2016年11月04日

真空管アンプとEL34(6CA7)試聴の顛末

 地球温暖化の傾向がますます危惧されるとき、それでもありがたいことに、とりあえず秋は巡ってきたようで、とうとう外出時には何かしら上着が必要になってきた。と同時に、リビングに置かれたステレオのアンプが、日本の文化遺産と言っても過言ではない山水のAU-9900から、技術的見地から言えばさらにひと昔前に遡る真空管アンプに交代した。言ってみれば、オーディオの「衣替え」だ。なぜ「衣替え」が必要かというと、真空管アンプが非常に熱い!からだ。通電中(つまり、いかにも真空管らしい仄かな光を放っている最中)の真空管にうっかり触れようものなら、間違いなく火傷を負う。それもかなり酷い火傷を。わかりやすく言えば、これまたひと昔前まで使われていた白熱電球と同じなわけで、一台の真空管アンプには通常は少なくとも4〜5本以上の真空管が使われているから、ちょっとしたシャンデリアと同じ、正にその程度の熱量を発生する。夏の暑さの盛り、天井の照明さえ暑苦しく感じられるとき、目の前で大きなシャンデリアを煌々と灯す気には誰もなるまい。それと同じで、日本の夏に真空管アンプの活躍する余地はあまりに少ない。しかし、今は秋。真空管のその熱さがむしろ心地よく、頼もしくさえ感じられる。

 念のために申し添えると、公共交通機関を利用する際に優先席に座りかねない年齢が近づいてきている世代とはいえ、子どもの頃すでに真空管は「過去の遺物」になっていた。少年時代の憧れは「トランジスタ・ラジオ」であり、真空管が自分と同時代に活躍していた記憶はない。むしろ、時代遅れになって使い道がなくなった真空管を文字通りに叩き割って遊んでいたことが記憶の片隅に残っているほどだ。だから、そんな時代遅れなデバイスに手を出したのは、ひとえに好奇心のなせる業だった。オーディオに興味関心がある人なら、真空管アンプの噂は一度ならず耳にしているはずだ。「数値的には現代のアンプに遙かに劣るが、真空管には他には代え難い独特の魅力がある、云々」と。

 その誘いにまんまと乗ってしまったか、十数年前の転職を機会に、ちょっとした記念、自分への贈り物として、いや、もっと生々しくいえば、コンサートにも滅多に行けない田舎に転居する以上は家庭の音響環境を是非とも改善しておかねばならないと考え、個人で趣味のように真空管アンプを作り、そのお手製アンプをネットを介して販売しているサイトを見つけ、その人とあれこれと相談した結果、EL34(6CA7)という真空管をメインに使ったシンプルなアンプを作ってもらった。とても満足している。かつて某オーディオショップで耳にして、そのあまりの美音にぶったまげたEARのアンプ(世界のオーディオ業界で生きた伝説とさえなっているらしいアンプ設計者が製作した、販売価格が60万円という代物)には及ばないものの、それまで使っていたイギリスのNAIM社のアンプよりも気に入っている。

 しかし、長年に渡ってずっと気になっていたことがあった:「真空管アンプは、真空管を替えると音が変わる」というが、それははたして本当なのか?
 
 オーディオ雑誌のあちらこちら、ネットのいたるところにそう書かれている。現在使用中のアンプの製作者自身もそう言っていた。なるほど、真空管の種類が変われば音が変わるということは容易に想像がつく。それはつまりは全く別種のアンプということであり、それならばトランジスタのアンプでも全く同様だ。さらに言えば、トランジスタのアンプでも、経年劣化したトランジスタを取り替えればスピーカーから出てくる音は変わる、いや、素人耳にも良くなる。事実、数年前にNAIMのアンプを整備に出してトランジスタを取り替えたところ(refurbishというらしい)、見違える(ではなくて、聴き違えるか?)ほどに音質は向上した。だから、経年劣化して性能が落ちた真空管を交換すれば音が良くなるというのは当然だろう。

 問題はそういうことではなく、ほぼ同等の真空管でもメーカーが異なると、出てくる音が激変するということだ。ひと昔前(今日はやたらとこの言葉が出てくる)、レコードなんぞを聴いていた頃は(我ながら年寄りの台詞だ…)、「カートリッジ(あるいはレコード針)を替えると音が変わる」と言われていた。そして、それは本当だった。真空管を別メーカーのものに交換すると、カートリッジを替えたときと同じような変化・効果が生じるのだろうか? 例えば、ヘッドフォンを取り替えたときと同じ程度に明らかな違いが生じるのだろうか?

