2016年09月14日

小西康陽が作った「男と女」の日本語訳詞を絶賛する

先日、NHKの「The Covers」という歌番組に野宮真貴が出ていた。ピチカート・ファイヴでヴォーカルを担当していたときはコケティッシュな魅力があったが、久しぶりに見ると大御所っぽい雰囲気に変わっていた。発声は細めながら声質が垢抜けていて軽めのポピュラーソングにはぴったりだった歌い方も、やっぱり喉は消耗品で、歌声は頼りなさげに疲れて聞こえた。
ところが、番組の最後に歌った「男と女」(※)を聴いてぶったまげてしまった。いい。これはいい。野宮真貴の、軽いのではなく薄い歌声が奏でる日本語の歌詞が、あの「ダバダバダ」を全く変えてしまった。いや、「ダバダバダ」のイメージはそのまま残っている。残しながら「ダバダバダ」にはなかったストーリーが敢然と立ち上がってくる。これにはたまげた。
訳詞を担当したのは、ピチカート・ファイヴでコンビを組んだ小西康陽。元が「ダバダバダ」か「リャリャリ、リャーリー」というスキャットを中心にした深い意味のない歌だから、あらたに書き下ろした日本語の歌詞と言うべきか。元歌の大まかなイメージを咀嚼して、日本語に組み立ててみた、というところだ。
そして、その日本語が見事に曲にのっている。考えてみれば当たり前で、なにしろ「ダバダバダ」は五つの音の並びで、ひと音ごとに「ダ」か「バ」がのせられていたのだ。いかにも日本語に変換しやすい。これは盲点だった。そこに気づいた小西康陽は、まさに才人である。


Un homme et une femme

Comme nos voix
ba da ba da da ba da ba da
Chantent tout bas
ba da ba da da ba da ba da
Nos cœurs y voient
ba da ba da da ba da ba da
Comme une chance comme un espoir
Comme nos voix
ba da ba da da ba da ba da
Nos cœurs y croient
ba da ba da da ba da ba da
Encore une fois
ba da ba da da ba da ba da
Tout recommence, la vie repart


ふたり
ささやきに ささやきに
愛のささやきに ささやきに
甘いときめきを ときめきを
感じたの
あのとき

ゆれる
まなざしと まなざしと
やさしいほほえみで ほほえみで
心のみずうみに さざなみが
起きるのを
感じたの

男と女が
あるときめぐりあう
愛のよろこび
密かに進む物語

そして
幸せのその半ば
不意にときめきは とまどいに
愛のためいきは ためらいに
うつろうの
あるとき

ふたり
ささやきも ときめきも
甘いまなざしも ほほえみも
いまは遠い日の かがやきと
気づいたの
それだけ
ただ それだけ ただ
ふたり
ささやきも ときめきも
ほら
まなざしも ほほえみも
ほら
よろこびも とまどいも
ほら
何もかも ふたりきり
ふたり!



この日本語訳詞は、字面を追うだけでそのまま歌を歌っているような気分になる。さらにその間に、若くはない男と女の姿が浮かんでくる。そして、そのふたりの気持ちの変化が語られる。詩を読んでいるのか歌を聴いているのかわからないくらいの微妙な重なり合い。そこから、出会いに始まって、高まり、静まろうとする大人の恋愛が染み込んでくる。これは実にいい。

小西康陽は、確かミシェル・ルグランが好きだと言っていたから、フランシス・レイも嫌いではないはず。「男と女」を日本語にしてみるという作業は小西にとって魅惑的な仕事だっただろう。
そしてこの仕事には、小西の作詞スタンスがきっちりはまった。洋楽で育ちながらも日本語の語感を大切にする小西。彼の歌はどれも曲よりも詞が優先されており、単語のイントネーションが常に「話し言葉」と同じになるように設計されている。
その意味においても「男と女」の日本語訳は、曲と詞が一体となっていて、語感を外すところがほぼ皆無という、完璧な仕事ぶりである。
「ダバダバダ」は「ささやきに」「ときめきを」「まなざしと」「ほほえみで」にそっくりそのまま置換され、フランス語よりも日本語で歌う方が相性がいいと思わせるくらいにメロディとイントネーションが合致している。そのうえで、お約束の韻をしっかりと踏みつつ「ときめき」が「とまどい」へ、「ためいき」が「ためらい」に移ろっていくさまを柔らかく表現する。うーむ。これは伝統工芸品を作る職人の技に近い。もともとがピチカート・ファイヴのファンだから少し贔屓が過ぎるかもしれないが、それにしても巧い訳詞である。
などと歌のことばかりになってしまったところで、よくよく確かめてみると、クロード・ルルーシュの映画『男と女』が作られてから今年でちょうど五十周年を迎えると言う。デビュー作を引っさげてカンヌ映画祭に駆け込みグランプリをかっさらった若手監督のルルーシュも、もう七十八歳になるらしい。
美しいアヌーク・エーメと溌剌としたジャン・ルイ・トランティニャン。自由に動くカメラと変幻自在なカラーコントロール。映像と音楽だけでひとつの恋愛映画を作ってしまったクロード・ルルーシュの才気。
小西康陽の日本語訳詞には、そうした映画のポジショニングを超えるくらいの勢いがある。クロード・ルルーシュとフランシス・レイが、もし日本語を解したら、この換骨奪胎の訳詞に驚くに違いない。(き)

男と女.jpg


(※)作詞ピエール・バルー 作曲フランシス・レイ。
小西康陽訳詞による日本語バージョンは「男と女〜野宮真貴 フレンチ渋谷系を歌う。」に横山剣とのデュエットで収録されている。



posted by 冬の夢 at 23:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 日本のロック・歌謡曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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