2016年10月26日

ボブ・ディランとノーベル賞(続き):My Back Pages

(附記:Dylanのカタカナ表記は普通は「ディラン」とのことなので、表記を改めました。)

 新聞などの報道によると、ボブ・ディラン御大はいまだにノーベル賞委員会に連絡を取っていないそうだ。しかし、シンガーソングライター、あるいはロックンローラーとしてのボブ・ディランのファンとしては、彼がノーベル賞を受賞しようがしまいが、それを辞退しようが、受けとろうが、結局はどうでもいい。ノーベル賞はボブ・ディランに何の栄光も栄誉も付け加えないだろう。そんなことは、アホのマスコミと物欲しげな小説家以外は誰もが知っていそうなことだ。

 それはともかくとして、先に「ボブ・ディランの詩には、かなり難しいものがある」と書いた後、たまたま同人たちの「訳詞」「訳詩」が続いたので、それに触発されて、忘れないうちに、ディランの「難しい詩」の一例を取り上げてみたい。ここに紹介する"My Back Pages"という曲は、1964年のリリースだが、そのときに早くも物議を醸したことで名を馳せている。曰く、「ディランはプロテストソングの歌い手としての自分を否定した」と。本人としては、むしろ「人はいつまでも若くはいられないんだよ。経験とともに、少しは利口になるし、詩人としても成長する」と言いたかったのかもしれない。というか、反戦ムーブメントのアイコン(偶像)扱いにウンザリしてしまったというべきか。ともかく、以後も色々と取り沙汰されることの多い歌である一方で、ザ・バーズ(The Byrds)やジャズのキース・ジャレット(Keith Jarett)がカヴァーしている(日本のミュージシャンもしているらしい)ので、ディランの曲の中でも有名な方だろう。が、その歌詞は、かなり難しい(と思う)。


My Back Pages (1964)

Crimson flames tied through my ears
Rollin’ high and mighty traps
Pounced with fire on flaming roads
Using ideas as my maps
“We’ll meet on edges, soon,” said I
Proud ’neath heated brow
Ah, but I was so much older then
I’m younger than that now

1) 先ず、crimson flamesがピンと来ない上に、tied through my earsってのがわからない。ドラッグの影響かと考えれば何でもありなんだろうけれど……tiedというのが、具体的には不明だが、その語感として「締め付けられている」ということで十分なのかもしれない。
2) 4行目のusing ideasは完全にお手上げ。そもそも、句読点のないディランの歌詞は最初から扱いにくいのだが、ここではusingの主語が確信できない。穏当な理解では、当然のように「Iが主語に決まっている」のだが、mighty trapsが主語という可能性だってありえるし、もしかしたらflaming roadsという可能性さえ残されている。さらに細かく言えば、ideasには冠詞 (the)や所有代名詞(my)がないくせにmapsの方はしっかりとmyで限定されている。そのために、いっそうわけがわからなくなる。「さまざまな考え(?)を私の(複数の)地図として使う」……そのまま素直(?)に解釈すれば、「さまざまな機会に、自分のものでもない考えを自分自身の計画マップとして使って、要するに、他人が作った地図を使って、『町の外れで落ち合おう』なんて言ったものだから、云々」ということになろうか。しかし、on edgesは「町外れ」でいいのか???
3) 極めて「微妙」なことだが、ディランはリフレンをI was so much older thenと書いてはいるが、歌っているのを聴くと、then(その頃)はthanと聞こえる。絶対にわざとそう歌っている。ちょっとした「遊び」だ。

Half-wracked prejudice leaped forth
“Rip down all hate,” I screamed
Lies that life is black and white
Spoke from my skull. I dreamed
Romantic facts of musketeers
Foundationed deep, somehow
Ah, but I was so much older then
I’m younger than that now

4)ここで目を引くのは、作中、なぜか唯一挿入されているピリオドだろうか。これがないと、さすがに困るとディラン自身が思ったのか、編集の人間が勝手に挿入したのか。foundationedという語も凄い。こんな単語はない。が、何度聴き直しても、確かにディランはfoundation-edと、最後のdを発音している。次の単語もdから始まるdeepだから、一種の空耳でそう聞こえてしまうのかと何度も聴き直したが、やっぱりfoundationedだ。意図がわからない。英語には「名詞にむりやり –edという語尾をつけて形容詞にする」という必殺技があるけれど……ちなみに、The Byrdsのカヴァーでは、ここはfoundationになっている。

Girls’ faces formed the forward path
From phony jealousy
To memorizing politics
Of ancient history
Flung down by corpse evangelists
Unthought of, though, somehow
Ah, but I was so much older then
I’m younger than that now

5)ここは、同人の一人が狂喜乱舞しそう(?)な感じだ。「女の子にモテたい一心で音楽を始めたのに、いつの間にか民主主義とかそんなものに、云々」と。単純に面白い。

A self-ordained professor’s tongue
Too serious to fool
Spouted out that liberty
Is just equality in school
“Equality,” I spoke the word
As if a wedding vow
Ah, but I was so much older then
I’m younger than that now