 というわけで、「衣替え」を機会に念願だった実験にとりかかることにした。取り揃えたるは以下の4種類のEL34(6CA7)。(今回は出力管と呼ばれる真空管の比較を試みた。)
1) Svetlana (SED) EL34(メード・イン・ロシアだがアメリカ資本らしい。アンプを作ってもらったときからのお付き合い。製作者のお奨めでもあった)
2) JJ electronic EL34(スロバキア製;旧TESLAの流れを汲むらしい)
3) Electronic Electro Harmonix EL34(こちらも1と同様、アメリカ資本によるロシア工場で作られたもの)
4) 松下 6CA7 (ご存知、松下=ナショナル=現パナソニックの、戦後日本の躍進を支えた伝説的真空管。大量生産されたにもかかわらず、その品質の安定度の高さは現在の日本製品の凋落・荒廃からは、正に隔世の感があるという。もちろん、中古品)

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(これは松下)

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(こちらはJJ)

 以上の4種類の真空管の中で、下馬評が高いのは間違いなく松下(ナショナル)だろう。中古にもかかわらず、値段もかなり高い。下手をすると1本で5千円以上もする。2本揃えたら超1万円で、他の現役真空管の倍以上の値段だ。しかし、世の中には1本で何万とする真空管もあるのだから、5千円で驚いていてはいけないのかもしれない。RCAとかムラード(Mullard)とかフィリップス(Philips)とかテレフンケン(Telefunken)のような本当(?)のビンテージ真空管は、たとえいかに世評が高くても手が出せないので、とりあえず比較的安価に入手できる国産のビンテージもので「往時の真空管」を代表してもらうことにして、中古とはいえ「品質保証」のあるものを購入した次第。ちなみに、その他の現役の真空管は(EL34に限っていえば)非常に簡単に購入できる。

 さて、意気揚々と4種類のEL34を取っ替え引っ替えして試聴を文字通りに試みた結果(ちょっと想像してみて下さい、熱々の電球を取っ替え引っ替えすることがどれほど無謀かつ滑稽なことか!)、分かったこと・実感したことはかなり平凡なことだった−−これらの4種類の真空管の区別をすることは、一卵性の4つ子の区別をすることと似ている。つまり、「区別は不可能ではないし、明らかに有意味な区別だろうけれど、しかし、親でもない限り、正しく区別することは難しい」。カートリッジを替えたり、ヘッドフォンを替えたりすることと比較すれば、同種の真空管相互の差異は小さい。少なくとも我家での実験結果はこの通りだった。

 待望の実験がこのような結果に終わったことで、嬉しいような寂しいような、ちょっと微妙な感じがしている。嬉しいというのは、この先真空管の選択に一喜一憂しなくても済むし、恐ろしく高価なビンテージ管に対して尽きぬ欲望を掻き立てられる心配もなくなった。しかし、他方で寂しいというのは、先ずは自分の耳がさほど敏感ではないと再認識させられたこと。いや、聴覚に限ったことではなく、日頃から、例えば、日本酒なりワインなりをほとんど毎日欠かさずに愉しんでいるにもかかわらず、お酒の銘柄にこだわることがない。また、このブログにもいつか書いたように、クラシック音楽を取り憑かれたように聴いている割には、いわゆる「名盤漁り」には全く加わることができない。それなりの指揮者、それなりの演奏者が創り上げた音楽であれば、どれもそれなりに愉しめてしまう。これは、徒に物事に拘泥しないと言えば響きはよいが、つまりは鈍感ということなのではなかろうか。いや、つまりはその両方ということなのだろう。比べれば違いがあることくらいはわかる。だからこそCDはどんどんと増殖する。色々な演奏が聴いてみたいから。しかし、その違いに優劣の意味が見出せない。どんな演奏も、一定の水準を超えている限り、それぞれに楽しい。真空管による音の違いもこれと似ている。

