOKしたかどうかは不明だが、今年の七月、トランプの嫁が問題のスピーチをしたときだ。トランプ、そして嫁、それぞれの登壇を「We Are the Champions」が盛り上げている──どうも「元気が出るぜ!」と素直に唱和できん……。
「We Will Rock You」も「どんどんちゃ」抜きの速い版が好きだが──『LIVE KILLERS』の一曲目、カッコいいと思うけど──速い方のバージョンは人気がないらしいので、ヒネくれた紹介のしかたをしてもなあ、と二の足をふむ。

「Tie your mother down」! この曲しかない! ブライアン・メイの曲だしね。クイーンの曲、とくにフレディが作った曲は、ロック・ギターではふつう弾かない──弾きづらい──キー(調)が多いが、この曲はギターで弾きやすいキー、弾きやすいリズムなので、ブライアンものびのび弾いている感じがするし。
 といっても「ギターでは弾きづらいキー」や、よくワケがわからない転調こそが、クイーンのカッコよさだ。理系にしては譜面が得意でなかったというブライアンにしてみれば、自分で作った自分が弾きやすいギターをもってすれば、「ギターでは弾きづらいキー」や「こういくべきコード進行」なんてことは、そもそも存在しなくて、「ロックギターらしく」Eにしようか、Aかな、Gかな、なんて発想じたい、していないのかもしれない。

 歌詞は、パーティでキメたいのに、キミのママもパパも許してくれない、ボクに向かっても死ぬほどうるさい、キミのママなんかふん縛って転がしとけ! というたわいないもので、リフを作りながら適当な歌詞をはめただけらしいけれど、お父さんと和解できたマディソン・スクウェア・ガーデンでのライブの1年前の曲だから、親御さんらへのわだかまりの気持ちが多少、はいっているのだろうか。

 さいわいにして両親と仲直りでき、「家族で作ったギター」もますます活躍した。1991年、ハロルド・メイ氏は六十六歳で亡くなる。フレディ・マーキュリーも、この年に亡くなった。(ケ)

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周囲をあさってみると、なぜかクイーンの映像ソフト、それもVHSをけっこう持っている。
しかし、ほとんどロクに見ていない。じつは「Tie your mother down」もかなり長い間、クイーンの曲だとは知らなかった!
同時代にこんなすごいバンドがいたのに聴かず嫌いだったのが、尾をひいた。
「女コドモ向けのバンド」だと思い込んでいたのだ。コドモでした(?)から……


※1 このときブライアンは両親を、就航まもない超音速旅客機、コンコルドに乗せてあげた。父・ハロルドさんはコンコルドの技術設計の仕事をしたが、実際に乗る機会がなかったからだ。www.theguardian.com/lifeandstyle/2014/oct/18/brian-may-queen-guitar-red-special-dad 些末なことかもしれないが本の訳は、コンコルド(マサチューセッツ州?)行きの飛行機、となっている。

Originally Uploaded on Nov. 05, 2016. 16:00:00



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posted by 冬の夢 at 00:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 ロック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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