6)4行目のin schoolがどこを修飾しているのか、解釈がわかれるところ。似非教授が「教室で」そう言ったのか、「自由なんて、学校での平等に過ぎない」と言ったのか。意味をよ〜っく考えたら、どっちが「正解」なのか分かりそうなものだが、justのニュアンスが「正に、正確に」なのか、それとも「たかがそれだけ」なのかも分からず、西洋の思想史における「自由」と「平等」の小難しい論争を思い浮かべると、いっそう分からなくなる(教科書的には、アングロ・サクソン文化圏では「自由」が重要視され、フランス文化圏では「平等」がより重要視されたという。)

In a soldier’s stance, I aimed my hand
At the mongrel dogs who teach
Fearing not that I’d become my enemy
In the instant that I preach
My existence led by confusion boats
Mutiny from stern to bow
Ah, but I was so much older then
I’m younger than that now

7)ここで分からないのは、aimed my hand at ~ のニュアンス。aim my gun at ~とか、aim my arm at ~ならば、「私」と「雑種の犬たち」は敵対関係のような感じだが、ここでhandと言われると、今度はgive my hand to ~のような感じもしてきて、ともかく両者は少なくとも一時は友好関係にあったように感じられる。
8)関連して、いっそう困惑するのは、時制だ。英語の時制はいつも悩みの種だが、この「雑種の犬たち」は「(現在形で)教えてくれる」という。つまり、いつの時代でも「教えてくれる」存在というわけだ。そして、続くpreachも現在形。ということは、「今だって、気を抜くと、この小うるさい犬たちが近寄ってくるから、いつだって手を上げて追い払わないといけないんだ」みたいなことなのかと思われてくる。となると、ノーベル賞も御大にとっては「雑種の犬」ということなのかもね。

Yes, my guard stood hard when abstract threats
Too noble to neglect
Deceived me into thinking
I had something to protect
Good and bad, I define these terms
Quite clear, no doubt, somehow
Ah, but I was so much older then
I’m younger than that now

9)my guardが敵なのか味方なのか? 普通(?)に考えれば「味方」なんでしょうね……

と、以上のように、いや、他にも大小の「遊び」やら「仕掛け」があり、読んでいると分からないところだらけなのに、歌を聴いていると、理屈抜きでカッコいい。そして、それがディランの歌の真骨頂だ。彼の作品は「読む」だけでは全くつまらない。あの一世一代のパフォーマンスが付いていないと、炭酸ガスの抜けたサイダーみたいになってしまう。だから、ディランはノーベル賞に困惑しているのだと思う……


(試訳)
両耳を通して繋がれた紅の炎が
高く巻き上がり、いくつもの強力な罠が
燃え上る路上で炎と一緒になって襲いかかった
さまざまな考えを自分の地図にして
「一番はずれで落ち合おう、すぐにね」と言ったぼくは
熱を帯びた額の下では誇らし気だった
でも、その頃はずっと年老いていたんだ
今はその頃よりもずっと若い

半ば壊れた偏見が飛び出してきて
「憎しみなんか全部引き剥がせ」とぼくは叫んだ
人生は白と黒だという嘘を
頭蓋骨の底から何度も言った
とにかく分厚い基礎を持った
銃士たちのロマンチックな出来事を夢見ていた
でも、その頃はずっと年老いていたんだ
今はその頃よりもずっと若い

前に進む道を作ったのは女の子たちの顔だった
生意気な嫉妬から
古代史の政治を暗記するまで続く道
とにかく考えたこともない
福音史家たちの死骸が投げ捨てた古代史
でも、その頃はずっと年老いていたんだ
今はその頃よりもずっと若い

自分で自分を任命した教授の舌は
あまりに生真面目でからかうこともできず
まくし立てていた
学校では自由とは平等だということだと
「平等」というこの言葉を
ぼくは結婚の誓いでもあるかのように口にした
でも、その頃はずっと年老いていた
今はその頃よりもずっと若い

ぼくは兵士の姿勢になって、雑種の犬たちに
自分の手をむけた
犬たちは教えてくれるんだ
自分自身の敵になることを怖れるなと
ぼくが説教をしているまさにそのときに
船尾から船首に広がる反乱
それらの混乱した船に導かれたぼくの実存
でも、その頃はずっと年老いていたんだ
今はその頃よりもずっと若い

ぼくの見張りはしっかりと立ち尽くしていた
頭の中だけの脅しが立派すぎて無視できずに
ぼくが騙されて
守るべきものがあると思い込んだときにも
良いものと悪いもの、こうした言葉を
ぼくは明確に、とにかく疑いもなく、定義している
でも、その頃はずっと年老いていたんだ
今はその頃よりもずっと若い


……さて、ボブ・ディラン第三弾はあるのだろうか……(H.H.)
posted by 冬の夢 at 00:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 ロック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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