 上記の4種類の真空管を比較して、その違いをあえて言葉にすれば次のようになる。

1) Svetlana (SED) EL34
 比較的「上品」な、繊細な音。しかし、逆にいえば、音に強さというか密度感というか、押しの強さに欠ける。鉛筆の濃度で言うと、HかFの鉛筆みたい。弦楽四重奏やピアノ独奏には良さそう。
2) JJ electronic EL34
 上記Svetlanaとは好対照。音の力強さは4種の中では一番。その分だけ繊細さに欠けるような気がする。しかし、それが気になるほどではない。鉛筆で言えば2Bか。ジャズやオーケストラを聴くときはこれが合っているかもしれない。
3) Electronic Harmonix EL34
 こちらは少々(比較すればだが)華やかな音。最初はかなり好感が持てたのだが、ずっと聴いていると、なぜか微妙に軽薄な感じがどこからともなく漂ってくるような気もしてくる。とはいえ、一番まとまっているのかもしれない。鉛筆で言えばもちろんHB、あるいはFか。ポップスでも聴いてみようか。
4) 松下 6CA7
 製造されてからかなりの時間が経っている(30年くらい?)ことも関係しているのか、あるいはプラシーボ効果のためか、「個性のない個性」が強く感じられた。音の傾向はSvetlanaに似ていて、上品で繊細な音だが、もう少し粘りというか、ウェットな響きが加わっている。と書くと、これが一番良いと言っているように聞こえるかもしれないが、例えばこの真空管からJJの真空管に交換したとしても、特に惜しいという気がするわけではない。これも鉛筆で言えば、HBというしかないか。この辺が巷で「優等生」と揶揄(?)される理由なのかもしれない。

 以上のように一見もっともらしいレビューを書くことはできるが、結局は「どれでもいいか」となってしまうわけで、嬉しくも寂しい気分は少しも変わらない。特にどれが好きということもない。反面、考えようによっては、使用する真空管によって音質に大きな変化が生じないという事実は、それだけで実はこのアンプの設計や制作の確かさの証かもしれないと、特に根拠もなく思ったりもしている。というのは、例えば、ヘッドフォンを替えることで生じる音質・音色の差異が非常に大きい(大きすぎるとさえ言いたい!)ので、複数のヘッドフォンを取っ替え引き替えして音楽を聴いていると、「『本来の音』は本当はどれなんだ?」と心底不安になるときがあり、これはこれで楽しいともいえるが、しかし、ストレスになることもあるのだ。

 結局、真空管アンプの長所は、個人的には(たとえプラシーボ効果が含まれていたとしても、それも加味して)音の柔らかさ、そして、夜中に極めて意味深げにひっそりと灯りを点すことにあるのだろうという思いを新たにして、この駄文のしめくくりにしよう。 (H.H.)

R0012668.jpg
(写りはひどいけど、夜中のアンプはこんな感じ…)



 
 
posted by 冬の夢 at 04:30 | Comment(4) | TrackBack(0) | 音楽 オーディオ・楽器 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 すごい! ぼくが撮影したい(笑)です!
「Electronic Harmonix」は、ひょっとして楽器エフェクター製造メーカーの「エレハモ」こと「electro Harmonix」とは違うの?
 エレハモは真空管も出しているんですけど、エレキ楽器アンプ専用かもしれませんね。別々の会社をごっちゃにしてたら、ごめんなさい。
Posted by (ケ) at 2016年11月04日 18:45
エレハモ! 正にそれです!(と、!を多用するようなことではないかもしれないが……)ついでに、どうもかの!マーシャル・ブランドのEL34もあるのだが、マーシャルが自社で作っているはずないので、さほどこだわることではないのかもしれない。ともかく、実際のところ、現在の真空管の主戦場はエレキギターのアンプの方なのかな。
Posted by H.H. at 2016年11月04日 19:31
そうだ、ご指摘いただいた間違いを訂正しておかなくては!
Posted by H.H. at 2016年11月04日 19:35
H.H.さま
久々に痛快な一編でした。
世の中でなにが起きようとも、人間、自分の興味ある世界に没頭することは大事だと思います。
皆さんのブログを読むと、この世の中もまだ捨てたものじゃない、と思えてきます。どうぞこれからも健筆をふるってください。
Posted by maya at 2016年11月09日 19:41
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